最近の裁判例から考える明細書の書き方(その2)

 

弁護士・弁理士の高石秀樹先生が「弁護士高石秀樹の特許チャンネル」というYoutubeチャンネルにて、裁判例に基づく動画セミナーをたくさん提供して下さっています。

 

前回と同様、そのうち1つを私(弁理士・技術士 高橋政治)が視聴し、そこから得た知見を、明細書等作成の際にどのように反映させるべきか等を検討し、直接、高石先生へ質問させて頂き、ご教示頂きました。

 

今回は、上に動画を示してあります、『【特許】除くクレームの活用(補正/訂正要件、進歩性)』と題する動画セミナーを視聴してみました。

 

今回は明細書ではなく、補正書、意見書を作る段階で参考になるかと思います。

     

以下は、私からの質問と、高石先生からの回答です。

  

 

高橋
高橋

今回の動画セミナー内で、「除くクレームによって進歩性を出すためには、引用発明が課題との関係で必須としている構成要件を除いてしまう」と述べていらっしゃいます。この点は重要と考えます。

 

また、ソルダーレジスト事件に基づくと、「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」事件のような例外はあるものの、原則として「除くクレーム」は認められると理解いたしました。

そうすると、審査基準では「除くクレーム」について「請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正」は新規事項の追加ではないと記載されていますが、例えば上記の進歩性との関係で「その重なり「のみ」を除く補正」に加え、さらに広くクレームの一部を除きたいような場合、「その重なり「のみ」を除く補正」に加え、さらにクレーム内を広く除くことも不可能ではないと理解いたしました。 これも重要と考えております。

 

 

さて、動画内の「除くクレームと実質同一(29条の2)」について、平成24年(行ケ)10433「太陽電池用平角導体」事件において、引例の数値範囲が「19.6~49MPa」で、これを外すように本発明の数値範囲を90MPa以下(ただし49MPa以下を除く)とすることで、相違点を出したことが解説されています。

 

そして、この判例では課題が同一ではないから実質同一ではない、という結論になっていますが、仮に課題が同一であった場合に、どのようになったと高石先生はお考えでしょうか?

 

つまり、単に数値範囲が重なっていないことを理由に29条の2を回避できるか否かについて、高石先生のお考えをご教示下さい。

 

高石先生
高石先生

29条の2の動画中でも説明しているとおり、29条の2の実質同一の判断に、本件発明と先願発明との課題の同一性は影響します。

 

実際、両者の課題が同一であると、設計上の微差として実質同一になることはあり、裁判例もあります。例えば、以下の各裁判例は、両者の課題が同一であることを理由に、実質同一と判断しました。

 

大阪地裁平成30年(ワ)第4901号<谷>「通信端末装置」事件

*2つの相違点につき設計上の微差として実質同一とした

⇒請求項2及び3は非充足。⇒請求棄却

 

平成29年(行ケ)第10167号<森>「積層フィルム」事件

*29の2違反の範囲は先願明細書を基準に新規事項追加でない範囲よりも広い

⇒一般に言われている特許法29条の2の趣旨と異なる!!

*厚み「0.01~100μm」という数値限定が、先願発明になかったことが相違点。

平成26年(行ケ)第10097号「扁平形非水電解質二次電池」事件

*課題及び解決手段が共通

平成18年(行ケ)第10533号「スロットマシン」事件

*課題及び解決手段が共通⇒差異はない

 

平成23年(行ケ)第10109号「エレベータ」事件

*一般的課題⇒単なる設計上の事項

 

平成14年(行ケ)第439号「ゴムホース」事件

*数値限定に技術的意義が無い場合は、実質同一である

*「本願発明が0.05~0.3mmの厚さであるのに対して,先願考案にはその厚さに関する具体的記述がない点」という一応の相違点を実質同一であるとした審決の認定判断の当否が争点 

 

事案に拠るとはいえ、これらの裁判例があることからすると、単に数値範囲が重なっていないということのみを理由として、29条の2を回避できると断言することは難しいと考えます。

 

他方、審査において課題の同一性に焦点が当たらず、単に数値・構成等が重複しないだけで29条の2違反の拒絶理由を回避した事例も多く、大多数の特許出願は裁判所まで行かないことを考えると、本件発明と先願発明との課題が同一であったとしても諦める必要はなく、除くクレームを試みる価値はあると考えます。

 

以上をまとめますと、今回の動画セミナーから得られた、明細書・意見書等作成時における注意点等は、以下となります。

 

審査基準の第IV部 第2章 新規事項を追加する補正 3.3.3(4)では、除くクレームによる進歩性について「「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができる発明は、引用発明と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有するが、たまたま引用発明と重なるような発明である。引用発明と技術的思想としては顕著に異なる発明ではない場合は、「除くクレーム」とすることによって進歩性欠如の拒絶理由が解消されることはほとんどないと考えられる。と記載されている。

 これへの対策として引用発明が課題との関係で必須としている構成要件を除いてしまうことが考えられる。
 

審査基準の第IV部 第2章 新規事項を追加する補正 3.3.3(4)には「除くクレーム」が新規事項の追加にならない例として、「(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正」が挙げられているが、ソルダーレジスト事件を考慮すると、審査基準が言う「その重なり「のみ」を除く補正」ではなくても良いとも考えられる。

 上記1.の進歩性との関係で、「その重なり「のみ」を除く補正」に加え、さらに広くクレームの一部を除きたい場合があると思われるが、そのような場合、「その重なり「のみ」を除く補正」に加え、さらにクレーム内を広く除くことを検討する余地はあると考えらえる。

 ちなみに「細田芳徳著、改訂9判 化学・バイオ特許の出願戦略、一般財団法人経済産業調査会、令和2年7月30日出版、P192」には、「除くクレームに係る文言が明細書に記載がなくても、除いた後のクレーム発明が除く前と同様の効果を奏することで技術的事項に変更はない」と記載されている。

 

特に審査段階においては、課題の同一性に焦点が当たらず、単に数値・構成等が重複しないだけで29条の2違反の拒絶理由を回避した事例も多いことから、本件発明と先願発明との課題が同一であっても、数値等の重複を避けるだけの「除くクレーム」での対応を試みる価値はある。

  

 

今回は「弁護士高石秀樹の特許チャンネル」の中の『【特許】除くクレームの活用(補正/訂正要件、進歩性)』と題する動画セミナーを視聴して、高石先生に質問に回答して頂いた上で、得られた知見を明細書等作成の際にどのように反映させるべきか等をまとめてみました。

 

弁護士高石秀樹の特許チャンネル」ではいろいろな動画セミナーが公開されていますので、今後、他の動画セミナーも視聴して、「それでは明細書・意見書等はどのように記載すべきなのか」を検討し、ここにまとめて公開していきたいと思います。

 

皆さまも、「弁護士高石秀樹の特許チャンネル」にチャンネル登録して、動画セミナーで勉強しましょう。

 

高橋政治(知財実務情報Lab.管理人、弁理士・技術士(金属部門
)、ソナーレ特許事務所 パートナー)

専門分野:特許の権利化実務(主に化学系、機械系)