なぜ引用発明の上位概念化が進歩性の否定に繋がるのか?(1)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

 

昨年末、「今月の進歩性」メンバーで知財実務オンラインに出演させていただきました。

※「今月の進歩性」は、毎月集まって前月の進歩性関連の判決について議論する勉強会です。

 

番組では、進歩性に関するいくつかの論点について判決紹介とディスカッションをしたのですが、そのうち下井先生が発表された「引用発明の認定」セクション(09:00~)では、「引用発明の上位概念化」が話題になりました。

 

特に、一度ちゃんと整理したいと思っていた「なぜ引用発明の上位概念化をすると進歩性を否定できるのか?」という問いについて議論できたのは、非常に学びが大きかったです(33:00~)。 そこで、番組中の議論からの気づきも含め、私の考えを本記事でまとめてみることにしました。

  

引用発明の上位概念化の類型化

番組中でも指摘されていましたが、一口に「引用発明の上位概念化」といっても、いろいろなパターンがありそうです。

本記事では、「引用発明の上位概念化」を以下のように類型化してみました。

 

まず、引用発明はざっくり「主引用発明」と「副引用発明」とに分けられます。

 

また、限定事項を追加する補正が外的付加と内的付加とに分けられるように、上位概念化にも「要素の捨象」「要素の抽象化」とがあります。

 

前者は、下図左のように、引用文献に「A+B+c1」が記載されている場合に「c1」を捨象して「A+B」という引用発明を認定するものです。

たとえば、引用文献にはみかんジュースの成分として「みかん果汁、保存料X、および香料Y」が記載されていたときに、引用発明として「みかん果汁および保存料Xを含む果汁飲料」と認定するようなケースです。

 

後者は、下図右のように、引用文献に「A+B+c1」が記載されている場合に「A+B+C」(Cはc1の上位概念)という引用発明を認定するものです。

同じ例でいうと、引用文献には香料として具体的な物質Yが記載されているときに、引用発明として「みかん果汁、保存料X、および香料を含む果汁飲料」と認定するようなケースです。つまり、具体的な物質Yではなく、その上位概念である「香料」を含むという認定です。

 

このような4類型の上位概念化は、そもそも許容されるのでしょうか?

そして、このような上位概念化によって進歩性が否定されうるとしたら、それはどのような理由なのでしょうか?

今回と次回に分けて、類型ごとに検討してみましょう。

 

 

「副引用発明」の「要素の捨象」

上記の4類型のうち、実務的に最も多く出会うのは、左下の「副引用発明の一部の要素の捨象」ではないでしょうか。

たとえば、次のような例を考えてみましょう。

 

本願発明は、香料Zを使うことで風味を改善したみかんジュースです。

主引用発明は、香料Zではなく香料Yを使ったみかんジュースです。

副引用発明は、香料Zを使ったみかんジュースですが、本願発明・主引用発明に共通する保存料Xとは相性が悪い添加剤Vを使用しています。

 

このとき、「みかん果汁、香料Z、および添加剤Vを含む果汁飲料」という副引用発明を認定すると、「添加剤Vは保存料Xと相性が悪い」という条件より、保存料Xを含む主引用発明に添加剤Vを含む副引用発明を適用することには一定の阻害要因があることになります。

 

一方、「みかん果汁および香料Zを含む果汁飲料」という副引用発明を認定すれば、上記のような阻害要因を考慮する必要がないので、進歩性を否定しやすくなります。このとき、副引用発明を認定するにあたって「添加剤V」は捨象されたことになります。

 

この関係を図示すると、以下のように整理できます。

 

このように、一部の構成を捨象できるかどうかは、副引用例に記載された香料Zと添加剤Vとの関係次第なところがあります。

 

裁判例でよく登場するフレーズを使うと、香料Zと添加剤Vとが「ひとまとまりの技術的思想」を構成するかどうかがポイントになりそうです。

 

たとえば、副引例に「香料Zと添加剤Vとを組み合わせることで、風味に優れたみかんジュースを製造できることを発見した!」と記載されていたら、副引例から(添加剤Vを捨象して)「香料Zを含むみかんジュース」という技術的思想を抽出することは難しくなるでしょう。

 

一方、副引例に「添加剤Vは任意の付加的成分である」と記載されていたら、「添加剤V」を捨象して「香料Zを含むみかんジュース」という技術的思想を抽出することを許容してもらえそうです。

 

現実には他にも様々なパターンがあると思いますが、上記のようなケースが「副引用発明の一部の要素の捨象」の典型例でしょう。

 

こうした「副引用発明の抽象化の限界」については、高石先生が様々な判例を参照しながら解説してくれているので、より詳しくは、ぜひそちらを読んでみてください!

 

「主引用発明」の「要素の捨象」

それでは、「主引用発明」の一部構成を捨象することは許されるでしょうか?

「主引用発明」についても、発明の認定に関する基本的な考え方は「副引用発明」と共通しているはずです。つまり、主引用発明は、主引用文献の記載から抽出しうる具体的な「ひとまとまりの技術的思想」でなければなりませんが(ピリミジン誘導体大合議判決)、逆にそのような技術的思想を抽出する限りにおいて一部構成の捨象は許容されるでしょう。

 

ただ、個人的な感覚としては、「主引用発明の一部構成の捨象」は「副引用発明の一部構成の捨象」よりも許容されにくいように思います。これはなぜなのかを考えてみます。

 

現在の進歩性判断は、「主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否か」によって行われています(審査基準第III部第2章第2節3)。

 

したがって、論理付けの検討を行うために、出発点となる主引用発明は、少なくとも本願発明との一致点・相違点を認定できる程度には具体的に認定する必要があります。

 

このため、主引用文献から「ひとまとまりの技術的思想」として「A+B」「A+B+C」「A+B+C+D」のいずれも抽出可能である場合であっても、本願発明と対比するために構成Cや構成Dが必要であれば、必然的に主引用発明は「A+B+C+D」と認定することが必要になるでしょう。

 

これに対し、副引用発明については、少なくとも現行の審査実務では、必ずしも本願発明との一致点・相違点を満遍なく認定することは要求されていません。

 

審査基準では、進歩性の具体的な判断手法について以下のように記載されており、本願発明(請求項に係る発明)と副引用発明との一致点・相違点を検討することは要求されていません。副引用発明とは、「請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する」発明であるとされています。

審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(3.1参照)に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。

・・・例えば、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明がなく、相違点が設計変更等でもない場合は、論理付けはできなかったことになる。 ・・・例えば、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に対応する副引用発明があり、かつ、主引用発明に副引用発明を適用する動機付け(論理付けのための一要素。上図を参照。)があり、進歩性が肯定される方向に働く事情がない場合は、論理付けができたことになる。(審査基準第III部第2章第2節3

 

このため、副引用文献から「ひとまとまりの技術的思想」として「X」「X+Y」「X+Y+Z」のいずれも抽出可能である場合において、本願発明と主引用発明との相違点が「X」だけなのであれば、副引用発明は単に「X」と認定すれば足りる場合が多いでしょう。

 

上と同様の例を使って、具体的に考えてみましょう。

 

本願発明は、前の例と同じく、香料Zを使うことで風味を改善したみかんジュースです。

主引用発明は、香料Zではなく香料Yを使ったみかんジュースであり、香料Zとは相性が悪い添加剤Uを含んでいます。

副引用発明は、香料Zを使ったみかんジュースです。

 

このとき、「みかん果汁、保存料X、香料Y、および添加剤Uを含む果汁飲料」という主引用発明を認定すると、「添加剤Uは香料Zと相性が悪い」という事情から、添加剤Uを含む主引用発明に香料Zを含む副引用発明を適用することには一定の阻害要因があることになります。

 

一方、「添加剤U」を捨象して「みかん果汁、保存料X、および香料Yを含む果汁飲料」という主引用発明を認定できれば、上記のような阻害要因を考慮する必要がないので、進歩性を否定しやすくなります。

 

上記例では、もし主引例において添加剤Uが課題解決に必須とされていたり、香料Yと添加剤Uの組合せが重要であると記載されていたら、添加剤Uを含まない構成を「ひとまとまりの技術的思想」として主引例から抽出することは難しくなるでしょう(もしかすると、主引用発明と副引用発明とを入れ替えた方が進歩性を否定しやすいかもしれません)。

 

ところで、主引例において香料Yと添加剤Uとをセットで使う必要があると記載されていたとしても、主引例から「みかん果汁+保存料X」という「ひとまとまりの技術的思想」が抽出できないものでしょうか?

 

もし「みかん果汁+保存料X」という主引用発明を認定できるとすれば、「みかん果汁+香料Z」という副引用発明と組み合わせて、本願発明の構成に到達できそうにも思えます。

 

しかし、本願発明が「みかん果汁+保存料X+香料Z」という(香料を発明特定事項として含む)構成で特定されている以上、本願発明と対比する主引用発明は最低限「みかん果汁+保存料X+香料Y」という構成で認定する必要がありそうです(※)。そして、主引例において香料Y+添加剤Uが切り離せない関係とされているとしたら、結局主引用発明は「みかん果汁+保存料X+香料Y+添加剤U」と認定されるでしょう。

 

これが、まさに上述した「主引用発明の一部構成の捨象」が「副引用発明の一部構成の捨象」よりも許容されにくいケースです。

※本願発明との対比を行う観点で引用発明を認定することについては、令和4年(行ケ)第10007号の判決で以下のように述べられており、参考になります。

引用発明の技術内容は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に認定・確定されなければならず、引用文献に記載された技術内容を、本願発明との対比に必要がないにもかかわらず抽象化したり、一般化したり、上位概念化したりすることは、恣意的な判断を容れるおそれが生じるため、原則として許されない。他方、引用発明の認定は、これを本願発明と対比させて、本願発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、本願発明との対比に必要な技術的構成について過不足なく行われなければならず、換言すれば、引用発明の認定は、本願発明との対比及び判断を誤りなくすることができるように行うことで足りる

 

このように、主引用発明と副引用発明とを比べると、「本願発明との対比」を行うために主引用発明の認定が制限される場合はあるとしても、「引用発明の認定にあたっては、ひとまとまりの技術的思想を抽出しなければならない」という基本的な考え方は共通しているように思います(以上はあくまで私見なので、この点についてはいろんな方のご意見をお聞きしたいです)。

 

次回は、冒頭のマトリックスの右側に記載した「要素の抽象化」について考えてみます。

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟