侵害予防調査について ⑯属地主義と効率的なグローバル調査

こんにちは、知財実務情報Lab.専門家チーム角渕由英(弁理士・博士(理学)、特許検索競技大会最優秀賞)です。

連載として侵害予防調査について説明をしています。

前回は「意匠権もチェック」することについて述べました。

今回は、「属地主義と効率的なグローバル調査」について説明をします。

 

 

(1)ファミリー単位の調査

近年、日本企業であっても、国内のみで事業が完結することは少ない。今後も国外市場の重要性が増していく状況下、侵害予防調査をグローバルかつ効率的に行うことが必要となります。

 

法律の適用範囲や効力範囲を、一定の領域内についてのみ認めようとする「属地主義」の下、権利独立の原則1)パリ条約4条の2)により対象国ごとにクレーム(権利範囲)や制度が異なるため、製品等を実施する全ての国で侵害予防調査を行う必要があります。

 

しかし、製品等の構想段階や研究開発段階など事業の初期に全ての対象国を徹底的に調査することは、費用対効果の観点から好ましくないでしょう。

 

また、製造販売等を行う直前に、多くの対象国で調査を初めて行うようでは、リスクに対応することができなくなり、最悪の場合、それまでに費やした研究開発等のコストが無駄になってしまう可能性があります。

 

このような場合、初期の段階から段階的に調査を行い、開発の初期段階では、パテントファミリー単位で調査を行い、対象製品等がある程度具体化した段階で、対象国ごとに調査を行うことが重要となるでしょう。

 

初期のファミリー単位での調査では、基本特許や重要特許の把握を目的とし、対象国毎の調査ではファミリー単位での調査結果を利用して、差分を中心に調査をしたり、調査観点や検索範囲を最新の情報等に基づいて適宜修正したりすることで、調査の精度とコストパフォーマンスを両立させることができます。

 

 

(2)新興国における調査

侵害予防調査では、対象国毎に権利を調査する必要がありますが、調査上の問題として、言語の問題がある。主要国の特許は英語であることや、機械翻訳や抄録を利用して英語で検索できるため、対応が比較的容易であるが、新興国やマイナー言語を対象とする場合、困難が生じることがあります。

 

商用データベースでは、主要国以外のマイナー国(新興国)の収録率が低い場合や、更新にタイムラグがある場合もあるため、必要に応じて各国の特許庁HPを利用することが好ましいでしょう。しかし、新興国の特許庁のHPのシステムは脆弱であり、検索機能が弱いことが多いことが通常です。

 

新興国では、そもそも出願件数が主要国ほど多くなく、対象とすべき特許権等の件数も少ないことが想定されるため、IPC特許分類を広く調べたり、簡単なキーワードを1つか2つ、現地の言語で掛け合わせたりすることで絞り込みを行うとよいでしょう。

 

新興国では、特許分類も再上位の分類が1つしか付与されていなかったり、そもそも特許分類が全く付与されていなかったりする(適切に収録されていない)こともあります。

 

新興国の現地特許庁のデータベースを用いる際の注意点としては、検索機能が不十分で複雑な検索を行うことができないことや、独特の事情(傾向)を理解する必要があるでしょう。

 

現状では、いずれの新興国においても特許権等の件数が少ないため、上位のIPC分類に現地語でテキストを掛けることや、下位のIPC分類を全部見るなどして対応をすることが想定されます。

 

調査の準備段階として、調査対象国において当該対象国の「現地企業」が海外企業(グローバル企業)を訴えた例があるか否かは、検討すべき事項であると言えます。

 

というのも、海外企業は、主要国(日・米・欧・中・韓)にパテントファミリーがあることが基本で、新興国のみに出願をしていることはほぼ無いため、主要国の調査でいかなる権利を保有しているか知ることができるからです。

 

つまり、新興国における調査で調査すべき対象としては、対象国のみの出願(主要国にファミリーがないもの、基本的には現地企業の出願)であり、現地語での調査について最適な調査方法、それ自体を「調査」することが求められるでしょう(有用なデータベースや、収録範囲等を調査することになります)。

 

新興国における侵害予防調査を行ってはみたものの、主要国にファミリーがあるグローバル企業の特許権等のみが抽出され、現地企業の出願で検討すべきものは少なく、高コストだが費用対効果は非常に低いというのが現時点で良くある実情ですが、今後は大きく状況が変化していくでしょう。

 

この連載では、侵害予防調査について、その定義、課題・目的と6W2H、基本となる考え方・ポイントや、クレームの文言解釈の手法と均等論など、実例も踏まえて説明をしてきました。

 

侵害予防調査では、他の調査とは異なり、調査対象の設定における自由度が非常に高く、イ号製品等における調査観点の抽出と、存在し得る抽象的かつ概念的な権利範囲(発明の技術的範囲)を想定して、検索式に落とし込む(翻訳する)という、クレームドラフティングと類似する思考が必要となります。

 

したがって、検索それ自体のテクニック・スキルのみならず、法的な知識の獲得や発明の創出プロセスの経験(技術的思想の言語化)など、調査の範疇を超えて知財業務に携わることが望ましいでしょう。

 

(参考文献)

1)平浩明、「特許独立の原則と属地主義」、知財管理、Vol.62、No.8、p1189~1194(2012)

2)田中志帆里、「海外特許調査の現状と課題」、情報の科学と技術、Vol.65、No.7、p302~307(2007)

3)「特許庁委託事業 ASEANにおける各国横断検索が可能な産業財産権データベースの調査報告」日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所 知的財産部(2018年3月)

4)アジア特許情報研究会HP

5)「ASEANにおける産業財産権の検索データベースの調査2022」日本貿易振興機構(JETRO)バンコク事務所 知的財産部(2023年3月)

6)中西昌弘、「ASEAN特許調査環境の新たな変革」、Japio YEAR BOOK 2018、p.178-185(2018年11月)

7)伊藤徹男、「ASEAN・東アジア特許調査におけるPATENTSCOPEの徹底活用」、Japio YEAR BOOK 2019(2019年11月)

 

角渕先生からのお知らせ

侵害予防調査に関する基本的事項、考え方とポイント、検索式の作成における留意点、仮想事例について執筆した論文、「侵害予防調査についての一考察」が日本弁理士会のパテント誌2024年2月号に掲載されています。

詳細はこちらからご確認ください。

 

角渕 由英(弁理士・博士(理学))

専門分野:特許調査、特許権利化実務(化学/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)

  note

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