「除くクレーム」と“進歩性”

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。

今回は、「除くクレーム」と“進歩性” について記載します。

  

 

1.「除くクレーム」の新規事項追加と進歩性判断との関係

除くクレームにより進歩性が認められた裁判例としては、知財高判令和3年(行ケ)第10151号「船舶」事件が4件目であるが、特許庁での審査・審判では年間1000件以上の除くクレームが権利化されている。[i]

 

令和3年(行ケ)第10151号も、「除くクレーム」により“進歩性”を認めたこれまでの3件の裁判例と同じく、進歩性を認める文脈では、主引用発明の課題との関係で特定の構成を除くことは阻害事由があるという論理を判示した。

 

他方、他の多数裁判例と同じく、令和3年(行ケ)第10151号も、新規事項追加でないとして訂正要件を認める文脈では、除くクレームの訂正により本件発明の作用効果が変わらないことを判示した。

 

このように、「除くクレーム」、新規事項追加の判断時には本件発明の課題との関係が問題となるのに対し、進歩性の判断時には引用発明の課題との関係が問題となるという捩じれを孕んでおり、権利者側にとって便利過ぎるという声もあるところである。[ii]

 

もっとも、この点は、進歩性判断時には本件発明の課題が引用発明の課題と異なることが進歩性肯定の理由とされるのに対し、侵害訴訟時の充足論では本件発明の課題を対象製品・方法が課題としているかを問題としないという現行実務の大きな捩じれに較べれば些細な捩じれに過ぎないかもしれない。[iii]

 

なお、筆者は「除くクレームと進歩性」という重要論点について、「除くクレームの活用」というYouTube動画をリリースしているので紹介する。(動画作成後の裁判例が含まれていないが、動画中の説明は2023年現在も同様である。)https://www.youtube.com/watch?v=MCoshkBBcRo

 

 

2.「除くクレーム」の新規事項追加判断(拡大先願と進歩性との温度差)

「除くクレーム」の新規事項追加判断は、拡大先願違反を回避するために補正/訂正する場面よりも、進歩性欠如を回避するために補正/訂正する場面の方が厳格に当てはめているように感じられる。以下、4つの裁判例の当てはめ部分を引用する。

 

令和3年(行ケ)第10151号「船舶」事件は、『「浸水防止部屋」は、タンクの機能を備えることが許容されるから、「浸水防止部屋」には、タンクの機能を兼ねるものと、 タンクの機能を兼ねないものがある』と認定しており、本件発明の効果を奏することなく、新たな効果を奏しないという形式論に留まらない実質論を判示した。

 

令和3年(行ケ)第10163号【レーザ加工装置】事件も、『「切断予定ライン」を記載しながら「溝」をあえて記載しないことは不自然』と認定しており、本件発明の効果を奏することなく、新たな効果を奏しないという形式論に留まらない実質論を判示した。

 

平成30年(ネ)第10006号【システム作動方法(カプコンv.コーエー)】事件は、新規事項追加の論点が争点とならなかった。

 

平成29年(行ケ)第10032号【導電性材料の製造方法(銀フレーク)】事件一次判決も、『本件訂正発明10における「融着」が「前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させること」に起因して生じるものであることを明示する記載は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面にないとはいえないから…新規事項の追加には当たらない。』と判示した。

 

このことは、欧州特許庁におけるガイドラインにおいては以下のとおり開設されており、進歩性を認めるための除くクレームは新規事項追加の判断枠組み自体が厳格であるというダブルスタンダードが採られていることに通じるものがある。

 

「G1/03「Undisclosed disclaimer」が許されるのは、以下の3つの場合のみ

1.EPC54条(3)の先行技術(日本特許法29条の2の文献に対応)に対して新規性を確保する場合。
2.偶発的な先行技術に対し新規性を確保する場合。

3.非技術的理由により特許性を除外されている事項(例えば治療方法)を除く場合。

 ただし以下に該当する場合は許されない:

(1)実施できない実施形態を除外したり、実施可能要件の不十分さを是正する目的がある場合

(2)進歩性に関連する場合

(3)先願未公開出願(EPC54条(3))または偶発的開示先行技術以外の先行技術に対しても新規性を確保する場合

(4)必要以上に主題を除く場合(G1/03、G2/03)」(欧州GWの引用)

 

関連裁判例の紹介(除くクレームにより進歩性が認められた裁判例4件+審決1件)】

≪権利者有利の裁判例≫

主引例の課題解決原理、本質的部分に関わる部分を除いてしまえば、進歩性も認められる!!

 

●令和3年(行ケ)第10151号「船舶」事件<東海林裁判長>

*主引用発明の課題解決原理となっている又はその前提となっている構成を除くことにより、当該主引用発明から当該構成を除くことは阻害事由があるという論理で、進歩性を認めた。具体的には、主引用発明中の「浸水防止部屋」として機能するタンクを、タンク機能を有しない「浸水防止部屋」に置き換えると、新たにタンクを収める配置スペースが必要となる上、タンクとして利用できた配置位置をタンクとして利用できなくなることを理由として、阻害要因があると判断し、進歩性を認めた。

(判旨抜粋)…甲6発明の「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」は、もともとタンクの機能を備えるものであり、側壁に面しており、当該側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密の構造となっている部屋であるから、「浸水防止部屋」にも当たり、タンクの機能を兼ねる水密防止部屋であるものと認められる。しかし、タンクを兼ねる「浸水防止部屋」を、タンクと、タンクを兼ねない「浸水防止部屋」として別々に構成することを示唆する証拠はなく、また、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクの配置位置に、タンクとしての機能を有しない「浸水防止部屋」を配置しつつ、その配置位置とは異なる箇所に別個のタンクを配置することを示唆する証拠もないから、甲6発明において「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、タンクと、タンクでない「浸水防止部屋」として別々に構成することや、「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を、「浸水防止部屋」としての空所に置き換えることについて動機付けがあるとは認められない。

また、タンクと、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」を別々に構成することとし、もともとタンクとしての機能を発揮するように設計されたものであって「浸水防止部屋」としての機能も有すると解されるようなタンクを、タンクの機能を有しない「浸水防止部屋」に置き換えるとすると、新たにタンクを収める配置スペースが必要となる上に、タンクとして利用できた配置位置をタンクとして利用できなくなり、設計の自由度を損なうこととなるから、そのようなことをするについては阻害要因があるといえる。そうすると、甲6発明において、「船尾トリミングタンク(バラスト水タ ンク)」を「浸水防止部屋」としての空所に置き換え、後方の部屋に「船尾トリミングタンク(バラスト水タンク)」を配置することを当業者が容易に想到し得るとは認められない。

 

 

●令和3年(行ケ)第10163号【レーザ加工装置】事件<菅野裁判長>

*本件明細書中の図面から溝の不存在を看取し、除くクレームの訂正が認められた。

(判旨抜粋)本件明細書等の図1及び図3は、加工対象物1上の切断予定ラインが図示された平面図であるが、図1のII-II線に沿った断面図である図2、図3のIV-IV線に沿った断面図である図4のいずれにおいても、溝は形成されていないことが看取される。…図1ないし4によれば、「切断予定ライン」は記載されている一方で、「溝」は記載されていないところ、訂正前の本件発明において「溝」が存在することが前提となっているのであれば、「切断予定ライン」を記載しながら「溝」をあえて記載しないことは不自然というほかない。

…甲11文献に接した当業者が、基板201から、半導体ウエハーの切断に利用される内部応力をもたらす溝部203を捨象することは想定し得ず、加工対象物として、ブレイクラインに沿った溝が形成されていない基板201を採用し、表面に溝が形成されていない基板201の内部側に形成された加工変質部を形成するよう改変を行う動機付けは存在しないのみならず、このような改変にはむしろ阻害事由がある…。

 

 

●平成30年(ネ)第10006号【システム作動方法(カプコンv.コーエー)】事件<鶴岡裁判長>

*(原審と異なり、)「除くクレーム」で進歩性が認められた‼ ⇒実質的に構成の相違であるから、特殊な判断ではない。

(判旨抜粋)…「キャラクタ」,「プレイ実績」の情報をセーブできない記憶媒体を採用すると,前作のゲームにおける「キャラクタ」,「プレイ実績」の情報が記憶媒体に記憶されないこととなり,「前作のゲームのキャラクタで,後作のゲームをプレイする」,「前作のキャラクタのレベルが16以上であると,後作において拡張ゲームプログラムを動作させる」という本件公知発明1を実現することができなくなることは明らかである。したがって,…本件公知発明1において,記憶媒体を,ゲームのキャラクタやプレイ実績をセーブできない「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」に変更する動機付けはなく,そのような記憶媒体を採用することには,阻害要因がある。

 

 

●平成29年(行ケ)第10032号【導電性材料の製造方法(銀フレーク)】事件<髙部裁判長>一次判決

*「除くクレーム」で進歩性が認められた‼ ⇒二次判決(大鷹)は拘束力を理由に同旨。

(判旨抜粋)…引用発明1の製造方法は,本件訂正発明9の「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得る方法」とは異なる…。…引用例1は,銀フレークを端部でのみ焼結させて,端部を融合させる方法を開示するにとどまり,焼成の際の雰囲気やその他の条件を選択することによって,銀の粒子の融着する部位がその端部以外の部分であり,端部でのみ融着する場合は除外された導電性材料が得られることを当業者に示唆するものではない…。

 

 

●<特許庁>訂正2017-390031

 【請求項1】…抗体または抗体誘導体(ただし、抗体クローンAHIX – 5041:Haematologic Technologies社製、および抗体クローンHIX – 1:SIGMA – ALDRICH社製を除く)

⇒除かれた2つの公然実施発明(抗体)に基づいて 「凝血促進活性を増大させる」抗体を作成することは、当業者にとって容易想到ではなかった。

(審決抜粋)「…これら2つの抗体が『凝血促進活性を増大させる』ことまでが知られていたと認めるにたる証拠は示されていない。さらに、本件の優先日当時に、『第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体」が「凝血促進活性を増大させる』ことが知られていたことを示す証拠もない。したがって、これら2つの抗体に基づいて『凝血促進活性を増大させる』抗体を作成することは、当業者にとって容易想到ではなく、訂正後の請求項1に係る発明は進歩性を有する…。」⇒進歩性〇

 

 

≪権利者不利の裁判例≫

●平成26年(行ケ)第10204号【経皮吸収製剤】事件<石井裁判長>

*除くクレームにおいて除かれる部分が物として明確でないことから、特許請求の範囲の減縮に当たらないとして、訂正要件×。=同一当事者の平成28年(行ケ)10160


[i] 萬秀憲「よろず知財コンサルティングのブログ」2022年3月14日の記事「除くクレーム」https://yorozuipsc.com/blog/4130957

[ii] 知財実務オンライン「こんなに便利な『除くクレーム』」(弁理士・田中研二)

https://www.youtube.com/watch?v=1QfcGA-Nh2E

[iii] 高石秀樹「進歩性判断に何故『本件発明の課題』が影響するのか?」(知財LAB、2023年9月16日の記事) https://chizai-jj-lab.com/2023/09/12/0912/

 

 

高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)

    
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/