アセアンで特許を取るための戦略

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川 勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

今回は、「東南アジア(アセアン諸国)で特許を取るための戦略」についてご紹介したいと思います。

 

以下、下記の項目についてご説明します。

1.はじめに

2.アセアンで特許を取るための戦略

3.仮想事例

4.最後に

 

 

 

 

1.はじめに

(1)近年、日本企業によるアセアン諸国への進出、特に中国からアセアン諸国への生産移管が進んでおり(ジェトロ地域・分析レポートより)、アセアンにおいて「商標出願」だけでなく「特許出願」の件数も徐々に伸びてきています

 

他方で、「アセアンで特許を取得する意味はあるのか?」、「アセアンで実際に特許権を活用できるのか?」等と問い合わせを受けることがあります。「現地でビジネス展開を行うならば、特許権を取得しておくべき」ということがありますが、「発明の重要性と予算のバランス」、「実際に侵害されたとしてコストに見合った権利行使が可能か。」といった点で判断に悩む日本企業が多いのが実情です。

 

(2)また下記の『アセアンの特許出願状況』の統計情報によれば、アセアンでは日本と比較して特許出願件数が圧倒的に少ないです。アセアンでは「商標権・著作権を主とする模倣品対策」が中心であって、「特許は未だ発展途上な状況」とも良く言われます。

 

なお、各国の「矢印→」は、直近5年間における「特許出願件数の増減」を示しています。全体として特許出願件数は微増しており、特にインドネシア・ベトナムでは出願件数が順調に増加している状況です。

 

 

 

(3)このような状況下にありますが、例えばアセアンで実施する「基本技術」であって、アセアンで特許を取得することを決定したならば、できる限り、権利活用がし易く、予見性の高い特許を得ることが望ましいです。

 

そこで、アセアンで特許を取得するにあたって、以下に示す権利化戦略を一案としてご提案したいと思います。

 

 

2.アセアンで特許を取るための戦略

効果的な特許を取得するための戦略として、下記の『STEP1』、『STEP2』を実践することをお勧めしたいと思います。

 アセアンで特許を取るための戦略の一例

 

 

この方法ならば、アセアン特有の「審査の長期化」を避けることができます。また、「日本で十分に審査・審理」がなされた、シンプルで明確なクレームで現地でも特許を取得することが可能です。

 

実務上、「PPH(特許審査ハイウェイ)」を利用することで、日本での審査結果を活かして、現地でそのまま権利化、あるいは形式的な補正を加えるだけで権利化を果たせると考えます。

 

現地で取得する特許権の発明内容が、現地当局や現地代理人(あるいは第三者)にとって分かりやすく疑義が生じにくいものであれば、権利活用がし易く、予見性の高い特許になると考えます。

 

※PPH(PPH+、CPG)については「以前の記事」をご参照ください。

 

具体的なイメージを持っていただけるように、以下、「仮想事例」を用いて説明したいと思います。

 

 

3.仮想事例

(1)「仮想事例」としまして、ある日本企業が、将来の市場を考慮し、以下の「発明(用途発明)」について「日本、米国、欧州、そしてアセアン(タイ、インドネシア、マレーシア)」で特許取得を検討しているケースを想定します。

 

なお、ベトナムでは、「用途発明」は特許の保護対象外となっています。

 

 

(2)まずは、上述しました『STEP1』を実践します。

具体的には、下記の『PCT国際出願から日本での権利化までの時系列グラフ』をご確認ください。ここでは、最初に日本で特許出願を行い、その特許出願日から1年以内に国内優先権を主張し(試験データを追加し)、PCT国際出願を行ったケースを想定しています。

 

なお、下記に示す「手続日」、「オフィスアクション日」、「経過期間」は、日本特許庁の統計情報と弊所実績に基づき、おおよその期間を設定したものです。

 

 

上記の時系列グラフにある通り、PCT国際出願後、国際調査レポートを受領しましたら、速やかに日本へ国内移行し、自発補正及び早期審査を進めます(スーパー早期審査の利用も可能です)。

 

これは、国内移行期限までに、「国際調査レポートおよび国際調査見解書の結果」に基づき、可能な限りシンプルで明確、かつ権利範囲の広いクレームの取得を目指すためです。権利範囲を広くした結果、たとえば「進歩性の拒絶理由」が通知された場合には、「審査官面談」を依頼し、審査官の心証を慎重に探った上で、必要に応じて権利範囲をやや狭めたクレームで「意見書・補正書」を提出し、権利化を目指します。必要であれば、権利範囲の広いクレームのまま、「拒絶査定不服審判」まで徹底的に争うことも考えられます。

 

このようにして、PCT国際出願(優先日:2024年4月1日)の国内移行期限(2026年10月1日)までに、日本で権利範囲が広く、審査官(審判官)から認められた安定した特許の取得を目指します

 

日本での特許取得が完了したら、次に『STEP2』へと進みます。

 

 

(3)次に、上述しました『STEP2』を実践します。

具体的には、下記の『PCT国際出願からアセアン(ベトナム、インドネシア)での権利化までの時系列グラフ』をご覧ください。

 

なお、下記に示す「手続日」、「オフィスアクション日」、「経過期間」は、ジェトロの統計情報と弊所実績に基づき、おおよその期間を設定したものです。

 

 

 

日本で特許を取得できた後は、アセアン現地で「PPH制度」を利用し、日本と実質的に同じ権利範囲で早期の権利化を目指して行きます

 

具体的には、現地代理人と連絡を取り合い、各国(インドネシア、マレーシア)への国内移行手続(国内移行の願書、国際出願の写し、翻訳文、委任状、優先権証明書など)を進めます。その際、「翻訳文」が律速になる点、留意が必要です。「マレーシア」は英語圏なので、「日本語⇒英語」の翻訳文の作成で済みますが、日本弁理士が校正した翻訳文の完成までに「1.5カ月程度」を要すると見込まれます。

 

他方、「インドネシア」ではインドネシア語で出願書類を作成する必要があるため、「日本語⇒英語⇒インドネシア語」の翻訳文の作成が必要です(通常、英語⇒インドネシア語の翻訳作成は、現地代理人に依頼することが多いです)。そうしますと、翻訳文の完成までに、「3カ月程度」を要すると見込まれます。「タイ」も同様に、日本語⇒英語⇒タイ語の翻訳文の作成が必要となります。

 

なお、日本の特許事務所(日本企業)で翻訳文を内製している場合は、翻訳文の作成期間をもう少し短縮できるかと思います。

 

「翻訳文」を含む「国内移行手続に必要な書類一式」を準備しましたら、現地代理人を通じて「マレーシア」及び「インドネシア」へ移行手続を行います。

 

なお、「タイ」では、現地で出願公開されないと出願審査請求ができないといった「独特の特許制度」があるため、次回に詳しくご説明いたします。

 

そして、「出願審査請求」を行うとともに、日本の特許クレームに合わせる形で「自発補正」及び「PPHの申請」を行います。これにより、日本での審査結果を活用し、現地でそのまま権利化、あるいは形式的な補正を加えるだけで権利化が可能になると考えます。

 

本仮想事例では、用途発明の権利化に慎重な「インドネシア」において、拒絶理由(形式的な不備に関する拒絶理由)が一度通知された状況としています。

 

なお、実際に要する「経過期間」について過去の実績をもとに算出していますが、近年では「インドネシア」、「マレーシア」ともに審査期間が短縮されてきており、本仮想事例よりも早いタイミングで「オフィスアクション(許可通知、拒絶通知)」がなされると想定されます。

 

以上はあくまで一例になりますが、上記のような権利化戦略を取ることで、「日本で十分に審査・審理」がなされた、できる限りシンプルかつ明確なクレームで、アセアン各国でも特許を取得できると考えます。

 

4.最後に

今回はアセアン諸国において、「アセアン特有の審査の長期化を回避し、権利活用しやすく、予見性の高い特許を取得するための戦略」をご紹介しました。

 

次回は、引き続き上記の「仮想事例」を用いて、アセアン諸国の中でも「タイ」で特許の取得を目指す場合について、「タイ独特の特許制度における留意点」に触れながらご説明したいと思います。

 

今回の情報が東南アジアの知財実務のご参考になれば幸いです。

 

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/