レーザ加工装置事件 ~加工対象物を限定すると装置発明は限定されるのか~

 

知財実務情報Lab.管理人の高橋(弁理士・技術士)です。

 

知財管理誌の6月号(Vol.73 No.6 2023)に「レーザ加工装置事件」についての論文を掲載して頂きました。

論文はこちらからダウンロードできます。

 

  

この論文では「① 除くクレームと新規事項追加、特許請求の範囲の減縮、進歩性」、「② 図面の記載に基づく補正・訂正」という論点について論述させて頂いたのですが、実は3番目の論点として「③ 加工対象物を限定すると装置発明は限定されるのか」というものがありました。

 

この3番目の論点について、ある程度の検討を行い、文章も書いたのですが、論文の文量(紙面量)の制約上、3番目の論点について論文内に入れることができませんでした。

 

そこで、以下に、この3番目の論点について掲載させて頂きます。

 

  

レーザ加工装置事件 ~加工対象物を限定すると装置発明は限定されるのか~

 

1.本件

本発明はレーザ加工装置についての発明であるところ、加工対象物を特定することがレーザ加工装置自体の構造、機能を特定する意味を有する、すなわち、本件訂正前は溝が形成されているシリコンウェハを切断する構造を有することを規定していたが、本件訂正後はこのような構造を有するのでは足りず、溝が形成されていないシリコンウェハを切断する構造を有することが必要になったのだから、加工対象物を特定する本件訂正は特許法134条の2ただし書き第1号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえると判断された。

 
裁判所は「溝を有するシリコンウェハに目的の加工を施すことができるレーザ加工装置」と「溝を有しないシリコンウェハに目的の加工を施すことができるレーザ加工装置」とを比較した場合、後者の方が装置としての性能が高く、そのような性能を達成するための特定の構造が前者に加わったものが後者である、すなわち、前者の一部が後者(前者の好適態様が後者)であると考えたのであろう。これを概念的に書けば、次のような図になる。

 

 

 

 

2.裁判例

ここでは「特許請求の範囲の減縮」する方法を「直接的な減縮」と「間接的な減縮」に分けて検討する。

 
前者の「直接的な減縮」として、例えば「A部と、B部と、を備える装置。」という発明を、「A部と、B部と、C部と、を備える装置。」と訂正する方法が挙げられる。また、例えばA部を下位概念の「a部」とする訂正、すなわち「a部と、B部と、を備える装置。」と訂正する方法が挙げられる。

 
これに対して、後者の「間接的な減縮」に該当するものとして、例えば「A部と、B部と、を備える装置。」という発明を、「A部と、B部と、を備え、Xという効果を奏する装置。」と訂正する方法が挙げられる。

 

このような効果をクレームアップする訂正は、「A部と、B部と、を備える装置におけるXという効果を奏する部分に限定する(訂正前はXという効果を発揮しない装置が含まれるところ、その部分を含まないものに限定する)」ことになるため、「特許請求の範囲の減縮」と判断され得る。

 

また、例えば「A部と、B部と、を備え、Yという方法で用いる装置。」のような使用方法を限定クレームとする訂正も、「A部と、B部と、を備える装置におけるYという方法で用いることができる部分に限定する(訂正前はYという方法で用いることができない装置が含まれるところ、その部分を含まないものに限定する)」ことになるため、「特許請求の範囲の減縮」と判断され得る。本事件では、レーザ装置の発明でありながら加工対象物を限定する訂正を行ったが、これによってレーザ装置自体が限定されるため「間接的な減縮」に含まれる。

 

このような「間接的な減縮」が特許法134条の2ただし書き第1号の「特許請求の範囲の減縮」に該当性するか否かが判断された最近の裁判例をいくつか挙げる。

 

(1)平成26年(行ケ)第10204号「経皮吸収製剤」事件
特許請求の範囲が「物の発明」であるところ、その物以外を特定することによって間接的に「物の発明」を限定した訂正について、特許法134条の2ただし書き第1号の「特許請求の範囲の減縮」に該当性するか否かが判断された事案として平成26年(行ケ)第10204号「経皮吸収製剤」事件がある(しかも本事件と同様「除くクレーム」である)。

 
本件では訂正前の特許請求の範囲の請求項1に「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤」とあるのを「皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,・・・及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)」とする訂正を行ったものである。

 
裁判所は、訂正前が「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,訂正後の請求項1記載の発明も,「経皮吸収製剤」という物の発明として技術的に明確であること,言い換えれば,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」という使用態様が,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要というべきであると述べた。そして、上記使用態様によっても,経皮吸収製剤保持用具の構造が変われば,それに応じて経皮吸収製剤の形状や構造も変わり得るものであり,また,上記使用態様によるか否かによって,経皮吸収製剤自体の組成や物性が決まるというものでもないから,上記という使用態様は,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえないとしたうえで、訂正事項3によって除かれる「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤」が,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえない以上,訂正後の請求項1の記載は,技術的に明確であるとはいえないから,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないと判断した。

 

 

(2)平成28年(行ケ)第10160号「経皮吸収製剤」事件
審決では、請求項1における「針状又は糸状の形状を有すると共に」を「針状又は糸状の形状を有し,シート状支持体の片面に保持されると共に」とする訂正は,特許法134条の2第1項ただし書1号所定の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると判断されていた。

 
しかし、その審決取消訴訟において裁判所は、本件発明は「経皮吸収製剤」という物の発明であるから,本件訂正発明も「経皮吸収製剤」という物の発明として技術的に明確であることが必要であり,そのためには,訂正によって限定される「シート状支持体の片面に保持される…経皮吸収製剤」も,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であること,言い換えれば,「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様が,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものであることが必要であるが、「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様によっても,シート状支持体の構造が変われば,それに応じて経皮吸収製剤の形状や構造(特にシート状支持体に保持される部分の形状や構造)も変わり得ることは自明であるし,かかる使用態様によるか否かによって,経皮吸収製剤自体の組成や物性が決まるという関係にあるとも認められないため、上記の「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様は,必ずしも,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものとはいえず,訂正事項5によって限定される「シート状支持体の片面に保持される…経皮吸収製剤」も,「経皮吸収製剤」という物として技術的に明確であるとはいえず、訂正後の請求項1の記載は,技術的に明確であるとはいえないから,訂正事項5は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないと判断した。

 

 

(3)令和3年(行ケ)第10090号「噴射製品および噴射方法」事件
審決では、請求項1の「噴射製品」を「粘膜への刺激が低減された、噴射製品」とする訂正、および請求項3の「噴射方法」を「粘膜への刺激を低減する、噴射方法」と訂正するは、いずれも「特許請求の範囲の減縮」(特許法134条の2第1項ただし書1号)を目的とするものであると認定されていた。
 

しかし、その審決取消訴訟において裁判所は、本件明細書に本件訂正前の請求項1及び3の上記各構成にした場合であっても、「粘膜への刺激の低減」の作用効果を奏しない場合があることについての記載も示唆もないことから、上記訂正により加えられた「粘膜への刺激が低減された」又は「粘膜への刺激を低減する」という作用に係る記載事項は、本件訂正前の請求項1及び3の上記各構成によって奏される作用効果を記載したにすぎないものであり、本件訂正前の請求項1及び3の各発明に係る特許請求の範囲を狭くしたものと認めることはできないと判断した。

 

 

小括

このように平成26年(行ケ)第10204号「経皮吸収製剤」事件では、訂正によって加えられた使用態様が経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものではないため特許請求の範囲の減縮ではないと判断された。また、平成28年(行ケ)第10160号「経皮吸収製剤」事件においても同様に、「シート状支持体の片面に保持される」との使用態様は,必ずしも,経皮吸収製剤の形状,構造,組成,物性等により経皮吸収製剤自体を特定するものではないため特許請求の範囲の減縮ではないと判断された。さらに「噴射製品および噴射方法」事件では、「粘膜への刺激が低減された」又は「粘膜への刺激を低減する」という作用に係る記載事項は本件訂正前の請求項1及び3の各発明に係る特許請求の範囲を狭くしていないとして特許請求の範囲の減縮ではないと判断された。
 

これらの事件において裁判所は、本事件の場合と同様、間接的な減縮によって特許請求の範囲に記載の発明が限定されることを求めている。また、間接的な減縮は特許請求の範囲を狭くすることが必要であり、訂正によってその範囲が変わっていない場合は特許法134条の2第1項ただし書1号の特許請求の範囲の減縮に該当しないものと判断している。

 

 

3.実務上の示唆

訂正の請求または訂正審判において「間接的な減縮」を行う場合、それによって特許請求の範囲に記載の発明が減縮されることになるかに注意を払う必要がある。

 
逆に競合他社の特許について訂正が行われ、それが「間接的な減縮」に該当する場合、それによって特許請求の範囲に記載の発明が減縮されているのかを確認し、減縮されていると言えないのであればそれを無効理由として主張することが考えられる。

※執筆者:知財実務情報Lab.管理人 高橋政治(弁理士・技術士)