進歩性の全論点+α

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。

進歩性の全論点について、日本裁判所の判断傾向を解説しています。多項制の現行法下では、各発明に応じて、進歩性が認められやすいクレーム形式を把握し、各独立項の発明の技術的範囲の総和を最大化するとともに、サポート要件・実施可能要件等とのバランスを取ります。

 

本稿では、幾つかのホットトピックについて、パテント誌掲載後の重要裁判例(youtube動画あり)を考察します。

(進歩性に限りません。進歩性の論点を検討しているときに、当該論点に絡む進歩性以外の諸論点を並行して考察する「一行問題」思考が実務上重要です。進歩性、記載要件、発明の広さなどの諸要素はバーターであり、複眼視点が必要です。)

  

1.引用発明の認定~②「引用発明適格性(≒引用発明の認定)

特許法29条1項3号の刊行物記載「発明」として認められるためには、刊行物に構造が記載されているのみでは足りません。このことは、いわゆる「一行記載」では引用発明適格が認められないという議論であり、進歩性の各論点の判断傾向が時代とともに移り変わるなか、この議論は変わっていません。

(古くは、平成17年(行ケ)第10445号【非水電解液二次電池】事件、平成24年(行ケ)第10233号【抗菌性ガラス】事件、等)


最近の重要裁判例として、以下の2件は必見です。

令和4年 (行ケ) 第10010号 <本多>治療薬のCNS送達   *副引用文献に製剤の発明として開示無し.仮にその点を措いても組み合わせ容易想到でない。【請求項1】…リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とし、ここで、該組成物は、5mg/ml~100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5~7.0のpHを有することをさらに特徴とする、薬学的組成物。
…甲6には、…処方物を投与した場合の送達や治療効果について具体的な記載がされているとは直ちに認め難く、また、IT投与の治療効果とICV投与の治療効果とを同視し得る旨等を明らかにする記載も見当たらない。…甲6に、そもそも製剤の発明として引用発明を認定できる程度に…処方物が記載されているといえるかには疑問があり、仮にそれが記載されているとしても、当業者において、ICV投与に係る甲2’発明に、IT投与に係る…処方物を適用して、本件発明1の構成に至ることが容易想到であったと認めるに足りる事情はない。…
勝有△
令和4年 (行ケ) 第10091号 <東海林>5-アミノレブリン酸リン酸塩   *引用文献に物質名が記載されていても、当業者が試行錯誤なく実施可能でないと、開示が認められない ⇒引用発明において当該物質が混合状態で存在するだけでは足りず、引用文献に単体を得る製造技術が開示されているか、技術常識に基づいて製造できる必要がある【請求項1】下記一般式(1)HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n(1)(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2 の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩。  
特許法29条1項…3号の…「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること…にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。…  …甲17文献及び甲19文献においては、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。また、…甲18文献…においては、発酵液中に培地成分と混合した状態で存在するALAの濃度が開示されているにすぎない。そうすると、甲18文献においても、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。以上のとおり、甲17文献ないし甲19文献において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が開示されているとはいえない。これに加え、…引用文献においても「5-ALAは…化学的にきわめて不安定な物質である」、「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されているとおり(段落【0007】)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。… 以上によれば、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない。したがって、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない
勝有★★★

 

 

2 .本件発明の認定~④「効果のクレームアップ(≒機能的クレーム)」とサポート要件

効果のクレームアップは、当該機能・効果がクレームアップされた構成により必然的に奏する場合は別として、発明を特定している限り、発明特定事項となり、容易想到性判断の対象とする(クレームアップされた機能・効果が容易想到でなければ進歩性〇とする)裁判例が多数です。

 

近時、PCSK9事件二次判決<菅野裁判長>は、一次判決とは異なる新証拠に基づく新主張がなされていることから、サポート要件を認めた一次判決と異なり、サポート要件違反としました。(対応米国特許が米国連邦最高裁で実施可能要件違反と判断された影響が有り得ます。)

 

なお、PCSK9事件二次判決は、同一次判決と逆に、特許権者の「競合するが…中和できない抗体が仮に存在したとしても、そのような抗体は、本件発明1の技術的範囲から文言上除外されているなどとして、本件発明がサポート要件に反する理由とはならない」という主張を排斥して、「本件のような事例において、結合中和性のないものを文言上除けば足りると解すれば、抗体がPCSK9と結合する位置について、例えば、PCSK9の大部分などといった極めて広範な指定を行うことも許されることになり、特許請求の範囲を正当な根拠なく広範なものとすることを認めることになるから、相当でない。」と判示しました。このロジックが一般化されてしまうと、効果のクレームアップ、機能的クレームの意義が大幅に減殺されてしまいます。

 

しかしながら、PCSK9事件二次判決と同じ菅野裁判長は、知財高判令和4年(行ケ)第10059号【ガラス】事件では、殊更に知財高判平成28年(行ケ)第10189号【光学ガラス】事件<鶴岡裁判長>と区別して、「本件組成要件と本件物性要件とが課題と解決手段の関係にあるということはできない…。本件組成要件を満たすが本件物性要件を満たさないガラスがあるとして、それは端的に本件発明の特許請求の範囲に含まれないガラスにすぎない。」と判示してサポート要件を認めました。菅野コートは「本件組成要件と本件物性要件とが課題と解決手段の関係にある」か否かをメルクマールとしているところ、PCSK9事件二次判決も同様のメルクマールを前提としても整合すると思われます。このメルクマールが、一連のPCSK9事件一次判決を出した各裁判長の将来の裁判例と整合していくのか、常にウォッチを欠かせません。

 

令和3年 (行ケ) 第10093号 <菅野> = 令和3年 (行ケ) 第10094号 <菅野> (二次判決)   平成29年(行ケ) 10225<大鷹> PCSK9前訴(サノフィ)は同じ特許で、サポート要件〇PCSK9に対する抗原結合タンパク質(アムジエンv. リジェネロン) *機能的に表現された抗体の発明(リーチスルークレーム?)のサポート要件×  

*一連の第一訴訟の裁判長ではない *前訴で未検討であったメカニズムから主張 *効果のクレームアップでサポート要件を充たすという考え方を否定 *専門家意見書を重視
【請求項1】 PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体
…そもそも本件発明の課題は、…LDLRタンパク質と結合することにより、対象中のLDLRタンパク質の量を減少させ、LDLの量を増加させるPCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和する抗体又はこれを含む医薬組成物を提供することであり、このような課題の解決との関係では、参照抗体と競合すること自体に独自の意味を見出すことはできないから、このような観点からも…本件発明の技術的意義は、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同様のメカニズムにより、結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点にあるというべきである。…

被告は、…21B12抗体(参照抗体)と競合するが、PCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和できない抗体が仮に存在したとしても、そのような抗体は、本件発明1の技術的範囲から文言上除外されているなどとして、本件発明がサポート要件に反する理由とはならない旨主張する。しかし、既に説示したとおり、21B12抗体と競合する抗体であれば、21B12抗体と同様のメカニズムにより、PCSK9とLDLRタンパク質との結合中和抗体としての機能的特性を有することを特定した点に本件発明の技術的意義があるというべきであって、21B12抗体と競合する抗体に結合中和性がないものが含まれるとすると、その技術的意義の前提が崩れることは明らかである(本件のような事例において、結合中和性のないものを文言上除けば足りると解すれば、抗体がPCSK9と結合する位置について、例えば、PCSK9の大部分などといった極めて広範な指定を行うことも許されることになり、特許請求の範囲を正当な根拠なく広範なものとすることを認めることになるから、相当でない。)。…  
本件発明に係る別件審決取消訴訟においては…サノフィによるサポート要件違反に関する主張は退けられている。しかし、これは、当時の主張や立証の状況に鑑み、21B12抗体と競合する抗体は、21B12抗体とほぼ同一のPCSK9上の位置に結合し21B12抗体と同様の機能を有するものであることを当然の前提としたことによるものと理解することも可能である。これに対し、本訴においては、【A】博士や【B】博士の各供述書、【F】教授の鑑定書等…による構造解析、「EGFaミミック抗体」に係る関係書証…等の新証拠に基づく新主張により、上記前提に疑義が生じたにもかかわらず、この前提を支える判断材料が見当たらないのであるから、別件判決の結論と本件判断が異なることには相応の理由があるというべきである。
勝有★
令和4年 (行ケ) 第10059号 <菅野>ガラス  
*物性要件と組成要件からなる本件発明の課題を物性要件とは異なると認定して、組成要件を満たす物が物性要件を満たす蓋然性は不要とした (※H28(行ケ)10189と区別した!!)
【請求項1】…液相温度が1140℃以下であり、ガラス転移温度が672℃以上であり、屈折率ndが1.825~1.850の範囲であり、かつアッベ数νdが41.5~44である酸化物ガラスであるガラス  
原告は、…本件組成要件を満たしながら本件物性要件を満たさないものがあって、本件組成要件を満たすことと本件物性要件を満たすこととの間に相関関係を見いだすことは不可能である…などと主張する。  
しかしながら、本件発明の課題は…高屈折率低分散ガラスの有用性を更に高めるために、Gd、Ta及びYbのガラス組成において占める割合を低減すること、熱的安定性に優れたガラスを提供すること及び機械加工に適するガラスを提供することであって、そのために、本件組成要件及び本件物性要件を満たす構成をとることとして、その課題の解決を図ったものである。  
したがって、本件組成要件と本件物性要件とが課題と解決手段の関係にあるということはできないから、本件組成要件で特定されるガラスが高い蓋然性をもってガラス転移温度を含む全ての物性要件を満たすという関係を有することが認識されるまでの必要はない。また、本件発明は、本件組成要件と本件物性要件の双方を満たすものを特許請求の範囲としているものであって、本件組成要件の全数値範囲にわたって、本件組成要件を満たすガラスは本件物性要件を満たすとしているものでもない。本件組成要件を満たすが本件物性要件を満たさないガラスがあるとして、それは端的に本件発明の特許請求の範囲に含まれないガラスにすぎない。なお、本件明細書において好ましい範囲として記載された数値の範囲とその選択の根拠に鑑みると、本件組成要件の数値範囲が過度に広いとは認め難い。…
(なお、原告は、知的財産高等裁判所がした別件判決(甲7)で示された「組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって当該物性要件を満たし得るものであることを、発明の詳細な説明の記載や示唆又はその出願時の技術常識から当業者が認識できること」を本件におけるサポート要件充足の判断基準とすべき旨を指摘するが、サポート要件の充足の有無は、発明の課題との関係において認定されるべきものであるところ、同判決では発明の課題を「所定の光学定数を有し、高屈折率高分散であって、かつ、部分分散比が小さい光学ガラスを提供すること」としているのであり、このような、異なる発明における異なる課題において事例判断として示された別件の理由中の判断を、そのまま本件に適用することは相当ではない。)。  
勝不★
平成28年 (行ケ) 第10189号 <鶴岡>光学ガラス  
*数値限定発明でも、実施例を超えた数値のサポートを、実質的に判断すべき  
*課題がクレームアップされている⇒クレームされた組成が同課題を高い蓋然性で満たすと認識できる必要あり (⇒厳しい一般論)  
*実施可能要件も同じ理由で取消理由あり   Cf.H28(行ケ)10236<森>「無洗米の製造装置」は明確性要件×
…本願発明に係る特許請求の範囲…の記載は,光学ガラスを本願組成要件及び本願物性要件によって特定するものであり,そのうち,本願物性要件は,「高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」という本願発明の課題を,「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下」という光学定数により定量的に表現するものであって,本願組成要件で特定される光学ガラスを,本願発明の課題を解決できるものに限定するための要件ということができる。そして,このような本願発明に係る特許請求の範囲の構成からすれば,その記載がサポート要件に適合するものといえるためには,本願組成要件で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることに加え,本願組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって本願物性要件を満たし得るものであることを,発明の詳細な説明の記載や示唆又は本願出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである。…  
本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,…各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識に鑑みれば,当業者は,本願組成要件に規定された各数値範囲のうち,実施例として具体的に示された組成物に係る数値範囲を超える組成を有するものであっても,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得るというべきであり,更に,そのように認識し得る範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体(上限値や下限値)にまで及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。…本件審決の判断は,…当業者が本願物性要件を満たす光学ガラスが得られるものと認識できる範囲を,実施例として具体的に示されたガラス組成の各数値範囲に限定するものにほかならないところ,…このような判断は誤りというべきである。本件審決は,…本願のサポート要件充足性を判断するに当たって必要とされる,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得る範囲が本願組成要件に規定された各成分における数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについての具体的な検討を行うことなく,実施例として示された各数値範囲が本願組成要件に規定された各数値範囲の一部にとどまることをもって,直ちに本願のサポート要件充足性を否定したものであるから,そのような判断は誤り…といえる。           
勝不○

 

 

3.相違点の容易想到性判断~「組み合わせの動機付け、阻害事由」

近時特に重要裁判例が出たということではありませんが、一般、引用例1と引用例2とを組み合わせると本件発明に至るとき、無効審判請求人としては、どちらを主引例とした方が相違点が少ないかという観点とともに、相違点を埋める動機付けあり・阻害事由なしとなる可能性が高い論理付けが可能かを熟考すべきです。この点は教科書や論稿でクローズアップされていませんが、実事案における最頻検討事項の一つです。相違点が少ないが阻害事由が懸念される場合は、必ず表裏で論理付けしましょう。
 

若干古い裁判例ですが、阻害事由を理由に進歩性ありと判断した一審判決を見て、被告が控訴審で表裏を入れ替えて逆転無効(進歩性×)とした知財高判平成26年(ネ)10080「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」事件<清水裁判長>(※原審・東京地判平成24年(ワ)30098<長谷川裁判長>は外せません。

 

 

4.予測できない顕著な効果

予測できない顕著な効果については,ドキセピン最高裁判決(平成 30 年(行ヒ)第69号)の事案は別として、裁判所で、構成が容易想到の発明が、効果で逆転進歩性〇となった裁判例は極めて少数です。

予測できない顕著な効果により進歩性〇とした審決は知財高裁で取り消されやすいことを踏まえて、審判段階から、効果ではなく課題の相違を主張することが望ましいと言えます。(もちろん、先発医薬品メーカーがパテントリンケージとの関係で有効審決を得ることが目的である場合は別論です。)

 

高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)

    
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/