こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。
「引用発明の認定」は、進歩性対応の実務における頻出マターです。
引用発明の認定を覆すことができれば、進歩性判断の前提が引っくり返るので、拒絶理由の解消にとても有効です。 そこで今回は、引用発明の認定に誤りがあると主張できる典型的なパターンを整理してみます。
以下の5パターンは、筆者が過去分析した進歩性の反論事例から抽出したものです。 もちろん実際にはこれ以外にもありますが、頻出パターンは押さえているかなと思います。
(1) 引用発明の認定に技術的な誤りがある
(2) 引用例に記載されていない事項を強引に認定している
(3) 技術的思想を抽出できない形式的な記載から引用発明を認定している
(4) 技術的意義が異なる本願発明の構成と引用発明の構成とを対応づけている
(1)引用発明の認定に技術的な誤りがある
これはわかりやすいですよね。
審査官が引用発明の内容を技術的に誤解しているパターンです。
典型的には、以下のような場合に技術的に誤った認定がされやすいと考えられます。意見書での反論は、技術的前提も含めて丁寧に説明するのがよいでしょう。
- 引用例の記載が曖昧なため、十分な技術的理解がないと正しく解釈できない
- 引用例の記載が不十分で、技術的前提を十分に理解する必要がある
(2) 引用例に記載されていない事項を強引に認定している
拒絶理由では引用例に本願発明の構成が記載されていると指摘されているものの、実際には「そんなこと書いてないよね?」というパターンです。
特に、引用例を素直に読めばAなのかBなのかわからないものを強引にAと認定されている場合には、本当にAであると論証できるのか?を検討するのがよいでしょう。 直接的に書いていないことを認定している場合、その認定には審査官の解釈が入り込んでいるはずなので、その解釈が本当に妥当なのか、引用例の技術的思想や技術常識も踏まえて疑いの目で見てみましょう。
(3) 技術的思想を抽出できない形式的な記載から引用発明を認定している
あまり多くはないのですが、引用例の記載から本願発明の構成に相当する技術的思想を抽出できないというパターンです。
典型的な例は、膨大な数の選択肢を有する一般式で表される化合物が引用例に記載されている場合です。 ピリミジン誘導体事件の大合議判決(知財高判平成28年(行ケ)10182、10184号)では、主引用発明について
進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。
と判示し、これは副引用発明を認定するときも同様であると述べました。
同様の理由により、たとえば引用例に化合物A、Bを含む100種類の化合物が選択肢として記載されていたとしても、化合物Aと化合物Bとの「組合せ」が明示的に特定されていなければ、そのような組合せに係る具体的な技術的思想を引用例の記載から抽出することはできない、といった反論もあり得るでしょう。
別の例として、引用例に非常に単純化・簡略化した構成図が記載されており、審査官がその図から読み取った寸法を引用発明の構成として認定した場合なども、そのような技術的思想は抽出できないとの反論が可能かもしれません。
以下の高石先生の記事や動画も非常に参考になります。
<引用発明の認定>公報の図面から引用発明を読み取れるか?(形状、大小関係、位置関係、寸法、配列、方向、存在)
(4) 技術的意義が異なる本願発明の構成と引用発明の構成とを対応づけている
一見すると本願発明と同じような構成が記載されているものの、よくよく技術的意義を考えてみると違うことが記載されているというパターンです。
イメージしづらいので、例を考えてみましょう。
このように、一見すると本願発明の構成が引用例に記載されているように思えても、本願発明の前提や技術的思想を考慮すると、本願発明の構成と引用発明の構成とでは技術的意義が異なることがあります。
そのような場合には、本願発明における当該構成の技術的意義をしっかり説明して、引用発明との違いを主張するのがよいでしょう。
(5) 引用発明を必要以上に抽象化している
最後は、引用発明が都合よく抽象化されているパターンです。
大きく分けて、(a) 引用発明の構成を過度に上位概念化している場合と、(b) 引用発明のひとまとまりの構成の一部を捨象している場合とがあります。
このパターンについては前回までの記事で詳しく説明したので、詳細はそちらをご参照ください。
当該記事に書いたとおり、引用発明の抽象化がどこまで許されるかは、引用例の記載内容だけでなく「本願発明との対比に必要な程度の抽象化か?」という観点も考慮して判断されます。
まとめ
進歩性の拒絶理由に対する反論事例を分析する中で、自分なりに類型化した「引用発明の認定誤り」のパターンを紹介してみました。
前半のパターン(1)~(3)に該当するかどうかは、基本的に引用例の記載だけで決まるのに対し、後半のパターン(4)~(5)では本願発明との関係も考慮する必要があることに注意しましょう。
進歩性の拒絶理由に対して(補正せずに)反論できるかどうかは、筆者の体感では7割以上「引用発明の認定」で決まります。
次に進歩性の拒絶理由に対応するときは、ぜひ引用発明が正しく認定されているかどうかチェックしてみてください。
※なお、これらのパターンは「副引用発明の認定」に対する反論事例の分析を通して抽出したのですが、どのパターンも「副引用発明の認定」だけでなく「主引用発明の認定」についても成立するように思われたので、まとめて「引用発明の認定誤り」として紹介しました。
田中 研二(弁理士)
専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟