こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。
今回は知財高判令和3年(ネ)10086【ランプ】<本多>≒原審・大阪地判平成29年(ワ)1390について解説します。
知財高判令和3年(ネ)10086【ランプ】<本多>≒原審・大阪地判平成29年(ワ)1390
⇒先使用製品のバラツキを認定した上で、調整可能範囲を先使用権の範囲として認定した。
*出願日前の実施品が特許発明に包含され得ることに言及した!
⇒パラメータを認識していなくても、先使用権成立
※本判決については、柔軟に先使用権を認めたという評価もされており、そのとおりではあるかもしれないが、過去の裁判例と整合しているとも評価できる。
①パラメータ発明の先使用権につき、パラメータの認識を要求した裁判例は存在しない。
平成29年(ネ)10090【医薬】<高部>も、傍論で、先使用者が数値(水分量)をコントロールしていなかったことを指摘したが、数値(水分量)の認識までは要求していなかったと高部先生自身が論稿で説明されている。
②公然実施「発明」の完成という文脈であるが、東京地判平成24年(ワ)11800【ポリイミドフィルム】<高野>は、以下のとおり判示して、公然実施「発明」が完成したといえるために反復可能性が必要としつつ、同事案においては反復可能性〇として、公然実施を認めた。同事案では、本件発明の数値を目標としていた必要なし。⇒本判決(ランプ事件)も、先使用製品のバラツキの範囲を認定し、それが特許発明の数値範囲にすっぽりと入っていることを認定している。
『…特許法2条1項の「発明」は,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうから,当業者が創作された技術内容を反復実施することにより同一の結果を得られること,すなわち,反復可能性のあることが必要である(最高裁平成10年(行ツ)第19号…)。被告は,…先行発明の技術的範囲に属する28本の先行製品を製造したのであって,先行発明には反復可能性があるから,被告が…先行発明を完成させていたことは明らかである。確かに,先行製品は,別表記載のとおり,1ロットの中でも,αMDが10ppm/℃未満であったり,αTDが3ppm/℃未満や7ppm/℃超であったりしたのであるが,弁論の全趣旨によれば,それは,被告が,本件発明1の内容を知らず,αMDを10ppm/℃以上,αTDを3~7ppm/℃以上とすることを目標にしていなかったからにすぎないことが認められる。…
原告は,前記譲渡がCOF用のポリイミドフィルムを共同開発するためであって,相互に守秘義務を負っていたと主張する。しかしながら,…前記銅張積層体メーカーの1社である東レ株式会社が…業界誌に投稿した論文には,αTDをαMDより低くしたポリイミドフィルムがCOF用に適している旨の記載があることが認められ,この事実に照らすと,被告や前記銅張積層体メーカーが相互に守秘義務を負っていたとは考え難い。』
③先使用権が成立した後は、先使用権の範囲については、過去の裁判例は非常に柔軟であり、『食い込み』以外は(令和2年(ネ)10004【光照射装置】<大鷹>=大阪地判平成29年(ワ)7532<杉浦>)、特許発明の範囲内の変更は大多数の事案において先使用権の範囲とされてきた。
「発明…の範囲内」に関する下級審裁判例
先使用権の対象となる発明の技術的範囲は、特許出願に係る発明の技術的範囲と同一であるか、それより狭いことを前提とする。先使用権の対象となる発明の技術的範囲と特許出願に係る発明の技術的範囲が同一の場合は問題ないが、前者が後者よりも狭い場合は、実施形式の変更が認められない場合もあり得る。
例えば、特許出願に係る発明がA、B、Cの構成要件を有するのに対し、先使用権の対象となる発明がA、B、C、Dの構成要件を有する場合には、先使用権者は、A、B、Cのみの構成要件を具備する製品又はA、B、C、Eの構成要件を具備する製品を製造販売することは、先使用権の範囲外である。このような製品は、特許出願に係る発明の技術的範囲に属するが、先使用権の対象となる発明の技術的範囲に属しないからである。このような場合を指して、最判昭和61年10月3日(「ウォーキングビーム」事件)は、「その実施形式に具現された発明が特許発明の一部にしか相当しないときは、先使用権の効力は当該特許発明の当該一部にしか及ばない」と判示しているものと理解される。
もっとも、前述の例でいう先使用権の対象となる発明の構成要件がA、B、Cであるか、あるいは、A、B、C、Dであるかの認定には困難が伴う。なぜなら、先使用権の対象となる発明の技術的範囲の認定は、特許請求の範囲の記載に基づくものではなく、あくまで具体的な製品または製作図面等から認定されるからである。
先使用権の対象となる発明の技術的範囲を特許出願に係る発明の技術的範囲より安易に狭く解すると、実際上実施形式の変更を認めないことになってしまうので、このような認定をする場合には慎重を要する。少なくとも、技術的思想の相違による作用効果の相違が明確でなければならない。
なお、先使用発明が特許発明の技術的範囲に含まれない場合でも先使用権が認められ得るとする学説もあるが、裁判例は否定的である(大地判昭和43年(ワ)4811号、東高判昭和51年(ネ)2956号)。 以下に、代表的な下級審裁判例を紹介する。
≪「発明…の範囲内」であると認めた裁判例≫
- 大地判平成11年10月7日(平成10年(ワ)520号)
「ロ号物件は,イ号物件と比較して,本件考案の構成要件とは関わりのない旋回装置を装着した以外はイ号物件と同一の構造を有しており,本件考案の実施という観点からみた場合には,技術的思想としての同一性を失わせるものではないというべきであるから,ロ号物件の製造,販売も,右先使用による通常実施権の実施の範囲内であると認められる。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 大地判平成7年7月11日(平成3年(ワ)585号)
「先使用方法は,脚片頭部の押圧に用いる機械として,ボール盤のドリルを取り外して代わりに先に窪みのあるヘッドを取り付けたものを使用するのに対し,被告方法は,偏心回転押圧機を使用する点において相違するが,本件特許発明は構成要件Bのかしめに用いる工具は何ら限定しておらず,本件明細書に示されているポンチを用いる方法…が一実施例であることは明らかであるから,被告方法は先使用方法と同一の技術的思想の範囲内において単に実施形式を変更したものに過ぎないというべきである。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 大地判平成7年5月30日(平成5年(ワ)7332号)
「先使用権は,実用新案登録出願の際に当該先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく,これに具現された考案と同一性を失わない範囲内において変更された実施形式にも及ぶものであるところ,ロ号物件のように引出棒本体の先端に蛍光目印部を設けたものも,イ号物件のように電球を付けたものも,本件考案と同一の技術思想の範囲内にあり, 単に実施形式を異にするに過ぎない。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 東地判平成20年3月13日(平成18年(ワ)6663号)
「被告製品(特に被告サンプル)の測定においては,構成要件Cに規定された表面粗度Rmaxの範囲を充足しない方向への変更が行われたことが顕著に窺われるところであるから,仮に被告製品の一部のものにおいて構成要件Cに規定された表面粗度Rmaxの充足が証明されたとしても,このような表面粗度Rmaxの変更により先使用権が失われるものではないというべきである。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 東高判平成14年3月27日(平成13年(ネ)1870号、判時1799号148頁)
「本件において,原判決別紙物件目録一の記載をもって特定される被控訴人パイプは,NKK9810熱交換器用パイプに示される考案の実施形式と比較して,有意の相違があるとは認められないから,両者は実施形式においても同一であるか,少なくとも,被控訴人パイプは,NKK9810熱交換器用パイプの実施形式に具現された考案と同一性を失わない範囲内のものというべきである。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 東地判平成19年3月23日(平成16年(ワ)24626号、判タ1294号183頁)
「被告の先使用権は,乙4の2・3図面において開示されている範囲について認められるものと解される。証拠…によれば,被告製品(別紙被告製品説明書参照)においては,『第1の配管』の『端面』(構成要件2-5D)が,乙4の2図面に比べ,上方に位置していることが認められる。しかし,かかる変更は,本件特許発明2-5の特許請求の範囲内でなされた設計変更にすぎないものである。したがって,被告製品は,上記先使用権の成立する範囲内に含まれるものと認められる。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 東地判平成20年3月13日(平成18年(ワ)6663号)
「被告旧製品…と現在の被告製品…との間には,表面粗度Rmax値の減少方向への製造条件の変更,すなわち,ワークロールを研削する砥石の#120から#150さらには#220への変更と微量成分の変更とがあったものと認められるものの,後者については,本件特許発明の本質に関わるものではないし,原告も問題としないから,これによって先使用権の成否に影響が及ぶことはない。」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 大地判平成17年7月28日(平成16年(ワ)9318号)
イ号製品について、「販売開始後、若干の寸法変更をしていることが認められるが、これらはいずれも1㎜にも満たない寸法の変更であって、構造の変更に至るものではない。」と判示して、先使用権の成立を認めた。また、ハ号製品についても、「…上記の程度の変更は、原告の主張するような大幅な変更というべきものではなく、モンキーレンチそのものの構造にも何らの変動がないものであるから、被告製品の製造販売によって実施された考案と、本件実用新案登録出願日当時に被告が実施の事業の準備をしていた考案との同一性は失われない」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 東地判平成20年3月13日(平成18年(ワ)6663号)
特許発明の構成要件と関係ない「微量成分の変更」は「本件特許発明の本質に関わるものではない」として、先使用権の抗弁を認めた。
- 東地判平成24年9月20日(平成23年(ワ)29049号)
「サンテック用スカーフカッターに係る発明は,本件発明と同一の発明であると認められる」と判示し、先使用発明と本件発明とを直接対比して両発明が同一であると認定することにより、先使用権の抗弁を認めた。(知財高判平成21年 3月25日(平成19年(ネ)10102号)も同様。)
- 大地判平成24年10月4日(平成23年(ワ)10064号、判時2202号104頁、判タ1399号237頁)
「細野トンネル方法発明及び同装置発明と,原告方法及び原告製品は,技術的に同一ということができる。すなわち,証拠…及び弁論の全趣旨によると,細野トンネル方法発明,同装置発明と原告方法,原告製品とは,目地材の内部,本体の長さ方向に貫通している通孔の直径が,前者は5㎜,後者は8㎜という点において相違するが,その余の構成は一致している。そして,上記相異点の違いにより技術的な意味において違いがあるとは認められない」として、先使用権の抗弁を認めた。
≪「発明…の範囲内」であると認めなかった裁判例≫
- 松山地決平成8年11月19日(平成7年(ヨ)194号、判時1608号139頁)
「A物件は,従来の紙ナプキン製造装置をそのまま利用し,これに切目を入れる手段を付加したものに過ぎず,イ号物件の如く,段折りの便座カバーを自動的に量産可能な構造手段について,何ら開示も示唆もしていないことが認められ,A物件とイ号物件との間には,均等の成立要件である置換可能性(特許発明の構成要件の一部を他の要素に置換した技術が,特許発明の目的及び作用効果において同一であるが故に,置換が可能であること。)の要件を充足していないので,A物件とイ号物件とが,実施形式として同一ないしは均等であるとは認められない。」として、先使用権の抗弁を否定した。
- 東地判平成12年12月26日(平成10年(ワ)16963号)
「被告装置三は,光束取出口に接眼部の先端が床上の観察者に届く長さの接眼鏡筒を取り付けるという技術思想,を有するものではない。したがって,本件発明二と被告装置三における接眼鏡筒の長さに関する相違点は,単に実施形式が異なる程度の相違であるとはいえず,本件発明二と被告装置三に具現化されている技術思想が同一であるということはできない。」として、先使用権の抗弁を否定した。
- 大地判平成14年4月25日(平成11年(ワ)5104号)
「イ”号装置とイ’号+ロ’号システムとの間には,①部品装着情報を手動で入力する必要があるか,自動的に入力されるため,手動入力は不要であるか,②パーツデータの選択も,手動で入力する必要があるか,自動的に入力されるため,手動入力は不要であるかという点で,大きく相違する。のみならず,この相違点は,係員の作業負担の軽減,登録作業の効率化及び登録ミスの発生防止という第1発明の作用効果の観点においても,顕著な相違をもたらすことは容易に推認することができる。…同一性があるとはいえない。」として、先使用権の抗弁を否定した。
(判旨抜粋 / 令和3年(ネ)10086【ランプ】)
【請求項1】…複数のLEDチップの各々の光が前記ランプの最外郭を透過したときに得られる輝度分布の半値幅をy(mm)とし、隣り合う前記LEDチップの発光中心間隔をx(mm)とすると、y≧1.09xの関係を満たす、ランプ。
…被控訴人403W製品全24本について、左から25番目と50番目のLED2個についてy/x値を計測したところ、左から25番目のLEDについては、最小値1.303、最大値1.388、平均値3σが1.281、1.397であり、左から50番目のLEDについては、最小値1.297、最大値1.381、平均値3σが1.272、1.403であったことが認められる。ここで、工業製品にあっては、同一生産工程で生産されても、その品質はさまざまな原因によってばらつきが存在するものであり、照明器具においても同様のことがいえると解されるところ、上記のとおり、被控訴人403W製品においても、それぞれ数値範囲にばらつきが生じているものと理解できる。また、品質管理の手法としては、製品の検査結果を要求される品質標準と比較して、この差(製造誤差)を標準偏差の3倍(3σ)の範囲に収めることが一般的に採用される手法の一つであると理解できる…。これらを踏まえると、被控訴人403W製品のy/x値は、実測値で1.27~1.38程度、一般的な製造誤差を考慮した場合である3σは、403W製品に要求される品質標準は不明であるものの、一般的な管理手法に照らせば、実測された平均値がそれに該当するといえ、被控訴人403W製品のy/x値は、おおむね1.27~1.40程度であったと認めることができる。…
以上のことを踏まえると、403W製品に具現化された発明であるy/x値が1.4 を超える部分から1.7又は1.7を超える範囲は、被控訴人においてx値を適宜調整することで実現していた範囲であって自己のものとして支配していた範囲であるといえる。…さらに、本件各発明1の課題であるLED照明の粒々感を抑えることは、LED照明の当業者において本件優先権主張日前から知られた課題であり、当業者はこのような課題につき、本件パラメータを用いずに、試行錯誤を通じて、粒々感のない照明器具を製造していたものといえる。そのような技術状況からすると、「物」の発明の特定事項として数式が用いられている場合には、出願(優先権主張日)前において実施していた製品又は実施の準備をしている製品が、後に出願され権利化された発明の特定する数式によって画定される技術的範囲内に包含されることがあり得るところであり、被控訴人が本件パラメータを認識していなかったことをもって、先使用権の成立を否定すべきではない。…
高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/