東南アジアの知財情報を効率良く収集するには

 

知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)と申します。

 

ここでは、ジェトロ・バンコク駐在時代に得られた東南アジアの知財制度に関する情報、また実務や現地代理人・知財当局を通じて得られた東南アジアの知財情報をお伝えし、皆様の東南アジア(アセアン諸国)における知財実務に役立つ情報を提供していきたいと思います。

 

そもそも、アセアン諸国は東南アジア10カ国からなる経済等の地域協力機構ですが、国ごとに知財制度が異なり、また法体系も異なっています(コモンローの国もあれば大陸法の国もあり、またフィリピンのようにこれらが混在する国も存在します)。

いずれの国でも知的財産の重要性は高まっていると言えますが、経済や法整備の発展度合の差が大きく、一括りにすることは難しいです。

 

そこで、今回は、「東南アジア(アセアン)の知財情報を効率良く得る方法」についてまとめました。

  

1.東南アジアの知財情報を体系的に知る

知財に関する法律や規則、審査基準、これらの改正情報、統計情報については、ジェトロHPの東南アジア・知財情報にアクセスすることで概ね情報を入手することができます。

タイの法令であれば知財法、規則、審査基準の原文、英文、和訳があります。

なお、東南アジアでは、ジェトロ・バンコク及びジェトロ・シンガポールに知財部所員が駐在し、アセアン10カ国を対象国として以下の知財業務を主に行っています。

(1)知財制度に関する情報の調査およびその広報

(2)知財制度に関するセミナー開催(日系企業・知財専門家向け、政府機関向け)

(3)知財に関する法律的な助言(ブリーフィング対応)

(4)東南アジア知財ネットワーク(SEAIPJ)の事務局
(会員向けに知財情報を発信,現地WG 活動のサポート)

(5)現地政府当局へのロビーイング活動(知的財産庁、警察、税関、裁判所、検察等)

 

具体的には(1)について、法の改正情報や日系企業が現地で困っている問題(例えば、インドネシアの「特許年金催促問題」や「国内未実施の場合の強制実施権付与」等)がタイムリーにアップされています(メール配信の登録も可能です)。

 

また、日系企業からの相談が多いテーマに関する調査報告書が毎年作成されています(例えば、「アセアン地域におけるインターネット上の模倣品対策調査」や「タイ、ベトナム、インドネシアにおける特許クレームの翻訳の質の調査」など)。これらテーマについては、別の機会に詳しくご説明したいと思います。

 

上記調査報告の中で、特に、アジア特許情報研究会への業務委託による「各知財庁が提供する産業財産権データベースの調査報告」については毎年情報が更新されており、ご一読いただきたいです。アセアン主要6カ国(インドネシアフィリピンベトナムタイマレーシアシンガポール)の特許・実用新案検索DB、意匠検索DB、商標検索DB及びこれらを用いた検索手法等について具体的に解説がなされ、また産業財産権の権利化までに要する期間、特許出願件数の出願人上位ランキング等の統計情報が収録されています。

 

そのほか、アセアンにおいて知財案件を取り扱っている「法律事務所の一覧リスト」が毎年アップデートされており、事務所の規模、対応可能言語、処理案件数(特許出願、訴訟対応可能か)等の情報を調べることができます。新規の法律事務所探しや、既存の法律事務所の実績調べ等に利用することができます。

 

(2)については、毎年開催される「アセアン知財動向報告会」(※講演資料あり)や現地駐在員による「海外知的財産権最新情勢セミナー」に参加することで、アセアン知財の統計情報や最近の知財トピックを把握することができます。

 

コロナ前はセミナー告知後直ぐに満員となっていましたが、最近ではウェビナー開催のため参加し易くなっており、またWIPO主催やJPO主催によるジェトロ海外駐在の知財所員、JICA知財専門家による知財ウェビナーも頻繁に開催されており、アセアンの知財情報を収集できる機会が増えています。

 

(3)については、例えば、①早期権利化を図るべく、現地知財庁に向けて特許出願に係る技術説明会の開催をしたい、②模倣品流出に困っているため、ジェトロ主催の当局向け真贋判定セミナーに参加したい、③現地企業が既に会社のロゴやブランドの商標権を取得しているため、不使用・不正使用取消審判を請求するとともに、当局に対しビジネスが進まず困っている(このままでは投資できない)ことを当局の職員に説明したい等といった個別具体的な相談をする案件に利用することができます。現地事務所では対応が難しい案件において、ジェトロに個別相談することで進展することがあると思います。

 

※より詳しくは、月間パテント誌(日本弁理士会)2018年6月号の記事もご参照ください。

 

 

2.東南アジアの知財実務に関する情報を得る

INPIT「新興国等知財情報データバンク」が提供する知財情報は、ジェトロが提供する知財情報よりも実務的な情報が多く、例えば「ベトナムでは用途発明(医薬用途発明)は保護されるのか」、「インドネシアではビジネスモデルの発明は保護されるのか」(原則、これらは発明として認められません)といった企業・事務所が把握しておきたい現地情報がまとめられています。

 

そのほか、東南アジアにおいての知財リスクとも言える「インドネシアにおける特許の早期権利化(インドネシアでは特許の権利化が遅い)」や「タイにおける文字商標の識別力に関する判決(タイでは識別力を有することの審査が厳しい)」と言った実務情報を調べることができます。

 

 

3.東南アジアでの権利化事例を調べる

自社又はクライアント先にて国内で特許出願した発明を東南アジア各国に移行した場合に、実際のところどのような権利が得られるのか調べるには、例えば、技術分野が近い他社による実際の権利化事例を有償データベース(グーグルパテントパテントスコープ等でも一定の検索は可能)でファミリー検索してみると良い。欧米のほか東南アジアに広く国内移行している特許案件を抽出し、日欧米との比較において東南アジアでの特許の権利化状況を横串しで確認すると良い。

 

その際、ジェトロが提供する「特許出願件数の出願人上位ランキング等の統計情報」を利用すれば、権利化を図りたい東南アジアの国において技術分野が近い他の特許出願人による権利化の事例を調べ易くなると思います。

 

最後に

従来の東南アジアでの知財保護と言えば「模倣品対策」が中心であって、知財権侵害と言えば専ら商標権侵害・著作権侵害でしたが、最近の動きとして意匠権侵害に関する訴訟案件も増えており、また特許権侵害による高額な訴訟案件も報告されています。

 

また、東南アジアに進出している日系企業において「現地の職務発明規定の整備」を進める動きがあり、具体的な職務発明契約書の内容、特に職務発明において「従業者に支払う報酬」の規定についての問合せが増えていると現地から聞きます。そのほか、特許出願の権利化にあたって現地語への翻訳が適切になされているか(権利化後に権利行使が可能か)不安である、といった話も聞きます。

 

このように、東南アジアにおいても徐々にではありますが、英語圏となるシンガポールやマレーシア、圧倒的な人口(世界第4位の規模)を有するインドネシアを筆頭に、海外企業含め、現地企業・団体(現地発のスタートアップも生まれている)による発明の保護(意匠の保護)による機運が高まってきています。

 

※なお、「東南アジア(タイ)で特許を出願する意味はあるのか」について、月間パテント誌2019年9月号の記事もご参照ください。

  

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査