
こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。
今回は、研究に関するお話を一旦脇に置いて、巷で話題になっている「除くクレーム」の審査運用と審査基準改訂案について、筆者の考えを述べてみようと思います。
1.審査基準の改定案
2026年4月現在、審査基準の改訂(新旧対照表はこちら)が予定されており、2026年5月7日までパブコメが募集されています。
改訂の内容はいくつかありますが、最も大きなものは除くクレームに関連する新規事項についての改訂です(第IV 部第2章3.3.1 (4))。


2.「除くクレーム」の審査動向
「除くクレーム」の審査については、2025年頃から特許庁の内部運用が明らかに変わっており、これまで認められていたような「除くクレーム」とする補正が新規事項追加として認められなくなったといった声が多く聞こえています。
近年、日本では「除くクレーム」が審査実務において極めて便利に使われている状況があり、いずれ何らかの揺り戻しが起こることを懸念する声は以前からありました。とはいえ、この一年間の「除くクレーム」に関する審査の変化のスピードには驚くばかりです。
たとえば、新規性欠如や進歩性欠如を解消するために「除くクレーム」とする補正をした場合に、審査官がこれを拒絶する理由付けとしては、主に(ア)新規事項追加、(イ)新規性または進歩性欠如の維持、(ウ)明確性やサポート要件などの記載要件違反、の3パターンが挙げられます。
2026年4月現在の筆者の観測範囲では、このうち(ア)新規事項追加で門前払いされるパターンが最も多いようです。
具体的には、ある事項Aをクレームから除外する補正に対して、「事項Aを除くことは当初明細書等に明示されておらず、当初明細書等の記載から自明な事項でもなく、事項Aを除くことを当初明細書のどの記載から導くことができるのか不明である」などと指摘されることが多いようです。
また、「除くクレーム」とする補正によって進歩性欠如が解消した、との主張に対して、進歩性を有しなかった補正前の請求項に係る発明が「除くクレーム」とする補正によって進歩性を有するものに変化したのであれば、補正によって新たな技術的事項が導入されたといえる、といった指摘がされることもあるようです。 実際、今回の改訂案には以下のような記載(*)があります。
(2)「除くクレーム」とする補正によって、進歩性欠如の拒絶理由が解消する旨の主張を伴う場合には、審査官は、当該補正が新たな技術的事項を導入しないものであるのか否かについて留意する必要がある。
すなわち、本来的に進歩性を有していなかった補正前の発明が、その補正により進歩性を有する発明へと変化していると認められる場合には、そのような補正は新たな技術的事項を導入するものであると判断され得ることに留意すべきである。
3.「除くクレーム」の新規事項判断に関する裁判例
一方、新規事項判断の規範を示したソルダーレジスト大合議判決(平成18年(行ケ)第10563号)の後、「除くクレーム」の新規事項判断が争われた裁判例を眺めてみると、筆者の知る限り、「除くクレーム」の新規事項判断に進歩性の判断が入り込んでいると思われる判決は存在せず、裁判所は新規事項と進歩性とを切り分けて判断しているようです。
たとえば、以前の記事でも紹介したように、知財高裁平成25年(行ケ)第10266号では、進歩性欠如を回避するための「除くクレーム」とする訂正について「進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたか否かはそれ自体として訂正の適否を左右するものではない。」と判示されています。
また、「除くクレーム」とする補正・訂正が新規事項追加であると判断された裁判例は、筆者の知る限り、以下の2件だけです。筆者は、これらの事件はいずれも当初明細書等に記載された具体的態様を訂正によって実質的に変更しようとしたものであり、進歩性とは無関係に新規事項と判断された事例であると考えています。
(1)知財高裁平成26年(ネ)第10080号「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」事件
この事件では、「スピネル型マンガン酸リチウム」を「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」に限定する訂正について、裁判所は、除いた後の発明が「LiMn2O4の結晶構造の外側に,ナトリウムやカリウムが何らかの形で存在する形態を指すものと一応解される」とした上で、そのような形態は本件明細書に明示されておらず、本件明細書の製造工程の記載に接した当業者はナトリウムやカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれることをごく自然に理解するというべきであるから当該形態は自明な事項でもないとして、当該訂正事項は新規事項を追加するものと判断しました。
つまり、裁判所は、上記訂正を、当初明細書の記載から自然に理解される「ナトリウムやカリウムがスピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造中に取り込まれる」形態を、本来明細書が想定していなかったように思われる「スピネル型マンガン酸リチウムの結晶構造の外側にナトリウムやカリウムが存在する」形態に実質的に変更するものとして、新たな技術的事項の導入にあたる、と判断したのではないかと考えられます。
(2)知財高裁平成31年(行ケ)第10015号「電解コンデンサ用タブ端子」事件
この事件では、ゼロクロス時間に関して特定されていなかった請求項3に「(但し,前記電解コンデンサ用タブ端子について,JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以上のものを除く。)」との記載を追加する訂正について、裁判所は、本件明細書にはゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満であるタブ端子は明示されておらず、本件明細書の記載からゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということもできないとして、当該訂正事項は新規事項を追加するものと判断しました。
明細書には「ゼロクロス時間」が0秒超2.50秒未満の範囲にある実施例として、2.30秒、2.35秒、2.40秒などの例が記載されていましたが、2.30秒未満の範囲については実施例がありませんでした。
裁判所は、上記訂正を、実施例により裏付けられたゼロクロス時間の数値範囲(2.30~2.40秒)を、実施例による裏付けがない0秒超2.30秒未満の範囲まで広げるものとして、新たな技術的事項の導入にあたる、と判断したのではないかと考えられます。
一方、この2件以外で「除くクレーム」の新規事項判断が争われた裁判例のほとんどは下記(a)または(b)に該当し、いずれも新規事項追加ではないと判断されています。
(a)当初明細書等に選択的に記載された事項の一部が除外された事例
(b)「クレームの範囲には含まれるものの、当初明細書等には具体的に記載されていない態様」が除外された事例
結局、裁判所の「除くクレーム」の新規事項判断は、進歩性とは無関係に、当初明細書等に記載された具体的態様を実質的に変更しない補正・訂正は新規事項の追加に該当しないという姿勢で一貫しているように思われます。
4.審査基準改訂案に対する筆者の意見
筆者としては、審査基準改訂案の上記記載(*)について、新規事項の判断に進歩性の判断が入り込みかねない記載ぶりであり、「本来的に進歩性を有していなかった」とはどういう意味なのかが明確でないことも相まって、審査実務の混乱を招きかねないと危惧しています。
上記記載(*)は、ともすれば「進歩性があるというなら新規事項だし、新規事項でないというなら進歩性はない」というデッドロック的なロジックに繋がり得るように思われますが、新規事項追加による拒絶・無効と進歩性欠如による拒絶・無効とでは以下の点で大きな隔たりがあります。
- 最初の拒絶理由通知における進歩性欠如に対して「除くクレーム」とする補正をしたところ、その補正が新規事項追加であるとして最後の拒絶理由通知がされた場合、除く記載を削除する補正は目的外補正になることが多いので、「打つ手なし」となってしまうことが少なくない。
- 分割出願において「除くクレーム」とする補正が新規事項と判断されてしまうと、同時に分割要件違反となり、新規事項追加の拒絶理由が解消できなければ、それ以降の分割出願もすべて分割要件違反となってしまう。
- 過去「除くクレーム」で登録された特許についても同様の問題が生じる可能性がある。
- これに対して、「除くクレーム」が新規事項追加ではなく進歩性欠如で拒絶される場合は、上記のような目的外補正や分割要件違反の問題は生じない。
しかしながら、上記のように新規事項判断と進歩性判断とが入り混じってしまうと、「どちらの拒絶理由を打つかは審査官次第」といった状況になりかねず、新規事項追加が指摘された出願人だけが大きな不利益を被る結果になる可能性もあります。
したがって、審査の予測可能性や権利の安定性の観点から、あくまで新規事項は新規事項、進歩性は進歩性として判断することが望ましいと考えます。
このため、筆者としては、無用な誤解や混乱を生み出しかねない改訂審査基準の記載(*)は削除すべきという立場です。
ソルダーレジスト大合議判決以来、特許庁審査部の「除くクレーム」の新規事項判断はかつてないほど厳しくなっていますが、上記のような裁判所の判断傾向を見ると、仮に審査で新規事項と判断されたとしても、審決取消訴訟で結論が引っくり返る可能性はあると思います。
パブコメを経て近日中に審査基準が改訂される見込みですが、こと「除くクレーム」の新規事項判断については、実務の現場が無用に混乱しないことを祈るばかりです。

田中 研二(弁理士)
専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟
