カンボジアの特許の保護・留意点(CPGで早期権利化を!)

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

「カンボジア」は、いわゆる陸のアセアン(タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)に属し、ラオス、ミャンマーとともに後発開発途上国(開発途上国の中でも特に開発が遅れている国)に位置付けられています。

 

カンボジア政府は、最速2027年までに後発開発途上国からの脱却を目指しており、「外資呼び込み政策」や「研究開発に関する各種優遇・支援措置」、そして「知的財産権に関する法整備」を積極的に進めています(カンボジアは、既に特許協力条約(PCT)、ハーグ条約、マドリッド・プロトコルに加盟しています)。

 

今回は、東南アジアのうち、皆様にはあまり馴染みが薄いと思われる「カンボジア」の特許に焦点を当てて、(1)カンボジアへの特許(意匠、商標)出願状況、(2)カンボジアで特許を得る方法、(3)カンボジアで特許出願するにあたっての留意点について説明したいと思います。上記(3)の留意点では、主として日本の特許制度と異なる点をご説明したいと思います。

 

 

 

 

1.特許(意匠、商標)の出願状況

まずは、カンボジアでの特許・実用新案の出願件数について確認してみましょう。下記の棒グラフは、特許・実用新案の年別出願件数(2014年~2018年)を示しています。

 

 

「カンボジアの特許・実用新案の出願状況」

 

「特許出願」については毎年60~70件程度、「実用新案」については10~20件程度で推移しており、他のアセアン諸国と比較すると圧倒的に少ない件数となっています(タイ:8172件、ベトナム:7520件、インドネシア:11481件(2019年の特許出願件数))。

 
しかしながら、2016年に特許協力条約(PCT)に加盟したことで、2017年の出願件数は一時的に減少したものの(PCT出願の国内移行におけるタイムラグによるもの)、その後は出願件数を伸ばしており、ジェトロ調査によれば、2020年には248件の特許出願がなされています

 

続いて、下記の棒グラフは、特許・実用新案の国籍別の登録件数(2014年~2018年までの合計)を示したものになります(国籍別の出願件数については統計情報がないようです)。

なお、カンボジアでは毎年10~30件前後の特許出願が登録されていると聞いています

 

「カンボジアの特許・実用新案の国籍別登録件数」
(2014年から2018年まで)

 

上記登録件数は、特許・実用新案の登録件数の合計を示しています。中国、シンガポール、日本の三国で登録件数の多くを占めています。なお、カンボジアでは自国で実体審査が行われていません。カンボジアで特許出願の権利化を図るためには、日本の出願人はCPG(特許の付与円滑化に関する協力)を利用することを強くお勧めします。詳細は後述します。

 

ご参考として「意匠」については180件程度(2020年)、「商標」については8700件程度(2020年)出願されており、意匠、商標ともに出願件数を順調に伸ばしています。

 

下記の棒グラフは、商標の国籍別の登録件数(2014年~2018年までの合計)を示したものになります。カンボジアによる自国出願が最も多く、次いで米国、日本、中国へと続きます。直近では、新型コロナの影響に関係なく、中国企業による商標出願件数が伸びていると聞いており、中国企業による対カンボジア投資が増えていることと相関がありそうです。

 

「カンボジアの商標の国籍別登録件数」
(2014年から2018年まで)

 

2.カンボジアで特許を得る方法

上述したように、カンボジアで特許出願を権利化するときに、日本特許庁で対応特許が付与されている場合には、「CPGプログラム」を利用してカンボジアで早期に権利化を図ることをお勧めします(途上国・新興国におけるPPHに代わる審査協力プログラムです)。

 

CPG(特許の付与円滑化に関する協力)は、日本特許庁とカンボジア工業手工芸省(知財庁に相当)との合意に基づき、日本で特許となった日本出願に対応するカンボジア出願について、出願人からの申請により、実質的に無審査でカンボジアでも特許が付与されるものです。

 

申請要件として、(i)カンボジア特許出願と、優先日又は出願日のうち最先の日付が同一である対応日本特許出願が存在すること、(ii)対応日本特許出願が日本特許庁で特許査定されていること、(iii)日本で特許性があると判断された請求項と一致するように、カンボジア特許出願の請求項が補正されていることを満たし、提出書類に不備がなければ、1~2カ月で特許査定になると聞いています。

 

 

カンボジアは、2016年に日本と「CPGプログラム」を開始したのち、シンガポール、中国、韓国と「再登録プロセス」を開始し、欧州と「バリデーション」を開始し、米国と「審査協力に関する協定」を締結しています。

日本がいち早くカンボジアとの特許審査協力を締結したことで、カンボジアでの特許第1号は、「CPGプログラム」を利用した日系企業の出願となっています。

 

ご参考に、「再登録プロセス」及び「バリデーション」についても簡単にご説明します。

「再登録プロセス」 ※シンガポール、中国、韓国ともに同様

申請要件として、(i)再登録申請が提出された時点でシンガポール特許が有効であること、(ii)シンガポール特許の出願日が2003年2月11日以降であること(iii)カンボジア特許法第4条(不特許事由)及び第9条(公序・道徳に反する特許除外)に照らして特許可能であることを満たし、提出書類に不備がなければ、対応するカンボジア特許出願が2~3カ月で特許査定になると聞いています。

 

「バリデーション」 ※欧州

認証要件として、(i)認証請求が提出された時点で欧州特許が有効であること、(ii)欧州特許の出願日が2018年3月31日以降であること、(iii)カンボジア特許法第4条(不特許事由)及び第9条(公序・道徳に反する特許除外)に照らして特許可能であることを満たし、提出書類に不備がなければ、対応するカンボジア特許出願が2~3カ月で特許査定になると聞いています。

 

3.カンボジアで特許出願する上での留意点

次に、カンボジアへの特許出願、権利化にあたって、主として日本の特許制度と異なる点(留意点)は以下の通りです。

 

「医薬品は保護されない」

⇒カンボジアでは、医薬品は保護から除外されています(特許法第4条の不特許事由)。カンボジアは、TRIPS協定の加盟国ではあるものの、後発開発途上国であるため、2033年まで医薬品関連の特許を保護する義務を負わないとされています。

 

「出願公開制度がない」

⇒カンボジアでは出願公開制度が存在しないため、特許出願が登録されないと(特許公報が発行されないと)、第三者が特許出願の内容を知ることができない状態となっています。

 

「自国では特許の実体審査は行われていない」

⇒カンボジアでは特許の実体審査は行われていないため、上記の「審査協力」を利用しない場合には、「他庁の審査結果待ち」の状態となります。また、カンボジアに直接特許出願がなされた場合には、「他国の知財庁に審査依頼」をすることになります。

 

なお、カンボジアの特許出願制度について、新興国等知財データバンクHPにある「カンボジアにおける特許出願制度の概要」が大変参考になります。

 

 

4.まとめ

以上、「カンボジア」の特許について、(1)特許の出願状況、(2)特許を得る方法を説明するとともに、(3)特許出願する上での留意点についても触れました。

 

東南アジアにおいて「カンボジア」は、過去の内戦を乗り越えて経済成長を続けており、また新型コロナによって一時停滞した経済も回復しつつあります。また、積極的な外資呼び込み政策を実施し、タイやベトナム以外の拠点を設けようという「タイプラスワン、ベトナムプラスワン」として外資企業からの注目が高い国となっています(カンボジア投資環境(JICA))。上述の「商標の国籍別出願件数」を見ると、米国、日本、中国、タイ、フランス、シンガポール、韓国、ドイツ、スイスといった海外国から商標出願が多くなされており、今後の成長が期待される国の一つとなっています。

以上、今回の知財情報がカンボジアの知財実務においてご参考になればと思います。

 

なお、ジェトロHPに「カンボジア・ラオス・ミャンマー における知財統計情報の調査2020」、新興国等知財データバンクHPに「カンボジアにおける外国特許の取り扱い」が挙げられています。こちらもご参考にしてください。

 

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/