東南アジアの模倣品の現状

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

今回は、「東南アジアの模倣品の現状」についてご説明したいと思います。

 

 

1.東南アジアの知財保護と言えば「模倣品対策」

東南アジアの経済成長はめざましい一方で(今はコロナウイルスの影響で停滞していますが)、経済成長に伴い「模倣品」※1の流通量も増加しており、現状は、東南アジアでの知財保護と言えば「模倣品対策」が中心となっています。

 

特に、中国を発信源とする模倣品が、主に陸路を通じてメコン地域(タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)に流入する事例が多く、一度流入した模倣品はアセアン域内で比較的自由に移動できることから、横断的な対応を迫られます。

  

※1:「模倣品」とは、商標権・意匠権侵害品などを意味し、最近では特許権侵害品についても、技術模倣品として模倣品の範疇に含められる。「海賊版」とは、音楽、映画、コンピュータ・ソフトなどの著作権を侵害する商品を意味し、模倣品、海賊版を総称して「知的財産権侵害品」とも言う。

 

模倣品の流入ルートは、①「陸路」経由、②「海路」経由、③「空路」経由がありますが、現地の税関職員によれば、『メコン地域においては総じて陸路を通じた模倣品・海賊版の流入・流出が多いものの、水際で差し止めることが難しい。』と聞いています。

 

模倣品対策として「税関差止(水際差止)」は非常に有効な手段と言えるものの、上記のような陸路を通じた模倣品・海賊版の水際差止が機能しない理由として、理由①「模倣品・海賊版は実際に開梱してみないと分からない」、理由②「麻薬、武器などを差し止めるプライオリティのほうが高い」、理由③「正規の国境付近に密輸ポイントがあり、模倣品・海賊版は同密輸ポイントを通じて流入・流出してしまう」、とも聞いています。

 

今回は、東南アジアのメコン地域(タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)を結ぶ「国際幹線道路」※2を横断し、重要な拠点となる(模倣品・密輸品の国際的流通の温床ともなる)「国境都市」と「模倣品マーケット」の現状を視察しましたのでご紹介したいと思います(2018年2月~3月に国境視察を実施)。

 

 「アセアン諸国」とメコン地域における「国際幹線道路」

 

※2:「国際幹線道路」は、中国及びメコン地域を結ぶ道路であり、①「東西経済回廊」、②「南部経済回廊」、③「南北経済回廊」がある。当該道路を通じた物量の増加が期待される一方で、中国を発信源とする模倣品・密輸品の流入・流出も増えることが懸念されている。

 

2.税関差止の法整備状況

先に、メコン地域5カ国での「知財に関する税関差止(水際取締まり)」の法整備状況をまとめますと、下記表の通りになります。

 

「税関差止対象」としては、5カ国共に「商標権」、「著作権」が対象となっています。ベトナムに限れば、意匠権、特許・実用新案権も対象とはなっていますが、実施のための細則が設けられておらず、実際に差し止められたとの報告はジェトロ調査では聞いたことがありません。

 
「差止対象の種類」としては、「輸入品」になります。ミャンマーを除けば「輸出品(通過品)」についても対象となりますが、4カ国ともに自国に流入しないものには原則関与しないとの運用がなされています。一方で、5カ国共に「税関職員による職権差止」の権限が与えられており、官庁やジェトロ、現地法律事務所を通じた「真贋判定セミナー」の開催、「真贋判定の情報」(貨物品の輸入ルート、輸出・輸入者情報等のホワイトリスト、ブラックリスト)の提供といった活動を通じて、「輸入された模倣品・密輸品」に対し税関が職権で監視、差止を行うことが期待されます。

 
また、タイ、ベトナムについては、知的財産権侵害品の「事前登録制度」※3を利用することで、日本企業による水際差し止めの実績が増えていることが報告されています。

 

※3:「税関の事前登録制度」:アセアン諸国のうち、タイ、ベトナムのほか、インドネシア、フィリピンでは、自己の知的財産権(主に商標権)を税関に事前登録することができる。税関は、事前登録された商標権を侵害する商品を監視し、疑義の生じた貨物を検査に来るように知的財産権者又はその法定代理人に通知する。

 

メコン地域5カ国での知財に関する税関差止対象

 

※ジェトロHPでは、東南アジアの税関における知財関連法規・運用実態の調査報告がアップされているのでご参照下さい。(アセアン主要6カ国アセアン新興4カ国)。

 

3.国境視察の報告

続いて国境視察の報告です。今回は、メコン地域を結ぶ「東西経済回廊」、「南部経済回廊」を通じた物流において、重要な拠点となる下記3つの「国境都市」と「模倣品マーケット」の視察結果を報告します。

 メコン地域の主要な「国境都市」と「模倣品マーケット」

 

一般に「国境都市」では、カジノ、免税店、マーケット等が良く見られるところ、下記3つの「国境都市」には大規模な「模倣品マーケット」があることが知られています。また、このようなマーケットの周辺には、往々にして「密輸ポイント」が存在します。

 

そこで、国境視察では、「税関による実際の貨物検査の状況調査」に加えて、「国境付近にあるとされる密輸ポイント」についても探りました。

 

(3-1)まずは、東西経済回路においてベトナム(ダナン港)から進むと最初に到達する国境地点となる、ベトナムとラオスの国境「ラオバオ-ダンサバン国境」です。当該国境地点には、「ラオバオ トレードセンタ」と呼ばれる大型ショッピングモールがあります。

 
当該モール内には、炊飯器、電子ポット、アイロン、ミキサーのような家電製品、時計等の装飾品、衣類やバッグ、医薬品や化粧品、自動車用部品などの模倣品が所狭しと販売されていました。販売品の大半が一目見るだけで模倣品と判別できるものでしたが(ブランド名、ブランドマークの形状の相違)、一部の販売品については、真贋識別シールが付されていないのみで本物と区別がつかない精巧な模倣品もありました。

 
当該モールから国境沿いへ進むと、国境線に沿って流れる川が先細るスポットが多々存在します。当該スポットには「密輸ポイント」とも思われるモーターボートやトラック、倉庫のような建物が発見されました。

 

模倣品の現状① ~ラオバオ‐ダンサバン国境~

 

(3-2)続いて、南部経済回路においてベトナム(ホーチミン)からカンボジアへ入国し、タイへ進むと到達する国境地点となる、カンボジアとタイの国境「アランヤプラテート‐ポイペット国境」です。当該国境地点には、「ロンクルア市場」と呼ばれる大型ショッピングモールがあります。

 

模倣品の現状② ~アランヤプラテート‐ポイペット国境~

 

タイの国境都市「アランヤプラテート」、カンボジアの国境都市「ポイペット」は、重要な物流拠点であり、貨物輸送車が引っ切り無しに行き交い、特にタイからカンボジアへと貨物が輸送されています。「アランヤプラテート」にある「ロンクルア市場」では、電化製品のほか、リュックやバッグ等の観光用グッズ、シューズや洋服等の衣類の模倣品が数多く販売されていました。

 
一方で、「ポイペット」には、タイでは非合法とされるカジノのほか、免税店やホテルが乱立していました。タイからカンボジアへと越境してカジノに向かうタイ人と、カンボジアからタイへと越境して出稼ぎ労働に向かうカンボジア人とがすれ違う光景は印象深いものでした。

 
タイ側の税関検査では、自動通関システムに基づきレッドチャネルに振り分けられた貨物を開梱する様子が窺えたものの、大量の貨物を通関させる必要があり、模倣品の真贋判定を行う余裕もない状態でした。

 

(3-3)最後に、東西経済回路においてベトナムからラオスを越えてタイへ入国し、ミャンマーへ進むと到達する国境地点となる、タイとミャンマーの国境「ミャワディ-メーソート国境」です。当該国境地点には、ミャンマーの「国境警備軍BGF」※4によって管轄されたカジノ施設「ミャワディコンプレックス」があります。

 

※4:「国境警備軍BGF(Border Guard Forces)」:元は反政府武装組織であったが、現在はミャンマー政府から実効支配地域の暫定的自治が認められている。表向きは政府組織とされているが、同地域において非合法な越境や密輸を黙認し、カジノ等の賭博施設を運営している。

 

タイ及びミャンマーを結ぶ「友好橋(国境橋)」では、タイ(メーソート)からミャンマー(ミャワディ)へ移動する大型輸送車が並び渋滞していました。同地域では、タイで生産された生産物をミャンマーへ運ぶトラックが多いほか、タイ産の砂糖を運ぶトラックも多いとのこと(タイは世界有数の砂糖生産国である)。

 
タイ・ミャンマー側ともに、税関職員が輸出入申告書を確認している様子は見られたものの、実際に貨物を開梱している様子は窺えませんでした。一方で、タイ・ミャンマーともに国境から道なりに暫く進んだところで「税関によるチェックポイント」が設置されており、正規の国境を通過せず、密輸された貨物も含めて同チェックポイントでの監視を強化していることが分かりました。

 

模倣品の現状③ ~ミャワディ‐メーソート国境~

 

上記左下の写真は、「ミャワディコンプレックス」の中央広場にある渡し船の乗り降り場であって、渡し船が頻繁に行き来する様子を撮影したものです。現地報告によれば、カジノを楽しもうとタイ人・中国人がタイ側からミャンマー側へ自由に行き来しているほか、ミャンマー人がタイへの出稼ぎのために利用しているとのことです。

 

上記右上の写真は、同中央広場よりもやや下流に進んだエリアであって、タイ側からミャンマー側へ貨物を運んでいる様子を撮影したものです。注意深く見ると、ヒトが冷蔵庫を頭上で支えながら運んでいます。また、上記右下の写真は、ミャンマー側の川沿いに積み上げられた貨物を撮影したものです。模倣品や密輸品と思われる冷蔵庫や洗濯機のような家電製品、自転車や二輪車、自動車用部品などが確認されました。そのほか、現場では、医薬品や化粧品、装飾品、衣類等も確認されました。

 
「メーソート-ミャワディ国境」を合法的に通過するためには「国境橋」を越える必要があるところ、いくつか存在するこのような密輸ルートを利用すれば、国境警備軍に正規よりも安価な関税を支払い、貨物を運搬できるようです。

 

(3-4)現状のまとめ
正規国境では、貨物を運ぶ輸送貨物が頻繁に行き来していることもあり、税関職員が貨物を開梱し、模倣品が輸入されていないか監視している様子はほぼ見られませんでした。正規の国境周辺の沿岸エリアでは密輸が横行しており、「陸路を通じた国境では模倣品を差し止めることが難しい」という現状を目の当たりにしました。

 
一方で、国境から暫く進んだところで「税関によるチェックポイント」が複数設置されていることが分かりました。同チェックポイントでの貨物検査を強化することで、今後の模倣品の差止増につながるのではないかと感じた次第です(同チェックポイントは、あくまで密輸品の差止を目的としており、現状は、密輸品とともに模倣品が混在していれば一緒に差し止められる程度です)。

 

国境沿いにある税関チェックポイント

 

このように東南アジア、特に陸続きであるメコン地域の模倣品対策は一筋縄ではいかないものです。
 

横断的な模倣品対策にあたっては、各国において「適切な執行機関」を使うこと(刑事措置、民事措置、行政措置のいずれが有効か、国ごとに異なる)、水際措置で有効に差し押さえる術を理解すること(真贋判定情報の提供、事前登録制度の利用など)、さらには上流の中国模倣業者への対策を講じること等、総合的、効率的な対策を取ることが求められます。

 

※ジェトロHPでは、メコン地域の模倣品流通実態調査の報告がウェブアップされているのでこちらもご参照下さい。(タイベトナムミャンマーカンボジア

 

4.最後に

近年では、アセアン諸国において「オンライン上での模倣品被害」が増えてきており、その利便性とアクセスのし易さから、購入方法をオフライン市場からオンライン電子商取引プラットフォームに移行する消費者が増えています(コロナウイルス感染拡大防止による影響も大きいです)。「インターネット上の模倣品対策」についても、今後ご紹介していきたいと思います。

 

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/