
こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。
今回は、「東南アジア(アセアン諸国)における知財代理人制度(インドネシア」についてご紹介したいと思います。
以下、日本弁理士と異なる点に重点をおきながら、下記項目をご説明します。
2.知財コンサルタントの「資格取得の要件」
3.知財コンサルタントの「試験」
4.知財コンサルタントの「検索方法」
5.知財コンサルタントの「年収」
6.特許の「実務能力」
7.「将来性」
なお、上記テーマは、日本弁理士会の国際活動センター・アセアンGによる今年度の調査テーマであり、私が「インドネシア」を担当したものです。
「その他のアセアン主要国(フィリピン、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム)」については諸先生方が調査しており、下記の調査資料にまとめられています。ご興味ある方はご連絡ください。
『アセアン主要国における代理人制度~日本の弁理士制度は世界標準か?』
1.「専権」となっている出願種別
インドネシアの「知的財産コンサルタント(以下、知財コンサルタントとも言います。)」は、日本弁理士と同様に、「特許」、「簡易特許(実用新案)」、「意匠」、「商標」その他の知的財産権分野の出願手続、管理を専門に行う者と定義されています。
そして、在外者によるこれら出願は、インドネシアに住所または永住権を持つ「知的財産コンサルタント」を通じて提出する必要があります(在内者であれば自ら出願することができます)。
根拠規定:知財コンサルタントに関する政府規則2021年第100号、
特許法第1号、意匠法第1号、商標法第1号
⇒日本弁理士の専権業務と同様の規定ぶりになっていると思います。
2.知財コンサルタントの「資格取得の要件」
上記政府規則2021年第100号に、知財コンサルタントとしての「選任要件」が規定されています。「日本弁理士と異なる点」を強調してみました。
(1)インドネシア国籍を有すること。
(2)全能の神に敬虔(けいけん:深く敬い仕えるさま)であること。
(3)身体的にも精神的にも健康であること。
(4)インドネシア共和国の領土内に永住権を有すること。
(5)少なくとも学士号を取得していること(法学によらない)。
(6)25歳以上であること。定年は70歳であること。
(7)英語に堪能であること(TOEFL500点以上相当)。
(8)公務員として雇用されていないこと、または法律や規則で禁止されるその他の役職に就いていないこと。
(9)知財コンサルタントの研修を受けていること。
(10)知財コンサルタント試験に合格していること。
(11)知財コンサルタント事務所または知的財産管理部門でインターンシップを完了しているか、少なくとも24カ月連続して勤務していること。
(12)5年以上の懲役刑に相当する罪を犯したことにつき、懲役刑を宣告されたことがないこと。
⇒インドネシアの実務は「インドネシア語」でなされ、また海外代理人と「英語」で円滑なやり取りが求められる職務ですから、当然のことかもしれません。「宗教的な側面」や「健康面」にも言及されている点、また「定年制度」があることは興味深いです。
3.知財コンサルタントの「試験」
試験の最新情報について、インドネシア知財総局(DGIP)のHPで確認することができます(インドネシア語になります)。
年に1回開催され、(1)筆記試験、(2)実務試験、(3)口述試験から構成されます(合格率は不明)。
(1)特許、実用新案、意匠、商標、著作権、地理的表示(GI)、営業秘密、集積回路配置に加えて、国際条約や協定に関する「知識の筆記試験」
(2)特許の明細書、クレーム及び要約書のドラフティング、権利化、商標の出願書類の作成、権利化に関する「実務試験」
(3)ケーススタディのプレゼンテーション、質疑応答に関する「口述試験」
⇒日本弁理士試験とは異なり、特許明細書のドラフティング、権利化に関する「実務試験」があります。欧州に代表されるように「実務能力を問う試験」が含まれることはグローバルスタンダードであると考えます。
4.知財コンサルタントの「検索方法」
知財コンサルタント、インドネシアの法律事務所を検索する方法として、
(1)知的財産コンサルタント協会のHPにアクセスしてみる、(2)ジェトロHPの知財ページにアクセスしてみることが考えられます。
図1 知財コンサルタントのHP

知的財産コンサルタント協会(AKHKI)のHPによれば、現在のコンサルタント数は「1113名」、そのうち上記コンサルタント協会に登録している人数は「450名」となっています(2025年2月末時点)。
上記赤枠をクリックすることで、「会員情報」を見ることができます。
図2 ジェトロHPのアセアン知財のページ

ジェトロHPの知財ページには、「インドネシアの法律事務所の一覧リスト」があります。「事務所の規模」、「対応可能言語」、「処理案件数(特許出願、訴訟対応可能か)」などの情報を調べることができます。
例えば「新規の法律事務所探し」、「既存の法律事務所の実績調べ」等に利用することができそうです。
⇒実際に現地の法律事務所・代理人を探すとなりましたら、①知財に関する国際会議に参加すること、②知り合いの紹介を通じて現地を訪問してみること、③来日時に事務所訪問を受け入れること(一緒に食事すること)などを通じて、実際に出会い、互いに認識できる間柄になることが重要と考えます。
最近では、写真付き名刺の交換だけでなく、SNSで直接つながることで、その後も親しい関係が築き易いのではと思っています。
皆さんが日本弁理士でしたら弁理士会を通じて「国際会議・セミナー」に出席する(国際系の委員会に所属する)ことも良いかもしれません。
5.知財コンサルタントの「年収」
インドネシアでは、一般に「月収」に加えて年1回、宗教行事(主にレバランやクリスマスなど)の直前に「宗教手当」が支払われることが多く、「宗教手当」は「1カ月の給与相当」と法で定められているようです。
まず、インドネシアの「弁護士」の平均年収は、約2億400万ルピア(約200万円)~約6億6700万ルピア(約650万円)であって、医者(外科医)、裁判官に次ぐ3番目に給与が高い職業のようです。(インドネシア総合研究所のレポートより)。
そして、「知的財産コンサルタント」の平均年収は、正確な数字は公開されていませんでしたが、弁護士と同等の専門知識を必要とされ、弁護士と同等の平均年収との情報が得られました(現地代理人の聞き取り調査より)。
なお、同研究所の調査によれば、インドネシア全体の平均年収は 約3990万ルピア(約38万円)ですから、相当高いステータスの職業と言えそうです。
6.特許の実務能力
詳細は、上記「調査資料」をご参照頂きたいのですが、知財コンサルタントの「特許実務の能力」についてそれほど高くない(高くなっていない)との所感を持っています。これは、シンガポールを除いてアセアン主要国の「代理人全般」に言えることかもしれません。
主な理由としましては、①各国ともに約90%の特許出願は「外国企業」によってなされていること、②特許審査は、自国で実体審査を行うとされているものの、実質は「修正実体審査(外国特許庁の審査結果に依存している状態)」であること(PPHを利用すれば実質無審査で登録になる。)、③特許代理人が「意見書・補正書」を一から作成する機会は極めて少ないことなどが挙げられます。
私自身、「インドネシア代理人」とやり取りを行い、「インドネシア特許出願の権利化業務」に携わることがありますが、拒絶理由通知には「いわゆる5大特許庁で挙げられた引用文献、新規性・進歩性の否定内容」が記載されており、「5大特許庁の特許クレームに合わせるように指示する内容(あるいはそうすることで審査が加速するだろうとの指示内容)」が記載されています。
最近では、PCT国際出願においてインドネシアの審査がやたらに早いことがあるのですが、拒絶理由通知の内容には、「PCT国際出願の調査レポートをそのまま利用した拒絶内容」が記載されていました。
そのほか、逆に「国内特許出願のみ」でファミリがない特許出願については特許審査が一向に進まないとも現地代理人から聞いています。
上記のような状況ですから、インドネシアの特許審査官、そして知的財産コンサルタントの特許実務能力がなかなか上がらない状況にあるのだと考えています(新規性の判断はできても、進歩性の判断はまだ難しいのではないかと感じています)。
7.今後の見通し
インドネシアでは、図3に示すように「総人口は世界で4番目」に大きく、また人口ピラミッドは富士山型であって「若者のボリューム」が多いです。平均年齢が低く労働人口が多いことから、インドネシアは、今後も成長が期待できる投資先として注目されています。
図3 インドネシアの人口ピラミッド

また、インドネシア政府は、いわゆる「中所得国の罠」からの脱却を目指すべく、①貿易自由化の推進、②産業集積を活用、そして③自国のイノベーションを推進することに注力しています。特に③を進めるべく、知的財産制度の整備に前向きであり、またビジネス面及び知財面から「IT系を主とするスタートアップ、中小企業を支援するスキーム」が打ち出されています。
こうしたなかで、知的財産に関する業務を専門に扱う「知的財産コンサルタント」の人数は圧倒的に少なく、希少価値は高く、将来性は極めて明るいと考えられます。他方で、資格取得には「高学歴」、「英語力」、「相当な費用」が必要とされるため、自国のエリート階級でないと「知的財産コンサルタント」になることは難しいようです。
現状は、シンガポールを除くアセアン諸国において「特許実務能力」が必ずしも高くない状態にありますが、今後、アセアン諸国において特許出願件数が引き続き増加し、内国民による特許出願件数も伸びることで、代理人の特許実務経験も蓄積されていくものと考えます。
以上、今回の情報が東南アジアにおける知財実務においてご参考になれば幸いです。

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)
専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査
秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/