“副”引用発明の抽象化の限界(進歩性)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。

今回は、副引例が前提とする構造を捨象して副引例を過度に抽象化(上位概念化)した異議決定を取り消した知財高判令和4年(行ケ)第10009号【ガス系消火設備】事件<大鷹裁判長>を契機として、進歩性判断における「“副”引用発明の抽象化の限界」について考察するとともに、裁判例を紹介します。

 

ピリミジン大合議判決(知財高判大合議平成28年(ネ)第10182号)は、「引用発明として主張された発明が『刊行物に記載された発明』であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。

この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条1項3号所定の『刊行物に記載された発明』(以下『副引用発明』という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。

したがって,副引用発明が『刊行物に記載された発明』であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。」と判示して、進歩性判断時に主引例に組み合わせる対象を「本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条1項3号所定の『刊行物に記載された発明』(以下『副引用発明』という。)」と表現した。

 

知財高判令和4年(行ケ)第10009号【ガス系消火設備】事件<大鷹裁判長>は(多数の判決と同じく)副引例を「甲2技術的事項」としているが、副引例についても「ひとまとまりの技術思想」の一部を摘まみ食いすること(上位概念化)を誤りとしたものと解されるから、副引例を「甲2技術的事項」と表現する「甲2発明」と表現するかは別として、ピリミジン大合議判決と整合する。

実際、主引例のみならず、副引例についても「ひとまとまりの技術思想」である必要があるとした裁判例は多数あり(下掲・裁判例群★)、逆に、副引例は「ひとまとまりの技術思想」である必要がないと明言した裁判例は存在しない。

 

したがって、無効審判請求人として、主引例・副引例の開示事項の抽象化・上位概念化は要注意である。逆に言えば、公知文献としては、本件発明と対比するために必要のない具体的な記載を含まない方が好ましい。また、公知文献中に抽象度の異なる複数の記載がある場合は、本件発明と対比した場合に相違点になるような具体的な技術事項を含まない適度に抽象的な技術事項を提示することが望ましい。

その意味で、公知文献中の実施例を引用例とするか、公知文献中の一般的記載を引用例とするか、何れの抽象レベルの開示を引用例とすべきかを、常に検討すべきである。(例えば、後述のとおり、知財高判令和4年(ネ)第10008号、令和3年(行ケ)第10027号【情報提供装置】事件<大鷹裁判長>は、公知文献中のどの抽象度の開示を引用例とするかにより進歩性判断の結論が別れた事例である。)

 

この論点に関連して、引用文献から認定される引用発明の抽象度の判断を覆して、審決取消となった裁判例としては、以下の2件が重要である(詳細は後掲する。)。

知財高判平成28年(行ケ)第10061号<鶴岡裁判長>は、引用発明が引用文献に記載された実施例に限られないとして、進歩性を否定した。

知財高判平成29年(行ケ)第10062号<髙部裁判長>は、引用発明が本件発明と異なる構成に特定されるとして、進歩性を肯定した。

知財高判令和4年(行ケ)第10009号【ガス系消火設備】事件<大鷹裁判長>も、甲2技術事項が「ラプチャーディスクを使用することを前提」とするという認定が決定打となり、ラプチャーディスクを使用しない場合の論理付けが否定されており、引用例の抽象度は、新規性・進歩性判断における重要論点である。

なお、筆者はこの引用発明の抽象化の限界という重要論点については、以下の「進歩性の全論点」という動画中で言及している。

 

【関連裁判例の紹介(“副”引用発明の抽象化の限界)】

(1)副引例についても「ひとまとまりの技術思想」である必要があるとした裁判例(★)

知財高判令和2年(行ケ)第10066号【2軸ヒンジ】事件<森裁判長>~副引用発明の一部のみを取り出して、主引用発明に適用する動機付けなし。

(判旨抜粋)
…機能的に連動しており、一体的に構成され、…上記の一体的に構成された部材から、支持片511及び支持片512のみを取り出して、一対の支持片を有するという構成を甲2発明に適用する動機付けはない…。…甲2発明は、甲1発明のストッパ機構に相当する部材を備え…甲2発明は、選択的回転規制手段を有し…甲1発明の上記の一体的に構成された部材は、ストッパ機構と選択的回転規制手段を含むものであるから、甲1発明の上記の一体的に構成された部材を甲2発明に適用しようする動機付けもない…。

 

知財高判平成31年(行ケ)第10041号【創傷被覆材】事件<菅野裁判長>~副引用発明の一部のみを取り出して、主引用発明に適用する動機付けなし。

(判旨抜粋)
…甲4に記載された発明は,創傷面と第2層との間において適度な貯留空間を形成して創傷面上に適度な滲出液を保持するとともに,滲出液が面内方向に広がるのを防止する機能を有する多数の孔が設けられた第1層と,初期耐水圧シート材である第2層,水を吸収し保持することが可能なシート材(第3層)を一体化させた構造を有することにより,創傷面の湿潤状態を保つ技術的意義を有するものであるから,甲4に記載された発明のうち第1層のみを取り出して,甲1発明に適用する動機付けはない。…原告が主張する技術常識1の3つの機能は,そのような機能を有する創傷被覆材に関する上記3つの特許文献に記載されているにすぎず,具体的な創傷被覆材の構成を捨象して,このような特許文献の各記載から,創傷被覆材一般において,湿潤療法を効果的に行うためには,技術常識1の機能を持たせることが技術常識であると認めるには足りない。

 

知財高判平成25年(ネ)第10025号<清水裁判長>~副引用発明の過度の上位概念化を否定した。⇒原審大地平成23年(ワ)第11104号は、同一の主副引例で進歩性×。

(判旨抜粋)
乙7には,「箱底」の四辺に「側壁」と「内接片」が,この順序で連接されていて,四辺に近い方の「側壁」が,「支柱の幅の長さ分だけ切欠」かれている構成は,開示されていない。箱底から遠い外側側板の一部を切欠した甲2発明から,内外いずれの側板であってもその一部だけを切欠するという上位概念化した技術思想を抽出し,乙13発明の内側に折り返した内側側板に適用しようとすることは,当業者にとって容易とはいえず,これを容易想到とする考えは,まさに本件発明の構成を認識した上での「後知恵」といわなければならない。

 

知財高判(大合議)平成28年(行ケ)第10182号【ピリミジン誘導体】事件~副引例も「発明」(=具体的な技術的思想)である必要がある。

(判旨抜粋)
…進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできない…。

この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条1 項3号所定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできない…。…

甲2には…一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上ある…ところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。さらに,甲2には…一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が…一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。

したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基を「-N(CH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-ⅰ)に係る構成とすることはできない。…

 

(2)引用文献から認定される引用発明の抽象度を覆して、審決取消となった裁判例

知財高判平成28年(行ケ)第10061号<鶴岡裁判長>は、引用発明が引用文献に記載された実施例に限られないとして、進歩性を否定した。

(判旨抜粋)
…刊行物1には,実施例として,複数の固定無線機が施設の所定の各部屋にそれぞれ設けられる構成が示されている…。しかしながら,複数の固定無線機の設置位置を「施設の各部屋」に限定することと課題解決手段との間に特に技術的関連性があるとは認められず,また,そのような限定がなくとも,刊行物1発明の課題を解決し作用効果を奏することは可能であると認められるから,同発明を上記実施例に係る技術内容に限定してしまうことは相当でない(上記実施例の記載は,飽くまで発明の一実施態様を示したものにすぎず,そのことにより刊行物1から他の態様による実施が読み取れないとはいえない。)。したがって,引用発明Aについても…かかる技術内容に限定することは相当でなく,本件訂正発明1との対比は,飽くまで複数の固定無線機の設置位置が「施設の各部屋」を含むがこれに限定されないものとして認定した引用発明Aをもってなされるのが相当である。

上記のように相違点1´を認定した場合,仮に同相違点に係る構成(移動体の位置検出を行うために複数の起動信号発信器を出入口の一方側と他方側に設置する構成)が本件特許の出願時において周知であったとすれば,引用発明Aとかかる周知技術とは,移動体の位置検出を目的とする点において,関連した技術分野に属し,かつ,共通の課題を有するものと認められ,また,引用発明Aは,複数の固定無線機の設置位置を特定(限定)しないものである以上,前記の周知技術を適用する上で阻害要因となるべき事情も特に存しないことになる…。

 

知財高判平成29年(行ケ)第10062号<髙部裁判長>は、引用発明が本件発明と異なる構成に特定されるとして、進歩性を肯定した。

(判旨抜粋)
…引用例には,「…」との発明(…)が記載されているものと認められる。よってSiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極がいずれも不明であるとした本件決定の認定には,誤りがあるというべきである。…

そして,引用例には,IGBT4とダイオード5との組合せを,SiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとの組合せに置き換える場合,置換えの前後で動作を異ならせる旨の記載や示唆はない。

また,引用発明Aは…を課題とし,…を目的とする発明であって(…),この目的を達成することと,SiCMOSFETの型や並列接続するショットキーバリアダイオードの接続方向を変更することは,無関係である。したがって,当業者が,引用発明Aにおいて,上記目的を達成するために,「前記PN接合ダイオードの一の電極」及び「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」をカソード電極からアノード電極に変更する動機付けがあるとはいえないから,相違点1’に係る本件発明1の構成を当事者が容易に想到できたものであるとは認められない。

 

(3)令和4年(ネ)10008、令和3年(行ケ)10027【情報提供装置】事件<大鷹裁判長>の紹介

同一特許、同一引用文献で、同日同ヶ部の知財高裁判決(侵害訴訟控訴審と審決取消訴訟)で新規性判断が分かれた事例。⇒無効の抗弁は、柔軟にロジックを変更可能!!

侵害訴訟控訴審(令和4年(ネ)10008)審決取消訴訟(令和3年(行ケ)10027)とは、以下の諸点で共通する。

本件発明の「情報提供装置」は、単独の装置を意味する。

引用文献の「学習・生活支援システム1」は、①ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、②複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3という、複数の要素(装置)から成る。

 

<審決取消訴訟判決(令和3年(行ケ)10027)の判断枠組み+結論>~請求棄却
(審判段階の対比を前提として)引用文献の「学習・生活支援システム1」は、複数の装置から成るから、本件発明の「情報提供装置」に相当しない。相違点は容易想到でない。⇒進歩性〇

<侵害訴訟の控訴審判決(令和4年(ネ)10008)の判断枠組み+結論>~控訴棄却
引用文献の「学習・生活支援システム1」の内「サーバ2」のみを本件発明の「情報提供装置」に相当すると対比した。どちらも単独の装置であり、この対比では一致点となる。⇒新規性×

 

高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)

    
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/