発明ヒアリングでやっていること

おはようございます。知財実務情報Lab. 専門家チームの森田 裕(大野総合法律事務所 パートナー弁理士、博士(医学))です。

  

特許事務所では、発明の権利化のために、明細書をドラフティングします。発明を正確に理解するためにはヒアリングは不可欠という立場ですので、クライアントが避けたいと希望しない限りはヒアリングをしていますが、発明ヒアリングでは何をするべきなのかは、とても重要な問題ですし、永遠の課題なのかも知れません。

 

筆者は医薬バイオ分野を専門としているので、医薬バイオ分野でのヒアリングに限定されるかも知れませんが、発明ヒアリングでやっていることについて記しておきたいと思います。皆さんがどのようなことをしているのかも知りたいので、もし、ご意見があれば、Twitter等でご意見を頂戴できれば幸いです。

 

 

まず、ヒアリングでは、発明を理解し、特許保護に適した発明を抽出することを目指します。発明を理解するために書面を読み、またはヒアリングするのですが、発明を理解するだけでは、特許に適した発明を抽出したことにはなりません。そこから、特許保護に適した発明を抽出することまでがヒアリングの目標となります。

 

発明提案書は、「発明者が考える発明」を記載した書面であることが多いです。特許保護に適しているのかまでが考慮されている場合もあれば、考慮されていない場合もあるという点に留意が必要です。また、ご自身の実務力が向上するにつれて、どんなに整った発明提案書であっても、それよりも、別の方向の方が好ましいと確信する機会は増えるでしょう。発明提案書の内容を鵜呑みにするのでは、特許保護に限界があるということを理解し、より特許保護に適した発明を抽出するというのがヒアリングにおける使命となります。

 

私は、発明ヒアリングでは、発明者から従来技術と本件発明についてお話を伺います。従来技術が把握されている場合には、従来技術との相違点について詳しくお話を伺い、予め書面から読み取った理解の正しさを確認しています。

 

私は、上記発明の抽出の観点から、ヒアリングをより有効活用するために、いくつかの追加的な対応をしています。これはなさっている方は多いのではないかと思うのですが、なさっていない方もいらっしゃるかも知れないので、その一例を書いてみたいと思います。ヒアリングで行っていることの概要は下記図1に示される通りです。

  

 

図1.本コラムの概要

図1.本コラムの概要

 

 

以下では、図1に沿ってヒアリングで行っていることについて文章で要点を説明したいと思います。

 

ヒアリングの要点

特許では、権利化される発明の記載形式には一定の型が存在しています。したがって、その型に適合するかどうかは、権利化の難易度を左右します。権利化実務に慣れてくると一応の一般的記載形式のフルセットを使いこなせる状態になります。そのため、発明の対応力の柔軟性が養われてくることと思います。しかし、それでも発明は進歩しますし、発明の進歩と共にクレームドラフティングも進歩していますので、型を増やしていく必要があります。例えば、新しい記載形式のヒントを特許を受けた発明を記す特許公報から抽出し、常に最新の記載形式を持っておくようにします。そして、発明を保護に適した記載形式に当てはめます。このようにすることで、まずは、発明に適した型の候補を持っておくことができます。

 
医薬バイオ系では、実験データの不足が、実施可能要件・サポート要件違反の主な原因です。実施可能要件・サポート要件は、クレームの広さ(形)が、発明が効果を奏すると理解できる広さを超える場合に非充足となるため、クレームの型によって、どのようなデータが必要になるのかが変わります。したがって、それぞれのクレームの型の特性(メリット・デメリット)を十分に理解しておくことは前提になりますが、提案するクレームの型により必要データが変わるといこともご理解いただけるでしょう。
 

特許保護に適した型を見出したら、その型に適合するようにデータが得られているかを検討する必要があります。そして、データの過不足があれば、発明者らと共有して、どのような権利を得るためにはどのようなデータが必要なのかを共有することになります。

 
クレームの型とデータ量とが適合するところを見極めて明細書ドラフティングおよびクレームドラフティングをするということになりますので、ヒアリングでは、クレームの型とデータ量とがベストマッチする部分を探索し、クレームの型・必要データを確定するということになります。そして、このような作業を効率化するためにはヒアリングの活用は必須ともいえるでしょう。

 

具体的なフローとしては以下のように進めています。

 

 

第1段階(S1):本件発明を記した書面から発明を把握、書面のみから生じる不明点や疑問点を抽出

S1では、本件発明を記した書面から発明を把握します。この際には、事実は何で、どこからが考察なのかを明確に区別して把握する必要があります。ついでに不明点や疑問点を抽出し、簡潔に質問できるよう整理しておきます。この検討に対応して、ヒアリングでは、図1でH1として示したように、発明を正しく把握できているのかを検証しながら、疑問や不明点を解消していきます。

 
注意事項としては、実験データは、事実と考察の区別がつきにくい部分があります。事実は不変ですが、考察は誤りを含み得ます。明細書は、考察だけに基づくと危険ですので、必ず事実に基づくようにし、また、併せてその事実に基づく合理的な考察(仮説)も示し、発明の完成性を書面上で立証していくことになります。

 

 

第2段階(S2):その分野での最近の特許事例の把握と、必要に応じて権利化の型の更新

S2では、S1で把握した発明に基づいて、当該技術分野の最近の特許事例を調査し、把握します。特許事例を調査するのは、どのようなクレーム記載形式(型)が有効なのかを把握するためです。最近の特許事例を調査するのは、特許可能な記載形式が法制の変化や有利な権利化手法が広まることによって変化(発展)しているためです。

 
余裕があれば、出願経過などを確認し、当初クレームの記載形式から特許に至るまでどのような拒絶があったのかなどを見て、受ける拒絶理由を想定したり、予防線をどのように張るかを検討します。拒絶理由を把握することで、その記載形式(型)のメリット・デメリットの理解に役立ちます。このような作業により、本件発明の権利化された状態をイメージすることができるようになってきます。医薬バイオ系では、発明によって明細書の書き方や構成が全く変わります。S2の作業は、明細書ドラフティングにおいても参考とすることが多く、S2工程は重要です。外国の権利化も含めて検討をすることもできるでしょう。

 

 

第3段階(S3):有用な権利の型の特定と当該型への発明の適合性の検討

S3では、S2により網羅的に把握したクレーム記載形式のうち、本件発明の保護において有効と考えられる型を特定します。また、現状の発明およびデータセットでの当該型への発明の適合性の検討します。

 
具体的には、現在、提示されているデータを考慮して、発明の特許性(新規性・進歩性、サポート要件・実施可能要件等)の観点で、有効と考えられる型への適合性を検討することになります。データの過不足は特許性に照らして検討することとなり、足りていない場合には、権利範囲を調整するか、データを追加することが必要になります。事前に権利範囲の調整のパターンを検討しておくこと、それぞれに必要な追加データを想定しておくことが重要になります。
 

ヒアリングでは、図1のH3に示したように、予め想定された追加データについて、発明者の手持ちデータで対応する余地はありそうか、今後予定される実験の中で得られる可能性はあるのかなどを確認していきます。サポート要件・実施可能要件の判断では、技術常識の把握は重要ですので、技術常識について質問をして理解を深めます。

 

 

第4段階(S4):有用な権利化の型の再設定と当該型への発明の適合性を確保するための追加の実験データ要否の検討

S4は、S3では十分な権利に至らない可能性がある場合や、S3でも十分であるが、よりアグレッシブに出願を強化したい場合に行っています。S4では、S3での議論を踏まえて、さらに目標を変更する形です。S3の議論を踏まえると、より精度高く有用な権利化の型の再設定ができます。再設定した型に対して発明が適合するかどうか、追加データの要否を見極め、これらをさらにヒアリングで議論します。図1のH4に示すように、保護したい範囲と照らしていずれの型が適切かの議論し、必要に応じ、当該型に適合させるための追加実験の提案をします。

 
とはいえ、追加実験が必要ない場合があります。実は、発明提案書に含めていない手持ちデータの中に含まれているといった場合です。このような場合は、労力少なく、発明強化ができます。また、製品開発において取得するべきデータ、論文発表において取得するべきデータなど、特許出願がなくても取得されるデータは、取得の追加負担が少ないために、好まれる傾向があると私は考えています。もちろん、発明が重要な場合には、特許だけのためのデータ取得ということもあり得るので、そこは、提案した上で、クライアントに選んでいただくことにしています。

 
S4では、保護したい広さの希望を新しく把握した場合には、それに添った提案もしながら、その権利化のために何をするかをその場で議論してしまい、ヒアリング中に具体的行動指針に落とし込んでしまいます。

 

ヒアリング終了時には、G1~G3に示すように、(G1)出願時および優先権主張出願時のデータセットがどのようなものとするかの予定を共有し、(G2)目指せる権利範囲の大枠について共通理解を得て、(G3)保護したい範囲との整合性についても共有理解を得ていることが目標となりますので、この点を最後に確認してヒアリングを終了させます。

 

このような一連プロセスを経て、出願時のデータセット、1年以内にする優先権主張出願でのデータセット、これにより確保する権利の目標設定を明確化し、共有することは私の仕事の中では重要な部分です。目的を明確化し、共有すると、皆で特許の意義やそのための仕事の意義を理解した上で、目標に向かって前進できるからです。

 

以上がヒアリングで行っていることの概要です。

 

 

このようにしていると、発明者からの発明ヒアリングに20~30分として、その後のディスカッションに60分程度を確保する必要性は高くなります。あまり長時間になると思考が鈍るので、概ね90分を上限にヒアリング時間を設定し、その中で皆が納得できる重要な方針決定を達成できるかがヒアリングの最大の成果物となると考えています。

 

出願人が事業を実施している場合には、想定している事業形態、ピボットする場合の話、競合の状況などもヒアリングして、それらを考慮して権利化業務のゴールを設定し、そのゴールを達成しうる提案をします。事業の展望などを具体的にヒアリングすることも重要となるため、スタートアップなどの場合には、必ず代表取締役の方に同席していただき、事業と特許の関係を明確にして、意味のある仕事ができるという共通理解を得た上で、出願をすることになります。1回の打合せでは足りないことも多く、丁寧に出願戦略を構築する場合には、何回か打合せを重ねながら、事業と適合する出願の形を構築していくことになります。

 

S3やS4は、発明を出願に馴染む形に加工するプロセスも含み、実務者の実力で大きく成果が変わる部分でもあります。S1で記載したように、ヒアリングの際に、事実は何で、どこからが考察なのかをS1において把握することは重要で、事実を正確に把握することさえできれば、考察(発明の捉え方)を根本的に変えてしまうことによって、発明を出願に馴染む形に変えるドラスティックに加工することも、場合によっては可能になります。

 

事業保護が十分でないような特許には意義はないという立場を私は取っているため、とにかく、十分な可能性を有する案を提案できるまで、試行錯誤を繰り返しています。この試行錯誤の際に、発明者の考察や主張を鵜呑みにして良い場合と良くない場合とがあり、事実と考察を明確に分けて把握しておくことが検討に極めて重要であると考えています。特に、発明の本質について、発明者は発明に着想したプロセスを基準として理解をしているはずですが、特許法上は、発明者が接したこともない先行技術との差を基準として把握されるものですので、この点で、本質の抽出を誤った1つに固めてしまうことにつながり、また、検討の幅が大きく損なわれる点には注意が必要です。この点は、経験のある方は感じられたことが多いのではないかと思います。

 

このプロセスを実施すると、意味の無い状態の出願しかできないことが明らかになることは多々あります。そのような場合には、意味のある状態まで作り込んで出願するために、更なる助言をすることとなります。したがって、なかなか出願ができないことになるのですが、出願を増やすこと自体に意味がある状況でないのであれば、無理に出願する必要はありません。出願を増やすこと自体に意味がある場合には、色々な課題を共有した上で、出願をすればよいでしょう。

 

クライアントによっても対応を変える必要があります。上記のようなことは全く求めていないという場合に、これを押しつけても意味がありません。クライアントの状況に合わせたヒアリングの形を追求する必要があります。場合によっては、ヒアリングしないという方針のクライアントがいるかも知れません。その場合にはその限度で対応することが求められます。

 

但し、基本的には、特許制度はあらゆる発明に馴染むように作られておらず、特許制度における限定的保護に適した発明しか有効に保護することはできません。したがって、良い出願をしようとすると、発明を特許制度に馴染むように大加工することが求められる場合があり(多く)、その大加工のためには発明書面には出てこない情報を抽出して活用することが不可欠であり、ヒアリングを欠くことは困難であることが多いように思われます。この観点から、明細書ドラフティングの際にヒアリングをすることは強く推奨されると個人的には考えています。

 

保護手法を多様に用意できないで発明を否定してしまうというケースも散見されますが、否定されるのは必ずしも発明ではないように思われます。特許の実務力でカバーされる場合も少なくないので、常に最新の実務を含めた多様な引き出しを準備しておき、対応の幅を広げておくことが重要です。対応の幅が広がるからこそ、意義ある特許(もっと言えば、インパクトのある特許)の作り込み可能性が高まるのです。

 

発明ヒアリングは、私の中でもまだ発展途上であり、ゴールのない永遠の課題であるように思います。この記事が皆さんの今後の実務の発展に少しでも資することがあればと願うばかりですが、もし、有効な別の手法などについて教えていただける方がいらっしゃったら情報交換をしましょう。

 

森田 裕 (大野総合法律事務所 パートナー弁理士、博士(医学))

専門分野:医薬、バイオ、化学系特許の権利化、訴訟、ベンチャー支援、知財コンサルなど

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大野総合法律事務所:https://www.oslaw.org/