ミャンマーの知財状況(商標法の施行が近い)

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

今回は、「ミャンマーの知財状況」についてご説明したいと思います。

 

ミャンマーでは、比較的安価な「労働力」(1人当たりGDP1,292US$:2021年)、魅力的な「人口」(約5700万人:2021年)、比較的高い「経済成長率」(実質GDP成長率 6.8%:2019年(2021年は-5.9%))、親日的で勤勉な性格等から、「アジア最後のフロンティア」と称されていました(統計はジェトロより)。

 

また、ミャンマー政府は、海外からの投資を促進すべく法整備に向けた施策を推進し、「ミャンマー新投資法」が2017年8月に施行、「ミャンマー新会社法」が2018年8月に施行開始しました。そして、「ミャンマー新知的財産法(商標法、意匠法、特許法、著作権法)」が2019年1月から5月にかけて法案成立し、法施行に向けた最終準備がなされているところでした。

 

しかし、その後の2021年2月に発生したミャンマー国軍によるクーデターにより、順風満帆に見えたミャンマーの国内は大混乱となりました。新型コロナウイルスの影響も拍車を掛けて、今も政情不安が続いています。新知財法の施行も大幅に遅れることとなりました。

 

そうしたなかでも、ミャンマー政府は、新知財法について商標法の施行を優先的に進めており、「商標法の施行(商標の出願受付開始)がまもなくである」との現地代理人の話を聞いてます。

 

今回は、まず、現状の知的財産に係る保護法となる「登記法」について解説し、次いで「新知的財産法の施行に向けた最新動向」について解説します。

 

 

1.現状の登記法による商標の保護

ミャンマーでは、近代的な知財制度が整備されておらず、特許法や意匠法はもちろんのこと、商標法も存在しませんでした。著作権法については1914年著作権法が現在も効力を有しているものの、有効に機能しているとは言い難い状況でした。

 

一方で、コモンローに基づく商標の保護が存在し、商標についての権利を保有していることの一応の証拠として、(1)登記法(Registration Act)に基づいて農業灌漑省土地記録局の権利・保証登録官室に対し「商標の所有者宣言」の申請を行い、当該商標を登録することが認められています。登記法に基づく商標登録を行った場合であっても、政府機関による商標公報は発行されないため、実務的には、(2)商標登録を行った者が自ら現地新聞において登録商標の所有者である旨の「警告通知」を掲載するという方法が確立されています(実務上は、数年毎に「警告通知」を新聞掲載し、登録商標を公衆に認知させる手段が取られています)。その上で(3)登録商標を実際に使用していることが商標の保護の要件とされています。

 

上記3要件が満たされれば、登録商標を不正に使用する者に対して、特定救済法に基づく損害賠償請求や差止め請求、刑法に基づく刑事処罰、海上関税法に基づく水際差止めなどの救済措置を求めることができます。

 

2.新知的財産法の施行に向けた最新動向

ミャンマー政府は、海外国やWIPOの支援を受けながら、近代的な知財制度の整備を進め、2020年12月に、知的財産を所管していたミャンマー教育省・研究革新局・知的財産部を「知的財産局」に格上げし、教育省から「商業省」へ移管しました。現在、ミャンマー商業省知的財産局として正式に承認されています。

 

ミャンマー政府は、新知財法について段階的な施行開始を予定し、まずは、商標法の施行を優先的に進めています。図1に示すように、知的財産局のグランドオープンと同日に、「商標法」の施行(商標出願の受付開始)を行い、同オープン日から6カ月後に「意匠法・著作権法」の施行、同オープン日から1年後に「特許法・地理的表示法」の施行を予定していました。しかしながら、2022年9月現在、知的財産局のグランドオープンについて、ミャンマー政府から公式な日程は発表されていません。

 

図1:ミャンマー新知財法の今後の施行予定

 

 

一方で、登記法(旧制度の商標保護法)から商標法への移行期間として、2022年10月1日より、ミャンマー知的財産局のソフトオープンがなされています。「ソフトオープン」とは、ミャンマー国内において登記済商標(又は使用済商標)についての優先的な出願受付を開始するものです。

 

現在、登記法の下で30万件程度の商標が登記されており、既に登記された商標については、移行期間(ソフトオープンからグランドオープンまでの期間)に「所定の条件」の下で商標を「再出願」することで、「知財庁オープン日の出願」とみなし、かつ、相対的拒絶理由の判断(他人の登録商標や周知商標との類否判断)において「登記日」を優先日とする旨が規定されています(商標法93条、ミャンマー商業省告示No.63/2020、詳細は施行規則で規定される)。
 

同規定では、未登記の商標であっても、既にミャンマー国内で実際に使用されている場合には、公的な使用証拠を提出することで、優遇措置を受けられる旨規定されています。

 

なお、図示しておりませんが、商標出願の受付開始直後は世界各国からの出願殺到が予想されることから、グランドオープン日から3カ月程度までの期間を「特例期間」とし、特例期間になされた商標出願については、同オープン日になされた出願とみなす予定と聞いています(これは、日本において小売等役務商標制度を導入した際に設けられた特例期間をイメージすれば理解できるかと思います)。

 

3.最後に

今回は、①ミャンマー新知財法の施行に向けた最新動向についてご説明しました。次回以降に、②ミャンマー新知財法の概要・主な留意点、③ミャンマーの登記法から新商標法への「商標移行措置」の詳細などについても解説したいと思います。

 

ミャンマー商標法の施行、商標の出願受付開始後(グランドオープン後)には、世界各国から商標出願がなされるとともに、大量の冒認商標の出願がなされることが予想されます。ミャンマー商標法も日本と同様に、原則、先願主義(早い者勝ち)を採用していますから、将来にミャンマーでビジネス展開を行う予定がある企業(企業の代理人)におかれましては、信頼できるミャンマー代理人を早めに確保しておくこと、また商標出願の準備をしておくことが必要であると考えています。

 

なお、ジェトロ、新興国等知財情報データバンクHPには、「ミャンマーの知財実務」に関する情報がいくつか挙げられています。こちらもご参考にしてください。

*1:ミャンマーにおける模倣品流通実態調査

*2:ミャンマーにおける知的財産法の制定について

*3:ミャンマーの知的財産関連機関・サイト

 

 

オマケ(石川先生が現地で撮影した写真)

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/