なぜ「課題の共通性」が動機付けになるのか?

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

 

審査基準では、「動機付け」は専ら「当業者が主引用発明に副引用発明を適用しようとする動機付け」と整理されており、動機付けとなり得る観点として以下の四つが挙げられています。

  • 技術分野の関連性
  • 課題の共通性
  • 作用、機能の共通性
  • 引用発明の内容中の示唆

このうち、審査実務上も裁判例上も圧倒的に争点になりやすいのが「課題の共通性」です。

 

本記事では、なぜ「課題の共通性」が動機付けになるのか、という視点で「動機付け」という概念を紐解いてみたいと思います。

  

 

そもそも動機付けとは?

本願発明がA+Bという構成を有しており、出願前に主引用発明Aおよび副引用発明Bが知られている、という状況を考えてみましょう。

 

このとき、仮に主引用発明Aに副引用発明Bを適用すれば本願発明A+Bの構成が得られるとしても、それだけで直ちに本願発明A+Bが進歩性を欠くと判断されるわけではありません。

 

先行発明に基づいて容易に発明をすることができた(特許法第29条第2項)というためには、当業者が「主引用発明Aに副引用発明Bを適用すること」を思い付くことが容易だったということも示さなくてはなりません。この根拠(の一つ)となるのが「動機付け」です。

 

したがって、本来、本願出願日当時には○○○という事情があったから、当業者が主引用発明Aに副引用発明Bを適用する理由があったよねといえるのであれば、何でも「動機付け」となるはずです。

 

とはいえ、ある程度規範的な「動機付け」の類型を示すのがよかろうということで、冒頭の動機付けの四類型が提示されたのだと筆者は理解しています。

 

 

初学者を惑わす「課題は解決済み」の裁判例

「課題の共通性」の話に進みましょう。

 

はじめて審査基準を読んだとき、動機付けの一類型として「課題の共通性」が挙げられていることについて、筆者の第一印象は「なるほど、主引用発明Aと副引用発明Bとが同じ課題を解決しようとしてるんだから、確かに組み合わせる理由になるよね~」くらいのものでした。

 

ですので、その後しばらくして、事務所内の判例勉強会で以下のような判決文に触れ、ずいぶん混乱しました(令和3年(行ケ)第10082号「電気絶縁ケーブル」事件、下線は筆者が付加)。

 

引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に加えて、両線心をテープ部材で巻き、その結果、両線心とシースとの間にテープ部材が配置される構成とする必要はないというべきである。そして、引用発明に上記のような構成を加えると、線心を取り出そうとする際に、シースを除去する作業のみでは足りず、更にテープ部材を除去する作業が必要となることから、かえって作業性が損なわれ、引用発明が奏する効果を損なう結果となってしまうものといえる。

 

この裁判例では、電気絶縁ケーブルに関する主引用発明に対して、本願発明との相違点に対応する構成(テープ部材)を適用することについて、主引用発明では本願発明の課題が既に解決済みであるから、本願発明と同様の構成を採用する必要はない、と判断されました。

 

これ以外にも、このように「主引用発明で解決済みの課題を解決するためのさらなる構成を採用する必要はない」というロジックで進歩性を肯定した裁判例は散見されます(平成28年(行ケ)第10103号「掴線器」事件平成29年(行ケ)第10013号「乾麺の製造方法」事件など)。

 

しかし、この理屈でいうと、以下の【例1】のように主引用発明Aと副引用発明Bとで発明の課題αが共通する場合であっても、主引用発明Aによって課題αが解決済みなのですから、これに対して課題αを解決するための副引用発明Bをさらに適用する必要はない、ということにならないでしょうか? そうだとすると、主引用発明Aと副引用発明Bとの間に「課題の共通性」があっても、この「課題は解決済み」の理屈によれば進歩性を否定できないのではないでしょうか?

【例1】

 本願発明:A+B

 主引用発明:A(課題:α)

 副引用発明:B(課題:α)

 

「課題」=「相違点に係る構成の課題」

上記の疑問に対する私なりの理解は、「課題の共通性」とは(発明の課題ではなく)相違点に係る構成の課題が共通することである、というものです。

たとえば、以下の例を考えてみましょう。

【例2】

 本願発明:A+B(構成Bの課題:α)

 主引用発明:A+C(構成Cの課題:α)

 副引用発明:B(構成Bの課題:α)

 

本願発明A+Bと主引用発明A+Cとは、課題αを解決するために手段Bを採るか手段Cを採るか、という点で相違しています。

 

これに対して、課題αを解決するための手段Bを開示する副引例が見つかった場合、主引用発明A+Cにおいて、課題αを解決するために手段Cに代えて手段Bを採用することは、一般に思い付きやすいといえるでしょう。

 

たとえば、弾性を付与するという課題を解決するためにコイルばねを使っている主引用発明において、コイルばねを、同様に弾性を付与可能な板ばねに置き換えることは、当業者であれば容易に思い付くことができます。

 

つまり、「課題の共通性」が動機付けになる理由は、一般に同じ課題を解決する構成であれば置き換えを試みるのが普通の発想だからということになります。

 

このように、「課題の共通性」が動機付けとなり得るのは、主に上記【例2】のような「構成置換型」の場合であると考えます。

 

なお、このような「構成置換型」の別の論点として、主引用発明において構成Cが不可欠な構成とされている場合や、構成Bでは構成Cほどの課題解決が実現できない場合などにおいては、構成Cを構成Bに置き換える動機付けはない(あるいは、そのような置き換えには阻害要因がある)といった主張があり得ることを付記しておきます。

 

「構成付加型」における「課題の共通性」とは

それでは、【例3】のような「構成付加型」の場合、「課題の共通性」は動機付けとなり得ないのでしょうか?

【例3】

 本願発明:A+B

 主引用発明:A(課題:α)

 副引用発明:B(課題:β)

 

私の理解としては、この場合でも、副引用発明の構成Bの課題βが、当該技術分野における自明の課題であったり、主引用発明に明らかに内在する課題である場合には、「課題の共通性」が認められ得ます。

たとえば、課題βが「コスト低減」とか「装置の軽量化」とかであれば、概ねどんな主引用発明にも当てはまる課題ですので、課題βが主引用例に明示されていなかったとしても、課題の共通性は認められるでしょう。また、そこまで一般的な課題でなかったとしても、主引用発明の当該技術分野において考慮すべきとされる課題であるとか、主引用発明の構成から明らかに内在している課題であっても、課題の共通性は認められ得ると考えます。

 

同様の主張をされている文献として、永野先生の「特許権・進歩性判断基準の体系と判例理論」、末吉先生の「容易想到性(進歩性)判断における課題の意義」(パテント、Vol. 69、No. 2、84-92頁、2016年)などがあります。

 

具体的な裁判例としては、たとえば、平成24年(行ケ)第10266号「自動パッケージピックアップ及び配送に関するシステム及び方法」事件平成30年(行ケ)第10108号「廃棄物の処理方法」事件などが挙げられます。

 

逆に、「構成付加型」であるのに、拒絶理由通知において、主引用発明には存在しない課題(解決済みの課題を含む)を認定して「課題の共通性」の判断がされた場合には、審査官が動機付けと言っている内容が本当に「主引用発明に副引用発明を適用する理由」に該当するのかを検討してみるとよいでしょう。

 

まとめ

今回は動機付け、特に「課題の共通性」について考えてみました。

 

ポイントは、

  • 「課題の共通性」における課題とは、「相違点に係る構成」の課題である
  • 「課題の共通性」の判断においては、本願発明と主引用発明との関係が「構成置換型」か「構成付加型」かによって考え方が異なる

という点です。

 

「構成置換型」と「構成付加型」との相違については、高石先生のYouTube動画などでも解説されているので、ぜひご視聴されることをお勧めします。

 

 

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟