こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。
今回は、「ミャンマー新知財法の概要・主な留意点」についてご説明したいと思います。
ミャンマーでは、近代的な知財制度が整備されておらず、特許法や意匠法はもちろんのこと、商標法も存在しませんでしたが、2019年1月~5月にかけて「新知的財産法(商標法、意匠法、特許法、著作権法)」が法案成立しました。
その後、2021年2月に発生したミャンマー国軍によるクーデターにより、今も政情不安が続いており、新知財法の施行も大幅に遅れることとなりました。
そうしたなかでも、ミャンマー政府は、新知財法において商標法の施行を優先的に進めており、「商標法の施行(商標の出願受付開始)がまもなくである」との現地代理人の話を聞いてます。
今回は、前回の「ミャンマー新知財法の施行に向けた最新動向」に続き、「ミャンマー新知財法(商標法、意匠法、特許法)の概要・主な留意点」、「ミャンマーの登記法(現状の知財に係る保護法)から新商標法への商標移行措置」についてご説明したいと思います。
ミャンマー新知財法の概要・主な留意点
(1)商標法
① 標章の定義(第2条)
個人名、文字、数字、図形要素、色の組み合わせ、又はそれらを組み合わせたものを含む、事業における商品及び役務を他者のものと区別可能にする視覚的標識をいう。当該用語には、商標、サービスマーク、団体標章及び認証標章が含まれる。
② 保護要件(第13条、第14条)
絶対的拒絶理由(識別性がない、公序良俗違反等)又は相対的拒絶理由(他人の登録商標や周知商標との類否)に該当する標章については登録されない。
③ 審査、出願公開(第23条、第25条)
方式審査、実体審査(絶対的拒絶理由)を経て、異議申立を行う機会をあたえるために出願公開される。相対的拒絶理由については審査されない。
④ 異議申立(第26~第28条)
出願公開後60日以内に絶対的・相対的拒絶理由に基づいて何人も異議申立をすることができる。異議申立が上記期間内になされなければ登録され、公開される。異議申立がなされた場合には審査の上、登録又は拒絶されて公開される。
⑤ 権利期間(第34条)
出願の日から10年間存続し、10年毎に所定の料金を支払うことで更新することができる。
⑥ 移行措置(第93条)
法施行前に登記法のもと登録された標章の所有者、又は国内市場において実際に使用されている未登録商標の所有者は、その標章に関する権利を保全するために新たに商標出願を行うことができる。
「主な留意点」
相対的拒絶理由(他人の登録商標や周知商標との類否)については、なんと異議申立がなされなければ審査されません。例えば冒認商標出願に対し異議申立を行う場合に、出願公開日から60日以内に行う必要があります。
商標法に関する罰則は、特許法及び意匠法に関する罰則よりも具体的に規定されています。例えば、商標権を侵害した場合には、3年以下の懲役若しくは500万チャット(約35万円)以下の罰金、又はその両方の罰が課されます。
商標の出願手続フローチャートは以下の通りです。商標法、現地当局・代理人の情報に基づいて筆者が作成しています。
「商標の出願手続フローチャート」
(2)意匠法
① 意匠(工業意匠)の定義(第2条)
工業製品若しくは手工芸品の全部若しくは部分の線、輪郭、 色彩、形状、表面パターン、質感、若しくは外形の特徴若しくは装飾をいい、又はその特徴、装飾から生じる工業製品若しくは工芸品の全部若しくは部分の外観をいう。
② 保護要件(第13条、第16条)
新規性、独創性のある意匠であること。一方で、技術的・機能的な特徴のみの意匠、公序良俗等違反の意匠は保護されない。
③ 審査、出願公開(第28条、第30条)
方式審査、実体審査(意匠の定義に該当すること、公序良俗等に違反しないこと)を経て、異議申立を行う機会をあたえるために出願公開される。
④ 異議申立(第31~第33条)
出願公開後60日以内に意匠の定義に該当しない、新規性がない、技術的・機能的な特徴のみの意匠である、公序良俗等に違反することに基づいて、何人も異議申立をすることができる。異議申立が上記期間内になされなければ登録され、公開される。異議申立がなされた場合には審査の上、登録又は拒絶されて公開される。
⑤権利期間(第42条)
出願の日から5年間存続し、その後5年間の延長を2回行うことができる。
「主な留意点」
新規性がないこと、技術的・機能的な特徴のみの意匠であることについては、異議申立がなされなければ審査されません。意匠出願に対し異議申立を行う場合には、出願公開日から60日以内に行う必要があります(第28条、第31~第33条)。
(3)特許法
① 発明の定義(第2条)
技術分野における困難を解決することができる物又は製法の創作をいう。小発明も含まれる。
② 保護要件(第13条、第14条、第22条~第23条、第27条)
新規性、進歩性、産業上利用可能性を有すること、非登録要件に該当しないこと、そのほか記載要件を満たすこと、単一性を有することが要求される。
③ 審査請求(第26条)
出願日から36カ月以内に審査請求しないと登録されず、その特許出願は放棄されたものとみなされる。
④ 出願公開(第30条、第32条)
方式審査を経て、異議申立を行う機会をあたえるために出願日から18カ月経過後に出願公開される(早期公開請求あり)。
⑤ 異議申立(第33~第35条)
出願公開後90日以内に新規性、進歩性、産業上利用可能性を有しないこと、非登録要件に該当することに基づいて何人も異議申立をすることができる。
⑦ 実体審査(第36~第39条)
新規性、進歩性、産業上利用可能性を有すること、非登録要件に該当しないこと、記載要件を満たすこと、単一性を有することについて審査される。登録官(局長:特許庁長官に相当)は審査官の審査結果・意見を精査した後、特許査定又は拒絶する。その後、当該特許査定又は拒絶査定は公開される。なお、登録官は、外国の政府機関、外国特許庁に審査を依頼することもできる。
⑧ 権利期間(第47条)
出願の日から20年間存続する。
「主な留意点」
第14条(a)に特許を受けられない発明が限定列挙されています。例えば、コンピュータ・プログラムは特許されません。
原則、2033年1月1日までは医薬品又はその製造方法に関する発明について特許されません(第14条(b))。また、既に経過してしまいましたが、2021年7月1日までは農業に使用される化学物質、食料品、微生物に関する製品について特許されません(第14条(c))。ミャンマー政府は、これら発明について特許を受けられない期間を変更できます。
登記法から新商標法への「商標移行措置」
商標法第93条には、「法施行前に登記法の下で登録された標章の所有者は、登録商標に関する権利を保全するために商標申請を行うことができる」との経過措置が規定されています。
具体的には、既に登録された商標について、移行期間(ソフトオープンからグランドオープンまでの期間)に「所定の条件」の下で商標を「再出願」することで、「知財庁オープン日の出願」とみなし、かつ、相対的拒絶理由の判断(他人の登録商標や周知商標との類否判断)において「登記日」を優先日とする旨が規定されています(ミャンマー商業省告示No.63/2020)。また同規定では、未登録の商標であっても、既にミャンマー国内で実際に使用されている場合には、公的な使用証拠を提出することで、同様の優遇措置を受けられる旨規定されています。
過去に登記所で登録を行った証拠、又は未登録の場合であっても実際に使用している(使用していた)証拠として、以下の書類を提出することができます。
① 「過去に登記所において登録した標章」
② 「登記証明書(写しでも良い)」
③ 「新聞公告又は一般に告示したことの証明(警告通知)」
④ 「ミャンマー国内市場における実際の使用書類」
⑤ 「マーケティング又は広告の書類」など
特に①~③の書類が重要とされています。②登記証明書、③新聞公告の具体例は以下の通りです。
「登記証明書」
「新聞公告」
最後に
以上、前回に続き、今回は、「ミャンマー新知財法の概要・主な留意点」、「ミャンマーの登記法から新商標法への商標移行措置」についてご説明しました。これら知財実務に関する情報がご参考になればと思います。
特に、ミャンマー商標法の施行、商標の出願受付開始後には、大量の冒認商標の出願がなされることが予想されます。ミャンマーでビジネス展開を行う予定がある企業(企業の代理人)におかれましては、信頼できるミャンマー代理人を早めに確保しておくこと、また商標出願の準備をしておくことが必要です。
オマケ(石川先生が現地で撮影した写真)
石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)
専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査
秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/