
こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。
私事ですが、近々36歳になり、ずっとお世話になってきたチザワカ(知財若手の会)を卒業することになります。そこで先日、卒業ライトニングトーク会として、同年代の皆様とともにキャリアについて(好き勝手に)お話しする機会を頂きました。
登壇者の中で事務所弁理士は私だけだったこともあり、改めて外部専門家としてのキャリアについて考えてみたのですが、その中で浮かんだキーワードは「研究」でした。 そこで、今月から何回かに分けて、私なりの「研究」についての記事を書いてみます。
1.日常業務の限界
特許実務をしていると、毎日が案件対応の連続ですよね。明細書をドラフトし、拒絶理由通知に応答し、その積み重ねで経験値が上がっていきます。
一方で、単に日々の実務を繰り返すだけでは、先輩の先生方との差はなかなか縮まらない気もします。
同じ土俵で勝負しても、経験の厚みや引き出しの多さでは敵わない。どれだけ頑張っても、上には上がいる――今の事務所でめちゃめちゃ優秀な先輩方に囲まれて育った私には、そんな感覚が強くあります。
もちろん日々の実務は大事ですが、それだけだと「自分ならではの強み」が見えづらく、似たような案件を繰り返すうちに、私はどこか頭打ちのような感覚に陥っていました。

2.研究、やってみた
そんな中、「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性」という本を読みました。
この本は、元Googleのデータサイエンティストが、Googleの検索履歴の分析を通じて世の中の本音を覗いてみたというめちゃめちゃ面白いオススメ本なのですが、私はこれに刺激を受けて「特許情報も同じように分析してみたい!」と思いました。
そのとき具体的に考えたのは、「拒絶理由と反論案を入力したら、反論の成功率を出力してくれる関数が作れないか?」という問題です。
折しもコロナ禍のさなかで時間を持て余していた私は、好奇心のままに、特許データベースで進歩性の拒絶理由に対して反論している案件をリスト化し、それらの拒絶理由と意見書をダウンロードしてすべて読み、どのような反論が拒絶理由の解消に繋がるのかの統計分析をやってみました。
分析をするためには、各事例の反論内容を類型化して分類する必要があり、そのためには当然ながら進歩性の判断枠組みをちゃんと理解する必要がありました。このため、分析の傍ら審査基準や進歩性に関する書籍を読み漁り、そこから着想を得て分析手法をアップデートする・・・という、今思えば泥臭いやり方を繰り返して、最終的には何とか論文の形にまとめることができました。
結局、方程式は作れずじまいでしたが(分析を始めて早々に「これそこまで単純な話じゃないなあ・・・」と気づきました)、様々な書籍で読んだ進歩性の判断枠組みや、そこから自分なりに整理した反論の類型、そして何より個々の事例の具体的な反論内容から得られた学びはとても貴重なものだったと思います。

その学びから自分なりに進歩性対応のフローを作ってみたところ、いろいろな方から結構褒めてもらえて、よいフィードバックも頂き、それからは以前よりも自信を持って進歩性対応ができるようになりました。
今振り返ると、その辺りが自分の実務観が変わったタイミングだったように思います。
つまり、日々の実務とは別に独自の「研究」をすることで、自分だけの「強み」を作り出せるのではないか、と考えるようになりました。
3.「研究」とは?
ここでいう「研究」は、大げさなものではありません。
実務で気になったことを掘り下げ、仮説を立て、事例で確かめてみて、何かしらの結論をまとめる、というような実務研究を指しています。
たとえば、ある拒絶理由を受けたときに「どう反論するか」を考えるだけでなく、事例研究を通じて、「このタイプの拒絶理由はどんな反論が成功しているのか」「なぜ結果が分かれるのか」といった構造的な理解を試みることです。
特別なツールは必要ありませんし、最初から体系化しようとする必要もありません。「ちょっと気になったから5件だけ調べてみた」でも立派な研究です。
こうした検討は、ある程度経験を積まれた先生であれば、多かれ少なかれ行っておられることだと思います。とはいえ、まとまった時間を取って事例研究をしたり、成果をきちんと文章化するところまでは手が回らない、という方も多いのではないでしょうか。
しかし、一旦研究成果を言語化できれば、これを実務に適用できるようになります。実際に実務でやってみると案外うまくいかない部分も見えてきて、それが次の研究テーマに繋がります。そうして、研究成果がブラッシュアップされていきます。
そのサイクルを回していけば、自然に自分だけの「強み」になっていきます。

案件をこなして経験値を詰む世界は、多くの先生方がしのぎを削っているいわばレッドオーシャンです。
それに対して、研究であれば自分で勝手にテーマを決めることができます。先輩方とはひと味違う独自の専門性を獲得することで、自分の土俵で戦えるようになるかもしれません。
4.「研究」は自分の名札になる
「研究」を行うもう一つのメリットは、自分の専門性をわかりやすく示せることです。
たとえば、進歩性の阻害要因についての研究結果をまとめれば、「あの人は阻害要因に詳しいよね」と覚えてもらえるかもしれません。
今は誰でも全世界に向けて簡単に発信できますから、何かしらのアウトプットを出せば、周囲に自分の関心と強みが伝わります。
論文や記事を発表すれば、同じテーマに関心を持つ人とつながる機会も増えます。私も、上記論文や知財実務情報Lab.の記事をきっかけに、思いがけない方から声をかけてもらうことがたくさんありました。
また、発表した内容に対してフィードバックをもらうことで、自分では見落としていた視点にも気づけるので、自分の強みをさらにブラッシュアップすることができます。
5.まとめ
今回は、「研究」をすることの意義について考えてみました。
もし「日々の案件処理だけではいずれ頭打ち」という感覚があるのなら、研究を通じて自分なりの別軸を持つことで、自分だけの「専門性」につながっていくと思います。
次回からは、具体的な研究のハウツーの一例を紹介してみます。

田中 研二(弁理士)
専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟
