格別の困難性はなくても、進歩性を有しないとは限らない

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田村良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)です。

 

本日は、進歩性のお話です。

 

特許出願について、審査対象の請求項に係る発明は、○○を発明特定事項として有しているのに対し、引用文献に○○が記載されていない場合、請求項に係る発明は、新規性を有します。ただし、進歩性を有するか否かが問題となります。

 

この場合、発明特定事項「○○」が、請求項に係る発明と、引用文献に記載された発明との相違点となります。このような場合において、引用発明において、相違点を採用することに格別な困難性がないことを理由として、進歩性を有しないと、判断されたことはないでしょうか。

    

拒絶理由通知や拒絶査定では、例えば、

「引用発明において、周知技術である○○を採用することに格別の困難性はない」

「引用発明において、○○のように構成することに格別の困難性はない」

といったように記載されます。

 

審査官や審判官から「○○を採用することに格別の困難性はない」と判断されると、正直なところ、私も、権利化をすすめていく立場でありながら、「たしかに引用発明において○○を採用するのは難しくないよね」と、その判断に同意したくなることがあります。

 

それでは、引用発明において「○○を採用することに格別の困難性はない」との判断がされた場合は、あきらめるしかないのでしょうか。

 

そこで、特許・実用新案審査基準 第III部第2章第2節「進歩性」(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0202.pdf)、第3節「新規性・進歩性の審査の進め方」(https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/03_0203.pdf)を確認してみました。ですが、審査基準には、引用発明において相違点を採用することに「格別の困難性がない」ことを理由として、進歩性が否定され得る、といったようなことは書かれていません。

 

進歩性は、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断するものです。この請求項に係る発明に容易に到達する論理付けの手法として、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関して、進歩性が否定される方向に働く要素が考慮されます。

 

審査基準には、進歩性が否定される方向に働く要素として、主引用発明に副引用発明を適用する動機付け、主引用発明からの設計変更等、先行技術の単なる寄せ集め等が例示されています。しかし、進歩性が否定される方向に働く要素として、相違点を採用することに「格別の困難性がない」ことは含まれていません。

 

考えてみると、請求項に係る発明に容易に到達できることと、相違点を採用することに困難性がないことは、似ているようで異なるものではないでしょうか。もっと簡単に言うと、「容易である」ことと「困難でない」は、似て非なるもの、ということができそうです。

 

つまり、審査官、拒絶理由通知や拒絶査定において、相違点を採用する「格別の困難性がない」と判断はしていても、進歩性が否定される方向に働く要素(主引用発明に副引用発明を適用する動機付け、主引用発明からの設計変更等、先行技術の単なる寄せ集め等)を指摘することができていない、と考えることができます。

 

例えば、相違点を採用する動機付けが存在するのであれば、拒絶理由通知や拒絶査定において、そのような指摘がなされるはずで、動機付けが存在することの説明ができないから、「格別の困難性がない」との表現が用いられているのかもしれません。審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有しないことの理由を詰めきることができていない、とも言えるでしょう。

 

ここで、相違点を採用する「格別の困難性がない」ことだけでは、発明が進歩性を有しないことの理由にならないことを、後押しする判例をご紹介します。

 

平成20年(行ケ)第10096号審決取消請求事件(回路用接続部材事件)では、「特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。・・・(中略)・・・さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」と判示しています。

 

つまり、進歩性を否定するには、引用発明において相違点を採用する試みをしたであろうという推測ではなく、相違点を採用したはずであるという示唆や動機付けが存在する必要があります。

 

仮に、引用発明において相違点を採用する格別の困難性がなかったとしても、相違点を採用したはずであるという示唆や動機付けが存在しなければ、進歩性を否定することは難しくなるわけです。この判例からも、相違点を採用する「格別の困難性がない」ことだけでは、発明の進歩性を有しないことの理由にならない、と考えることができそうです。

 

では、実際に拒絶理由通知や拒絶査定において、相違点を採用する「格別の困難性がない」ことを理由に、進歩性が否定された場合はどうすればいいでしょうか。

 

意見書や審判請求書において、進歩性が否定される方向に働く要素がないことを説明します。具体的には、引用発明の課題や作用機能等を考慮した場合に、相違点を採用する動機付けが存在しないこと、引用文献には相違点を採用することにつながる示唆等が記載されていないこと等を説明します。そして、進歩性を否定するには、引用発明において相違点を採用したはずであるという示唆や動機付けが存在する必要があることを主張します。

 

いかがでしょうか。このような主張をすることで、相違点を採用する「格別の困難性がない」ことを理由に進歩性が否定された場合でも、進歩性の拒絶理由を解消できる場合があります。もちろん、事案によっては、それでも難しい場合もあるでしょう。ですが、このような拒絶理由が通知されても、すぐにあきらめる必要はないと考えています。

 

田村 良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)

専門分野:特許の権利化実務(主に、化学、ソフトウェア)

  note

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