知財的観点から知財保護に適した事業形態を構築してみよう 

おはようございます。知財実務情報Lab. 専門家チームの森田 裕です。

前回、特許出願をするときにもっとも考えて欲しいこととして、ビジネスプランとその収益性の検討が重要であると述べました。特許は、収益性の高いビジネスに向けて取得すると価値が高まり易いためです。

 

今回は、知財保護に適したビジネス構築のお話です。このようなビジネス構築を知財専門家が支援するということもまた、重要かもしれないというお話をしたいと思います。

 

事業形態によって、特許保護やノウハウ保護に適したものと適しないものとがあるということは、皆さんも感じていらっしゃるのではないかと思います。そうなのです。下記表1に示すように、特許保護に適した事業形態C、ノウハウ保護に適した事業形態B、特許とノウハウ保護の両方に適した事業形態A、いずれにも適しない事業形態と様々な事業形態Dがあるのです。

 

  

 

 

事業を構築する際に、知財的観点から事業構築のお手伝いをし、事業を知財保護に適した形態に導くことは有益であるように思えます。そして、ここに知財専門家の新しい活躍の場があるように思われるのです。

 

一つ、知財的観点から筆者が(勝手に⁉)感心したビジネス構築の事例をご紹介したいと思います。

がんの治療分野において、画期的な新しい治療法が開発されました。キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)を用いたがんの治療法です。かなり古くから概念としては存在していた技術なのですが、実用化には大変長い年月を費やし、最近になってこの技術を利用した医薬品キムリア®が上市されたり、CAR-T細胞を開発したKite PharmaがGilead ScienceにUSD11.9B(約1兆3千億円)で買収されるなど世界を賑わせている注目技術です。

 

この技術は、がん患者自身の免疫細胞を取り出して、その免疫細胞を体外で加工してがんを標的化する分子を発現させて、その患者に戻すという治療法です。がんを標的化する分子を発現した免疫細胞は、がんに集まり、がんを殺傷することができ、これによりがんを治療しようという技術です。患者から取得した免疫細胞を用いるので移植後に無差別に自己の細胞を破壊するような副作用がないと期待されています。

 

事業形態の構築に関して、現在では、病院で患者自身から取得した免疫細胞を、細胞加工センターに移送し、細胞加工センターでその細胞に対してがんに結合するためのキメラ抗原受容体分子を発現させる加工をして、CAR-T細胞を得て、これを病院に戻して病院で上記の患者に投与するという事業形態(下記図2参照)でこの治療法が提供されています。

 

これに対して、ビジネスの作り方として、CAR-T細胞加工キットを病院に販売し、病院で患者から取り出した細胞を加工して患者に投与する病院完結型の事業形態(下記図1参照)が採用されなかったことにはいくつかの重要な理由があると考えられます。

 

 

1つ目は、CAR-T細胞の品質管理の観点です。病院でもしCAR-T細胞を製造するスキームの場合には、病院で「誰でも」安定して加工できる技術として加工キットをする必要があり、キット開発の難易度が高まります。

 

2つ目は、ノウハウ保護の観点です。加工技術上のノウハウを保護することが困難になると考えられます。加工キットを真似されるなどノウハウ保護が難しければ、参入障壁が弱く、特許回避・特許切れによって模倣が生じやすくなると考えられます。

 

3つ目は特許保護有効性と薬価の観点です。病院内で細胞が加工されて患者に投与するときに、医薬有効成分(最も経済的価値の高い物)は病院内で生まれて病院内で消費されることになり、市場に流通することがありません。そのような市場に流通しない物に対して特許を取得する意義があるのかといった問題も生じそうです。仮に特許を取得したとしても病院に対して権利行使できるのか?といった問題がつきまとうためです。そうすると、市場に流通する物、具体的には図1に示される細胞を加工するためのツール(CAR発現用ベクター)が特許保護の対象になるかも知れませんが、加工技術料が乗っからない分だけ細胞医薬よりも薬価が安くなるかも知れません。

 

さらなる別の観点としては、細胞加工に特定のノウハウが必要であるとか、品質管理が困難である場合、治療が広まらず、熟練した医師や技術者を抱える特定の病院でしか実施できないなど、スケールするビジネスにはなりにくくなるといった問題も生じるでしょう。

 

このように、自家細胞を病院内で加工して病院内完結型の治療形態を構築するビジネスには様々な問題点と障壁があるように思われてなりません。

 

これに対して、現在採用されているような細胞加工センターで加工するスキームが採用されています(下記図2参照)。

 

 

加工センターに訓練された技術部門を設置すれば、品質管理は容易となる上に、ノウハウ保護も可能になると思われます。

 

加工センターから病院に送る際に製品としての品質管理をして、一定品質未満のものを破棄するなどすることで品質管理が可能です(図2②参照)。品質管理基準も自分達のよりハイレベルな基準を作れるかも知れません。この際に、製法に関しては、ノウハウ保護が可能となり、製造技術を細胞加工センターから外に出さないように制御することができます。

 

また、製法の特許をさらに活用して製法をノウハウと組み合わせて重層的に保護してもよいでしょう(図2③参照)。

そのうえ、流通するのは医薬有効成分である細胞になるために、高い薬価を期待することができます。

また、流通するのが細胞であるため、これまでの細胞保護のための全ての特許戦略をそのまま活用することができるようになります(図2①)。

 

このように、病院外に加工センターを設置し、そこで細胞を加工して、病院に戻すというスキームとするだけで、ノウハウ保護の問題、特許取得および権利行使の問題、薬価の問題、開発の困難性の問題などが一気に解決すると考えられます。

 

このように事業形態の設計によっては、特許保護やノウハウ保護などの知財保護が困難になったり、スケールしないビジネスになったりしますが、これを少し変えるだけで、知財保護の観点で有利となり、スケールするビジネスに変わるというようなことは十分に考えられることなのです。

 

特に、イノベーティブな産業分野では、まだ誰も成立させたことのないビジネスの確立に向けて開発を進めていることも多いでしょう。このような場合には、成功した前例がないことも多く、ゼロベースで新しい事業形態を構築することも必要になります。

 

知財専門家に期待される機能として、今までは出願をするということがその中心的機能であったかも知れません。しかし、新しいビジネスが創出される現代においては、ビジネスの構築の仕方に対しても、知財専門家ならではの関与ができる可能性が拓けているのではないかと考えられるのです。

 

収益性の高いビジネスを守る知財戦略を考えると共に、知財戦略による保護に適した高収益ビジネスを考えるというのも、おそらく今後の知財専門家が力を発揮できる領域です。ビジネスとの関係で専門家としての知財実務能力を発揮するのは重要かも知れません。

 

まだまだ夢物語かも知れませんが、このような新しい道を切り開く様々な知財専門家が誕生し、イノベーションによる社会の変革を力強く支える未来がくるとよいですね。

  

森田 裕 (大野総合法律事務所 パートナー弁理士、博士(医学))

専門分野:医薬、バイオ、化学系特許の権利化、訴訟、ベンチャー支援、知財コンサルなど

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