東南アジアの特許の共有の取扱い(インドネシアに注意!)

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

  
近年、オープンイノベーションの必要性の高まりを受けて、日本国内に留まらずクロスボーダーでの複数企業・大学等を主体とする共同研究・開発が盛んに行われています。

 
今回は、国境を越えて共同研究・開発を行う日系企業が東南アジアに進出する場合の留意点の一つとして、前回の「第1国出願義務」、前々回の「職務発明制度」に続き、アセアン主要6カ国(タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、シンガポール、フィリピン)における「特許の共有規定」について説明します。

 

  

 

 

特許の共有規定について

「特許権(特許出願)の共有」とは、複数人が特許権を共同して所有することです。例えば、複数人が共同で発明することで特許を受ける権利の共有者となり、彼らが共同で特許出願を行うことで特許権を共有することになります。または、特許権者(特許出願人)が自己の特許権(特許を受ける権利)の一部を他人に譲渡することで、特許権(特許出願)を共有することになります。

 
アセアン主要6カ国での「特許権の共有の取扱い」について簡単にまとめますと、下記表の通りになります。

 

 アセアン主要6カ国の「特許権の共有の取扱い」のまとめ

 

 

アセアン主要6カ国においては、インドネシアを除き、概ね日本の「特許権の共有の取扱い」と同様の規定になっていると考えます。

 
一方で、インドネシアでは、特許権の共有の取扱いについて特許法や特許規則に詳しく規定されておらず、実務上の運用がなされてる状況です。そして、インドネシアでは、「共有者全員の同意」を得ていない場合、特許発明を実施できないとされている点、注意が必要です。共有者の同意がなければ特許発明を実施できないとする国はあまり聞いたことがなく、特許権者にとって不測の事態が生じる虞があります。

 
そのほか、ベトナムでは、当事者間での契約の取り決めを広く認めており、「別段の合意」があれば法上の問題が生じなくなるため、通常、当事者間で合意内容について契約書を交わす実務がなされています。

 

以下、各国について概要を説明します。

 

 

(1)タイ  ※特許法特許法に基づく省令
「特許を受ける権利」
 発明および意匠が複数の者により共同で創出された場合、各共有者は、当該特許、実用新案及び意匠を共同で出願する権利を与えられ、共有者として登録される(特許法第15条)。
「実施」
 各共有者は、特許権に係る発明を独自に実施できる(特許法第36条、37条)
「譲渡・ライセンス」
 各共有者が、ライセンス供与や譲渡するには、他の共有者の合意を得なければならない(特許法第40条)。ライセンス供与又は譲渡は、書面で行い、特許庁に登録しなければならず(特許法第41条)、これに反した場合は、タイ民商法典第152条に従い無効となる。
「放棄・取下げ」
 特許権の放棄等は、他の共有者が同意していることを証明する書類を添付した申請書を特許庁に提出する(省令第27号)。
「侵害訴訟等」
 各共有者は、他の共有者の同意を得ることなく、侵害者を相手方として民事訴訟を提起でき、刑事訴追を求めることができる(特許法第85条及び民商法典第420条)。

 

 

2)インドネシア  ※特許法特許規則

「特許を受ける権利」
 発明が複数の者により共同で創出された場合、特許を受ける権利はこれら複数の発明者に帰属する。特許出願は全ての共同発明者により提出されなくてはならない(特許法第10条)。
「実施」
 各共有者は、共有特許権に係る発明を実施する場合、規定はないが、実務上、全ての特許権者の同意を必要とする。
「特許権の譲渡」
 共有特許権(特許出願)の譲渡は、特許庁に登録しなければならず、全ての特許権者(特許出願人)の同意書を添付しなければならない(特許譲渡の登録要件と手続に関するインドネシア共和国大統領令」2010年第27号)。
「ライセンス」
 共有特許権者によるライセンスについて規定はないが、実務上、特許庁は、全ての共有者の同意書が添付されている場合に限り、ライセンス登録申請を処理する。
「放棄・取下げ」
 特許権の放棄等は、規定はないが、実務上全ての特許権者の同意を必要とする。
「侵害訴訟等」
 裁判所で特許権を行使する際の手続は、実務上、全ての特許権者により署名された委任状を提出し、特許証に記載された全ての特許権者の同意に基づいて行わなければならない。

 

 

(3)ベトナム  ※知的財産法

「特許を受ける権利」
 発明の創出に資金および技術的・物的設備を投資した組織または個人は、当該発明を出願する権利を有する(法律№36/2009/QH12)。特許証を付与された組織または個人が複数の場合、当該特許権は共有となる(知的財産法第121条、法令№103/2006/ND-CP第15条(2)項)。
「実施」
 各共有者は、別段の合意がない限り、特許発明を実施する、さらに特許発明の実施から生じる収入を得る平等の権利を有する(2015年民法典第217条(2)項)。
「権利の譲渡」
 契約書の形態により、別段の合意がない限り、当事者間の譲渡契約書および残りの共同出願人(権利者)の同意書を含む必要書類を提出して、知財庁に登録する(知的財産法第86条(4)項)。
「ライセンス」
 共有特許権のライセンスの登録請求には、別段の合意ある場合を除き、所定の書類に加えて、他の共有者の同意書等が必要(知的財産法第149条(4)項)。
「侵害訴訟等」
 各共有者は、別段の合意ある場合を除き、独自に特許権を保護する権利を有し、そのための行為を行政や裁判所に請求し又は訴えを提起することができる(知的財産法第198条、法令No.105/2006第4条)。

 

 

(4)マレーシア  ※特許法特許審査基準

「特許を受ける権利」
 複数の者が共同で発明を創出した場合、特許を受ける権利は共有となる(特許法第18条(3)項)。
「実施」
 共有者は単独で特許発明を実施できる(特許法第40条)。
「権利の譲渡」
 共有者は、他の共有者の同意なしに自己の権利(持分)を譲渡(移転)できる(特許法40条)。権利の譲渡(移転)は登録により法的効力を生じる。
「ライセンス」
 全ての共有者は共同でライセンスを許諾することが求められる(特許法第40条)。ライセンス契約は書面で全ての契約当事者等により署名されなければならない(特許法第41条(2)項)。ただし、契約で特例を定めれば、全員でライセンスを許諾する必要はない。
「放棄・取下げ」
 全ての共有者が共同で行わなければならない。
「侵害訴訟等」
 共有者は単独で侵害訴訟を提起することができる。

 

 

(5)シンガポール  ※特許法特許出願審査ガイドライン

「特許権の共有」
 複数の個人により創出された発明、複数の企業による共同研究、又は複数の当事者間で特許権を共有する具体的な契約の結果として特許権の共有が生じる。
 共有者はそれぞれ特許に関して平等かつ不可分の持分を有する(特許法第46条(1)項)
「実施」
 各共有者は他の共有者の同意を必要とせずに当該権利を実施することができる(特許法第46条(2)項)
「譲渡、ライセンス」
 各共有者は他の全ての共有者の同意がない限り、当該権利の自己の持分についてライセンスを供与、譲渡、又は抵当権を設定することはできない(特許法第46条(3)項)。
「放棄」
 共有者は単独で放棄可能。ただし、他の共有者に対し特許権を放棄する意思を3ヶ月以上前に通知し、他の共有者が特許権の放棄による影響を受けない場合、又は当該特許権の放棄に反対しないことを共有者が表明する場合に限られる(特許法第40条)。
「侵害訴訟等」
 各共有者は独自に侵害訴訟を提起する法上の権利を有するが、他の共有者が訴訟の当事者、少なくとも名目上の当事者となることを条件とする(特許法第73条)。

 

 

(6)フィリピン  ※知的財産法知的財産施行規則

「共有者の権利、実施」
 複数の者が特許権又はその対象となる発明について特許を受ける権利を共有している場合、各共有者は、自らの利益のために発明の製造、使用、販売もしくは輸入をする権利を有する。
 個々の共有者は、共有に係る発明を他の共有者の同意なしに実施する権利を有する(知的財産法第107条)。
「譲渡・ライセンス」
 各共有者は、他の共有者の同意なしに特許権に係る発明の実施許諾および持分の譲渡をすることはできない(知的財産法第107条)。
「放棄」
 共有者が他の共有者の同意なしに特許出願もしくは特許権を放棄することはできない
「侵害訴訟等」
 各共有者は、他の共有者から訴訟に参加する旨の同意を得ることなく、侵害訴訟を提起して自ら知的財産権を行使することができる

 

 

最後に

以上、東南アジア各国の企業・大学等との共同研究・共同開発を行う日系企業が東南アジアに進出する場合に留意する点として、①職務発明制度、②第1国出願義務に続き、今回は、③特許出願(特許)の共有規定についてご説明しました。これら知財実務に関する情報がご参考になればと思います。

 

なお、新興国等知財情報データバンクHPに「東南アジアの特許権(特許出願)の共有規定」に関する詳しい情報(タイインドネシアベトナムマレーシアシンガポールフィリピン)が挙げられています。こちらもご参考にしてください。

 

 

P.S.著者の東南アジアお勧めスポットのご紹介:
タイのソンクラーン(水かけ祭り) ※毎年4月13~15日開催

 

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/