法律事務所勤務の弁理士の日常

 

おはようございます。知財実務情報Lab. 専門家チームの森田 裕です。

  

今回は、皆さんが知財業界でのキャリアプランを検討するにあたって、少しレアかも知れない法律事務所での弁理士の仕事について述べたいと思います。

法律事務所の幅は、特許事務所の幅よりもかなり広く、仕事の種類が様々ですので、様々な方の経験談を聞いていただきたいと思うのですが、そのうちの一つとして、私の経験談を記しておきたいと思います。

私の個人的見解では、法律事務所に参画することは、弁理士のお勧めのキャリアパスです。

 

 

(1)法律事務所の種類

法律事務所としてひとくくりに語ることができないほど、法律事務所の業務は幅広いです。

その中で弁理士が注目するべきは、企業法務を提供している法律事務所になります。弁理士が所属するとシナジーが発揮される事務所は、基本的にはビジネスに関する法務を提供する事務所であると思われるためです。

 
企業法務の中にも、契約に関するもの、知財訴訟などの係争(以下単に「係争」といいます)に関するものがあります。契約関連業務はどの法律事務所でも対応していると思われますが、係争は数少ない法律事務所に集中するため、係争に関わりたい場合には、係争を代理している事務所に参画することが重要であると思われます。

 
但し、弁理士の中心業務は依然として権利化業務であるため、そのような法律事務所の中でも、権利化業務の事務体制が整った事務所に参画すると権利化業務も続行しながら新しい仕事にフィールドを広げていくことができます。係争に対応している事務所では、多くの場合、出願業務も行っているように思われます。

 

(2)訴訟事務所の意義

私は、係争を多く取り扱う法律事務所に所属していますので、その視点でお話してみたいと思います。

 
まず、大手特許事務所では、通常、出願、権利化をメインにしており、それ以外のお仕事(係争その他)を受ける機会はそれほど多くないのが実態ではないかと思われます。傾向としてですが、重要な係争案件については、特許事務所ではなく、法律事務所に依頼するため、無効審判でさえ、特許事務所で百戦錬磨になるというのはレアなのではないでしょうか。

 
その理由として、無効審判は、侵害訴訟との関係でなされることが多く、侵害訴訟では、充足論に加えて、無効論を同時に議論する(特許法第104条の3)ことになるため、充足論を害しないように無効論を主張したり、無効にならないように充足論を議論するというように充足論と無効論を有機的に連動して戦わざるを得ず、この観点から侵害訴訟を代理できる訴訟事務所に検討を依頼することが有効であると考えられることが挙げられます。

 
したがって、重要な案件の無効審判は、訴訟を行っていて多様な訴訟戦術を展開できる法律事務所に集まることになります。裁判官毎の判断の特性などを踏まえて主張を構築するなど、訴訟経験の豊富な事務所では、様々な蓄積があり、依頼者は充実したサポートを受けられることになるわけです。

 

(3)訴訟事務所での弁理士の立ち回り

弁理士に期待する立ち回りは、法律事務所によって様々なのではないかと思われますが、権利化業務で百戦錬磨している弁理士は、法律事務所でも当然活躍の場があります。権利化と訴訟とでは異なる点が多いとはいえども、基本は同じだからです。

 
私の場合は、出願・権利化業務と、契約関連業務と、無効審判・訴訟業務とをバランスよく行っています。人によっては、出願・権利化業務のみに集中している方もいれば、無効審判・訴訟業務に集中している方もいて、弁理士だから権利化業務が中心というわけではありません。

明細書を書いて権利化できる能力は、特許を分析する能力につながるため、充足論や侵害論で種々の主張を組み立て、整えていくときに権利化で養った能力は大いに活用できるのです。

 
私は、出願・権利化業務は自分の中核的な部分とし、あらゆる経験を出願・権利化に生かすことをゴールとするという立ち位置で仕事をしています。知財訴訟は、結論の出ていない論点を多数抱えており、このような論点にけりを付けて新しい判例法理を構築することも必要です。このような取り組み自体もクリエイティブで大変やりがいがあります。権利化がゴールといえど、権利は活用されて初めて意味があると考えれば、権利化と権利行使は一体であり、切り離すことはできません。

 

契約関連業務では、ビジネスを支える契約と、ビジネスを支える知財、そして、契約と知財との協調関係の確立が3つの柱であり、弁理士の活躍の場が生じます。弁理士は、ビジネス・契約・知財の連携を知財専門家の立場から担うことができるといったイメージです。知財の側面から全体を設計するということもあり得るので、動き方や働き方によっては活躍の場が一気に広がるように思います。

 
係争関係についても、無効審判や訴訟の訴状・準備書面について起案をしたり、技術説明会では説明を担当させてもらえる事務所があります。そのような事務所では、弁理士にも、表で活躍するチャンスがあり、必ずしも弁護士の影で弁護士をサポートすることに徹するというわけでもありません。私の場合も、大変ありがたいことに、色々な仕事に関与できています。

 

(4)知財訴訟経験のメリット

訴訟では、一つの案件に非常に多くの時間を費やして検討に検討を重ね、主張の攻防を重ねます。そのような中では、一つ一つの特許要件の本質を考えさせられることが多いのです。権利化業務だけをやっていると、弁理士毎に安全マージンの取り方が大きく異なると感じます。

 

安全マージンは、権利化に失敗する可能性や拒絶理由通知の回数を減らすために、経験則的な観点で安全な領域を設定して権利化を進める際には避けて通ることができません。この安全マージンは、審査基準や経験則により構築することが多いと思われますが、個別の経験則に依存して人によって安全マージンの取り方が大きく異なることが多く、また、通常の権利化実務では、拒絶回数を減らすなど費用をかけずに権利化する要請があるために、安全マージンを大きく取って権利化をすることもあると思います。そうすると権利化業務では、薄皮一枚を残す精度で戦える力はなかなか養えるものではありません。

 

しかし、訴訟では、検討に費やす時間もコストも権利化とは異なるため、薄皮一枚の精度で検討をすることが多いように思われます。そして、安全マージンをそぎ落として、薄皮一枚の戦いを挑める能力を養うには訴訟は最適で、案件を担当する毎に、特許実務を一段成長させてもらえている感じを受けます。また、知財の活用場面において何が起きるのかを経験することができて、得られた経験を権利化業務に役立てることができます。 

 

(5)権利化と訴訟を同時に行うことのデメリット

経験を積むという意味では、権利化と訴訟の両方の経験を積むことはメリットしかないと考えています。しかしながら、デメリットもあります。それは・・・忙しくなりすぎることです。

 

弁理士が力を付けてくると依頼はとまりませんので、権利化だけでも忙しくなると思います。国内外のクライアントから仕事の依頼がひっきりなしにくるようになって、その対応だけでも土日を休めるのかというほど忙しいという場合も少なくないと思うのです。しかしながら、訴訟が始まると、その権利化業務にコミットしながら、非常に多くの時間を訴訟に費やすことになります。訴訟をしている間も、権利化業務の期限は刻々と近づいてきます。

 
こうなると、業務時間の確保、仕事の分配などを検討するなど、タイムマネジメントを上手に行わないと、業務が崩壊することになります。

 
自分の場合は、訴訟がないときは土日に仕事を入れないようにして、対応できる余地を残しています。5日が7日に増えれば仕事を40%増やせることを意味しますので、これは大きいです。朝夜を少し長めに取れば、仕事量を50~60%増やすこともできると思います。このように、権利化と訴訟の二足わらじは、タイムマネジメントに気を使う必要があるように思われますが、何より体力勝負になることが多いように思われます。

 
但し、このデメリットを踏まえても、有り余るほど有意義な時間を過ごせ、経験を積めるので訴訟に関しては積極的に参画するようにしています。無理が利くうちはとにかく働けばいいとも思っています。これは将来への投資です。

 

(6)デューデリジェンス

法律事務所では、特許のデューディリジェンス(特許DD)や特許鑑定などのお仕事も良くいただけます。特許DDでは、Freedom to operation(FTO)調査などで、多くの出願や特許に接することができます。FTO調査では、権利解釈について検討すると共に、重要特許については鑑定を行うなど、様々な経験を積むことができて有益ですが、これに加えて、仕事として他人の出願や特許を調べることができるので、色々な権利化戦略を知得することができ、その意味でも有益です。

最近は、特許事務所でも多く対応されていると思われるので、経験を積んでいる弁理士も増えてきています。

 

(7)契約関連業務

契約関連業務は、ビジネスにおける中核です。ビジネスは、他者との関係性において初めて動くものです。他者との関係を規定するのは、契約ですので、ビジネスは契約により支えられています。知財も他社との関係を規定します。契約と知財とを上手く交差させて活用することで、ビジネスがもっと上手く動くようになると期待しています。

 

契約業務の柱は、ビジネスを支える契約と、ビジネスを支える知財、そして、契約と知財との協調関係の確立が3つです。弁理士は知財の専門家ですので、知財の観点からビジネスは有効に設計できているか、契約は有効に設計できているかを検証し、良くない点があれば、修正するといったことを手助けしたり、知財が足りなければ、新しく知財を確保してビジネスをより有効に動かせるようにするといったように、知財を起点としてビジネスを設計し、ビジネスの保護を担うというのは、今後必要になる業務です。

 

法律事務所では、弁護士さんとの協力関係の中でこれを担うことができて、契約と知財を連動させることができます。知財の活用法は、訴訟・ライセンス業務のみならず、こうした契約業務から見えてくることもあると思われます。契約は、両者間の合意により成り立つため、合意により様々なことを定めることができて自由度が大きいのです。知財(自由度低め)を契約と関連付け、契約により補完することでビジネスはもっと上手く動くようになります。そのお手伝いを知財専門家の立場でしようというものです。

 

(8)お勧めのキャリアパスとしての法律事務所

基本は、権利化業務で鍛えた弁理士であれば、いずれにもスムーズに入り込める素地を有しているように思われます。未経験でいきなり法律事務所で働くというのもありかもしれませんが、特許事務所で数年の経験を積んで権利化に関する基礎力を養った上で、法律事務所でさらに鍛え上げるのも、お勧めのキャリアパスです。

 
事務所によっては、係争系には弁護士が主に参画し、弁理士は上層部のみが参画するといった事務所もあるので、自分の希望に合わせて事務所選びなどをされるとよいと思います。事務所選びの際には、判決に記載されている代理人に目をとめるようにして、どの代理人がどのような仕事をしているのか、弁理士は関与しているのか等を確認しておき、参画してみたい事務所を探してみるのは良いのではないかと思います。判決を読んでいると主張の構築に感銘を受けることが少なくありません。自分もクライアントを勝たせることはもちろんですが、誰かに感銘を与えるような判決に貢献していきたいと思っています。

 

森田 裕 (大野総合法律事務所 パートナー弁理士、博士(医学))

専門分野:医薬、バイオ、化学系特許の権利化、訴訟、ベンチャー支援、知財コンサルなど

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