おはようございます。知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。
今回は、「東南アジアの第1国出願義務」についてご説明したいと思います。
1.はじめに
近年、オープンイノベーションの必要性の高まりを受けて、日本国内に留まらずクロスボーダーでの複数企業、大学等を主体とする共同研究・開発が盛んに行われています。このように、国境を越えて複数企業・大学等が共同研究・開発を行う場合、成果として創出された知的財産の取扱いについては注意を必要とします。
知的財産に関わる法律は、国際条約を除いて属地主義であることから、知的財産が創出される国によって取扱いが異なるためです。
米国、欧州、中国等の企業・大学等と共同研究・開発を行う場合の留意点については、既に色々と報告がなされていますが、東南アジアの企業・大学等との共同研究・開発を行う場合の留意点については、それほど多く報告されていません。また、近時、シンガポールをはじめとする東南アジア各国のスタートアップ等と日系企業との連携の動きも活発になりつつあります。
そこで、今回は、共同研究・開発を行う日系企業が東南アジアに進出する場合の留意点の一つとして、アセアン主要6カ国(タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシア、シンガポール、フィリピン)における「第1国出願義務の現状」について説明します。
また、「第1国出願義務」に違反した場合等について現地代理人にヒアリングしましたので報告したいと思います。※1
※1:ヒアリング結果は2022年1月時点の情報です。
2.第1国出願義務について
「第1国出願義務」とは、その国で完成した発明等を外国に特許出願する前に、最初にその国に出願することが義務付けられる制度です。例えば、ベトナム国内で完成した発明は、最初にベトナムに特許出願しないと、日本に特許出願することができません。
第1国出願義務が課されている主要国としては、米国、中国、インド、ロシア、フランス等があります。
まずは、アセアン主要6カ国での「第1国出願義務の有無、対象、違反した場合の措置」について簡単にまとめますと、下記表の通りになります。
アセアン主要6カ国の第1国出願義務のまとめ
以下、第1国出願義務が存在するベトナム、マレーシア、シンガポールについて概要を説明します。
(2-1)ベトナム
ベトナムで発生した発明について、第1国特許出願を義務付ける政府決議 No.122/2010/NDCPが、2011年2月10日より施行されています。
同決議の第3章 秘密特許において、ベトナムで生じた発明についてベトナムで保護を受けるためには、ベトナムで第1国特許出願する必要がある旨規定されています。
また、ベトナム人又はベトナム企業に帰属する発明については、発明された場所を問わず、第1国出願義務の対象となります。
また、国防等の観点から、秘密特許と認定すべきかの審査期間(出願日から6ヶ月)が経過してから、外国において特許出願を行うことができます(ただし、当局により秘密特許と認定された場合には、外国で特許出願できません)。
「同決議 第3章 秘密特許」
第23b条 外国出願前の特許に関する安全監査
2.ベトナムの組織又は個人による発明、及びベトナムで生じた発明は、以下の安全監査の規定に反して外国において産業財産権保護登録出願を行った場合、ベトナム国家による保護を受けることができない。
a)ベトナムで特許出願を行い、ベトナムの出願日から6ヶ月の期間を経過した場合のみ、外国において産業財産権保護登録出願を行うことができる。ただし、以下bに規定する場合を除く。
b)国家秘密保護に関わる法律に基づき、権限を有する国家機関による通知をもって秘密特許の認定がされた場合には、外国において産業財産保護登録出願を行うことができない。
(2ー2)マレーシア
「原則」
発明者又は出願人の中に「マレーシア居住者」が含まれる場合には、「登録官からの書面」による許可を得ないで、マレーシア以外で発明について特許出願をしてはならず、又は他人にさせてはならない旨規定されています(特許法第23A条)。
※「居住者」は、恒久的に又は相当の期間にわたりマレーシアで生活する個人又は営業する事業体を指す。
※「登録官からの書面による許可」は、マレーシア国外で第一国出願を行う前に求めなければならない。
「例外」
(a)同一発明に関する特許出願が、マレーシア国外での出願の2ヶ月以上前に行われていること(第23A条)。
(b)その出願に関し、登録官が第30A条(マレーシアに損害を及ぼす虞のある情報の公表禁止)に基づく指示を出していないか、またはそのような指示はすべて取り消されていること(第23A条)。
「違反」
第1国出願義務に違反し、又はさせた者は、有罪判決があると罰金若しくは2年以下の拘禁、またはこれらの併科が課せられます(第62A条)。
(2-3)シンガポール
「原則」
「シンガポール居住者」は、「登録官の書面」による許可なしに発明についての特許出願をシンガポール国外で行ってはならない(特許法第34条)。
※「シンガポールの居住者」には、何らかの目的をもって同国に入国し滞在するために、移民法に基づき有効な滞在許可書を合法的に交付され、重要な時期に同国に居住している者を含む。つまりは、発明が着想された場所や市民権とは無関係であり、「居住」が要件となる。
※「登録官の書面による許可」
同許可を希望する者は、特許登録官に申請する。
「例外」
ただし、以下の場合は、上記原則は適用されない。
シンガポール国外での出願2ヶ月以上前に、同一発明についての特許出願がシンガポール知財庁特許登録局に行われている場合、及び、シンガポールにおける当該出願に関して第33条(シンガポールの防衛又は公衆の安全に不利益な情報)に基づく指示が与えられてないか、又は、そのような指示がすべて取り消されている場合は、適用しない。
発明についての特許出願が、最初にシンガポール以外の国で、シンガポール国外居住者により行われている場合は、適用しない。
3.第1国出願義務に違反した場合
次に、ベトナム、マレーシア、シンガポールにおいて第1国出願義務に違反した場合等について、現地代理人に下記ヒアリングを行いましたので報告します(各国2カ所以上の現地事務所にヒアリング)。
Q1:第1国出願義務に違反した場合に「罰則」はあるか?
Q2:第1国出願義務は「全ての技術分野」に適用されるか?
Q3:「ある発明の一部」は第1国出願義務のない「他国」でなされ、「ある発明の他の一部」は第1国出願義務のある「自身の国」でなされた場合、自身の国における第1国出願義務は適用されるか?
(3-1)ベトナム
A1:ある発明に関し第1国出願義務に違反した場合、当該発明についてベトナムで保護を受けることができなくなる(No.122/2010/NDCPの第23条(b))。なお、ダイレクトPCT出願をした場合も第1国出願義務に違反したと見なされる点に注意が必要である(No.01/2007/TT-BKHCN)。
加えて、場合によっては国家機密漏洩に係る罪に問われ、罰金(五百万VND~~三千万VND)や刑事罰を受ける可能性もある(No.144/2021/ND-CP)。 ※五百万VND=約三万円
A2:現行法では、第1国出願義務は全ての技術分野に適用される。ただし、今後、第1国出願義務は国防・安全保障に係る技術分野に限定される方向で審議されている。
A3:上記のような場合において第1国出願義務が適用されるか否かどうかについて、現行のベトナム知的財産法、その他ガイドライン等には明確に規定されていない。また、このような場合について裁判例等も存在しない。
しかしながら、違反した場合のリスクを考慮して第1国出願義務が適用されると解釈しておいた方が賢明である。
なお、今後、第1国出願義務の射程は、ある発明の「全て」がベトナムで創出された場合に限られる旨を明記する方向で審議されている。
(3-2)マレーシア
A1:第1国出願義務に違反した場合、15,000MYR以下の罰金もしくは2年以下の拘禁、又はこれらが併科される。
※15,000MYR=約五十万円
A2:第1国出願義務は全ての技術分野に適用される。
A3:上記の場合であっても、第1国出願義務は適用される。すなわち、発明の少なくとも一部がマレーシア居住者によって創出されれば、当該義務が適用される。
(3-3)シンガポール
A1:第1国出願義務に違反した場合、5000ドル以下の罰金もしくは2年以下の拘禁、又はこれらが併科される。なお、当該違反が意図的(willful)でないと認められれば、相対的に少額の罰金で済むことも多い。
A2:第1国出願義務は全ての技術分野に適用される。
A3:結論としては、第1国出願義務は適用される。第1国出願義務は、発明者の少なくとも一部又は出願人の少なくとも一部が「シンガポールの居住者」である場合に適用される。従って、そのような場合には、第1国出願義務が適用される。
一方で、「登録官の書面による許可」を取得することで、シンガポール以外の他国において第1国出願を行うことは可能である。
(小括)
特に留意すべき点としましては、第1国出願義務を課すベトナム、マレーシア、シンガポール全てにおいて、「発明の少なくとも一部」が現地によって又は現地居住者によって創出されれば、第1国出願義務が適用されてしまう点と考えます。また、発明者又は出願人の一部が「ベトナム人」、「マレーシア居住者」、「シンガポール居住者」である場合には、発明の場所を問わず適用されますので注意が必要です。
そのほか、ベトナムでは罰金だけでなく「刑事罰」を受ける可能性があることから、うっかり再犯を繰り返す事態は避けるべきと考えます。
4.最後に
現状、東南アジア各国の企業・大学等との共同研究・共同開発を行う日系企業が東南アジアに進出する場合には、①職務発明制度、②第1国出願義務、そして③特許出願(特許)の共有規定等について留意する必要があります。
次回は、③特許出願(特許)の共有規定にフォーカスしてご説明したいと思います。
なお、新興国等知財情報データバンクHPに「東南アジアの第1国出願義務」に関する詳しい情報(ベトナム、シンガポール、マレーシア)が挙げられています。こちらもご参考にしてください。
以上
P.S. 著者の東南アジアお勧めスポットのご紹介:
タイのメークロン市場(折り畳み市場)
バンコクから車で一時間半の場所です。電車が間近に差し迫ります。
動画も是非ご覧ください。
石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)
専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査
秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/