日本と欧米のクレーム作成のしきたりの違い
ソフトウエア編~その1~

 

おはようございます。知財実務情報Lab. 専門家チームの立花顕治です。

 

日本と欧米とでは、法律の相違、言語の相違等が起因して、クレームの書き方が相違することが多々あります。法律で規定されている決まりであれば当然にしたがう必要がありますが、ここで取り上げるのは、法律で規定されていない「しきたり」です。このようなしきたりは法律で規定されているものではないため、厳密にはしたがう必要はありませんが、多数の出願人がこれを採用しているため、しきたりから外れると、少数派になり、審査に影響を及ぼすことが考えられます。つまり、多数の出願人が採用しているしきたりとは異なるクレームを見たとき、審査官が発明の認定を正しく行えない可能性があります。

 

そこで、外国に出願する場合には、法律に従うほか、その国の多数の出願人が採用しているクレームの書き方を採用することが好ましいと考えます。特に、出願を多数を行っている大企業のクレームが参考になります。

 

このような日本と欧米でのしきたりの差は、技術分野にもよりますが、特にソフトウエアの分野では、クレームの書き方が大きく相違します。そこで、本稿では、日本と欧米とのクレーム作成のしきたりの相違を検討します。

 

  

 

1.ソフトウエア分野における日本のクレーム作成のしきたり

以下は、日本の審査基準に記載されているソフトウエア関連出願のクレームであり、日本人がよく書く機能構成を含むクレームです。

 

【請求項*】
 種々の商品の売上げを予測する装置であって、
 売上げを予測しようとする日を入力する手段、
 予め過去の売上げ実績データを記録しておく売上げデータ記録手段、
 予め変動条件データを記録しておく変動条件データ記録手段、
 予め補正ルールを記録しておく補正ルール記録手段、
 過去数週間の予測しようとする日と同じ曜日の売上げ実績データを売上げデータ 記録手段から読み出し平쬣して第1の予測値を得る手段、
 変動条件データ記録手段から商品の売上げを予測しようとする日の変動条件デー タを読み出し、該変動条件データに基づき補正ルール記録手段に記録された補正ルールの中から適用すべき補正ルールを選択する手段、
 適用すべき補正ルールに基づき第1の予測値を補正して第2の予測値を得る手 段、及び
 第2の予測値を出力する手段、
からなる商品の売上げ予測装置。

  

見ての通り、各構成が機能構成になっており、一見すると、その構成がハード構成であるか、ソフト構成であるかが分かりづらいです。特許庁も例として採用しているぐらいなので、日本の出願人は機能構成を好んで用いていると考えられます。

 

ここで重要なのは、このような機能構成による書き方は法律、審査基準で定められているものではなく、書き方の1つとして用いられていることです。したがって、機能構成で書いたからといって、何ら法律には違反しないし、明確であれば36条違反も当然に受けません。

 

 

2.ソフトウエア分野における欧米のクレーム作成のしきたり

欧米のソフトウエア分野のデバイスクレームの典型例を見ると、以下の通りです。

 

  

 モバイルデバイスであって、
 ワイヤレスネットワークを介して少なくとも1つのワイヤレスノードと通信可能に構成されたワイヤレス回路と、
 ディスプレイと、
 センサ回路と、
 1または複数のプロセッサと、
 プログラム指令を記憶する1または複数のメモリと、
を備え、
 前記1または複数のプロセッサにより、前記プログラム指令が実行されることで、前記モバイルデバイスは、
 前記センサ回路を用い、環境条件、ワイヤレス接続条件、または位置条件の少なくとも1つを含む前記モバイルデバイスと関連する条件を検出し、
 前記検出された条件に応じて、ディスプレイパラメータの調節を自動的に行う、
モバイルデバイス。(多少意訳あり)

 

このクレームは、アップル社のものですが、欧米企業の典型的なソフトウエアのデバイスクレームであると思われます。つまり、クレームの冒頭からハードウエア構成を列挙し、メモリに保存されるプログラムによって、実行されるステップが記載されています。つまり、ハードウエア構成と、ソフトウエア構成とが切り分けられたクレーム構造となっています。但し、基本構造はハードウエアであり、そのハードウエアに含まれるプログラムが実行されるように記載されています。

 

欧米の多数の出願人が上記のようなクレームを採用している中で、機能構成だけで作成された日本人的なクレームを欧米の審査官が見たらどのように思うでしょうか。慣れていない審査官であれば、どれがハード構成で、どれがソフト構成か分かりづらいため、発明が認定されないかもしれません。そのため、欧米に出願する場合には、多数派にならったクレームの作成が必要であると考えます。

 

特に、米国では、112条(f)の規定があるため、機能構成だけのクレームは忌避される傾向にあります。もちろん、112条(f)は機能構成を禁じているクレームではないので、機能構成であっても、拒絶の対象にはなりません。しかし、112条(f)によれば、機能構成でクレームを記載すると、発明の技術的範囲が「実施形態+均等(点線)の範囲」となってしまい、以下のように狭く解釈されます。一方、ハードウエア構成でクレームを記載すると、特許になったクレームが解釈のスタート地点になります(禁反言などで事後的に狭く解釈される)。つまり、クレーム解釈のスタート地点が全く違うのです。

 

 

話はそれましたが、欧米のソフトウエアのデバイスクレームのしきたりをまとめると、以下の通りです。

 
(1)ハードウエア構成
・一見してハードウエア構成と、ソフトウエア構成が明確に分かるように書かれている。
・ハードウエアの必須構成は、プロセッサとメモリである。
・memoryという単語は、不揮発性メモリを指すことが非常に多い。単にmemoryと書かれているときは、不揮発性メモリであることがほとんどである。
・その他、以下のように、記憶媒体と記載することもある。
 USP 9,302,770(Google)
a non-transitory computer readable medium comprising program instructions stored thereon; and

 

(2) デバイスクレームの中でのソフトウエアは、以下の方式により記載される。
・メモリや記憶媒体に記憶されているものとして記載
・プロセッサにより実行されるものとして記載(プロセッサの構成の中に記載されることもある)
・ソフトウエア本体は、program instructionsと記載されることが多く、その下に動名詞、あるいは不定詞にて、実行されるステップが記載されることが多い。その他、単にprogram, moduleと記載されることもある。
・「プロセッサにより実行される」と、記載されることが定型である。
“executed by the processor ….”

 

 

3.欧米のクレーム作成のしきたりに即した日本語クレーム

欧米にソフトウエア関連出願を行う場合には、上記のような理由で欧米のしきたりに則したクレームを作成することが好ましいと考えます。その場合、日本語の段階で欧米のしきたりのようなクレーム作成が可能です。例えば、上述した特許庁のクレームは,以下のように書き換えることができます。

 

【請求項*】
 商品の売上げ予測装置であって、
 入力部(入力デバイス)と、
 過去の売上げ実績データ、変動条件データ、補正ルール、及びプログラムを記憶する記憶部(メモリ)と、
 プロセッサと、
を備え、
 前記プロセッサにより、前記プログラムが実行されることで、当該売上げ予測装置が、
 前記メモリから、過去数週間の予測しようとする日と同じ曜日の売上げ実績データを、読み出し平均して第1の予測値を得るステップと、
 前記メモリから、商品の売上げを予測しようとする日の変動条件データを読み出し、該変動条件データに基づき、前記メモリに記憶された補正ルールの中から適用すべき補正ルールを選択するステップと、
 適用すべき補正ルールに基づき第1の予測値を補正して第2の予測値を得るステップと、
 第2の予測値を出力するステップと、
を実行するように構成されている、商品の売上げ予測装置。

 

このように書き換えたとしても、機能構成のクレームと比べ、発明の認定、技術的範囲の解釈に特段の差はないと考えられます。

  

 

4.まとめ

郷に入って郷に従えではないですが、多数の欧米出願人と異なるクレームを書けば、審査官は奇異に思うかもしれないし、それによって発明の認定に影響を及ぼすかもしれません。そうであれば、欧米の大企業のクレームのしきたりをしっかりとパクって、スムーズに審査してもらおうではないか、というご提案でした。
 

今回はソフトウエア編その1でしたが、その2ではデバイス以外の他のカテゴリーの書き方についても見ていきたいと思います。

 

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立花 顕治 (レクシア特許法律事務所 代表パートナー 弁理士)

専門分野:機械電気ソフト分野の権利化、訴訟


レクシア特許法律事務所:http://www.lexia-ip.jp/