
こんにちは、知財実務情報Lab. 管理人の高橋政治 (弁理士・技術士)です。
国内優先権主張出願の実務における目的別注意点をまとめました。
前回の続きです。
今回の内容は以下の通りです。
<目次>
1.はじめに → 前回
2.審査基準と裁判例との齟齬 → 前回
3.目的別の注意点
3.1 基礎出願の実施例が少ないので追加したい → 今回
(1)優先権が認められる範囲 → 今回
(2)基礎出願時の注意点 → 今回
(3)実施例がない場合 → 今回
(4)実施例が足りているか不明である場合 → 今回
3.2 特有の効果を奏する実施例を追加したい → 以下は次回以降
(1)優先権が認められる範囲
(2)国内優先権主張出願時の注意点
3.3 その他
(1)好適態様を従属項として加えたい
(2)2つの特許出願を併合したい
(3)請求項1の技術的範囲を拡張したい
(4)請求項1に新たな構成要件を加えたい
(5)実施例データを修正したい
4.PCT国際出願について
5.おわりに
3.目的別の注意点
3.1 基礎出願の実施例が少ないので追加したい
(1)優先権が認められる範囲
(a)基礎出願において請求項の範囲に対して実施例の数が少なく実施可能要件が満たされない可能性が高いと思われたるため、実施例を追加する国内優先権主張出願を行いたい場合について以下に説明する。ここで国内優先権主張出願において追加する実施例の効果は基礎出願の実施例と同様(後述する「特有の効果」は奏さない)とする。なお、以下では請求項の範囲に対して実施例の数が少ない場合について説明するが、請求項の範囲に対して実施例が「少ない」のではなく「偏在している」場合も同様と考えてよい。
(b)審査基準 第V部 第1章 3.1.3 (2) c には、日本出願の請求項に係る発明が、日本出願において初めて実施可能になる場合について、「第一国出願の出願書類の全体の記載に基づいて当業者が実施をすることができなかった発明が、実施の形態の追加・・・等により実施をすることができるものになった場合は・・・パリ条約による優先権の主張の効果は認められない。」と記載されている。審査基準 第V部 第2章 3.1.3 (2) には、国内優先権主張出願においても同様である旨が記載されている。
また、裁判例においても、基礎出願において実施不能(または未完成)な先の出願の発明を後の出願で実施可能(あるいは完成)なものにしたとしても、優先権が認められない4)
つまり、この観点においては、審査基準の記載と裁判例との齟齬は無い。
(c)例えば、基礎出願の請求項1が「Aを備える○○物」であり、これに対して実施例の数が少ないため、実施可能要件違反と認定されてしまう可能性があると考えられたとする。
そして、基礎出願後、請求項1の範囲に含まれるいくつかの実施例を追加する国内優先権主張出願を行ったとする。ここで請求項1に変更はなく、国内優先権主張出願の請求項1は「Aを備える○○物」としたとする。
この場合、基礎出願が実施可能要件違反であるならば、国内優先権主張出願において優先権は認められない。新たな実施の形態の追加により、国内優先権主張出願に係る発明は、基礎出願の出願書類の全体に記載した事項の範囲内でないものとなるからである5)。
したがって、基礎出願が行われた時点において請求項1の「Aを備える○○物」に係る発明が新規性・進歩性を備えていても実施可能要件を満たしていない場合、基礎出願後、国内優先権主張出願の前に「Aを備える○○物」が公開または他者に出願されたならば、国内優先権主張出願によって実施可能要件違反を満たすものとなったとしても優先権の効果は認められず、29条1項または29条の2で拒絶されることになる。
ただし、この場合、基礎出願において少ないながらも実施例がいくつか存在しているため、それらの実施例を含む狭い範囲内においては実施可能要件が満たされている可能性がある。そこで、国内優先権主張出願において、基礎出願に記載されていた実施例を含む狭い範囲に減縮する補正を行えば、優先権の効果が認められ、実施可能要件も認められると考えられる。
(2)基礎出願の注意点
(a)上記から言えることは、基礎出願時、請求項の範囲に対して実施例の数が少ない場合、国内優先権主張出願を行ったとしても、それら実施例によって実施可能要件を満たすと判断される範囲にまで減縮補正する可能性があることを認識し、その補正を可能にする記載を明細書内に用意しておくことが必要がある、ということである。そうすることで、仮に基礎出願後かつ国内優先権主張出願前に、国内優先権主張出願の請求項に係る発明の特許性を否定し得る文献等が見つかり、基礎出願の出願書類の全体の記載に基づいて当業者が実施をすることができなかった発明が、実施例を追加することで実施をすることができるものになったため優先権の主張の効果は認められず、その結果、新規性・進歩性が無いと判断されたとしても、基礎出願に記載されていた実施例によって実施可能要件を満たすと判断される範囲にまで減縮補正することで、優先権の効果が認められ、この拒絶理由を回避する選択肢を用意することができる。
例えば基礎出願においてα成分の含有率が10質量%と15質量%の2つの実施例のみが記載されている場合、基礎出願の明細書の[一般記載]に「α成分は8~18質量%であることが好ましい」のように、2つの実施例を含む中位概念を記載しておけば、国内優先権主張出願において「α成分が1~30質量%である・・物」の請求項は実施可能要件を満たさないと判断された場合に、1~30質量%を8~18質量%に減縮補正することで優先権が認められる可能性がある。
もちろん、この拒絶理由に対して他の補正を行って新規性・進歩性を確保できる場合もある。その場合、優先権の効果が認められる範囲にまで減縮する補正を行うか、他の補正を行うか、どちらが出願人にとって有利であるかを選択することになる。選択肢を増やすという観点において上記は意味を成す。
(b)基礎出願時、請求項の範囲に対して実施例の数が少ないことは多々ある。この場合、将来、その少ない実施例によって実施可能要件が満たされる狭い範囲の特許権で許容できるのかという観点を考慮して、その時点で出願するのか、それとも実施例の数を増やしてから出願するのか判断する必要がある。ただし、実施例が少ない場合に、それではどの範囲まで実施可能要件が満たされるのかを正確に判断することは、実際のところ困難であると著者は考えている。実施例が少なくても広い範囲の請求項について実施可能要件を満たすと判断される場合もあるし、逆の場合もある。この判断は技術分野によっても異なるし、判断者(審査官等)によっても異なると思われる。また、そもそも優先権の効果について疑義が生じる可能性は低い。基礎出願後かつ国内優先権主張出願前に、国内優先権主張出願の請求項に係る発明の特許性を否定し得る文献等が見つからない限り、優先権の効果について疑義は生じない(審査基準 第V 部 第2 章 3.1.1)。筆者は約22年間、特許事務所に所属し、一定量以上の中間処理に対応してきたが、国内優先権主張の基礎となる先の出願の出願日と後の出願の出願日との間に拒絶理由の根拠となり得る先行技術等が発見され、審査官が優先権の主張の効果が認められるか否かについて判断した件は1件しかない。
これらを総合的に考慮すると、上記の通り、少ない実施例によって実施可能要件が満たされる狭い範囲の特許権で許容できるのかという観点を考慮して、その時点で出願するのか、それとも実施例の数を増やしてから出願するのか判断するべきではあるものの、実務的には、ある程度以上の数の実施例が用意され、その後、短期間において、さらに実施例の数が増える予定がないならば、その実施例を用いて特許出願を行うべきと考える。
(3)実施例がない場合
上記は実施例が少ない場合についてであったが、化学系の発明であって実施例が全く存在しない場合は考え方が異なる。実施例が1つも存在しないならば実施可能要件が満たされると判断されることはほぼ無い。したがって、実施例がない状態で特許出願を行い、その特許出願について出願審査請求を行っても実施可能要件違反で拒絶になるし、国内優先権主張出願を行ってから出願審査請求を行ったとしても優先権は認められない。したがって基礎出願を急いで行うメリットがない。よって、化学系の発明であって実施例が全く存在しないのであれば、実施例を作成してから出願するべきである。
(4)実施例が足りているか不明である場合
(a)基礎出願における実施例の数が一定以上あり、また特に偏在してもいないが、果たして実施可能要件が満たされているのか否かを判断し難いことは多々ある。この判断は技術分野によっても異なるし、判断者(審査官等)によっても異なると考えられるからである。
このような場合、出願人としては国内優先権主張出願を行って実施例を追加し、その可能性を下げておきたくなるだろう。ここで実施例を追加する国内優先権主張出願を行うことで、かえってデメリットが生じることがあるかが問題となる。
(b)レンズ付きフィルムユニット事件(平成17年1月25日、東京高裁、平成16年(ネ)第1563号)の判示に基づくと、実施形態を追加しても優先権主張の効果が認められるための条件は①後の出願に係る発明が、先の出願の当初明細書等でサポートされていること、②追加された実施形態(実施例)が改良発明でないこと、③追加された実施形態(実施例)に特有の効果が、後の出願に係る発明の課題と無関係な効果であること、であるとの意見がある6)。これからすると、基礎出願後に得られた実施例が奏する効果が基礎出願中の実施例の効果と同程度であるならば、その実施例を追加する国内優先権主張出願を行った場合、優先権の効果は認められるとも考えられる。
しかしながら、審査基準にはそのように記載されていない。つまり、裁判を行えばそのように判断される可能性はあるとしても、審査・審判においてはそのように判断されないと考えられる。審査基準 第V部 第2章 3.1.3(1)には、「後の出願の明細書、特許請求の範囲及び図面が先の出願について補正されたものであると仮定した場合において、その補正がなされたことにより、後の出願の請求項に係る発明が『先の出願の当初明細書等』との関係において、新規事項の追加されたものとなる場合には、国内優先権の主張の効果が認められない」と記載されているからである。すなわち、先の出願の当初明細書等に記載されていない新たな技術的事項を追加すれば、たとえ当初明細書等に記載された実施例と同等の効果を奏するにすぎない実施例を追加した場合であっても、新規事項追加となり、優先権主張の効果は認められないことになるものと考えられる3)。
基礎出願後に得られた実施例が奏する効果が基礎出願中の実施例の効果と同程度であり、その実施例を追加する国内優先権主張出願を行った場合、裁判を行えば優先権の効果が認められる可能性はあるとしても、審査基準において優先権の効果が認められないのであれば、国内優先権主張出願を行うべきではない。審査基準に沿って対応して特許権を発生させることを優先するべきだ。
(c)以上より、基礎出願における実施例の数が一定以上あり、また特に偏在してもいない場合、実施可能要件が満たされているのに国内優先権主張出願を行ってしまうと優先権の効果が認められず、国内優先権主張出願を行わなければ出願日は基礎出願日となったものの、国内優先権主張出願を行ったために出願日が国内優先権主張出願の日であると判断されてしまい、かえってデメリットが生じる可能性がある。
ただし、3.1(2)(b)に記載したように、基礎出願後かつ国内優先権主張出願前に、国内優先権主張出願の請求項に係る発明の特許性を否定し得る文献等が見つかり、国内優先権主張出願の効果が認められるか否かが重要になる可能性は低い。その可能性と、基礎出願において実施可能要件が認められない可能性との比較に基づいて、出願人は実施例を追加する国内優先権主張出願を行うか否かを判断する必要がある。
引用文献等
3.淺見節子、「審査基準の振り返りと優先権の審査基準について」、特許精度140周年 特許審査審判を取り巻く新たな潮流 塩月修平先生喜寿記念論文集、商事法務、2025年8月27日初版第1刷発行、p65-85
4.細田芳德、化学・バイオ特許の出願戦略、改訂11版、発明推進協会、p.233
5.特許・実用新案 審査ハンドブック 5107「日本出願の請求項に係る発明が実施可能であるか否かの判断」
6.特許業務法人 志賀国際特許事務所 知財実務シリーズ出版委員会 編「知財実務シリーズ5 競争力を高める化学・材料系特許明細書の書き方」、発明推進協会 令和元年12月18日発行、p147-162
