「除くクレーム」の効果を主張すべきでない理由

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

先日、知財実務オンラインで「除くクレーム」についてお話しさせていただきました。

(なお、後から見るとなんだか偉そうに喋っていますが、内容の99%は特許委員会の委員全員で調査検討した結果をまとめたものですので、私の寄与は私見部分などごく一部です。。)

 

ライブ配信中で、「除くクレーム」の効果の主張についてご質問いただく場面があったので、今回は「除くクレーム」と「効果」との関係についてまとめてみようと思います。

 

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1.進歩性の判断枠組み

まず議論の前提として、進歩性の判断手法を簡単におさらいしましょう。

「そんなの知ってるよ!」という方は2.までジャンプしてください。

 

 

上図は、進歩性の判断フローを私なりに整理したフローチャートです。

 

まず、①で本願発明と同一の(主)引用発明が存在すれば(①No)、本願発明は新規性を欠くので、進歩性を検討する余地はありません。

 

一方、①Yesであれば、②で主引用発明と相違する本願発明の構成を開示する副引例があるかどうかを判断します。

 
ここから、大きく(A)「副引例なしルート」(②No→③)と、(B)「副引例ありルート」(②Yes→④)とに分かれます。

 

 

(A) 副引例なしルート(②→③)

副引例が見つからなかった場合(②No)、③で設計事項の検討をします。

 

③ 設計事項の検討

具体的には、「相違点に係る本願発明の構成を主引用発明において採用することが設計事項か否か」を判断します。

 

審査基準では、進歩性に寄与しない設計変更等として、以下の4類型が例示されています。

 

私は、上記の4類型にあたるかどうかが微妙な場合には、

の2つの観点から設計事項かどうかを検討しています。

技術的意義については、先月の記事が参考になるかもしれません。

 

設計事項であれば(③Yes)進歩性は認められず、設計事項とはいえなければ(③No)進歩性が肯定されます。

 

 

(B)「副引例ありルート」(②Yes→④)

副引例が見つかった場合(②Yes)、④で、副引例に開示された副引用発明を主引用発明に適用することでちゃんと本願発明の構成が得られるかどうかを検討します。

 

一見副引例が相違点の構成を開示しているように思えても、具体的に主引用発明に副引用発明を適用しようとすると本願発明の構成と完全には同じにならないことが結構あります。

 

ここから、さらに(B1)「主引例+副引例ルート」(②→④→⑤)と、(B2)「主引例+副引例+設計事項ルート」(②→④→⑧)とに分かれます。

 

 

(B1)「主引例+副引例ルート」(②→④→⑤)

このルートは、主引用発明+副引用発明で本願発明の構成が得られるケース(④Yes)です。
この場合、まず⑤で動機づけの有無を検討します。

 

⑤ 動機づけの検討

具体的には、主引用発明に副引用発明を適用する動機づけ(技術分野の関連性、課題の共通性など)があるかどうかを検討します。

動機づけがなければ(⑤No)、そもそも当業者は主引用発明に副引用発明を適用しようとしないので、「進歩性あり」という結論になります。

一方、動機づけがあれば(⑤Yes)、⑥阻害要因の検討に進みます。

 

⑥ 阻害要因の検討

⑥では、主引用発明から出発して本願発明に想到することを阻害する事情(阻害要因または阻害事由といいます)があるかどうかを検討します。

審査基準上は、以下の2種類の阻害要因があるとされています。

 

動機づけを打ち消すほどの阻害要因があれば(⑥Yes)、当業者が主引用発明に副引用発明を適用することが容易であったとはいえないので、「進歩性あり」の結論になります。

一方、十分な阻害要因がなければ(⑥No)、⑦有利な効果の検討に進みます。

 

⑦ 有利な効果の検討

⑦では、本願発明が「予測できない有利な効果」を有するかどうかを検討します。

この有利な効果は、出願日当時に本願発明の構成から予測できない効果でなければならないので、原則として本願明細書に「実験してみたらこんなに意外な結果が得られた!」という実験事実が記載されていることが必要です。

有利な効果があれば(⑦Yes)「進歩性あり」、有利な効果が認められなければ(⑦No)「進歩性なし」です。

 

  

(B2)「主引例+副引例+設計事項ルート」(②→④→⑧)

このルートは、主引用発明と副引用発明とを組み合わせてもなお本願発明との相違点が残っているケースです(④No)。

この場合、③と同様に、残った相違点が設計事項に相当するかどうかを検討します(⑧)。

これが設計事項でなければ「進歩性あり」となります。

一方、設計事項であると判断されれば、(B1)と同様に⑤動機づけ、⑥阻害要因、および⑦有利な効果の有無を検討することになります。

 

ここまでが、一般的な進歩性の判断フローの、一部私見も交えたおさらいです。

 

 

2.「除くクレーム」で進歩性が認められる理由

それでは、「除くクレーム」とする補正をした場合、このフローではどのように判断されるのでしょうか?

 

たとえば本願発明がA+B+C、主引用発明がA+B+D、副引用発明がCである場合に、本願発明を「A+B+C(ただし、Dを備えるものを除く」と補正したケースを考えてみましょう。

 

ここで、構成Dは、主引用発明において課題解決のために必須の構成であり、かつ本願明細書等には構成Dについて記載も示唆もないものとします。

 

この場合、副引例があるので②Yesで(B)ルートに進みます。

④では、主引用発明に副引用発明を適用して得られる構成「A+B+D+C」と補正後の本願発明の構成「A+B+C(ただし、Dを備えるものを除く)」とを比較すると、本願発明が構成Dを除外しているのに対し、主引用発明+副引用発明はDを備える点で両者は相違します。

 

このため、④Noで⑧に進み、相違点に係る本願発明の構成である「構成Dを除外している」点を主引用発明において採用することが設計事項かどうかを検討することになります。

 

それでは、具体的に以下の2点を検討してみましょう。

(1) 本願発明が構成Dを除外していることに技術的意義があるか?

(2) 主引用発明において構成Dを除外することに阻害要因があるか?

 

(1)については、本願発明が構成Dを除外することによって未解決の課題を解決したといえる場合には技術的意義があることになり、設計事項ではないといえます。この点については後述します。

 

一方、(2)については、主引用発明において構成Dは課題解決に必須とされているので、構成Dを除外すると主引用発明の課題を解決できなくなってしまう点で阻害要因があるといえます。

そうすると、少なくともこの阻害要因を理由として、当業者が主引用発明から出発して本願発明に容易に想到できないといえるので、「進歩性あり」と主張することができます。

 

これが、「除くクレーム」で主引用発明の必須構成を除いたときに進歩性が肯定される理由です。

 

 

3.「除くクレーム」の効果を主張すべきでない理由

上記の例では、「除くクレーム」が進歩性を有する理由は(2)の「阻害要因」であり、(1)の「技術的意義」については特段問題となっていません。

それでは、本願発明が構成Dを採用しないことに技術的意義はあるのでしょうか?

 

結論として、私は本願発明が構成Dを採用しないことに技術的意義はなく、むしろ審査において「構成Dを採用しないことに技術的意義がある」と主張するのは逆効果だと考えています。

 

なぜなら、「構成Dを備える場合を除く」という記載を追加する補正は、通常の補正と同様に、出願時の明細書等の記載事項に対して新たな技術的事項を導入するものであってはならない(新規事項追加の禁止)からです。

 

ソルダーレジスト事件(平成18年(行ケ)第10563号)では、「除くクレーム」とする訂正が、本願発明の一部を除外することによって訂正前の発明に関する技術的事項に変更を生じさせるものでないことを理由に、新たな技術的事項を導入するものではないと判断しました。

 

この点、構成Dを除外することによる技術的意義(たとえば、構成Dを除外することによって解決される課題や、それによって実現される効果)を主張することは、まさに構成Dを除外することで補正前の発明に関する技術的事項(課題や効果)が変更されたと自認するようなものです。

 

したがって、構成Dを除くことの技術的意義を主張すると、新たな技術的事項が導入されたとして「新規事項追加」と判断される可能性が高くなるといえます(もちろん、出願時の本願明細書に構成Dを除外することやその技術的意義が記載されていれば話は別です)。

 

以上が、私が「除くクレーム」の効果ないし技術的意義を主張すべきでないと考える理由です。

 

ただし、特許委員会の調査結果では、除くクレーム補正後の効果を主張している事例も一部見受けられ、現実には必ずしも上記のように単純な事例ばかりではないように思われます。 知財実務オンラインでご紹介したように、「除くクレーム」とする補正は、進歩性・新規事項・明確性・サポート要件など様々な要件が絡んでくるものですので、普段以上に慎重な検討が求められるでしょう。

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟