こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田村良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)です。
ついに完成! これまでにない新しい筆記具について、特許出願をすることに。
検討した結果、以下のように、特許請求の範囲を記載しました。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸と、軸の中心部に設けられる筆記芯とを備える、筆記具。【請求項2】
軸の長手方向に垂直な断面が多角形である、請求項1に記載の筆記具。【請求項3】
軸の一端に消しゴムを備える、請求項1又は2に記載の筆記具。
請求項1は、鉛筆を想定したものです。
請求項2は、断面が六角形の鉛筆を上位概念化したものです。断面が円形の鉛筆と比べて、机の上を転がりにくい、という効果を奏します。
請求項3は、消しゴム付の鉛筆を想定したものです。鉛筆の先端が筆記に利用され、鉛筆の後端に消しゴムが備えられています。鉛筆の向きを反転させるだけで、消しゴムを利用することができます。
この特許出願について、1回目の拒絶理由通知において、断面が円形の鉛筆について記載された引用文献1をもとに、請求項1の新規性が否定されたとします。そこで、引用文献1との相違点をもうけるため、請求項1を請求項2で限定する補正をし、意見書を提出します。
補正により、特許請求の範囲は、以下のようになります。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸と、軸の中心部に設けられる筆記芯とを備え、
軸の長手方向に垂直な断面が多角形である、筆記具。【請求項2】
軸の一端に消しゴムを備える、請求項1に記載の筆記具。
意見書を提出した数か月後に、2回目の拒絶理由通知が届きます。審査官は、「引用文献1において、断面を円形から多角形に変更することは、適宜設計できる事項であり、当業者が容易に想到しうる」として、請求項1の進歩性を否定しています。
そこで、請求項1を、出願時の請求項3(補正後の請求項2)で限定する補正をします。特許請求の範囲は、以下のようになります。
【特許請求の範囲】
【請求項1】(請求項A)
軸と、軸の中心部に設けられる筆記芯と、軸の一端に消しゴムと
を備え、
軸の長手方向に垂直な断面が多角形である、筆記具。
意見書では、引用文献1に「軸の一端に消しゴムを備える」ことは記載されていないこと、また、「軸の一端に消しゴムを備える」ことを採用する動機付けがないこと等の主張をします。そして、無事、特許査定がだされます。
特許査定がだされたので、喜ばしいことではあるのですが、これで安心してしまっても大丈夫でしょうか。
2回目の拒絶理由通知に対する意見書では、「軸の一端に消しゴムを備える」ことについて、当業者が容易に想到しうるものではないことを争いました。そして、特許査定がだされました。もしかすると、最初の拒絶理由通知がだされた際に、次のように補正をしていても、特許査定がだされたのではないでしょうか。
【特許請求の範囲】
【請求項1】(請求項B)
軸と、軸の中心部に設けられる筆記芯と、軸の一端に消しゴムと
を備える、筆記具。
請求項Aと請求項Bを見比べてみると、請求項Aは「軸の長手方向に垂直な断面が多角形である」との発明特定事項が含まれており、請求項Bと比べて、技術的範囲が狭くなっています。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
鉛筆が「軸の一端に消しゴム」を備えることで奏される効果、解決される課題は、鉛筆を机の上に置いて、消しゴムに持ち替える、という動作をすることなく、鉛筆を反転するだけで消しゴムを利用できる、というものです。一方で、「軸の長手方向に垂直な断面が多角形である」ことで、奏される効果、解決される課題は、鉛筆を転がりにくくできる、というものです。
このように、効果や課題が異なっているような2つの発明特定事項が、1つの請求項に含まれている場合で、これらの2つの発明特定事項が相乗効果を生み出すようなものでない場合、どちらか一方の発明特定事項のみの存在を理由として、進歩性が認められる、ということがあります。このような場合、本来であれば、特許が認められ得る範囲よりも狭い範囲の請求項が生まれることとなります。
「このような補正はしないですよ」ということでしたら、問題はないのですが。
ただ、気づかずに、このような補正をしてしまっている、という方も、意外といらっしゃるのではないでしょうか。
新規性、進歩性が認められて、特許を取得するためには、引用文献との相違点をもうけることが必要となります。引用文献との相違点を探しているうちに、ついつい、上のような補正をしてしまっていることもあります。
上のケースでは、1回目の補正で、請求項1に「軸の長手方向に垂直な断面が多角形である」という発明特定事項を追加し、2回目の補正で「軸の一端に消しゴムを備える」という発明特定事項を追加しました。結果だけを見れば、1回目の補正で、「軸の一端に消しゴムを備える」という発明特定事項を追加していればよかった、ということになります。
しかし、これは結果論であって、請求項1に「軸の長手方向に垂直な断面が多角形である」という発明特定事項を追加した請求項について、特許権を取得することに事業上の意義があるのであれば、1回目の補正で、チャレンジをすべきだと思います。
対策としては、2回目以降の中間対応では、進歩性を主張するための相違点をコロコロと変えない、ということがあげられます。1回目の補正で、請求項1に「軸の長手方向に垂直な断面が多角形である」という発明特定事項を追加したのであれば、次の補正も、1回目で追加した発明特定事項と同じ課題を解決するような、相乗効果があるような発明特定事項を追加するような補正が好ましいでしょう(このような補正以外でも、有効な対策になるケースはあるのですが、少し複雑なので、ここでは割愛をさせてください)。
例えば、正六角形よりも、正六角形とは異なる、ある特定の形状の六角形の方が転がりにくくなる、というようなことがあるのであれば、請求項1に「特定の形状の多角形である」ことを追加するような補正をします。
もちろん、そのような補正ができないかを検討しても、適切な補正案が見つからず、拒絶理由通知の内容によっては、上の請求項Aのようにしなければ、特許が認められない場合もあるかと思います。
大切なのは、2回目以降の中間対応の補正の仕方によっては、結果論として、2回目以降に追加した発明特定事項さえあれば進歩性が認められる、という事実が判明することがあると認識することと、それを認識したうえで、どのように対応することがベストなのかを考えること、だと思います。
分割出願をして、より技術的範囲の広い請求項での権利化を目指すのも1つです。上の事例であれば、請求項Aの内容で、特許査定を得ることができた段階で、どの発明特定事項の存在が進歩性の拒絶理由の解消につながったのかを分析します。分析の結果、「軸の長手方向に垂直な断面が多角形である」ことは、進歩性の拒絶理由を克服するのに役立っておらず、「軸の一端に消しゴムを備える」ことのみが、進歩性の拒絶理由の克服に寄与している、との仮説をたてることができれば、次は、請求項Bの内容で、分割出願をして権利化を目指します。
いかがでしたでしょうか。
発明は、発明者の努力と汗の結晶です。その発明がもっているポテンシャルを十分にいかして権利化できるかどうかは、特許の実務家がどのように対応するかによるところが大きいです。その発明であれば、特許を認められはずの最大限の範囲にどれだけ近づくことができているかを、常々意識をして仕事をしていきたいですよね。