
こんにちは、知財実務情報Lab.管理人の高橋(弁理士・技術士)です。
今回はペーパーエグザンプル(想定実施例)と、シミュレーションで実施例を示す場合について説明したいと思います。
いずれも「実際には行っていない実施例」ですが、その場合に何か問題になるのでしょうか? 何に注意すべきでしょうか?
少人数で運営されている知財部は多いです。ここで少人数とは、総勢が10名以下くらいをイメージしています。
少人数ですので、業務を効率化する必要があります。AIの導入なども重要でしょう。
そのような効率化を、すでに、うまく行っている企業知財部も存在します。
うまくやっている少人数知財部が、具体的に、どのように業務を行っているのか、知りたい方も多いのではないでしょうか?
そこで、3名の講師にご協力頂き、「少人数知財部における知財業務の効率化、連携、運営のポイント、実例の紹介」と題して、ご講演頂くことになりました。
少人数知財部に所属されている方にとっては貴重な機会になると思います。
3名の講師の講演を1日で受講できますので、お得です。
詳細は以下の通りです。
1.ペーパーエグザンプル
実際に実験は行っていないが、発明者の推定で記載する実施例または比較例のことをペーパーエグザンプルといいます。想定実施例ということもあります。発明者の頭の中で行った実施例または比較例ということもできるでしょう。
ペーパーエグザンプルについて、日本の法律および審査基準は肯定も否定していません。また、ペーパーエグザンプルである場合と通常の実施例の場合とで、審査等において扱いが異なることもないと考えられます。
米国においてもペーパーエグザンプルは否定されていません。しかしペーパーエグザンプルを記載するのであれば現在形の文章で記載することがMPEP ≪MPEP 608.01(p) “Completeness of Specification“: II. Simulated or Predicted Test Results or Prophetic Examples ≫に定められています。
したがって米国特許実務に合わせ、日本へ出願するための明細書においても実施例の少なくとも1つとしてペーパーエグザンプルを記載する場合、その部分の文章は過去形ではなく、現在形で記載するべきでしょう。
例えば実施例1は実際に行った実験結果、実施例2はペーパーエグザンプルであるならば、実施例1は過去形、実施例2は現在形の文章で記載するべきです。
ペーパーエグザンプルの問題点は、出願後にその内容が大幅に間違っていることが判明した場合にあります。その場合はもはや実施例としての適格を失って、記載要件充足の根拠とすることはできず、また、従来技術に比した優れた効果を理由とする進歩性の根拠にもできないということになるでしょう ≪参考文献:古城晴実「特許明細書の実施例」、特許ニュース No.14871、平成31年2月14日、一般財団法人 経済産業調査会≫。
2.シミュレーション
ソフトウェア等を用いて何らかの指標を計算するシミュレーションを用いた結果を、実施例や比較例として用いてよいのでしょうか。実際に実験を行っていないという点で、前述のペーパーエグザンプルと比較的近いですね。
なお、シミュレーションについては日本の法律および審査基準は肯定も否定もしていません。
実際に行った実験データはなく計算科学によるデータのみが記載された3つの特許出願を検討した報告 ≪「化学分野において、実験例がなくても特許を取れるのか?-実験例がなく計算科学のみで記載要件を充足する方法-」特許第1委員会 第2小委員会 知財管理 Vol.70 No.12 2020≫ では、実施可能要件が認められるためには、(ア)計算科学によるシミュレーションデータが実際の実験データと同視できる程度の信頼性を有することについて明細書で記載する等が必要であること、(イ)計算科学によるシミュレーションデータから導かれる一定の特性等について、発明の効果との関係性を十分に示す必要があること等が指摘され、(ウ)さらに、実際に製造を行っていない場合であっても、クレームする物を当業者が製造できるように製造条件等を記載しておく必要があることが指摘されています。
ここで(ア)に関しては、実際の実験データが存在し、その実際の実験と同じ条件でシミュレーションを行うと、実際の実験データと概ね一致するシミュレーションデータが得られることを示せば、そのシミュレーションデータは信頼性を有することを主張しやすいでしょう。
また、実際の実験データは存在しないが、技術常識としての実験条件と結果(効果)が存在する場合においては、その技術常識としての実験条件にてシミュレーションを行うと、技術常識としての結果(効果)と概ね一致するシミュレーションデータが得られることを示せば、同様に、そのシミュレーションデータは信頼性を有することを主張しやすいでしょう。特にソフトウェアを自作(自社開発)したような場合は、このようにしてシミュレーションデータの信頼性を示すべきでしょう。
また、(イ)に関して、例えば、計算科学によるシミュレーションデータから導かれる一定の特性等が樹脂の「架橋度」であり、発明の効果は樹脂の「硬度」である場合、「架橋度」と「硬度」との関係を十分に示す必要があります(ただし「架橋度」と「硬度」とのように、技術常識から関係性が明らかであれば、その関係性の説明は必須ではないでしょう)。
さらに(ウ)に関しては、[実施例]の欄にシミュレーションについて記載した場合、[実施例]の欄から製造方法が把握できないことになります。そのため、物の発明または製造方法の発明の場合は、その製造方法を当業者が実施できる程度に[一般記載]に記載すべきです。
ソフトウェアが市販のものであれば、そのソフトウェアの商品名、製造元などを示し、設定条件等についても明示すべきでしょう。
シミュレーションの問題点は、ペーパーエグザンプルの場合と同様、そのデータが実際に行った実験データと大幅に異なることが判明した場合にあると考えられます。また、その場合の扱いについてはペーパーエグザンプルの場合と同様になるでしょう。