請求項中のパラメータの導出方法に関する発明の詳細な説明中の記載が誤りであり、誤記の主張も斥けられ、サポート要件が否定された事件

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。

 

今回は、《東京地方裁判所》請求項中のパラメータの導出方法に関する発明の詳細な説明中の記載が誤りであり、誤記の主張も斥けられ、サポート要件が否定された、-東京地判令和5年(ワ)第70114号【自動二輪車のブレーキ制御装置】事件<柴田裁判長>-(控訴審・知財高判令和6年(ネ)第10038号<本多裁判長>同旨)について解説します。

 

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【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(請求項1)

 1A 所謂自動二輪車であり少なくても2つの車輪を有する車両に用いられるブレーキ制御装置であって、
 1B 該ブレーキ制御装置は、車体速検出装置と、車両挙動検出装置と、ECU(コントロールユニット)と、制動装置と、で構成され、
 1C 車体速検出装置は、車輪速センサーであって、検出された信号より車両走行速度を得て、
 1D 車両挙動検出装置は、進行方向に対して左右ロール方向と左右横方向の状態を検出するセンサーであって、該検出された信号により傾斜角速度(Ψ)と横加速度(Gken)を得て、
 1E ECUは、検出された信号演算と車両挙動に応じた目標制動力演算及び制動装置へ制動指令を行うものであって、
 1F 前記信号演算として、横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った補正後の横G(Ghosei)の導出方法を少なくとも有し
 1G1 制動装置は、前記ECUからの制動指令により車両を減速させる機構であって、
 1G2 エンジンブレーキとブレーキディスクへの加圧減圧の手段を有し、
 1H 当該車両において、前記傾斜角速度(Ψ)と前記補正後の横G(Ghosei)の組合わせにより、車両挙動が判断され、
 1I 該車両挙動に応じた目標制動力が決定され、前記車輪で制動がされ、制動によりロール方向の挙動の抑制が図られること、を特徴とする車両ブレーキ制御装置。

 

2.本判決

(1)本判決の要旨

本判決は、請求項中のパラメータである「…横Gの導出方法」に関する発明の詳細な説明中の記載が誤りであると判断し、原告(特許権者)の誤記である旨の主張も斥け、サポート要件を否定した。

明細書【0073】には、「Ghosei=Gken−(Ψ・Rhsen)」との式(式A)が記載されている。もっとも、Ψは傾斜角速度、Rhsenはセンサ位置の高さと解されるが、この式は加速度と速度を減算するものであり、次元が一致せず物理学的に意味を持たないと本判決は指摘した。すなわち、式Aは物理的に成立しないため、当業者がこれを用いて実際に補正後の横Gを導出することは不可能であると判断された。

原告は式Aは誤記であり、本来はΨを傾斜角加速度と解すべき式A´であると主張したが、本判決は、本件明細書全体において傾斜角速度Ψを一貫して用いていること、仮に加速度に訂正すると他の記載と整合性を欠き理解不能となる箇所が生じることから、誤記であると一義的に確定することはできないから、原告主張の訂正を前提とすることはできないとした。

 

『当業者は、式Aに含まれる項の次元が異なることから何らかの誤りがあることは理解できるものの、次元の違いによる問題を解消する方法は原告が主張する訂正に限られるものではなく、また、式Aの内容等から、次元の違いによる問題を解消するためには、式A´に訂正する以外の方法はないと当業者が理解できると認めるに足りる証拠はない。さらに、式Aの訂正と整合するように、本件明細書の式Aに関する記載部分を訂正していくと、それまで問題なかった明細書の記載の趣旨が理解できなくなったり、整合しなくなってしまうことが認められる。これらの事情からすると、本件明細書の記載から、式Aが式A´の誤記であると理解できるとはいえない。よって、式Aについて式A´の誤記であると理解できることを前提とする原告の主張はその前提を欠く。…本件発明のいずれについても、本件明細書に記載された発明であるとはいえず、サポート要件を欠く。』

 

(2)サポート要件違反に関する本判決の判旨抜粋

『(1) 本件発明1について
   ア 本件発明1の構成要件1Fは、「前記信号演算として、横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った補正後の横G(Ghosei)の導出方法を少なくとも有し、」というものであり、構成要件1Hは、「当該車両において、前記傾斜角速度(Ψ)と前記補正後の横G(Ghosei)の組合せにより、車両挙動が判断され、・・・」というものであり、本件発明1は、算出された補正後の横G(Ghosei)を利用するECUによって車輪を適切に制動し、これによってロール方向の挙動の抑制を図る車両ブレーキ制御装置(構成要件1I)であるとされている。
 そして、本件発明1は、前記1のとおり、自動二輪車等の制御装置について、従来は、正確な傾斜角の検出ができなかったという課題を解決して、車両の走行状態での正確な横Gを検出できるようにしたというものである。これらからすると、構成要件1F及び1Hの「横G(Ghosei)」は、従来はできなかった正確な傾斜角の検出を行うなどした上で算出された、車両の傾斜走行状態での正確な横Gであると認められる。
 ここで、制動指令の前提となる「横G(Ghosei)」は、「横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った」(構成要件1F)ものであるとされていることから、「横G(Ghosei)」は、横加速度を検出する加速度センサーの検出値を基に、これに補正をかけて得られる値であると理解できる。もっとも、本件発明1の特許請求の範囲には、「横G(Ghosei)」について、単に加速度センサーの値から「ロールによる影響を取り除く演算を行った」(構成要件1F)と記載するのみで、どのような演算をするかは明示されていない。そうすると、特許請求の範囲には、従来の課題を解決するものを用いることのみが記載され、その解決のための構成は記載されていないといえる。

 
   イ 本件明細書には本件発明の意義として前記1のとおりの記載があり、車両の正確な傾斜角の検出ができず、正確な横Gを検出できなかったという課題を解決して、車両の走行状態での正確な横Gを検出できるようにしたというものであるとされている。

もっとも、本件明細書には、従前は検出できなかった正確な傾斜角の検出をどのようにするかや、その傾斜角が判明した場合に正確な横Gを算出するためにどのような補正を行うかについての記載はない。
 他方、本件明細書には、センサーによる検出結果を補正して横Gを算出する方法として、Ghosei=Gken-(Ψ・Rhsen)(式A)との記載がある(【0073】)。本件明細書の【0073】では、「Gken」は、実際の走行傾斜時に検出される検出横Gであるとされ、「Ψ」は傾斜角速度、「Ghosei」はΨを用いたGkenの補正後の横Gであるとされていて(なお、「Rhsen」について、本件明細書には定義がないものの、「hsen」について路面とセンサとの距離であることを示唆する記載があったり(【0050】【0058】【0061】、図8、9)、「RはGセンサー#23の実車取付けの高さ(図8bhsen)」(【0063】)との記載、Ψ・Rhsenについて、Rhsenに1を代入した上で「但し、センサー取り付け高さRを1mとする。」との記載(【0074】)があったりすることから、「Rhsen」車体を垂直にしたときのセンサ取り付け位置の高さであることを一応推測できる。)、その「Ghosei」は、本件発明の課題として言及されている「正確な横G」であると理解することができる。そして、式Aは、その体裁から、本件発明の意義(前記1参照)として記載されている、「横Gセンサー」で検出されたGkenと「角速度センサー」で検出されたΨを用いて「正確な横G」を算出する方法を記載した式であると理解できる。

 しかしながら、「Ψ・Rhsen」からは、傾斜角は算出されないし、式Aから、傾斜角を算出することなく「正確な傾斜角の検出ができなかった諸問題」が解決されていると理解することもできない。さらに、Ghosei及びGkenは、加速度の次元(長さ/時間2)を有し、Ψ・Rhsenは速度の次元(長さ/時間)の次元を有していることから、式Aは物理学上、明らかに意味を持たない式である(弁論の全趣旨)。
 そして、本件明細書には、式Aの他に、センサーによる測定値を基に「正確な横G」を算出する方法についての記載はない。

 
   ウ 本件明細書によれば、本件発明は、車両制御のためには「正確な横G」の取得が必要であるところ、横加速度を検出する加速度センサーの値をそのまま用いることができないこと、当該値から正確な横Gを算出するためには傾斜角度を取得することが必要だがそれができないことが課題として記載され、本件発明はその課題に対して、車両の傾斜走行状態での正確な横Gを算出したものであるとされており、「横加速度を検出する加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算を行った」という「横G(Ghosei)」についての、当該演算が、本件発明の課題解決の根幹に当たる部分であるといえるといえる。
 しかしながら、特許請求の範囲には、その演算について、従来の課題を解決するに足りる構成は記載されていない。また、本件明細書の発明の詳細な説明をみても、関係する記載は前記イのとおりである。本件明細書の式A(【0073】)が、一応、上記の演算であると理解することはできるが、他に、関係する記載はない。そして、前記イのとおり、式Aは本件発明の課題とされている傾斜角を算出しない上、そもそも物理学上意味をなさない式であり、当業者はおよそ式Aを用いて車両制御に利用可能な横G(Ghosei)が算出できると理解できるものではない。

 
   エ(ア) 原告は、本件明細書の記載は、別紙対比表のとおり誤記があり、正しくは同表の「訂正後」欄記載のとおりであると主張する。構成要件1Fの「演算」については、式Aのみが当たり得るところ、式Aは前記イで認定したとおり、次元の異なる物理量の差し引きをしていることから物理学上意味をなさない式であり、当業者は、式Aに何らかの誤りがあると理解することができるといえる。この点について式Aについて、原告が主張するとおり

 Ghosei=Gken-(・Rhsen)(式A´)
 (ただし、「」は傾斜角加速度)

の誤記であると理解すれば、減算される物理量の次元が異なるという問題については解消される。しかし、次元を整える目的のみであれば、その訂正の方法は式A´とすることに限られるものではないのであり、他に解消方法を考え得るのであり、その考え得る解消方法が物理法則やそれを踏まえた技術常識等に照らして不合理であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、式Aの記載のみから、どのような誤記であるかのかが一義的に定まるものであるとはいえない。

 (イ) さらに、原告は、式Aについて「Ψ」を「」に訂正するに当たって、そのままでは式Aに関する説明が記載されている【0073】のその他の記載と矛盾が生じるため、式Aのみならず、同段落における他の「Ψ」の記載も「」に訂正し、1か所の「傾斜角速度」との記載も「傾斜角加速度」に訂正するものとしている。

 

しかし、原告が主張する訂正により、訂正後の【0073】は、「この補正後の横G(Ghosei)は、(0063)式のGkenから傾斜角加速度()を用いた補正であり、(0067)の式に対して、傾斜角が変化しない状況である。すなわち、式の「・Rhsen」の項については、ゼロとなることから二つの式を整理し記述すると、・・・」との記載を含むことになるが、傾斜角加速度()がゼロであっても、傾斜角速度(Ψ)がゼロでないとき(定速傾斜時)は傾斜角が変化する状況なのだから、傾斜角加速度()に関する項「Rhsen」がゼロであることは直ちに「傾斜角が変化しない状況」を意味するものではないから、原告が主張する訂正をすると同記載部分の趣旨が理解できなくなってしまう。他方で、当該箇所について、「Ψ」を「」に訂正しなければ、その内容は理解可能である。

 

同様に、原告が主張する訂正後の【0073】の「・・・この様に、式の「・Rhsen」の項について、ゼロにしたデーターは、定常円旋回時に得られたデーターと呼ばれることがある。・・・」との記載についても、定常円旋回時には、傾斜角が一定になるため、「傾斜角速度」が0になるところ、「傾斜角加速度」に関する項が0になっても、「傾斜角」が変化しないとは限らない(傾斜角加速度が0の場合には、定速傾斜の場合も含まれる。)のであるから、訂正すると同記載部分の趣旨が理解できなくなってしまう。この点についても、当該箇所について訂正しなければその内容は理解可能である。
 さらに、式Aは、測定された加速度(Gken)を角速度(Ψ)の値によって補正する式であるといえるが、これは、「走行時の横Gセンサーと角速度センサーを関連付けることによって、従来は、正確な傾斜角の検出ができなかった諸問題を解決」(前記1)という本件明細書に記載されている課題解決の基本的な方法として明示されている手法に文言上最も沿うものである。他方、式Aを式A´に訂正すると少なくとも直接的にはこれに文言上最も沿うものとはいえない内容になってしまう。

 
 (ウ) また、原告は、誤記を訂正した後の【0063】の記載によれば、傾斜走行時に検出される検出横G(Gken)には、ロール速度の変化の影響である加速度成分(・Rhsen)が重畳されていること、重畳された当該加速度成分は、傾斜角速度センサーの速度変化である傾斜角加速度()を減算することで取り除くことができることが分かるなどと主張する。

 

しかし、前記イで説示したとおり、本件明細書においてセンサーで取得した加速度の値を修正して得られる制御に用いる加速度として言及されているのは【0073】の横G(Ghosei)のみであり、【0063】には、本件発明1の「横G(Ghosei)」の算出方法は記載されていない。仮に、【0063】に本件発明1に係る「加速度センサーのロールによる影響を取り除く演算」が「・Rhsen」を減算する趣旨であることを示唆する記載があると評価できるとしても、【0073】の方がより直接的な制御に用いる修正後の加速度を算出する方法に関する記載であると評価できるにもかかわらず、式Aについては、前記イで説示した問題がある。
 また、【0063】には、
 Gken=g・cosΦ・tanρ-Ψ・Rhen
 (訂正後は「Gken=g・cosΦ・tanρ+・Rhsen」)

という式が記載されており、訂正後の式には「・Rhsen」という項が含まれているものの、これを減算(訂正後は加算)した「g・cosΦ・tanρ」が物理学上、本件発明で算出することが課題とされている「正確な横G」に当たり、同物理量が判明すれば「正確な傾斜角の検出ができなかった諸問題」を解決できるものと理解できると認めるに足りる証拠はない。そうすると、仮に【0063】の記載が原告の主張するとおりの誤記であると認定できるとしても、当該式のみからでは、センサーによる検出値である「Gken」から「・Rhsen」を減算することが課題解決につながり、構成要件1Fの「ロールによる影響を取り除く演算」に当たるものであると理解できるとはいえない。

 

 また、原告の主張中には、【0063】より前の【0061】、【0062】の記載から【0063】の記載が誤記であることが理解できると主張する部分があるが、【0061】、【0062】にも多数の誤記があり、「Ψ」と「」に関する誤記のみならず「-」と「+」に関する誤記まであり、どの部分が誤記であるのか容易に理解できるとは認め難い。もともと、本件明細書では、その全体にわたって、その説明の当初から基本的に一貫して加速度の次元の物理量から角速度(周速度)の次元の物理量を加算ないし減算するという式を前提とする内容で説明が記載されていて、前記エで説示したとおり、当該式に直接関連しない部分についてもこれと矛盾しない内容になっていた。そのような本件明細書について、当該式を訂正すると別の部分と矛盾が生じる内容になっている。これらからすると、当業者は、本件明細書に記載の誤りがあることを理解するとしても、本件明細書において、本来どのようなことが記載されようとしていたのかや、どの部分がどのような誤記であるかを理解することができるとは認められない。

 
 (エ) 以上のとおり、当業者は、式Aに含まれる項の次元が異なることから何らかの誤りがあることは理解できるものの、次元の違いによる問題を解消する方法は原告が主張する訂正に限られるものではなく、また、式Aの内容等から、次元の違いによる問題を解消するためには、式A´に訂正する以外の方法はないと当業者が理解できると認めるに足りる証拠はない。さらに、式Aの訂正と整合するように、本件明細書の式Aに関する記載部分を訂正していくと、それまで問題なかった明細書の記載の趣旨が理解できなくなったり、整合しなくなってしまうことが認められる。
 これらの事情からすると、本件明細書の記載から、式Aが式A´の誤記であると理解できるとはいえない。よって、式Aについて式A´の誤記であると理解できることを前提とする原告の主張はその前提を欠く。・・・』

 

(3)控訴審・知財高判令和6年(ネ)第10038号<本多裁判長>における補充主張部分

『控訴人が主張する「戻り角(ρ)」に着目すると、発明の詳細な説明には「ハイブリットセンサー20には、進行方向の加速度を検出する加速度センサー21、進行方向ロール速度を検出する傾斜角速度センサー22及びロール方向の加速度を検出する加速度センサー23が小型に内蔵されおり、ライダーの体重を含めた合成重心に近いところにレイアウトされる。ハイブリットセンサー20には、傾斜時に生じる理論バンク角(Φ)及び傾斜によってタイヤでの荷重接地点変化から生じる戻り角(ρ)が同時に存在している。(図8も同時参照)センサー20に生じる力(ベクトルA)と実際に生じる力(ベクトルAʼ)とはずれが生じている。このずれ角(戻り角(ρ))によって、正確な横Gを検出することが解析された。」(【0060】)、「Gken=g・cosΦ・tanρ-Ψ・Rhenと変形でき、シンプルな式になる。ここで、表されるΦは車両の理論バンク角度であり理論傾斜角でもある、傾斜角速度センサー22から検出される角速度Ψ(rad/sec)を時間積分して得られた角度であり、ρは傾斜戻り角であり、RはGセンサー#23の実車取付けの高さ(図8bhsen)をそれぞれ示している。」(【0063】)との記載が認められるが、この記載は、「横加速度(Gken)」を解析した結果として、傾斜角Φ、傾斜戻り角ρ、傾斜角速度Ψ等を用いた式で表すことができることを示すに尽きるのであり、他方で、特許請求の範囲の記載において、本件発明1の「横加速度(Gken)」は「横加速度を検出する加速度センサー」により検出されたものとの特定がされているものの、傾斜角Φ、傾斜戻り角ρ、傾斜角速度Ψ及びRhenに基づき、Gken=g・cosΦ・tanρ-Ψ・Rhenという演算から導き出されたことは特定されていないから、控訴人の主張はその前提を欠く。
 また、仮に「横加速度を検出する加速度センサー」により検出された「横加速度(Gken)」を正確な横Gであるとするならば、正確な横Gの検出は「横加速度を検出する加速度センサー」が本来的に備えている機能であり、正確な傾斜角の検出とは無関係である。そうすると、控訴人が主張する「①「走行時の横Gセンサーと角速度センサーを関連付けること」及び「正確な傾斜角の検出」によって、走行状態での「正確な横G」の検出を可能とすること」という課題とは矛盾することにもなるから、控訴人の主張は本件明細書の記載とは整合しない独自の見解であって採用することはできない。』

 

3.若干の考察

 サポート要件は、「・・・特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」を検討して判断する。
 ここで、発明の詳細な説明の記載は、特に反論が提起されない限り一応正しいものとして扱われ、当業者が発明の課題を解決できると認識できるとして、サポート要件が認められる。
 これに対し、発明の詳細な説明に記載されたメカニズム、作用機序、実施例・比較例等に誤りがある、または、クレームされた全範囲にわたりそれらが及ばないと主張された場合は、立証責任は特許出願人・特許権者に課され、立証できずにサポート要件、実施可能要件、発明該当性が否定された裁判例はいくつかある(下掲)。進歩性については、立証責任は無効を主張する者に課されるが、独立要件説・総合考慮説にかかわらず、容易想到性が不利な場合に予測できない顕著な効果で逆転することを企図するときには、立証責任は、特許出願人・特許権者に課されるところ、明細書に記載された効果が誤りであるとされて、予測できない顕著な効果が否定され、進歩性が否定された裁判例もある(下掲)。
なお、発明の詳細な説明中の記載が科学的に誤りである(自然法則に反する)ことの主張は、追試、公知文献(出願日後でもOK)、専門家意見書等により立証することが多い。

 

【関連裁判例(発明の詳細な説明中の記載が誤りであるとして、特許要件が否定された裁判例)】

1.サポート要件、実施可能要件を否定した裁判例

(1)知財高判平成17年(行ケ)第10645号【密封包装物の検査方法】<塚原裁判長>

特許法36条4項及び6項違反についての審決の判断…

 段落番号【0008】に,『これにより,密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの電極4を接触ないし近接せしめるとき該密封包装物3内の導電性を有する内容物1は,電極4にかかる高電圧(0.6kV~30kV)のマイナス又はプラスの電位により帯電してマイナス(-)イオン又はプラス(+)イオンが発生する。』と記載され,図1にはマイナス(-)イオンのみが内容物全体に発生したように図示されているが,この『マイナス(-)イオン又はプラス(+)イオン』がどのように発生したのか不明であり,当業者は容易にこのことを実施することができない。すなわち,閉回路がなく変位電流が流れず,あるいは,密封包装物3の側面部31を電荷が移動しないのであれば,マイナス(-)イオン又はプラス(+)イオンを発生させるための電荷はどこから供給されるのかが不明である。もし内容物の外部から電荷が供給されずに内容物にマイナス(-)イオン又はプラス(+)イオンが発生するというならば,電荷保存則に反している。

 …

当裁判所の判断

 … 本願発明のように,「該密封包装物3の側面部31に…単一の電極4を接触ないし近接せしめて…該密封包装物3内の内容物1に電気絶縁性被膜2を介して帯電せしめ」ることは,電荷保存則に反し,何人にも実現することが不可能であるから,このような発明は不明確であるといわざるを得ず,また,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない…。

 

(2)知財高判令和3年(行ケ)第10094号【PCSK9(二次訴訟)】<菅野裁判長>

*(特許権者が主張した)本件発明の技術的意義が成り立たないことを立証成功!!

⇒サポート要件×

…31H4抗体と競合する抗体であれば、31H4抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9とLDLRタンパク質との結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点に本件発明の技術的意義がある…。…このような抗体全般が31H4抗体と類似の機能的特性を示すことを裏付けるメカニズムについての説明が見当たらない以上、本件発明の「PCSK9との結合に関して、31H4抗体と競合する抗体」が31H4抗体と「類似の機能的特性を示す」ということはできない。…

当業者において、31H4抗体と競合する抗体が結合中和抗体であるとの理解に至ることは困難というほかない。

…博士が、「31H4抗体と競合する抗体…の全てが結合を中和する効果を有するだろうというのは確実に誤りである。」旨の意見を述べている。…以上によれば、本件発明1及び5は、いずれもサポート要件に適合するものとは認められない。

 

(3)知財高判平成28年(行ケ)第10064号【ポリビニルアルコール系重合体フィルム】<森裁判長>

*発明の物質であれば種類を問わず課題を解決できると認識不可

※発明の詳細な説明に「本発明者は、…水に溶解させた際のpHが一定範囲にあるPVA系重合体フィルムにより上記目的が達成されることを見出し…た。」と記載されていたが、当該メカニズムが認識できないと判断された。

…当業者が,界面活性剤として本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を採用し,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.3質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「3.6~6.2」とした実施例において,30℃長期保管試験及び80℃短期保管試験において,黄変の抑制効果が得られたことが開示されていることに接した場合,本件訂正発明1の「ノニオン系界面活性剤(B)」であれば,その種類を問わず,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.001~1質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「2.0~6.8」とすることにより,常温長期保管時の黄変を抑制し得るPVA系重合体フィルムを提供するという本件訂正発明1の課題が解決できることを認識することができるとは認められない。そうすると,本件訂正発明1は,本件出願日当時の技術常識を有する当業者が本件訂正明細書において本件訂正発明1の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものであって,特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合するものということはできない。」

 

(4)知財高判平成27年(行ケ)第10201号【容器詰飲料】<清水裁判長>

*課題を具体的に認定した⇒サポート要件×

実施例から課題解決メカニズムを読み取れない。

※発明の詳細な説明に「本発明者は,イソクエルシトリン及びその糖付加物とともにアルコール類をそれぞれ特定量含有せしめ,更にpHを特定範囲内に調整することで,長期間にわたって保存しても色調が変化し難く,外観が保持される飲料が得られることを見出した。」と記載されていたが、当該メカニズムを当業者が認識できないと判断された。

「…当業者において,本件明細書の実施例・比較例の条件において,L-アスコルビン酸に加え,イソクエルシトリン及びその糖付加物が配合されていることから,L-アスコルビン酸の褐変が生じない(したがって,本件明細書の実施例・比較例の飲料の色調変化には,L-アスコルビン酸の褐変に起因する色調変化は含まれない。)と理解するものとはいえない。…  以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識に照らして,本件訂正発明9~16は,容器詰飲料に含まれるイソクエルシトリン及びその糖付加物の色調変化を抑制することにより,当該容器詰飲料の色調変化を抑制する方法を提供するという課題を解決できるものと,当業者が認識することができるとはいえない。」

 

(5)東京高判平成12年(行ケ)第176号【連続成形トリミング方法】

*明細書に記載が無い場合の立証責任

⇒明細書の記載が不十分であった場合に、記載不備と判断した。

「明細書の記載が当業者なら説明不要の周知技術であるか否かが争点となったときは,それを主張する側(出願人)が裁判所をして認定可能なだけの主張・立証を尽くさなければならず,立証がない限り裁判所は『明細書の記載に不備あり』として扱う」

「発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,上記構成が記載されていなければならない…。もっとも,特許請求の範囲に記載されたところが,当業者にとって,その文に接しさえすれば,それ以上に格別の説明はなくとも容易に実施することのできるという程度の技術である場合には,例外的に,必ずしも,その説明を明細書に記載する必要はないとするのが,上記条項の設けられた目的に照らし,合理的な解釈であるというべきである。しかし,審決取消訴訟において,特許請求の範囲に記載されたところが上記の程度の技術であるか否かが争われるに至った場合には,特許請求の範囲に記載されたところが上記の程度の技術であることを主張する側において,当業者ではない裁判所であってもそのように認定することができるだけの主張立証をしない限り,裁判所としては,明細書の記載に不備があるものとして扱うほかない…。」

 

(6)知財高判平成25年(行ケ)第10250号【ポリイミドフィルム】

*実施可能要件の立証責任は出願人

⇒実施可能要件を巡り,「実施可能性(技術的正確性)については本来出願人が主張立証責任を負う。本件明細書は熱膨張係数を小さくするための具体的指針を欠くのに,被告(出願人)は具体的な立証を行っていない」

「…本件明細書は,具体的に溶媒含量,温度条件,延伸速度等をどのように制御すれば熱膨張係数が本件発明9の程度まで小さくできるのかについて具体的な指針を何ら示していない。本来,実施可能要件の主張立証責任は出願人である被告にあるにもかかわらず,被告は,本件発明9の熱膨張係数の範囲を充足するODA/BPDAの2成分系ポリイミドフィルムの製造が可能であることについて何ら具体的な主張立証をしない。…」

 

2.発明該当性を否定した裁判例

(1)東京高判平成15年(行ケ)第166号【…アトピー性皮膚炎治療用の外用剤】<塚原裁判長>本件明細書…においては,本件臨床試験結果が記載されてはいるものの,①本件臨床試験が実際にされたこと,②本件臨床試験に使用された薬剤が,真実…外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと,並びに③本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることを認めるに足りる証拠はないというほかなく,また,本件臨床試験以外のものについて被告が主張する諸点を検討しても,本件薬剤に治療効果があることを認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件発明の技術内容(技術手段)によってその目的とする技術効果を挙げることができるものであることを推認することはできないのであるから,本件発明とされるものは,発明として未完成であり,特許法29条1項柱書きにいう「発明」に当たらず,特許を受けることができない…。」

 

3.進歩性を否定した裁判例(一次判決と異なり、予測できない顕著な効果が否定された)

(1)知財高判平成24年(行ケ)第10419号【カルベジロール(二次判決)】<設樂裁判長>

⇒(進歩性の顕著な効果に関する判示であるが、)明細書中の実施例に記載された効果が、出願日後の文献等により否定された事例。進歩性×

「米国カルベジロール試験は,治療期間が短いこと等により,その結果の信頼性が低いものであることは,前記説示のとおりである。したがって,米国カルベジロール試験においてプラセボと比較して優位な効果が確認できたことにより試験が中止されたからといって,本件発明に顕著な効果があるということはできない。」

 

 

 

高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)

    
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