
こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。
前回「補正無し反論」の統計を調べたところ、明確性(特許法第36条第6項第2号)違反に対して補正せずに反論した場合の成功率は92%と非常に高いことがわかりました。
そこで、今回は前回の分析対象事例の反論内容を実際に確認して、どのような反論が成功しやすいのか、逆にどのような反論だとうまくいかないのかを深掘りしてみます。
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1.明確性の判断基準
裁判所による明確性要件の判断は、通常「第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否か」が基準とされます。この基準によれば、相当不明確なクレームでない限りは、なかなか「明確性違反で特許無効」といった結論にはなりにくいように思います。
一方、特許庁審査における明確性判断は、裁判所よりも厳しめ、細かめに行われる傾向にあります。
審査段階で指摘される拒絶理由は、そもそも裁判所の判断と異なり「不明確である疑いがある」というレベルで指摘されるものですし、出願人側としても、明確性違反を補正で容易に解消できます。
むしろ、明確性違反の指摘に対して補正や意見書での主張を行うことによって、権利範囲がより明確で疑義のない特許権を取得できるので、筆者としては、明確性要件の対応では審査官との「協働作業」感を感じることも少なくありません。
このように、審査段階の明確性違反がジャブ的に指摘され得ることを考慮すると、明確性違反に対する「反論」は、「補正による明確化」と並んで、常に選択肢として検討すべきものであるように思われます。
2.明確性違反に対する反論成功例
以下、前回の分析対象出願のうち「明確性違反に対して反論した結果、特許査定がされた事例」から見出された、代表的な成功パターンを紹介します。
(1)明細書を参酌して反論
反論成功事例の大部分は、一見するとクレームが十分に明確でないものの、明細書や図面を参照すればクレーム発明を明確に理解できると意見書で主張して拒絶理由が解消された事例でした。
たとえば、クレームに一般的な技術用語ではない「A」という用語が記載され、明細書にも「A」の定義が直接的に記載されていない場合、クレームの「A」が不明確であると指摘されることがあります。
このような場合、明細書中の「A」に関する記載を適宜引用しながら、ある程度合理的に「A」の意味内容を説明すれば、明確性違反の拒絶理由は概ね解消されている印象です。必要に応じて「A」について記載された文献を証拠として提出することも有効でしょう。
実際、審査基準(第II部第2章第3節2.1 (3))でも以下のように規定されており、クレームの記載が明確でない場合でも、明細書等の定義・説明を考慮してクレームの記載を解釈することが許容されています。
請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は、審査官は、明細書又は図面に請求項に記載された用語についての定義又は説明があるか否かを検討し、その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項に記載された用語を解釈することにより、請求項の記載が明確といえるか否かを判断する。その結果、請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できると認められれば明確性要件は満たされる。
(2)曖昧な用語の範囲を説明して反論
「約」「およそ」などそれ自体に曖昧さを含む用語は、審査では画一的に明確性違反の拒絶理由が指摘されることが多いです。
具体的な事例として、クレームの「同等の弾性率」という記載について、どの程度まで弾性率が異なることが許容されるのかが明確でないという拒絶理由が指摘された例がありました。
上記に応答して、出願人は、意見書で「本願明細書の段落・・・に記載の効果が得られる範囲において同等の弾性率であるとすることは明らかです。」と反論して、拒絶理由を解消しました。
このように、ある程度の幅がある用語については、「発明の効果が実現される範囲」や「発明の課題を解決できる範囲」であるといった説明をすることで、補正をせずとも拒絶理由を解消できる可能性があります。
(3)不明確と指摘された事項の特定は必要ないと反論
ある事例では、クレームの「AかBかの判定結果に基づいてX情報を決定する」との記載について、「判定結果に基づいてどのようにX情報を決定するのかが明確でない」との拒絶理由が指摘されました。
これに対し、出願人は、意見書で「この発明は、AかBかの判定結果に基づいて、結果ごとにそれぞれ異なったX情報を決定するという構成に特徴があり、どのように異なるものにするかは特定していない発明です。」と主張して、上記拒絶理由を解消しました。
このように、「~が特定されておらず不明確である」といった指摘に対して、「そこを特定しなくても発明は明確である」(あるいは、その事項は発明の特徴ではない)と打ち返すのも、一つの選択肢として持っておくとよさそうです。
3.明確性違反に対する反論失敗例
次に、前回の分析対象出願のうち「明確性違反に対して反論したが、拒絶査定がされた事例」から抽出した、代表的な失敗パターンを紹介します。
(1)パラメータが定義されていない
反論が認められずに拒絶査定がされた事例は、クレームに記載されたパラメータの定義、計算方法、測定条件などがクレームにも明細書にも記載されておらず、発明が不明確であると判断されたものが多かったです。
たとえば、クレームには高分子の「平均分子量」と記載された事例では、拒絶理由において「平均分子量」が数平均分子量なのか質量平均分子量なのかが不明確であると指摘され、出願人が意見書で「質量平均分子量」であると主張しましたが、審査官は、明細書全体を参照してもクレームの「平均分子量」が「質量平均分子量」であると推察できる根拠はないとして拒絶査定をしました。
平均分子量、粒径、粘度など、定義次第で値が変わることが知られているパラメータについては、やはり出願時明細書にちゃんと定義しておくことが極めて重要であるといえるでしょう。
(2)意見書での具体的な説明が不足していた
出願人が意見書であまり具体的な説明に踏み込んでいない場合も、拒絶査定に繋がりやすいように思われます。
たとえば、クレーム中の「○○○特性」という用語の定義や測定条件が不明確であるという拒絶理由に対して、「○○○特性」が別の特許文献でも使われている用語であるとだけ主張した事例では、それらの文献を参照しても「○○○特性」の定義や測定条件が把握できないとして拒絶査定がされました。
意見書で反論する場合には、不明確とされた事項について、ある程度具体的かつ論理的に説明することが望ましいと考えられます。
実際、意見書では具体的な説明が不足して拒絶査定がされた後、審判請求書で詳細に説明することで特許審決がされた例もありました。
4.まとめ
今回は明確性違反の拒絶理由に対する反論を少し深掘りしてみました。
以下、本記事で紹介した内容を元に、明確性について反論するときのポイントを整理してみます。
- クレームの記載が一見不明確であっても、明細書や図面を参照してその記載の解釈を明確に説明できれば、明確性違反の拒絶理由が解消される可能性がある。
- 「約」「同等」など幅がある用語でも、発明の課題や効果との関係で説明すると明確性を主張しやすい場合がある。
- 「~が特定されておらず不明確である」との指摘に対して「その点を特定する必要はない」という反論もあり得る。
- 定義次第で値が変わるパラメータについては、出願時明細書に定義を記載しておくべきである。
- 意見書で反論する場合には、できるだけ具体的に説明することが望ましい。
ただし、これらはあくまで「明確性違反を解消する」という観点でまとめたものですので、実際には禁反言、実施製品との関係、先行技術との関係など様々な要因が絡んでくることにご留意ください。

田中 研二(弁理士)
専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟