進歩性に関する2種類の「効果の主張」

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

進歩性欠如の拒絶理由に対して、本願発明の「効果」を主張することがあります。


この「効果」の主張は主に以下の2つの場面で行われますが、私はそれぞれの場面で「効果の主張の仕方」が大きく異なると考えています。


● 場面1:本願発明が「予測できない効果」を奏することを主張する

● 場面2:本願発明と引用発明との相違点が設計事項でないことを主張する

 

この違い、意外と認識されてないことがあるようなので、表にまとめてみました。
(「こんなの知ってるよ!」という方はここで記事を閉じていただいて大丈夫です!)

  

 

 

以下では、個々の場面における「効果の主張」について詳しく見ていきます。

 

1.本願発明の「予測できない効果」の主張(場面1)

よく「有利な効果」「顕著な効果」などと言われるのは大体こっちです。審査基準に記載された「引用発明と比較した有利な効果」(第III部第2章第2節3.2.1)も、主にこれを想定しています。

 

この場面1は、前回の記事に載せた進歩性判断フローでいうと、下図の青色で示した⑦に該当します。

 

 

この⑦は、本願発明の構成がすべて引例に開示されている(④Yes)か、相違点があっても設計事項であり(⑧Yes)、動機付けもあり(⑤Yes)、阻害要因もない(⑥No)、という土俵際ギリギリの場面。

ここまで追い詰められていると、本願発明の「構成」自体は当業者であれば容易に想到し得ると言える状況です。

つまり、場面1では「本願発明の構成」=「主引用発明の構成+副引用発明の構成(+設計事項)」であることが前提です。

ここから逆転するためには、以下の条件が必要です。

 

「本願発明の奏する効果」>「本願発明の構成(=主引用発明の構成+副引用発明の構成+設計事項)から予測される効果」

 

たとえば、本願発明の構成が「A+B」であり、主引用発明Aが効果αを奏し、副引用発明Bが効果βを奏する場合において、本願発明の効果が単に「α+β」であれば、当業者が予測できる効果なので進歩性×です(⑦No)。

 

一方、たとえば本願発明ではAとBとが過去知られていない相乗効果αβを発揮し、このαβが引用文献や技術常識から予測できないものであれば、本願発明全体によって実現される効果「α+β+αβ」は当業者が予測できる範囲を超えるので、進歩性○となります(⑦Yes)。

 

 

ただし、効果が予測できないことの裏返しとして、本願発明の効果「α+β+αβ」は実験で実証されている必要があります。

実証しなくてもわかる効果であれば、単なる「当業者が予測できる効果」だからです。

 

そして、実験で裏付けられた効果に基づいて進歩性を認めるということは、進歩性が認められる範囲は、その効果が実証された範囲に限られるということです。

 

このため、「予測できない有利な効果」で進歩性を勝ち取るためには、クレームをほぼ実施例レベルまで限定する必要があります。

また、実験データに依拠しない発明が大半である機械・電気分野では、実験ありきである「予測できない有利な効果」の主張はほぼ使えません。

 

2.設計事項の指摘に対する「効果」の主張(場面2)

一方、場面2は、進歩性判断フローの③⑧に該当します。

 

 

③⑧どちらも、本願発明と引用発明とで相違点があり、引用発明において「相違点に係る本願発明の構成」を採用することが設計事項かどうかを判断する局面です。

③では、たとえば本願発明の構成がA+C、主引用発明の構成がAであり、構成Cを開示する副引例がない場合に、主引用発明において構成Cを採用することが当業者が適宜なし得る設計事項であったかどうかが問題となります。

⑧では、たとえば本願発明の構成がA+B+Cであり、主引用発明の構成がA、副引用発明の構成がBであり、構成Cを開示する引用例がない場合に、主・副引用発明を組み合わせた構成A+Bにおいて構成Cを採用することが当業者が適宜なし得る設計事項であったかどうかが問題となります。

 

 

ここで判断のポイントとなるのは、フロー③⑧に記載されているとおり、構成Cの「技術的意義」「阻害要因」の有無です。

「阻害要因」とは、主引用発明や副引用発明において構成Cを採用できない理由(たとえば、構成Cを採用すると主引用発明の目的を達成できなくなるなど)をいい、本願発明の「効果」とは関係しない主張ですので、ここでは踏み込みません。

一方、構成Cの「技術的意義」は、以前の記事で紹介したとおり、「本願発明において構成Cによって解決される課題+その課題解決原理」または「本願発明において構成Cを採用しなければならない理由」と言い換えることができます。

 

つまり、構成A+Bだけでは解決できない課題Pがあり、本願発明は他でもない構成Cを採用したことで課題Pを解決したのだ、という場合には「構成Cには技術的意義がある」と言うことができます。

また、「構成Cによって課題Pを解決した」ということは、本願発明が構成Cに特有の「課題Pを解決する」という効果γを奏するとも言えます。

したがって、構成Cに起因する効果γを主張することによって、構成Cを採用することが設計事項ではないと主張することができる、ということになります。

(もちろん、相乗効果αγ、βγがあれば、それらを主張することは非常に有効です。)

 

 

3.2つの「効果」の違い

筆者の実務経験からすると、ある構成Cを採用することが設計事項でないと認められるための「構成Cの技術的意義」ないし「構成Cの効果」のハードルは、場面1の「予測できない効果」よりずっと低いように感じます。

個人的な感覚としては、本願発明で構成Cを採用した理由がちゃんとあることは前提として、構成Cを採用した理由が、引例や技術常識に照らして、引用発明の文脈において「当然の流れ」であれば進歩性×(つまり構成Cは設計事項)であり、そうでなければ進歩性○(つまり構成Cは設計事項ではない)と考えています。

 

 

つまり、場面2において「設計事項ではない」と主張するためには、当業者がオッと思う程度の「工夫」があれば十分ということが多いです。

このため、場面2の「効果」の主張では、場面1と違って「予測できない効果」を裏付ける実験データも必須ではありません。したがって、化学・バイオ分野だけでなく、機械・電気分野などでも有効な主張となります。

 

実際、筆者が以前発表した進歩性の反論事例の分析によると、電気分野における設計事項でない旨の反論は他分野より通りやすい可能性があることが示唆されています。

また、単に「効果」だけを主張するよりも、前提となる「課題」や相違点に係る構成の「技術的意義」も主張した方が有効であることも示唆されています。

 

ただし、逆に「構成Cを採用した理由」に関連する課題が引例に書いてあったり、技術常識から自明の課題であったりすると、引用発明において構成Cを採用することが「当然の流れ」と判断されてしまうので要注意です。

 

このような「当然の流れ」を言語化した一例が、審査基準に記載された設計変更等の4類型と言えるでしょう(第III部第2章第2節3.1.2)。

 

  1. 一定の課題を解決するための公知材料の中からの最適材料の選択
  2. 一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化
  3. 一定の課題を解決するための均等物による置換
  4. 一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用

 

なお、化学・バイオ分野によくある「相違点が材料だけ」「相違点が数値範囲の違いだけ」のようなケースは、上記の第1類型・第2類型に該当するので、原則として設計事項と判断されてしまいます。

このため、このようなケースでは、場面2といえども、その材料を使ったり数値範囲内とすることで「引用発明と比較した有利な効果」が得られることを裏付ける実験データが必要とされることにご注意ください(こうしたケースでは、そもそも「発明全体の効果」≒「相違点に係る構成の効果」だったりするので、場面1と場面2とを区別する必要性は薄いかもしれません)。

 

4.まとめ

以上、進歩性主張における2種類の「効果」について整理してみました。

この違いを意識すると、事案に応じてどのような効果を主張すべきかが明確になるので、日々の権利化実務をより効率的にこなせるようになるかもしれません。

本記事が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです!

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟