なぜ引用発明の上位概念化が進歩性の否定に繋がるのか?(2)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

 

前回に引き続き、「引用発明の上位概念化」について考えてみます。

前回は、上位概念化を「捨象」と「抽象化」に分け、上位概念化の対象が「主引用発明」か「副引用発明」かも考慮して、次のような4類型に分けてみました。

  

 

 

前回は「要素の捨象」について検討したので、今回は「要素の抽象化」について考えてみましょう。

筆者の私見ですが、「要素の抽象化」は、発明の具体的な「構成」の抽象化と、「構成」の前にある発明の「前提」(たとえば技術分野や課題など)の抽象化と、に大別できるように思います。

そこでまずは、主引用発明や副引用発明の「構成」を抽象化するケースについて考察してみましょう。

 

「発明の構成」の抽象化

(1) 引用発明の抽象度を本願発明の抽象度と一致させる抽象化

特許性判断において引用発明の構成を抽象化して認定する場面としては、引用発明の構成が本願発明の構成の下位概念に相当し、本願発明と引用発明とで抽象度が一致していないケースが挙げられます。

たとえば、下記の例を見てみましょう。

本願請求項1に係る発明(本願発明)が「みかん果汁、保存料X、および香料を含む果汁飲料。」であるのに対して、引用発明に記載された具体例は「みかん果汁、保存料X、および香料Yを含む果汁飲料。」であるとします。

引用発明の「香料Y」は本願発明の「香料」の下位概念なので、本願発明よりも引用発明の方が抽象度が低く(より具体的に)なっています。

 

この場合、引用発明の認定としては、図中の(A)(B)の2パターンが考えられます。

パターン(A)では、引用例に記載された「香料Y」のまま引用発明を認定しています。

一方、パターン(B)では、引用例に記載された「香料Y」を本願発明の抽象度に合わせて「香料」と上位概念化(抽象化)しています。

パターン(B)のような上位概念化は、審査基準でも以下のように条件付きで認められています。

(2) 先行技術を示す証拠が下位概念で発明を表現している場合

 この場合は、先行技術を示す証拠が発明を特定するための事項として「同族的若しくは同類的事項又はある共通する性質」を用いた発明を示しているならば、審査官は、上位概念で表現された発明を引用発明として認定できる。(審査基準第III部第2章第3節3.2(2)

 

以下、このようなパターン(A)(B)の違いについて、新規性と進歩性の観点から検討してみます。

 

(1a) 新規性について

まず、(A)のように引用発明を下位概念のまま認定した場合には、引用発明が本願発明に包含される(すなわち、引用発明が本願発明の下位概念と一致する)ので「新規性なし」と判断されます。

審査基準に即して説明すれば、本願発明と引用発明とを対比する際には、以下のように「本願発明(請求項に係る発明)の下位概念」と「(上位概念化されていない)引用発明」とを対比することが許容されているので、「(上位概念化されていない)引用発明」が本願発明の下位概念といえるのであれば本願発明は新規性なしと判断されます。

4.2 請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比する手法

 審査官は、請求項に係る発明の下位概念と引用発明とを対比し、両者の一致点及び相違点を認定することができる(注)。

 請求項に係る発明の下位概念には、発明の詳細な説明又は図面中に請求項に係る発明の実施の形態として記載された事項等がある。この実施の形態とは異なるものも、請求項に係る発明の下位概念である限り、対比の対象とすることができる。

 この対比の手法は、例えば、以下のような請求項における新規性の判断に有効である。

(i) 機能、特性等によって物を特定しようとする記載を含む請求項

(ii) 数値範囲による限定を含む請求項(審査基準第III部第2章第3節4.2(2)[1] 

 

一方、(B)のように引用発明を本願発明と同じ抽象度まで上位概念化して認定した場合には、本願発明と上位概念化した引用発明とが一致するので、やはり「新規性なし」と判断されます。

 

 

結局、引用発明が本願発明の下位概念である場合には、引用発明をそのまま具体的に認定しても、本願発明と同じ抽象度まで上位概念化して認定しても、新規性の有無の結論は変わらないことになります。

 

(1b-1) 進歩性の主引用発明について

それでは、進歩性の場合はどうでしょうか?

たとえば、本願発明が「A+B+C」、主引用発明が「A+b1」(b1はBの下位概念)、副引用発明が「C」だった場合を考えてみましょう。

 

まず、主引用発明をそのまま「A+b1」と認定する場合です。

上記審査基準の第III部第2章第3節4.2(2)の規定は本願発明と引用発明とを対比する際の規定なので、本願発明「A+B+C」と主引用発明「A+b1」とを対比する際にも使えます。

そうすると、本願発明の下位概念である「A+b1+C」と主引用発明「A+b1」とを対比して相違点を認定できるので、相違点は「C」となります。

副引用発明「C」が相違点と一致するので、動機付けなど他の要件を満たすことを前提として、本願発明は進歩性を欠くと判断されます。

 

一方、上記審査基準の第III部第2章第3節3.2(2)の規定により、主引用発明を「A+B」と上位概念化した場合も、本願発明と主引用発明との相違点は「C」となるので、やはり結論は「進歩性なし」となります。

 

このため、主引用発明の構成をそのまま認定した場合も、本願発明の抽象度まで上位概念化して認定した場合も、基本的には進歩性の結論は変わらないようにも思えます。

 

しかし、「一般論としてA+BにCを適用するのは容易だとしても、Bの中でb1だけは殊更にCと相性が悪い」といった特別な事情がある場合はどうでしょうか?

 

この場合、b1→Bという抽象化によって進歩性の結論が変わってしまう可能性がありそうです。つまり、主引用発明「A+b1」にCを適用することには本来阻害要因があるのに、b1→Bと抽象化したことで阻害要因がなくなり、進歩性が否定されてしまうかもしれません。

 

みかんジュースの例で考えると、以下のとおりです。

 

この場合、主引用発明の保存料Xと副引用発明の香料Zとの取り合わせが悪いことから、副引用発明を主引用発明に適用することには阻害要因があります。

しかし、主引用発明がしれっと「みかん果汁および保存料を含む果実飲料。」という上位概念で認定されて、主引用発明の保存料が香料Zと相性の悪い保存料Xであることを見逃してしまうと、反論可能なポイントを一つ見落としてしまうことになります。

 

このため、進歩性判断においては、主引用発明の構成が抽象化されて認定された場合、その妥当性を慎重に考える必要があるでしょう。

(なお、実際の審査実務上は、審査官も、主引用発明を抽象化せず「A+b1」と認定した上で、副引用発明「C」を適用することの動機付け・阻害要因を検討することが一般的だと思います。)

 

(1b-2) 進歩性の副引用発明について

副引用発明の構成が抽象化された場合も、主引用発明と同様の点に注意すべきであると考えます。

たとえば以下のようなケースを考えてみましょう。

本願発明は「A+B+C」、主引用発明は「A+B」、副引用発明は「c1」(c1はCの下位概念)です。

 

 

副引用発明を「c1」と認定しても、本願発明と同じ「C」まで抽象化して認定しても、進歩性なしとの結論は一見変わらないようにも思えます。

しかし、「一般論としてA+BにCを適用するのは容易だとしても、Cの中でc1だけは殊更にA+Bと相性が悪い」といった場合には、上記の主引用発明の抽象化と同じように、本来存在したはずの阻害要因が捨象されることになります。

くどいかもしれませんが、みかんジュースの例では以下のようになります。

 

 

本来、主引用発明の保存料Xと取り合わせの悪い香料Zを含む副引用発明を主引用発明に適用することには阻害要因があります。

しかし、もし副引用発明が「みかん果汁および香料を含む果汁飲料。」と抽象化されて認定されてしまうと、副引用発明が保存料Xと併用できない点を見逃してしまうかもしれません。

このため、副引用発明の構成が抽象化されて認定された場合も、その妥当性は慎重に検討すべきでしょう。

 

(1)のまとめ

以上のように、引用発明の構成が本願発明の構成の下位概念である場合において引用発明の構成が抽象化されて認定されているケースでは、新規性欠如と判断されている場合には抽象化の是非のみを争うメリットは少ないと考えられます。

一方、進歩性欠如と判断されている場合には、構成の抽象化によって阻害要因などが捨象されていないかを検討した方がよいでしょう。

なお、逆に引用発明を下位概念化して認定することは原則として許されていない(審査基準第III部第2章第3節3.2(1))ので、もしそのような認定がされた場合には反論できないか検討するとよいでしょう。

 

(2) 引用発明の抽象度を本願発明の抽象度とずらす抽象化

上記とは逆に、引用発明の構成が抽象化されて認定された結果として本願発明と引用発明とで抽象度がずれている場合には要注意です。

 

たとえば、以下のような例を考えてみましょう。

 

 

この例では、本願発明が「香料Z」と特定しているのに対し、主引例で実際に使用されている「香料Y」を「香料」に上位概念化して主引用発明を認定しています。

このように認定すれば、主引用発明の「香料」として副引用発明の「香料Z」を採用することは容易である、という論理付けが(一見)できそうです。

しかし、本願発明では単に「香料」ではなく「香料Z」を含むことが特定されているのですから、本願発明と主引用発明とを同じ抽象度で対比するためには、主引用発明が香料として「香料Y」を含むことまで認定する必要があります。

そして、そのように認定した場合、主引用発明において「香料Y」を「香料Z」に置き換えることができない事情(たとえば、主引用発明の課題が香料Yでないと解決できないなど)があれば、進歩性を否定することは難しくなります。

この図式を一般化すると、以下のように整理することができます。

 

主引用発明をそのまま「A+B+c2」と認定した場合には、進歩性を否定するために「c2をc1に置換できるかどうか」を検討する必要があり、主引用発明においてc2を使うことの意義が大きいほど、c2をc1に置き換える動機付けは認められにくそうです。

これに対し、c2→Cと上位概念化して主引用発明を認定した場合には、進歩性を否定するために「上位概念Cをc1に限定できるかどうか」を検討すればよいので、c2について考える必要がなくなり、進歩性を否定しやすくなります。

 

しかしながら、上記のとおり、本願発明と主引用発明との抽象度をあえてずらすような恣意的な抽象化は原則として許されないと考えます。

この点については、前回も引用した令和4年(行ケ)第10007号の判決が参考になります。

引用発明の技術内容は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に認定・確定されなければならず、引用文献に記載された技術内容を、本願発明との対比に必要がないにもかかわらず抽象化したり、一般化したり、上位概念化したりすることは、恣意的な判断を容れるおそれが生じるため、原則として許されない。他方、引用発明の認定は、これを本願発明と対比させて、本願発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、本願発明との対比に必要な技術的構成について過不足なく行われなければならず、換言すれば、引用発明の認定は、本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるように行うことで足りる。

 

このため、引用発明の構成が抽象化されている場合には、本願発明の抽象度を超えて抽象化されていないかも確認するのがよいでしょう。

特に「本願発明との相違点に係る主引用発明の構成」が抽象化されて認定された場合には要注意です。

 

さて、もともとは全2回のつもりでしたが、だいぶ長くなってしまったので今回はここまでにしておきます。

次回は、引用発明の技術分野や課題といった「発明の前提」を抽象化する場合について考えてみましょう。

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟