東南アジアの特許出願の早期権利化(PPH、CPGを利用する)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

今回は、「東南アジアの特許出願の早期権利化」についてご紹介したいと思います。

以下、下記の項目に沿ってご説明します。

 

  1. はじめに
  2. アセアン各国における特許の早期審査プログラム
  3. 実際の統計情報(タイ)
  4. まとめ

 

  

1.はじめに

近年、日本企業によるアセアン諸国への進出、特に中国からアセアン諸国への生産移管が進んでおり(ジェトロ地域・分析レポート2021)、アセアンにおいて「商標出願」だけでなく「特許出願」の件数も徐々に伸びてきています。

 

他方で、アセアン諸国では「特許の権利化までの期間」が比較的長期化する傾向があります。ジェトロ調査によれば、アセアン主要6カ国での出願から権利化までの平均期間(2016~2022年)は、下記の通りとなっています。

 

アセアン主要6カ国における権利化までの期間

※グラフの縦軸は「出願から登録までに要した年数」を示す。

 

 

上記グラフによれば、2022年実績において「タイ(平均9.3年)」、次いで「ベトナム(平均6.1年)」、「フィリピン(平均6.0年)」、「マレーシア(平均5.9年)」において長期化する傾向にあります。また、上記ジェトロ調査によれば、「タイ」を筆頭に各国において「有機・バイオ・医薬分野」や「化学分野」の審査が長期化するようです。

 

今回は、日本企業が早期に特許出願の権利化を図るべく、アセアン各国において利用可能な「特許の早期審査プログラム」についてご説明したいと思います。

 

 

2.アセアン各国における特許の早期審査プログラム

アセアン各国において特許出願をした場合に権利化を早める方法について、出願人ができる措置として、「PPH(特許審査ハイウェイ)」、「PPH+(特許審査ハイウェイ・プラス)」、または「CPG(特許の付与円滑化に関する協力)」を活用する方法があります。

 

なお、ASPEC(アセアン加盟国内における特許審査協力)を活用する方法もありますが、今回は、日本企業が利用し易い措置としてPPH、PPH+、CPGを説明したいと思います。

 

PPH」は、各特許庁間の取り決めに基づき、第1庁(先行庁)で特許可能と判断された発明を有する出願について、出願人の申請により、第2庁(後続庁)において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする制度です。

 

日本特許庁は、「タイ知的財産局」、「ベトナム国家知的財産庁」、「インドネシア知的財産総局」、「シンガポール知的財産庁」、「マレーシア知的財産公社」との間で「PPH」の手続を開始しています。

 

PPH+」は、途上国・新興国におけるPPHに代わる審査協力プログラムです。「PPH+」は、日本特許庁と「ブルネイ知的財産庁」の合意に基づき、日本で特許可能となった日本出願に対応するブルネイ出願について、出願人からの申請により、実質的に無審査で特許が付与されるものです。

 

CPG」も同様に、途上国・新興国におけるPPHに代わる審査協力プログラムです。「CPG」は、日本特許庁と「カンボジア工業手工芸省」、「ラオス知的財産局」との合意に基づき、日本で特許となった日本出願に対応するカンボジア出願、ラオス出願について、出願人からの申請により、実質的に無審査で特許が付与されるものです。

 

アセアン諸国との特許の早期審査プログラムの概要をまとめると、下記表のようになります。

 

「特許の早期審査プログラムのまとめ」

※1: 試行プログラムでは、管理可能な水準を超えた場合等により、中断・終了する場合あり。

※2: タイでは、出願公開時期の規定がなく、審査請求は出願公開日から5年以内と規定されている。PPH申請時又は申請前に「審査請求」が必要のため、「出願公開」が律速となりうる。

※3: インドネシアでは、新特許審査ガイドラインによれば、特定疾患の医薬用途発明が認められる見込み。

※4: 詳細 ⇒ PCT-PPH, PPH-MOTTAINAI

 

 

詳細な手続きは、日本特許庁のウェブサイトに具体的な手続ガイドラインが紹介されています(PPHPPH+CPG)。

 

タイ、ベトナム、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピン」では、上記「PPH」を利用することで、「アセアン(第2庁)になされた特許出願の全ての請求項が、日本(第1庁)になされた特許出願の特許可能と判断された請求項のいずれかと十分に対応していること」などの要件が課されるものの、後述のように「権利化期間の短縮」が期待できます。

 

ブルネイ、カンボジア、ラオス」では、特許の実体審査は行われていません。そのため、PPH+、CPGに基づく「審査協力」を利用しないと、「他庁の審査結果待ち」の状態となり、審査が長期化します。日本の出願人は、「PPH+、CPG」を利用することを強くお勧めします。

 

ミャンマー」には、そもそも特許法がありません。しかしながら、2023年に「商標法」、「意匠法・新著作権法」が段階的に施行され、まもなく「特許法」も施行される見込みです。

 

「PPHを利用した主な事例」

 ※PPH+も同様

 

 

 

「CPGを利用した主な事例」

 

 

3.実際の統計情報(タイ)

ご参考としまして、タイでは、下記のグラフの通り、かなりの権利化期間の短縮が期待できます。

 

「タイでのPPHの運用実績」

 

通常の出願案件の場合、審査請求日からFA通知日までに「全体平均3.2年」ほどかかります(ジェトロ調査)。

 

他方で、PPH申請した出願案件については、技術分野によって差はあるものの、PPH申請日からタイ審査官によるFA(First Action)の通知日まで「全体平均11.4カ月」というスピードで審査がなされています。

 

既にPPH申請された出願案件全体のうち、87.3%の案件が既にFA通知を受け取っており、57.0%が登録されています。しかも、FAの通知内容について「登録査定」又は「登録を前提とした補正命令」が多いと聞いています。

 

上記で説明したように、全技術分野、特に権利化期間が長い技術分野となる「化学」、「医薬」の分野においては、PPHの申請要件を満たす限りにおいては、権利化期間を早める有効な手段になると考えます。

 

そのほか、「タイ」以外に、権利化までの期間が長期化し易い「ベトナム」、「フィリピン」、「マレーシア」でも有効な手段となっています。

 

なお、ご参考として、日本特許庁HPに「PPH申請件数や各知財庁における特許査定率等の統計情報」を収集したもの(PPHポータル)が掲載されています。

 

 

4.まとめ

以上、東南アジアにおいて日本企業が早期に特許出願の権利化を図るべく、各国において利用可能な「特許の早期審査プログラム」について簡単にご説明しました。

 

東南アジアでは、医薬・バイオ分野、化学分野、複雑なソフトウェア分野など、まともに審査を受けると審査の長期化に陥ってしまうような出願案件において、特に利用価値があると考えられます(①日本特許と同じ特許を取得できる、②早期に権利化できる、③オフィスアクションを減らしコスト削減できる)。

 

今回の情報が東南アジアの知財実務においてご参考になればと思います。

 

なお、日本特許庁HPに「海外で早期審査プログラムを利用したユーザによるヒアリング結果(評価、要望)」をまとめた調査報告書がアップされています。ご参考にして下さい。

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/