設計事項に対する反論の失敗パターン

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

 

前回の記事では、進歩性欠如の拒絶理由に対する2つの「効果」の主張パターンを紹介しました。

 

今回は、そのうち「設計事項」の指摘に反論する場合について、もう少し深掘りしてみましょう。

 

本記事では、筆者が以前発表した進歩性の反論事例の統計分析を元にして、「設計事項」の指摘に反論した場合によくある失敗パターンをご紹介します。

 

 

1.「設計事項」に関する統計

上記論文では、進歩性欠如の拒絶理由に対して補正なしで反論した特許出願716件を分析して、どのような進歩性欠如の指摘に対してどのような反論が有効かを検討しました。

 

分析対象出願のうち、審査官が証拠を示さずに請求項1に係る発明と引用発明との相違点を想到容易と判断したもの(この論文では、このような場合を「設計事項」と定義しました)は、全体の36%(260件/716件)でした。

 

これを技術分野別に見ると、以下のグラフのとおり、審査部によって多少の差が確認されました。

 
化学・バイオ分野を主に扱う審査第三部では、証拠を示さずに相違点の克服が容易と判断され、相違点が設計事項と認定されることが他の審査部に比べて多いようです。

 

化学系分野では、本願発明の細かな数値範囲や特有のパラメータがそのまま引用文献に明示されていないことは少なくないので、結果として証拠を提示せずに進歩性を否定する拒絶理由が他分野よりも多いのではないかと考えられます。

 

 

また、上記のような「設計事項」の認定がされた出願のうち、その認定に反論している出願の割合も計算してみました。

 
ここでも化学・バイオ分野は、設計事項の認定に対する反論率が他分野より高いようです。

ちなみに、上記反論後に特許査定された割合も一応計算できますが、設計事項に対する反論以外にも様々な反論をしていることが多く、「設計事項に対する反論が成功した割合」は算出できないので、ここではあえて割愛します(設計事項に対する反論の統計的有効性については、論文をご参照ください)。

 

 

2.設計事項の認定に対する反論パターン

前回の記事でも紹介したように、筆者は「設計事項の認定に対する反論」を大きく以下の2つに分けて考えています。

  1. 「相違点に係る本願発明の構成」には特有の技術的意義があり、当業者が引用発明において当該構成を採用するにはそれなりの動機づけが必要である。
  2. 引用発明において「相違点に係る本願発明の構成」を採用することには阻害要因がある。

 

下記の進歩性判断フローの③⑧では、上記(1)(2)のどちらかの反論が成立すれば進歩性が肯定され、いずれも主張できなければ進歩性が否定される方向に進む、と整理しています。

 

 

では、審査官による設計事項の認定に対して上記の反論をしたにもかかわらず、主張が受け入れられずに拒絶査定となってしまうのは、どのような場合なのでしょうか?

 

 

3.よくある失敗パターン

分析対象の716件のうち、設計事項の認定に対して出願人が反論した案件は88件。そのうち、拒絶査定がされた案件は14件でした。

これらの拒絶査定のいずれにおいても、設計事項に対する出願人の反論に対する審査官の見解が記載されていました。

 

以下のグラフは、拒絶査定において設計事項に対する反論が認められなかった理由を分析した結果です。

 

(1)失敗パターン①:出願人の事実認定が誤りと判断される

1つめの失敗パターンは、たとえば「相違点に係る本願発明の構成」の技術的意義を説明する際に、当該構成によって解決される課題や課題解決原理、当該構成で実現される効果が引用文献に記載されていないとする出願人の主張に対して、そのような課題・解決原理・効果が引用文献に記載されているとして拒絶査定がされたようなケースです。

具体的にイメージできるように、実際の拒絶査定の記載例を以下に示します。

(拒絶査定の記載例)

 出願人は、平成30年12月10日付け意見書において、本願発明の技術的課題及び課題解決手段は引用文献1に何ら開示、示唆されていない旨、主張している。 しかしながら、引用文献1には、タイミングチェーン又はチェーンの経時変化による延びに起因する二つのバンクの間におけるバルブタイミングのズレを無くすことでエンジンのトルク変動を抑制することを目的とすることが記載されているので(第2ページ左上欄第15行-同ページ右上欄第16行を参照)、引用文献1には本願発明と同じ技術的課題が記載されている

(拒絶査定の記載例)

 出願人は意見書において、「引用文献1の記載に基づいて、本願発明における課題、即ちメチオニンおよび尿素を含有する液体肥料を調製しようとして初めて見出された課題を設定すること自体容易ではなく、ましてや、かかる課題を解決するために、メチオニンおよび尿素の含有量をそれぞれ特定の範囲とし、25℃ におけるpHが特定の範囲を呈する液体肥料とすることなどはたとえ当業者であっても決して容易ではない」旨主張する。

 しかしながら、当業者が引用文献1の記載と示唆に基づいて想到し得る前記肥料液は、メチオニンの濃度は2.5%、肥料液のpHは3に調整されており、出願人のいう「課題」(メチオニンの結晶析出およびアンモニアの発生による刺激臭)がそもそも生じない(解決済みである)

 

 

(2)失敗パターン②:技術的意義の格別性が否定される

2つめの失敗パターンは、たとえば出願人の主張した技術的意義が「大したものじゃない」と判断されてしまったケースです。こうしたケースでは、出願人と審査官との間で技術的意義の格別性の評価が平行線になることも多いと思われます。

また、実験条件の違いや引用文献の記載不足により、引用文献に開示された材料・物質が本願発明と同程度の効果を奏するか否かが争いとなったケースも見られました(このようなケースはむしろ事実認定の問題というべきかもしれませんが)。

具体的な拒絶査定の記載は、たとえば以下のようなものです。

(拒絶査定の記載例)

 出願人は、意見書において、光反射率が15%以下という数値に臨界的意義があると主張されている。 しかしながら、引用文献1の(明細書第2頁第6行-第3頁第20行)には、蓄熱片4を黒色に仕上げる点が記載されている。上記構成は、蓄熱のために光反射率を下げているものである。熱を吸収するには、光反射率が低ければ低いほど有効であり、光反射率をどこまで下げるかは、当業者が適宜設定し得る設計事項である

(拒絶査定の記載例)

 出願人は、平成31年 4月24日付け意見書において、引用文献1の表1に記載の実施例は、本願の比較例と同等のアンモニア吸収容量である旨主張しているが、引用文献1の表1は、0.1gの試料が封入されたテドラーバッグに、1000ppmの悪臭ガス3Lを充填した条件下で消臭能を測定するものであり(段落[0041]、[0059])、本願明細書の段落[0041]に記載される、0.01gの試料に対し、3Lものアンモニアガスを注入した本願の実施形態とは、実施条件が異なる。したがって、引用文献1に記載された試料の吸着用量が本願の比較例と同等に低いとする出願人の主張は妥当ではなく、むしろ、引用文献1の表1に記載されるガス濃度から算出されるアンモニア消臭率を、本願明細書の表2のアンモニア消臭率と対比すれば、本願発明における消臭剤のアンモニアガス消臭効果は、引用文献1に記載されたものに比して格別顕著なものということはできない

 

 

(3)失敗パターン③:出願人の主張がクレームに基づいていない

上記の2パターンより少数ですが、クレームにおける発明の特定が不足しており、出願人の主張がクレームの記載に基づいていないというパターンも見られました。

(拒絶査定の記載例)

 出願人は、本願発明の格別顕著な作用効果として、温度センサを用いることなく正確に着霜を検知し、さらに、着霜の位置を検知することができる旨を述べている。

 しかしながら、温度センサを用いることなく着霜を検知する点については、引用文献1に記載された発明も同様である。また、着霜の位置を検知することができる、という主張については、風速センサの位置を中心位置から偏心した位置に設けることによって得られる効果である(本願の発明の詳細な説明の段落0010でも述べられているとおりである。)。よって、風速センサを中心位置から偏心した位置に設けるという発明特定事項が含まれない請求項1においては、請求項の記載に基づかない主張であり採用できない

 

 

(4)失敗パターン④:阻害要因が認められない

阻害要因の主張が認められなかったケースも見られました。

具体的には、以下のように、引用発明において「相違点に係る本願発明の構成」を採用しない理由があるとしても、それを採用するメリットも認められる場合には、阻害要因があるとまではいえない、と判断されることがあります。

(拒絶査定の記載例)

 出願人は、平成30年7月23日付け意見書において、引用文献1に記載された実施の形態3に対して、1つのセンサで済むところをわざわざ別のセンサを用いることは、不要にセンサが増えることになるので、当業者であれば併用しようとするはずがない旨を主張する。

 しかしながら、上述のとおりセンサを併用することには、部品の増加という不利な点だけでなく、判断の精度を上げるという利点もある。そうすると、センサを増やすか否かは、必要な制御の精度、許容されるコスト等を考慮して、当業者が決める事項であり、併用を検討する動機はある。したがって、出願人の上記主張は採用できない。

 

 

(5)技術分野に応じた失敗パターンの傾向

興味深いのは、上記の失敗パターンに技術分野の違いが見られる点です。

以下のグラフは、設計事項に対する反論が認められなかった理由を審査部ごとにまとめたものです(見やすいように審査部の順番を並べています)。

 

IT・電気分野や機械分野の案件のほとんどは、いずれも出願人の事実認定に誤りがあるとして拒絶査定がされています。

これに対し、化学・バイオ分野と審査第一部の案件では、出願人の主張した効果や技術的意義が格別のものではないと判断されたものが比較的多く見られ、そのほとんどは物質・材料に関する発明でした。

 

このように、電気・機械系の発明では、引用文献の記載の有無といった事実認定が問題となることが比較的多いのに対し、化学・バイオ系の発明では、実験で見出された効果の程度の評価が問題となることも少なくないと考えられます。

 

また、前回の記事に記載したように、化学・バイオ分野によくある「相違点が材料だけ」「相違点が数値範囲の違いだけ」といったケースでは、実質的に他のケースよりも効果の格別性に高いハードルを課される場面もあるように思います。

設計事項の認定に対して反論する場合には、このような技術分野の違いも頭に入れておくとよいでしょう。

 

 

4.「設計事項」の指摘に反論するときの留意事項

以上記載したことを、「設計事項」の指摘に反論する際の注意点として整理してみましょう。

 

(1)まず、本願発明特有の「技術的意義」を主張する場合には、その技術的意義が本当に引用文献に記載されていないかを十分に確認するとともに、それが明示されていないとしても当業者にとって当然の事項でないかという視点を持っておくことが重要でしょう。

 

(2)次に、「相違点に係る構成に技術的意義がある」といえる場合でも、特に物質・材料系の発明では、技術的意義の「格別性」もしばしば問題になります。

クレームに記載された発明の効果が、引用発明と比較して異質な効果であるかといえるかどうか、そもそも引用発明で得られる効果が客観的にどの程度のものなのかなど、慎重に検討する必要があると考えます。

 

(3)また、反論に使う「技術的意義」が本願クレームの記載された構成のみから主張できるものかどうかも注意すべき点です。

 

(4)一方、設計事項の認定に対して「阻害要因」を主張する場合には、別の観点から引用発明において「相違点に係る本願発明の構成」を採用する理由・動機がないか、十分に検討することが望ましいでしょう。

 

相違点が設計事項だと言われてしまうと、なかなか反論しづらいものですが、以上の点に留意すれば、いくぶん効率的に主張を組み立てられるかもしれません。

本記事が少しでも皆様の実務の参考になれば幸いです。

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟