広い請求項を書くための1つの考え方

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田村良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)です。

 

特許の実務では、広い請求項で権利化すること、言い換えると、限定の少ない請求項で権利化することは重要ですよね。限定の多い請求項は、特許権を回避される抜け道が多くなる傾向があります。

 

限定の少ない請求項で権利化をするには、中間対応の際に、できるだけ請求項を狭く限定をせずに、新規性、進歩性を主張していく必要がありますが、その前提として、まずは、限定の少ない請求項を記載して、審査を受ける必要があります。

 

本日は、限定の少ない請求項を書くための1つの考え方を、ご紹介させていただきます。事例は、ソフトウェア関連発明ですが、他の技術分野にもご活用いただけるのではないかと思います。

 

  

例えば、利用者がWebサイトでピザを注文してから、ピザを宅配で受け取るまでの時間に応じて、利用者に付与される特典が変わるようなシステムについて、考えてみたいと思います。ピザを注文してから30分以内であれば特典はなく、30分を超えると40分以内であれば300円引きのクーポンが付与され、40分を超えると500円引きのクーポンが付与される、といったものです。クーポンは、データで提供され、次回にピザを注文する際の決済時に使用できます。

 

このシステムのサーバ装置を想定して、請求項を書いてみます。

【請求項1】
利用者が操作する第1装置から商品の注文情報を受信する第1受信手段と、
商品の配達者が操作する第2装置から、利用者への商品の配達が完了したことを示す完了情報を受信する第2受信手段と、
注文情報を受信してから完了情報を受信するまでの経過時間を算定する時間算定手段と、
算定した経過時間に応じて、利用者に付与する特典を特定する特典特定手段と、
利用者を識別し得る識別情報と関連付けて、特定した特典に関する特典情報を記憶する特典記憶手段と
を備える、コンピュータ装置。

たしかに、この内容で、1つの請求項として、成立しているように思います。ですが、ここで、もう一歩、踏み込んでみましょう。

このシステムは、以下のステップを実行するものです。

 

・商品の注文情報を受信する
・商品の配達が完了したことを示す完了情報を受信する
・注文情報を受信してから完了情報を受信するまでの経過時間を算定する
・算定した経過時間に応じて、利用者に付与する特典を特定する
・利用者と関連付けて特典情報を記憶する

 

一般的に、コンピュータは、入力したデータをもとに演算をし、演算をした結果を出力するものです。上の各ステップを入力、演算、出力に分けてみると、以下のようになります。

 

グループA
・商品の注文情報を受信する(入力)
・商品の配達の完了情報を受信する(入力)
・注文情報を受信してから完了情報を受信するまでの経過時間を算定する(演算)

 

グループB
・算定した経過時間に応じて(入力)、利用者に付与する特典を特定する(演算)
・利用者と関連付けて特典情報を記憶する(出力)

  

 

グループAでは、商品の注文情報、配達の完了情報を受信して、経過時間を算定するまでが「入力」と「演算」にあたります。そして、算定した経過時間は、グループBの入力として利用されるための「出力」であると捉えることができます。グループBでは、算定した経過時間に応じて、付与する特典を特定するまでが「入力」と「演算」にあたり、特典情報の記憶が「出力」にあたります。

 

このように請求項1を分解してみると、2つの「入力→演算→出力」のグループから構成されていること、そして、それらの各グループは、それぞれ異なる役割を果たしている(つまり課題を解決している)と考えることができます。

 

 

グループA:
注文してから配達が完了するまでの経過時間を算定する、という課題

 
グループB:
注文してから配達が完了するまでの経過時間に応じて、利用者に特典を付与する、という課題

 

 

そうすると、上の請求項を、さらに2つの請求項にわけることができます。

 

【請求項A】
利用者が操作する第1装置から商品の注文情報を受信する第1受信手段と、
商品の配達者が操作する第2装置から、利用者への商品の配達が完了したことを示す完了情報を受信する第2受信手段と、
注文情報を受信してから完了情報を受信するまでの経過時間を算定する時間算定手段と
を備える、コンピュータ装置。

 

【請求項B】
利用者が商品の注文をしてから、利用者への商品の配達が完了するまでの経過時間に応じて、利用者に付与する特典を特定する特典特定手段と、
利用者を識別し得る識別情報と関連付けて、特定した特典に関する特典情報を記憶する特典記憶手段と
を備える、コンピュータ装置。

 

 

この2つの請求項A、請求項Bが、新規性・進歩性を有するものであるかは、ここでは置いておきましょう。まずは、この2つの発明が存在することに気が付けるか否かが重要であると、考えています。

 

このように2つの発明が存在することを認識したうえで、新規性・進歩性を有しないと判断すれば、もともとの請求項1で出願すればよいですし、もし、請求項A、請求項Bのどちらか一方だけでも、新規性・進歩性を有する可能性があると考えられるなら、その一方だけでも、出願をしてみることができます。

 

たしかに、請求項A、請求項Bのそれぞれは、請求項Aと請求項Bを組み合わせた請求項1よりも、新規性・進歩性の拒絶理由をクリアーするためのハードルが高そうです。ですが、仮に、請求項A、請求項Bで特許を取得できた場合、請求項1で特許を取得する場合と比べて、メリットもあるでしょう。

 

利用者に付与される特典が、データとして提供されるものではなく、レトルトの食品などの物品であるような場合、請求項Aに係る発明の技術的範囲には属しますが、請求項1の技術的範囲からは外れます。請求項Aは、サーバ装置での処理に関するものですから、他社の侵害行為を発見するのは難しい、という問題があるものの、請求項1よりも広い権利範囲であることは、間違いなさそうです。

 

多くの発明は、1つの大きな課題を解決するために、複数の小さな課題を解決しています。その小さな課題の解決を組み合わせることで、はじめて1つの大きな課題を解決することができます。この小さな課題を解決している発明は何かを認識し、それを請求項に落とし込むことが、広い請求項で、権利を取得するための必須ステップでないかと考えています。

 

田村 良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)

専門分野:特許の権利化実務(主に、化学、ソフトウェア)

  note

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