侵害予防調査について ⑥侵害予防調査のポイント(中編)

こんにちは、知財実務情報Lab.専門家チーム角渕由英(弁理士・博士(理学)、特許検索競技大会最優秀賞)です。

 

連載として侵害予防調査について説明をしています。

 

前回は「侵害予防調査のポイント(前編)」として、(1)依頼者からのヒアリング、(2)開発初期からの段階的な調査、(3)調査の観点と優先度について述べました。

 

今回は、「侵害予防調査のポイント(中編)」として、(4)リスクに応じた調査範囲の設定と、(5)侵害予防調査におけるカバー率について説明をします。

 

  

(4)リスクに応じた調査範囲の設定

リスクの高さに応じて、調査観点の優先順位を決定する際には、自社の業界における立ち位置(新規参入であるのか、独占的な地位を築いているのか)、製品のライフサイクル(極端に短い製品か、ロングセラーになり得る製品か)、古い技術(自由実施技術)であるのか最新技術なのか、枯れた技術の組み合わせなのか、ホットな技術なのか(技術の流れ)、競争の激しさや業界の動向などを総合的に検討し、存在し得る「権利範囲」を想定する必要があります。

 
このとき、調査結果を得るまでの日程や調査コストが制限事項として考慮されるでしょう。時間や費用は有限であるためです。

 

通常、特許権の存続期間は出願から20年であり、意外な権利(基本特許やシンプルな特許)が残存している可能性も念頭に検討を行います。

 
また、特許保証については、安心は禁物であり、製品の売り(セールスポイント)となる構成(コア技術)については、徹底的に調査を行わなければならないでしょう。

 
調査範囲の設定には、様々な要素を総合的に考慮し、経験と勘も最大限に働かせて調査観点の取捨選択をする「決断力」が重要となります。

 
侵害予防調査における検索式の基本原則は、広く漏れがない網羅的な検索式であることです(つまり、再現率を重視します)。

 
再現率を重視する理由は、1件でも懸案となる権利が調査範囲から漏れたり、見落としてしまったりするとリスクの把握という観点から致命的な結果を招いてしまう可能性があるためです。

 

 

 

基本的には、キーワード(KW)を用いたテキスト検索よりも特許分類(FIやFターム(FT)など)を用いた検索を優先するとよいでしょう。

 
キーワードで拾うことができない記載や概念は、特許分類を用いることで検索漏れを防止できます。

 
しかし、特許分類は、対象となる文献に付与されていないと検索してもヒットしません。したがって、分類付与のブレ・漏れを考慮して適切な情報のみを抽出することも大切です(つまり、適合率も重視することになります)。

 
また、特許分類を用いずに、キーワード(テキスト)のみの式も作成しましょう。このとき、同義語や類義語(シソーラス)をカバーしつつノイズを抑えるバランス感覚がポイントとなります。

 

そして、リスクに応じて検索範囲を調整します。
 

検索に用いる特許分類とキーワードについてもリスクに応じて上位概念と下位概念を適宜調整します。
 

闇雲に検索式を拡張してしまうと、見落としの可能性も増え、米国等においては故意侵害のリスクも発生し得るため、注意が必要となります。

 

 

(5)侵害予防調査におけるカバー率

侵害予防調査におけるカバー率は、どの程度であることが適切であるか、明確な基準を定めることは難しいでしょう。

 

まず、前提としてカバー率100%の完璧な調査を行ってリスクを0%にすることは不可能です。そのような条件の下、費やすことができるコストの範囲内でカバー率を可能な限り高くすることが求められます。

 

 

 

低カバー率(例えば、数十~100件)であり、明らかに調査対象の件数が少ない場合には、コンプライアンスの観点から好ましいとは言えないでしょう。
 

また、高カバー率(数千~1万件)である場合、必要なコスト(費用と時間)が膨大なものとなり、コストパフォーマンスで劣り、見逃しが生じてしまうリスクもあります。
 

重要度が極めて高く、リスクを可能な限り低くしたい場合には、高カバー率となるまで調査を行う必要があるかもしれません。
 

しかし、通常の侵害予防調査では、コストとカバー率のバランスが取れた調査設計をすることが一般的です。
 

ここでの調査設計は、①調査観点を適切に設定した上で、②再現率と適合率の両方を効果的に向上させた網羅的でノイズの少ない、小集合を多く足し合わせた検索式を作成することになります。

 

 

特許調査の種類と工数(件数、期間、再現率、適合率)についての推定によれば、以下の図に示すように、先行技術調査の工数(<100件、数時間、30~50%、>50%)や、無効資料調査の工数(500~2000件、1~2週間、50~95%、10~30%)に対して、R→D移行の侵害予防調査(権利調査)の工数は、数千~数万件、~2週間、85~98%、<10%であるとされているように、再現率が重視されて比較的多い件数をスクリーニングすることが必要となることもあるでしょう。

 

 

次回は、「侵害予防調査のポイント(後編)」について述べようと思います。

 

角渕先生からのお知らせ

日本テレビのドラマ「それってパクリじゃないですか?」の第3話で芳根京子さんが演じる知財部員が読んでいた、私が侵害予防調査について執筆した書籍、「改訂版 侵害予防調査と無効資料調査のノウハウ~特許調査のセオリー~」が、一般財団法人経済産業調査会から発行されています。詳細はこちらからご確認ください。

 

角渕 由英(弁理士・博士(理学))

専門分野:特許調査、特許権利化実務(化学/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)

  note

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/