【CAFC判例紹介】不公正行為における欺く意図の立証と略式判決の限界

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの竹内 茂樹 (カリフォルニア州弁護士・パテントエージェント・弁理士、Kim and Stewart LLP)です。

 

今回はGlobal Tubing LLC v. Tenaris Coiled Tubes LLC事件(CAFC判例)について解説したいと思います。

 

  

事件名:Global Tubing LLC v. Tenaris Coiled Tubes LLC (判決文原文)

事件番号:2023-1882, 2023-1883(2026年2月26日判決)(Precedential)担当判事:Taranto, Hughes, Stark判事(執筆:Stark判事)

 

解説

USPTOに対する先行技術文献の非開示を理由とする不公正行為(Inequitable Conduct)について、地裁が略式判決を認めた事案ですが、CAFCは、発明者の欺く意図および非開示文献の重要性(materiality)のいずれについても事実に関する真正な争い(genuine dispute of material fact)があるとして、略式判決を取り消し、差し戻しました。Walker Process詐欺(米国反トラスト法(シャーマン法第2条)に基づき、詐欺的に取得した特許を利用した独占化の企てを主張するもの)の請求についても、同様に略式判決が取り消されています。Therasense判決以降、不公正行為の立証のハードルが高いことを改めて示した判決です。

 

事実/背景

本件の技術分野は、石油や天然ガスを採掘するための井戸で使用されるコイルドチュービング(可撓性の金属管をリールに巻いたもの)です。1990年代にSouthwestern Pipe社が「焼入れ・焼戻し」方式により「CYMAX」という製品を開発しましたが、商業的には成功せず、同社は市場から撤退しました。2006年にTenaris社がSouthwestern社の資産を取得し、その中にはCYMAX製品の製造プロセスを記述した文書(以下「CYMAX文書」)が含まれていました。CYMAX文書には、炭素含有量0.13〜0.17 wt.%という化学組成と、降伏強度(材料が変形せずに耐えられる強さ)100 ksiという特性が記載されていました。

 

Tenaris社はその後、独自のコイルドチュービング製品「BlueCoil」を開発し、これに関連する特許(米国特許第9,803,256号第10,378,074号第10,378,075号)を取得しました。’256特許のクレーム1は炭素含有量0.17〜0.35 wt.%を規定しており、CYMAX文書に開示された0.13〜0.17 wt.%の範囲とは端部の0.17 wt.%で重複しています。Tenaris社は出願時に573件の先行技術文献をUSPTOに提出しましたが、CYMAX文書は提出されませんでした。代わりに、CYMAXに関する1992年の公開論文「Chitwood」が提出されました。Chitwood論文は「低炭素4100系鋼」および100 ksi以上の降伏強度を開示していますが、CYMAX文書に記載された具体的な化学組成(0.13〜0.17 wt.%の炭素含有量)は開示していません。

 

‘256特許の出願過程において、特許審査官が自明性を理由にクレームを拒絶したため、Tenaris社は発明者のValdez博士の宣誓書を提出して、非自明性の二次的考慮事項を主張しました。この宣誓書の準備過程で、代理人がValdez博士に先行技術の証拠を求めたところ、Valdez博士は宣誓書のドラフトにおいて、Wordのコメント機能を使用し、CYMAXの存在に触れつつ次のように記述しました。

“I am not sure it is a good idea to disclose this document.”

 (この文書を開示するのは良い考えかどうかわからない。)

 

結局、この’256特許の出願段階ではCYMAX文書はUSPTOに提出されませんでした。その後、子出願である’074および’075特許の出願時に新たな代理人がCYMAX文書の開示が必要であると助言しましたが、Tenaris社は文書を分割し、問題の化学組成が記載されていたページ30を含む数ページを除外して提出しました。さらに後の孫出願では、ようやくCYMAX文書の全体がUSPTOに提出されています。

 

Global Tubing社は独自のコイルドチュービング製品「DURACOIL」を2017年に発売し、Tenaris社から特許侵害を示唆されたことを受けて先に訴訟を提起しました。その後、ディスカバリーにおいてTenaris社が誤って開示した弁護士・依頼者間の通信から上記のValdez博士のコメントが発見され、地裁の補佐裁判官が犯罪・詐欺の例外に基づきこれらの文書の開示を命じました。地裁の判事は、Valdez博士の「開示するのは良い考えかどうかわからない」というコメントを「詐欺の意図の直接的証拠の稀な例」と述べています。

 

地裁は、Global Tubing社の不公正行為の略式判決申立てを認め、CYMAX文書の非開示についてValdez博士に欺く意図があったと認定しました。地裁は「不公正行為における『意図』という要件に関する、これほどまでに明白な証拠に遭遇することは極めて稀である」と述べています。一方で、Global Tubing社のWalker Process詐欺の請求については、Tenaris社の市場シェアが小さすぎるとして、Tenaris社に有利な略式判決を認めました。

 

判決

CAFCは、不公正行為に関する略式判決およびWalker Process詐欺に関する略式判決のいずれについても、重要な事実について真正な争いが存在するとして取り消し、差し戻しました(一部支持、一部取消し・差戻し)。

 

1.欺く意図について

CAFCは、不公正行為の成立には、Therasense判決(Fed. Cir. 2011, en banc)の基準に従い、非開示が「USPTOを欺くための意図的な決定」であったことが「証拠から導かれる唯一の最も合理的な推論(the single most reasonable inference)」でなければならないと確認しました。

 

本件において、地裁はValdez博士のコメントから欺く意図を認定しましたが、CAFCは、略式判決の段階では非申立当事者(Tenaris社)に最も有利な推論を採用しなければならないと指摘しました。Valdez博士は証言録取(deposition)において、CYMAX文書の炭素含有量(0.13〜0.17 wt.%)はクレームの範囲(0.17〜0.35 wt.%)の「外側」であると考えていたと説明しました。この理解は0.17 wt.%の端部で重複しているため厳密には誤りですが、CAFCは、この誤りが意図的な虚偽ではなく、善意の誤解であった可能性もあると判断しました。

 

また、Valdez博士は、CYMAX文書の内容はChitwood論文を通じて既に開示済みであると考えていたと証言しました。さらに、欺く意図があったのであれば、そもそもCYMAX文書を代理人に提供しなかったはずであるという点も、代替的推論を支持するものとされました。

 

CAFCは、判決文において次のように述べています(判決文、21頁):

“[A] reasonable factfinder could credit Dr. Valdez’s testimony that he was genuinely unsure as to whether the CYMAX Documents were relevant to the prosecution of the ’256 patent.”

(合理的な事実認定者は、CYMAX文書が’256特許の出願手続きに関連するかどうかValdez博士が真に不確かであったという証言を信用し得る。)

 

なお、Global Tubing社は、第5巡回区控訴裁判所の「Nunez例外」(ベンチトライアルの場合に裁判官が略式判決段階でより広い裁量を有するとする法理)の適用を主張しましたが、CAFCは、本件では証拠事実が争われており証人の信用性の問題があるため、この例外は適用されないと判断しました。

 

2.重要性(Materiality)について

CAFCは、CYMAX文書がChitwood論文と比較して累積的(cumulative)であるか否かについても、事実に関する真正な争いがあると認定しました。Therasense基準では、非開示の先行技術がなければ特許が付与されなかったであろうという「but-for materiality」が必要ですが、先行技術が既に提出された文献と比べて新たな情報を教示しない場合は累積的であり、but-for materialityを満たしません。

 

Valdez博士は、Chitwood論文が「低炭素4100系鋼」に言及しており、当業者であればASTM規格の公開テーブルを参照することでCYMAX文書に記載されたものと同等の化学組成を導き出せると証言しました。また、Tenaris社は、孫出願の手続きにおいてCYMAX文書の全体をUSPTOに提出したにもかかわらず特許が認められた事実を指摘し、元USPTOコミッショナーのStoll氏による専門家報告書も提出しています。CAFCは、これらの証拠から合理的な事実認定者がCYMAX文書は累積的であると結論付ける可能性があるとして、重要性についても略式判決は不適当であると判断しました。

 

3.Walker Process詐欺について

Global Tubing社のWalker Process詐欺の請求に関しても、CAFCは地裁の略式判決を取り消しました。地裁はTenaris社の市場シェアが小さいことを理由に独占の危険な蓋然性を否定しましたが、CAFCは以下の点で事実の争いがあると指摘しています。

 

第一に、関連市場の画定について、Global Tubing社は米国における焼入れ・焼戻しコイルドチュービングの市場と狭く定義し、Tenaris社はすべてのコイルドチュービングのグローバル市場と広く定義しており、双方が専門家の意見を提出していました。地裁は関連市場を定義することなくTenaris社が「小さな市場プレーヤー」であると結論付けましたが、CAFCはこれを誤りとしました。

 

第二に、市場シェアを測定する時点についても争いがあります。Global Tubing社は、Tenaris社の違法行為が始まった2017年時点の市場を基準にすべきだと主張しました。

 

第三に、Tenaris社が詐欺的に取得した特許を用いてGlobal Tubing社に対する訴訟を企図していたことを示す証拠(2017年の業界展示会でのTenaris社関係者の発言等)もあり、反競争的行為の存在についても事実の争いがあるとされました。

 

実務への影響

1.不公正行為の立証の困難さ

本件は、地裁が「不公正行為の意図に関するこれほど明白な証拠に遭遇することは極めて稀」と述べるほどの事案であっても、CAFCが略式判決を認めなかったという点で注目されます。Therasense判決以降、不公正行為の抗弁が認められるためには、欺く意図が証拠から導かれる「唯一の最も合理的な推論」でなければならないという高いハードルが課されていますが、本件はそのハードルの高さを改めて明確にしたものといえます。被疑侵害者がこの抗弁に過度に依存することのリスクも示唆されています。

 

2.日本の特許実務との比較

米国の特許出願においては、出願人および関係者(発明者、代理人等)に対し、特許性に重要な情報をUSPTOに開示する義務(Duty of Candor and Good Faith、37 C.F.R. §1.56)が課されています。この義務は、出願過程全体を通じて継続します。日本の特許法にはこのような積極的な開示義務の制度はありませんので、日本の実務家が米国出願を扱う際には特に注意が必要です。

 

本件のように、出願人が保有する内部文書がクレームと端部で重複するような数値範囲を開示している場合であっても、開示義務の対象となり得ます。開示すべきか迷った場合には、非開示のリスク(権利行使不能となるリスク)が開示のリスクをはるかに上回るため、積極的に開示する方針が推奨されます。

 

3.コスト面での考慮

不公正行為が認められた場合、対象特許のすべてのクレームが権利行使不能となるだけでなく、関連する子出願・孫出願の特許にまで波及する可能性があります。本件では、地裁の判断において、’256特許(親特許)に対する不公正行為の認定が、’074および’075特許(子特許)にも及ぶとされました。すなわち、一つの出願における開示義務違反が、特許ファミリー全体の価値を損なうリスクがあります。

 

また、不公正行為の抗弁が提起された場合、訴訟における発明者の証言録取が極めて重要になります。本件でもValdez博士の証言が結果を左右する重要な要素となりました。このような訴訟のディスカバリーおよび事実審理にかかるコストは相当なものであり、出願段階で適切な開示を行うことが最も費用対効果の高いリスク管理策であるといえます。

 

4.本件の今後

本件は地裁に差し戻され、不公正行為およびWalker Process詐欺の双方について、事実審理が行われる可能性があります。CAFCは、不公正行為とWalker Process詐欺の両方がトライアルに付される場合には、陪審トライアルが含まれる可能性にも言及しています。今後の審理の動向が注目されます。

 

 

 

竹内 茂樹(カリフォルニア州弁護士/パテントエージェント/弁理士)

専門分野:米国特許の権利化実務

    
Kim and Stewart LLP https://kimandstewart.com/