ベトナムの特許の保護・留意点(アセアン内で経済好調!)

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

「ベトナム」は、東南アジア(アセアン)においてタイ、インドネシアに次いで日系企業の海外進出が多く、日系企業の注目度が高い国となっています。

 

また、新型コロナウイルスの影響を極力抑え、2020年度に東南アジアの中で唯一、実質GDP成長率(+2.9%)がプラス成長した国でした。新型コロナの影響を受けながらもベトナム経済は好調であり、2022年度では実質GDP成長率7.0%と予想されています。

  

今回は、東南アジアのうち、「ベトナム」の特許に焦点を当てて、
(1)ベトナムへの特許(意匠、商標)出願状況、
(2)ベトナムでの特許出願の権利化期間、特許出願の権利化を早める方法、
(3)ベトナムで特許出願するにあたっての留意点
について説明したいと思います。

上記(3)の留意点では、主として日本の特許制度と異なる点をご説明したいと思います。 また、
(4)2023年1月に施行された知的財産法の改正内容(国際的な協定合意、知財権の執行手続の効率化等を目的とした内容)についても触れたいと思います。

 

 

1.特許、意匠、商標の出願状況

まずは、ベトナムでの特許、意匠、商標の出願件数について確認してみましょう。下記の円グラフは、出願人の居住国で分けた出願件数(2020年)を示しています。

 

「ベトナムの特許出願状況」

 

 

 

「特許出願」については、日本が最も多く出願しており(2018年、2019年も同様)、次いで中国、韓国の出願件数が多くなっています

 
具体的には、日本からは本田グループ(全体5位:121件)、日東電工グループ(全体10位:58件)、日本製鉄グループ(全体11位:55件)が上位を占めています。一方で、全体としては、中国のHUAWAIグループ(全体1位)が484件と圧倒的な出願件数を誇り、次いで韓国のSAMSUNGグループ(全体2位:149件)、韓国のLGグループ(全体3位:141件)と続きます。

 
他のアセアン諸国との比較において、ベトナムの「特許出願件数」は、シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシアに続きアセアン5番目に多く、「意匠出願件数」は、タイに続きアセアン2番目となっています。特許の出願件数は緩やかに上昇しており、前年比2%程度の増加となっています(なお、実用新案は581件(2020年)で前年比13%程度の増加です)。

 

このように「特許」、「意匠」について、日本のほか、中国、韓国による出願件数が伸びてきており、中国企業、韓国企業による対ベトナム投資が増えていることと相関関係がありそうです。

 

 

2.特許出願の権利期間、権利化を早める方法

次に、下記のグラフは、ベトナムを含むアセアン主要6カ国での特許の「出願から権利化までの平均期間(2016-2021年)」の統計を示しています。グラフの縦軸は、「出願~登録までに要した年数」を示しています。

 

「アセアン主要6カ国の特許の権利化期間」

 

 

アセアン主要6カ国で比較すると、2021年実績においてインドネシア(平均3.2年)シンガポール(平均4.6年)で早く権利化される傾向があり、次いでベトナム(平均5.0年)が早く権利化されるようです。インドネシア、ベトナムでは、順調に権利化までの期間が短縮していることが分かります。

 
なお、上記データは、あくまで出願から審査請求を経て登録されるまでの期間であり、審査請求から登録までの審査期間ではない点、ご留意ください。

 

 

続いて、下記のグラフは、ベトナムにおいて技術分野を「無機材料」、「有機・バイオ・医薬」、「化学工学」、「機械工学」、「機器」「電気工学」の6分野に分けたときの特許の「出願から権利化までの平均期間」の統計を示しています。グラフの横軸は、「出願~登録までに要した年数」を示し、グラフの縦軸は「登録された年」を示しています。

 

「ベトナムの特許の権利化期間(技術分野ごと)」

 

 

上記グラフによれば、2021年実績において最も権利化期間が早い技術分野が「機械工学(平均4.7年)」最も権利機化期間が長い技術分野が「有機・バイオ・医薬(平均5.6年)」となっています。

 
ベトナムにおいて以前は、特に「化学分野」において権利期間が長期化する傾向がありましたが、どの技術分野においても権利化期間が順調に短縮しています。なお、ジェトロ調査によれば、審査請求日からFA(First Action)通知日までの審査期間は「平均3.0年」との報告がなされています。

  

そうはいっても、ベトナムでの特許出願の権利化までの期間は決して早いとは言えないところ、特許出願をした場合に権利化を早める方法として、特許出願人ができる措置としては、PPH(日ベトナム特許審査ハイウェイ)を活用する方法があります。
 

「PPH」は、各特許庁間の取り決めに基づき、第1庁(先行庁)で特許可能と判断された発明を有する出願について、出願人の申請により、第2庁(後続庁)において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする制度です。日本特許庁とベトナム知財局は、このPPHを2016年4月より実施しており、年間の受入件数を上限200件としています。

 

 
PPHでは、「第2庁になされた特許出願の全ての請求項が、第1庁になされた特許出願の特許可能と判断された請求項のいずれかと十分に対応していること」などの要件が課されるものの、ベトナムでは、かなりの権利化期間の短縮が期待できます。

 
具体的には、PPH申請をした出願案件については、PPH申請日から審査官によるFAの通知日まで「全体平均8.7カ月」というスピードで審査がなされています(通常は「全体平均3.0年」)。また、既にPPH申請された出願案件全体のうち、94%の案件が特許となっているようです。

 
なお、PPHを利用できない場合には、5大特許庁の審査結果を利用した「いわゆる修正実体審査」を利用している企業が多いようです。

 

 

3.ベトナムで特許出願する上での留意点

次に、ベトナムへの特許出願、権利化にあたって、主として日本の特許制度と異なる点(留意点)を挙げたいと思います。

 

① 第1国出願義務がある。

ベトナムには、米国、中国のように「第1国出願義務(その国で完成した発明等を外国に特許出願する前に、最初にその国に出願することが義務付けられる制度)」があります。

 

そのため、ベトナムを拠点として、あるいはベトナムの企業・大学等との共同によって研究・開発を行う場合には、「ベトナム人又はベトナム企業に帰属する発明については、発明された場所を問わず、第1国出願義務の対象となること」に留意する必要があります。詳しくは、過去の記事もご参照ください。

なお、当該制度は、ベトナムのほかシンガポール、マレーシアにもあります。

 

② 保護対象に用途発明は含まれない。

ベトナムでは、「発明の保護対象」に用途発明(医薬用途発明)が含まれません。これは、2018年1月15日付で施行された通達16/2016/TT-BKHCNにより「ベトナム特許規則」が改正され、「用途発明」は特許適格性を有しない(特許として認められない)ことが明確化されました(従来は基準が曖昧な運用がなされていました)。

 

つまりは、公知物質の新たな用途(医薬用途)は発明の本質的な特徴として考慮されないため、ベトナムでは用途発明(用途特許)ではなく、物質発明(物質特許)として特許の権利化を目指す必要があります。

 

アセアンにおいて「発明の保護対象」に用途発明(医薬用途発明)を認めていない(基本的に認めていない)国としては、ベトナムのほか、インドネシアタイがあります。インドネシアでは、特許法に特許を受けることができない発明として用途発明が挙げられています。タイでは、用途発明の保護について明確な規定はないところ、現地NGO団体からの強い反対もあって特に医薬用途発明は特許として認められない傾向があります。

 

 

③ 特許出願、特許のベトナム翻訳の質に注意

ベトナム、インドネシア、タイにおいて、今後、日系企業が特許権に基づいて権利行使を図ることが増えると予想されるところ、特許クレームの誤訳により権利行使ができないといった問題が顕在化する可能性があります。

 

特に、ベトナムタイにおいては特許後に誤訳を発見した場合であっても訂正の機会がないため(インドネシアでも特許謄本送達後3カ月以内しか訂正する機会がない)、特許クレームの誤訳は致命的になります。

ジェトロ調査によれば、誤訳の類型として、現地翻訳者による意訳日本語特有の語彙・構成順序に起因する翻訳ミスなどが多いとあります。

 

現状は、特許翻訳に精通した現地翻訳者を探すことはなかなか難しく、誤訳が生じ難い構成要素の記載方法を心がける必要があります。あるいは、重要な案件であれば、「現地代理人のダブルチェック」、「ベトナム語特許クレームから英語特許クレームに逆翻訳」を依頼するなどの対応が望まれます。

 

誤訳の類型、誤訳を防ぐ留意事項について、詳細はジェトロ調査報告書の概要「タイ、ベトナム、インドネシアにおける翻訳の質調査」が大変参考になります。

 

 

④ その他

ベトナムでは、現状、「意匠」について日本のような「部分意匠制度」、「秘密意匠制度」、「関連意匠制度」はありません。

 

他方で、「部分意匠制度」、「秘密意匠制度」の導入に向けた法改正がなされています。詳細は、後述の改正内容をご確認ください。

 

また、「関連意匠制度」はないものの、ベトナムでは原則一意匠一出願であるところ、単一の共通独創性を有するなど「単一性に係る所定の条件」を満たす場合には「一の出願に複数の意匠を含ませて出願すること」が可能となっています(ベトナム知財法第101条、通達16/2016/TT-BKHCN)。

 

 

4.ベトナム知財法の改正内容

最後に、2023年1月1日より施行されている知的財産法(特許、意匠、商標が含まれる)の改正内容についても簡単に触れたいと思います。

 
同改正内容によれば、「特許」について、①「拡大先願規定の導入」、②「秘密特許・安全保障管理規定(第一国出願義務)の範囲の明確化」、③「特許付与前の異議申立規定の導入」等がなされています。

 
また、「意匠」について、①「意匠の定義の変更」、②「出願人の申立による公開遅延制度の導入(出願日から最長7カ月)」等がなされています。①意匠の定義の変更として「意匠とは、形状、線、寸法、色彩又はそれらの組み合わせにより表され、製品又は『複合製品に組み立てられる組立部品』の外観であって、『製品又は複合製品の使用状態において見ることができる』外観である。」に変更され、部分意匠の保護に向けた定義変更がなされました。

 
また、「商標」について、①「音商標(図形的に表現可能な音商標)の保護追加」、②「悪意による商標出願に対する無効理由追加」がなされています。

 

今回の法改正は、国際的な合意(EUベトナム間自由貿易協定やCPTPP など)との整合を主目的としたものとなっています。例えばタイと比較すると、ベトナムでは柔軟に知財法の改正、規則やガイドラインの改正がなされる印象をもっています。

 

 

5.まとめ

以上、「ベトナム」の特許について、(1)特許の出願状況、(2)技術分野ごとに分けた出願から権利化まで期間(権利化期間)、(3)特許出願した場合の権利化を早める方法を説明するとともに、(4)タイ政府の取り組みでもある特許法改正の内容についても触れました。

 
東南アジアにおいて「ベトナム」は日系企業が多く海外進出している国であり、新型コロナウイルスの影響を抑えて経済好調を維持しています。また、魅力的な人口(労働力人口の豊富さ)、比較的安価な労働力といったマーケット状況からも今後の成長、投資が期待される国の一つと言えます。知財制度の整備も柔軟になされています。

 

今回の知財情報がベトナムの知財実務においてご参考になればと思います。

 

なお、ジェトロHPに「アセアンの産業財産権データベースから得られる特許及び実用新案の統計情報2021」、新興国等知財データバンクHPに「ベトナムにおける知的財産に関する各種の手続や法律等の情報」、日本特許庁HPに「アセアン各国の知財政策及びIP5等からの知財協力の現状に関する調査研究」が挙げられています。こちらもご参考にしてください。

    

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/