特許出願をするか否かの判断と、進歩性

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田村良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)です。

 

一般的に、ある発明について特許出願をするか否かを判断する際に、事業の収益性や顕現性等とともに、その発明の特許性が考慮されるかと思います。特許性については、発明が新規性を有するものであれば、あとは、進歩性を有するかどうかが、主な問題となります。

 

今回は、特許出願をするか否かの判断において、進歩性とどのように向き合うかについてのお話です。

 

 

 

 

特許庁が公表している特許・実用新案審査基準の第III部 第2章 第2節 進歩性には、以下のような記載があります。

 

審査官は、先行技術の中から、論理付けに最も適した一の引用発明を選んで主引用発明とし、以下の(1)から(4)までの手順により、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に到達する論理付けができるか否かを判断する。

 

(1) 審査官は、請求項に係る発明と主引用発明との間の相違点に関し、進歩性が否定される方向に働く要素(3.1参照)に係る諸事情に基づき、他の引用発明(以下この章において「副引用発明」という。)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるか否かを判断する。

(2) 上記(1)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。

(3) 上記(1)に基づき、論理付けができると判断した場合は、審査官は、進歩性が肯定される方向に働く要素(3.2参照)に係る諸事情も含めて総合的に評価した上で論理付けができるか否かを判断する。

(4) 上記(3)に基づき、論理付けができないと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していると判断する。

上記(3)に基づき、論理付けができたと判断した場合は、審査官は、請求項に係る発明が進歩性を有していないと判断する。

 

 

審査官は、まず、進歩性が否定される方向に働く要素に基づいて、引用発明から請求項に係る発明に容易に到達することの論理付けができるかの判断を行います。進歩性が否定される方向に働く要素には、例えば、技術分野の関連性、課題の共通性などの主引用発明に副引用発明を適用する動機付け、主引用発明からの設計変更等、先行技術の単なる寄せ集め、などがあります。

 

論理付けができない、と判断された場合、この発明は進歩性を有する、との結論に至ります。一方、論理付けができる、と判断された場合、次は、進歩性が否定される方向に働く要素だけでなく、進歩性が肯定される方向に働く要素(例えば、有利な効果)も含めて、論理付けができるか否かの総合的な判断が行われます。

 

このことから分かることは、進歩性が肯定される方向に働く要素について考慮されることなく(つまり、発明の「有利な効果」について考慮されることなく)、進歩性を有すると判断される場合がある、ということです。

 

極端な話、「有利な効果」がなくても、論理付けができなければ、特許になることがあります。

 

特許出願をするか否かの判断についての話に戻します。

 

発明について検討をした結果、「進歩性がなさそうだから、特許出願をあきらめる」といったケースがあるかと思います。この判断のときに、「先行技術と比べて、発明の有利な効果が低そうだから、特許出願をあきらめる」となっていませんでしょうか。

 

「有利な効果」が低くても、その発明が特許になる可能性はあるわけですから、「発明の有利な効果が低そうだから、特許出願をあきらめる」という判断は、特許になるだろうものを、出願もせずにあきらめてしまっている、ということかもしれません。

 

先行技術と比べて「有利な効果」が高くない発明であっても、中には、ビジネスにおける競争優位性を確保できるような特許になることもあります。ですから、「有利な効果」が低いものであっても、他社に対して競争優位性を確保できるものであれば、権利化にチャレンジする、という考え方もできるように思います。

 

ここで、ご存知の方も多いかと思いますが、以前、twitterで話題になりました、特許第7091404号(発明の名称:紫式部ジャム)をご紹介します。下記が、特許が認められた請求項です。

 

【請求項1】

美容と健康と頭に良い紫式部ジャム。

 

ムラサキシキブの英名はJapanese beautyberryのようですから、ベリーの1品種でしょうか。ムラサキシキブが美容と健康に良いことは、従来知られていましたが、美味しいものではなく、食用とはされていなかったようです。

 

この発明は、ベリーの1品種のムラサキシキブをジャムにしたものですから、出願時の技術水準から当業者が予測することができない程の優れた効果があるわけでもなさそうです。

 

J-PlatPatにて経過情報を見ると、美味しくなく食用でもないベリーを用いた、という独自の発想が、進歩性が認められたポイントと言えそうです。予測することができない程の効果がなくても、特許が認められた1つの例ですね。

 

特許出願をするか否かの検討をする際に、有利な効果が高くないと判断されるだろうから、という理由で特許出願をあきらめるのは、もったいないですよ、というお話でした。

 

田村 良介(弁理士、ライトハウス国際特許事務所)

専門分野:特許の権利化実務(主に、化学、ソフトウェア)

  note

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