グレースピリオド中の先行技術からの除外には「発明者主体の完全一致」が必要

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの竹内 茂樹 (カリフォルニア州弁護士・パテントエージェント・弁理士、Kim and Stewart LLP)です。

 

今回はMerck v. Hopewell事件(CAFC判例)について解説したいと思います。

 

先行技術からの除外(pre-AIAの「他人による(by another)」)には、「発明者主体の完全一致」が必要と判断された事件です。

 

お知らせ

競合他社が自社の特許権を侵害しているとき、どのように対応するべきか、どのように権利行使するのか、審理がどのように進んでいくのかを知っておくことは重要ですね。

 

侵害訴訟を提起する前は、何をすればよいのでしょうか。警告書を送って交渉するとしても、その際、何に注意すべきでしょうか。

 

訴訟提起時は、どのように立証して、誰を被告にすべきでしょうか。

 

訴訟審理はどのように進んでいくのでしょうか。差止を早期に実現するにはどうすればよいのでしょうか。強制執行は?

 

さらに相手に無効審判を起こされたらどうしましょうか?

 

上記内容に加え、特許権侵害訴訟における主要な論点(技術的範囲の解釈、無効理由の判断手法)の基本的事項や侵害訴訟の審理の進め方等を含め、特許権者の立場からの権利行使の実務上の留意点と訴訟戦術を、特許権侵害訴訟の実務に精通した山田先生に、ご自身の実務経験も踏まえて教えて頂きます。

 

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詳細は以下をクリックして開くページからご確認ください。

 

 

事件名:Merck Serono S.A. v. Hopewell Pharma Ventures, Inc.

事件番号: 2025-1210, 2025-1211 (2025年10月30日判決) (Precedential)

担当判事: Hughes, Linn, Cunningham (執筆: Linn判事)

 

解説

米国特許法において、特定の例外規定により、先に出願・公開された開示であっても先行技術として扱われない場合があります。例えば、発明者自身の公開については、それが「他人による(by another)」ものではないため、グレースピリオド(猶予期間)中は先行技術として扱われないケースがあります。しかし、複数の発明者が存在し、その一部が関与する場合、何をもって「他人による」とするかについては曖昧さが存在しました。

 

本件において連邦巡回控訴裁判所(U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit, CAFC)は、pre‑AIA法の下で先行技術から除外されるためには、無効理由として依拠される引用文献の「該当開示部分」が、当該クレームの発明者と同一の発明者主体(inventive entity)により生み出されたものであること(すなわち発明者集合の「完全一致」)が必要であることを明確にしました。また、誰が当該開示を発明したかは、著者や発明者欄の形式的な比較だけでは決まらず、事実認定を要し得る点も指摘されています。

 

なお、本判決の射程はpre‑AIAの条文・文脈に限定されており(判決注記参照)、AIA後(現行法の第102条)の例外規定も含め、同様の結論になるかは個別検討が必要です。

 

事実/背景

メルク社(Merck)は、慢性疾患(多発性硬化症)の治療法を開発し、複数の特許を取得しました。開発期間中、メルク社は、この治療計画の一部において第三者(Ivax社)と提携しました。開発プロセスの一環として、メルク社の発明者グループの一部(4名中3名)が会合に出席し、新たな治療法に関する秘密情報を第三者に開示しました。その後、この第三者は当該治療法に関連する特許出願(「Bodor引例」)を行いました。このBodor引例は、メルク社の特許の有効出願日の1年以内に公開されましたが、メルク社のメンバーは発明者として記載されていませんでした。

 

ホープウェル社(Hopewell)は、当事者系レビュー(Inter Partes Review, IPR)において、Bodor引例と他の引例の組み合わせにより、メルク社の特許が自明であると主張しました。特許審判部(Patent Trial and Appeal Board, PTAB)は、この主張を認めました。メルク社は、Bodor引例は自社の特許に記載されたメルク社の発明者らに由来するものであり、「他人による」ものではないため、先行技術としての適格性を欠くと主張しました。しかし、PTABは、メルク社特許の発明者の一人が共同開示の会合に出席しておらず、Bodor引例の関連部分の発明者であることを立証できなかったと判断しました。その結果、発明者の完全な重複がないため、Bodor引例は「他人による」ものとして先行技術として利用可能であるとされました。これに対し、メルク社は控訴しました。

 

判決

原判決支持(Affirmed)。メルク社は、発明者の一部が共通であり、かつ(引用例の)他の発明者が関与していない場合には、1年以内の共同開発を萎縮させないために先行技術から除外すべきであり、また、特許審査便覧(Manual of Patent Examining Procedure, MPEP)や過去判例から完全一致は必須ではない、と主張しました。

 

しかし、CAFCは、長年の判例(特にIn re Land事件)に基づき、共同発明者による発明について引用文献を「他人による」ものではないとして除外するには、依拠される開示部分が当該クレームの発明者主体の共同の仕事であることを示す必要があり、引用文献の開示主体とクレームの発明者主体に不一致があれば(発明者の追加・削除のいずれの場合でも)「他人による」ものとなると判示しました。また、CAFCは、MPEPが法令・判例解釈の権威ではない点についても言及しています。

 

実務への影響

(1)共同研究・委託開発の「相手方出願」が1年以内でも先行技術になり得る

共同研究相手が、共有された情報に基づき先に出願・公開した場合、それが出願日から1年以内の公開であっても、当該引用例の「依拠される開示部分」について、クレーム発明者との発明者主体の完全一致(発明者の追加も削除もない)を立証できなければ、「他人による」ものとして先行技術となり得ます。共同研究では、誰がどの開示(数値範囲等)を提案したかの記録・裏付け(議事録、メール、ドラフト等)を意識的に残す必要があります。

 

(2)MPEPの都合の良い記述に依存した主張は危険

MPEPは審査実務において重要ですが、訴訟や審判の場において、CAFCの判例法と齟齬がある場合、法的拘束力を持ちません。本件でメルク社は、発明者の不一致があっても先行技術から除外されると解釈できるMPEPの特定の箇所(§ 2132.01「発明者、または共同発明者のうちの少なくとも一人が、出願日より1年以内に自身の研究成果を公表した場合、その公表内容は先行技術として出願に対して不利に用いられることはない」など)を根拠に主張しました。しかし、裁判所は、「MPEPは法律や判例法の解釈において権威を持たない」と明言し、長年の判例(In re Land事件)に従って、その主張を退けました。実務において、自分に都合の良いMPEPの一節に依拠してストーリーを構築することは、法廷では通用しないリスクがあることに留意する必要があります。

 

 

竹内 茂樹(カリフォルニア州弁護士/パテントエージェント/弁理士)

専門分野:米国特許の権利化実務

    
Kim and Stewart LLP https://kimandstewart.com/