侵害予防調査について②侵害予防調査の課題・目的と6W2H

こんにちは、知財実務情報Lab.専門家チームの角渕由英(弁理士・博士(理学)、特許検索競技大会最優秀賞)です。

連載として侵害予防調査について説明をしています。

 

前回は侵害予防調査の定義と侵害のリスクについて述べました。

 

今回は、侵害予防調査の課題・目的と6W2Hについて説明をします。

 

侵害予防調査の目的は、ビジネスを自由に展開するために障害となる第三者の知財が無いか、リスクを把握することにあります。

 

知財に限らず、ビジネスに地政学リスクなどの障害は付き物であり、各種リスクを適切に把握して適切に対処することなく、事業を安定して継続させることは不可能でしょう。

 

以下の図に、侵害予防調査における6W2Hを示します。

 

 

 

以下、各観点について具体的に説明をします。

 

  

(1)What(何を)~リスクとなり得る権利や出願を知る~

侵害予防調査において調査すべき対象は、自社の事業活動の障害となりうる他社の特許権や係属中の特許出願(以下、「特許権等」という)です。

 

そして、自社が販売・提供する予定の製品等に基づいて調査すべき対象を想定します。

 

将来想定されるリスクを把握することが必要ですので、特許庁に係属中のものや存続期間が満了していない生存中のものに加え、対象国に移行する可能性のある国際出願なども調査対象とする必要があります。

 

 

(2)Why(なぜ)~リスクを把握する~

上述の通り、侵害予防調査の目的は、事業を安定して継続させるために、自社の事業活動のリスクとなる他社の特許権等を正確に把握することに他なりません。

 

そして、侵害予防調査の結果は、第三者の特許権等について侵害を防止又は回避するために取るべき対応を決定する基礎・根拠となるでしょう。

 

また、最終的には、侵害予防調査で把握したリスクを除去する行動(無効化、回避、ライセンス交渉など)が必要になること忘れてはなりません。

 

 

(3)Who(誰が)~高度な知識と能力が求められる~

侵害予防調査を行う主体は誰でしょうか。

 

侵害予防調査は、他の特許調査とは異なり、技術文献としてではなく権利書面として特許公報を「読む」必要があります。

 

具体的には、他社の特許権等の発明の技術的範囲を理解した上で(クレーム解釈)、自社の製品等(仮想的な「イ号」)と対比することで権利範囲に含まれるか否か、属否を判断する必要があります。

 

侵害論では、全ての構成要件の充足・非充足をもって侵害の成否を判断するという権利一体の原則(オールエレメントルール)は当然として、クレームのカテゴリー毎の実施行為(特許法2条3項各号)や発明の技術的範囲(特許法70条)の認定、請求項の文言解釈に関する裁判例、後述する均等論間接侵害の理解や、各種裁判例、出願経過参酌など、高度な知識が求められます。

 

ヒアリングにより製品等を正確に理解した上で調査の設計・スクリーニングを行い、直接侵害は勿論、間接侵害や均等の範囲の検討などが必要となるため、法的な知見を持つ弁護士や弁理士が自ら、調査対象(実施行為)の特定や検索式の設計又は作成を行うか、積極的に関与することが理想というのが私見です。

 

侵害予防調査に限らず、調査担当者(サーチャー)と検討者(知財部員、弁理士・弁護士)が異なる場合には、論点、調査の課題・目的について、相互が正確に理解して意思を統一することが大切です。

 

 

(4)Whom(誰に)~相手を納得させる調査~

想定される調査報告の相手としては、自社の事業部、経営層や担当役員などの権限者、製品等の販売先、出資やM&Aにおける資金提供者、提携先が例示されます。

 

調査の報告を受けた相手が納得する調査結果が求められますが、調査のプロセス(対象製品等の認定、調査観点の特定、調査範囲の設定、検索式の作成)も非常に大切です。

 

懸案となる特許権等はなかったという内容の調査報告書があったとしても、対象製品等の認定が的外れであり、前提となる調査対象・調査設計(インプット)が適切ではない場合には、調査プロセス自体も不適切なものとなり、調査結果(アウトプット)の信頼性は無いに等しいことになってしまうでしょう。

 

この点、対比検討により抽出された資料の評価をすることが比較的容易な無効資料調査等と比べて、侵害予防調査の調査プロセス及び調査結果を評価することは難しく、侵害予防調査について正当な評価をできる者は少ないのが現状であると感じています。

 

 

(5)When(いつ)~可能な限り早期かつ段階的に行う~

侵害予防調査を行う時期について、リスクを可能な限り早期に把握するために、開発の企画段階、事業の構想段階といった早期から実施することが好ましいでしょう。

 

しかし、早期に徹底した調査を行う場合、その後の事業の進展や設計変更などにより、調査対象が変わり調査結果が無駄になってしまうリスクが生じてしまいます。

 

したがって、後述するように、プロダクトのコア技術(他の技術で代替不可能な技術)については、早期に予備的な調査を行っておき、ある程度、研究開発が進捗した段階で周辺技術も含め、徹底的に調査を行う段階的な対応をとることが有効となります。

 

 

(6)Where(どこで)~属地主義、権利独立の原則~

特許法等について、法律の適用範囲や効力範囲を一定の領域内についてのみ認めようとする属地主義が原則となります。

 

また、「同盟国の国民が各同盟国において出願した特許は,他の国(同盟国であるか否かを問わない。)において同一の発明について取得した特許から独立したものとする。」と定める権利独立の原則(パリ条約4条の2(1))からも、国ごとに権利の内容は異なるため、対象国ごとに侵害予防調査を行う必要があります。

 

また、対象国ごとにクレーム(権利範囲)や、保護対象(発明該当性)や制度が異なる点にも留意しなければなりません。

 

対象国の数が少ない場合(例えば、日本と米国の2か国)には、各国毎に調査を行うことは可能でしょうが、対象国が数十か国の場合には、全ての国について別々に調査を行うことはコスト面から困難です。

 

最終的には、対象国毎に調査を行う必要がありますが、グローバルな侵害予防調査を効率的に行うために、商用のデータベースを用いてパテントファミリー単位で検索を行うと有効です。

 

具体的には、初期段階はパテントファミリー単位で調査を行い、その後、対象国毎に調査を行います。

 

対象国毎に調査を行う際には、パテントファミリー単位の調査結果を活用して、必要に応じて、検索式を修正し、差分の調査を行うことで大幅に調査効率が向上するでしょう。

 

なお、「パテントファミリー」とは、ある出願を優先権主張の基礎として複数の国に出願された互いに関連する特許のグループを意味します。

 

INPADOCのパテントファミリーでは同一の優先権またはその優先権の組み合わせを持つすべての文献を含むものとして定義されており、ある特許庁に最初の出願として提出された特許出願と、他の国の特許庁に優先権主張期間内に優先権を主張して出願された同一の特許出願から生じる全ての特許文献が含まれます。

 

 

(7)How(どのように)~網羅的かつ効率的に~

侵害予防調査は、侵害の恐れがある権利が1つ見つかればよいというものではありません。

 

適切な検索対象を特定した上で、調査範囲を設定して対象製品等が侵害し得る権利を、1つも漏らさずに全て見つける必要があります。

 

つまり、漏れなく網羅的に(再現率重視)調査を行うことが最優先となります。

 

なお、調査には相応のコストが発生するため、網羅的であることは重要ではあるものの、効率的であることも忘れてはなりません(適合率とのバランス)。

 

 

(8)How much(いくらで)~リスクの大きさとビジネスを考慮~

侵害予防調査に使う費用(コスト)についてはケースバイケースです。

 

想定されるビジネスの規模が数百万円であるのに、その数十%を調査費用に費やすことは現実的でないことは容易に理解できるでしょう。

 

侵害予防調査については、リスクの評価を厳しくすればする程、際限なく検索範囲を広げることも可能ですが、必要なコスト(時間と費用)も発散してしまいます。

 

調査を依頼されるときに、依頼者から「この製品の侵害予防調査を行う場合の御見積り金額はいくらですか」と聞かれることが多いのですが、私の回答は、「リスクやビジネスの規模等を総合的に判断した場合に、御社が使うことが可能な費用はいくらですか」となります。

 

その上で、使うことが可能な費用の範囲内(制約条件)でリスクを可能な限り低減させるべく、調査を設計します。

 

どれだけ徹底的に侵害予防調査を行ったとしても、侵害のリスクを0%にすることは現実的には不可能であり、どのレベルであればリスクを許容できるかが調査設計の基準となります。

 

そして、許容可能なリスクに応じて検索式を作成します。

 

調査対象や調査背景(ビジネス的視点を忘れぬように留意します)に大きく依存するが、場合によっては数千件、時には数万件規模の調査を行うこともあるでしょう。

 

なお、リスクを0%にすることは現実的には不可能ですので、想定されるリスクの大きさ、必要となるコスト、想定される損害賠償額、侵害行為の差し止めを受けたときに受けるダメージ、特許件侵害によるイメージの棄損、刑事責任の問題などの要素を総合的に検討し、場合によっては、「敢えて侵害予防調査を行わない」という選択肢もあり得るかもしれません。

 

次回は、侵害予防調査が難しい理由について述べようと思います。

 

角渕先生からのお知らせ

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角渕 由英(弁理士・博士(理学))

専門分野:特許調査、特許権利化実務(化学/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)

  note

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/