
こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。
このたび、進歩性実務に関する書籍『特許実務のための進歩性のすべて』を共著で出版しました。
本書では、進歩性に関する論点を体系的に整理し、関連する審査ハンドブック事例、裁判例、意見書での基本的な主張パターンなどを紹介しています。
せっかくの機会ですので、今回は本書の内容にも関連して、「審査官に刺さる進歩性主張とは何か?」というテーマで、進歩性主張の全体像を改めて整理してみたいと思います。
一番意識すべきことは、審査官も人間であり、限られた時間で意見書を読んで判断しているということです。 意見書は、論理的に正しいだけでは足りません。言うべきことを構造的に整理し、相手に伝わるように書く。当たり前のようでいて、ここがおろそかになると、せっかくの主張も届かないものだと感じています。この観点から、進歩性主張を眺めていきます。
日本弁理士会の実務修習および日本弁理士会の育成塾で講師を担当されている谷 和紘 先生に、特許明細書の作成方法について教えて頂きます。
明細書作成における生成AIの利用についても教えて頂けます。
「おおむね一人前の弁理士に近いレベルに到達できる」程度までの内容ですので、企業知財部や特許事務所に所属している初中級者の方には最適だろうと思います。
詳細は以下をクリックして開くページからご確認ください。
1.まず「どの論点で主張するか」を切り分ける
進歩性の拒絶理由は、ぱっと見ると一かたまりの文章ですが、実際には複数の判断ステップの積み重ねでできています。意見書を書く前に、まずこのステップを分解し、自分がどこを争うのかを決めておくとよいです(慣れてくれば無意識にやっていることだと思います)。
進歩性判断のおおまかな流れは、次のように分解できます。

この流れのどこに弱点があるかで、打つべき手が変わります。
事実認定を争う
- 本願発明・引用発明の認定を争う(用語の解釈、引用発明の認定の誤り、上位概念化など)→ 論理付けの土台となる認定がひっくり返れば、有効な反論になる。
- 相違点の認定を争う(実は相違点がもっとある、審査官が相違点を見落としている)→ 相違点が増えれば、進歩性を否定するハードルが上がる。
容易想到性の評価を争う
- 設計事項ではないと主張する
- 動機付けがないと主張する
- 阻害要因があると主張する
- 予測できない顕著な効果を主張する
ここで大事なのは、論点すべてを無理に主張しないことです。「苦しいけど一応反論しておくか…」という気持ちで意見書を書いても、なかなか審査官に刺さる反論にはなりません。むしろ、弱い論点まで並べると、本当に見てほしい論点が埋もれてしまうこともあります。
以前の記事「進歩性主張のために複数の反論を組み合わせるべきか?」で、複数論点を組み合わせると進歩性が認められやすくなるのかを統計的に調べてみましたが、提示した論点数と反論成功率との間には相関が認められませんでした。
2.意見書では主張の「構造」を伝える
争点を切り分けたら、次はそれを審査官に伝わる形で書きます。
審査官は、毎日複数件の審査をするのが普通だと聞きます。まして意見書が提出された2回目以降の審査は、新規案件の審査の合間に処理することも少なくないでしょう。
そうすると、「こっちの主張が正しければ、長い意見書でも時間をかけて全部読んでくれるはず!」と考えるのは楽観的すぎるかもしれません。
多忙な審査官を効果的に説得するためには、
- 何を争点にしているのか
- その争点について、こちらの主張の根拠は何か
がぱっと見で伝わる意見書が効果的です。
具体的には、争点ごとに「(1)引用文献1に記載の発明の認定が誤っていること」「(2)相違点Aは設計事項ではないこと」「(3)引用文献1および2を組み合わせる動機付けがないこと」のように見出しを立て、見出し自体に主張の結論を書くのがお勧めです。
こうすると、審査官は見出しを拾い読みするだけで意見書の骨格を掴むことができ、こちらの言いたいことが伝わらない可能性は激減します。
審査官も人間なので、意見書では、論理の正しさと同じくらい、読み手の負担を下げる伝え方も大事だと思います。
3.事実認定は正面から、評価は慎重に
進歩性主張では、「事実認定」と「容易想到性の評価」とを分けて考えることも重要です。
引用発明の内容や本願発明との相違点は、基本的には事実認定の問題です。
これに対して、相違点が設計事項か、引用発明を組み合わせる動機付けがあるか、阻害要因があるか、顕著な効果によって進歩性を認めるか、といった論点は、最終的には評価の問題です。
(1)事実認定には正面から反論する
事実認定の誤りの主張は、認められれば審査官の論理付けの前提が崩れるので、拒絶理由の解消に非常に有効です。
審査官の事実認定が誤っている場合は、引用文献の具体的記載を根拠として示しながら、拒絶理由通知に記載されたどの認定が誤りなのかを正面から説明すればよいと思います。
なお、引用発明の認定については、以前の記事「引用発明の認定の誤りをパターン化してみた」でも、典型的な反論パターンを整理しました。
(2)評価への反論は慎重に
一方、容易想到性の評価(設計事項、動機付け、阻害要因、効果など)は、個々の審査官の心証や事案の見方によるところが大きい論点です。そして、審査官も人間である以上、一度形成された心証はそう簡単には覆りません。
正直、容易想到性の評価については、こちらがどれだけ丁寧に反論しても、審査官と議論が平行線になることはあります。 このため、評価への反論は、
- まずゼロベースで直感的に評価してみる(設計事項か? 引用発明を組み合わせようとするか? 特許に値する顕著な効果があるか?)
- その結果、審査官の評価が妥当でないと思ったら、論点ごとに丁寧な主張をして慎重に説得力を積み上げていく
という順番で検討するのがお勧めです。ゼロベースの評価で厳しいと感じた場合は、そのまま反論を作っても、なかなか説得的な主張にはなりません。
反論だけで押しきれないと感じたら、クレームの補正も検討したいところです。たとえば権利範囲をほとんど狭めなくても動機付けを弱めるような補正は可能です。
意見書で粘るか、補正で土俵を変えるか、その見極めも容易想到性の評価への対応の一部です。
4.まとめ
今回は、「審査官に刺さる進歩性主張とはどのようなものか?」というテーマで、進歩性主張の全体像を整理してみました。
進歩性は、特許実務の中でも判断が難しい要件ですが、論点を分けて考えることで「どこで争うべきか」はかなり見えやすくなりますし、上記のとおり「どこで争いたいか」を審査官に対して明示的に提示することが大事です。
より詳細なポイントについては、引き続き実務記事で紹介していきますし、冒頭で紹介した『特許実務のための進歩性のすべて』でも、判断フローに沿った各論点を整理して解説しています。
もしご興味があれば、進歩性欠如の審査対応における手引きとしてご活用いただければ幸いです。

田中 研二(弁理士)
専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟

