
こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。
みなさま、審判請求してますか?
特許庁統計によると、拒絶査定不服審判における請求成立率(特許審決の割合)は年々増加しており、2023年は78%でした。
この数字を見ると、拒絶査定をもらっても全く諦める必要はないことがわかりますし、私の実感としては「審査段階よりも審判段階のほうがかなり特許されやすいのでは?」と感じることもままあります。

ネックはお金がかかることですが、自社の競争優位に資する重要出願であれば、審判請求費用や代理人費用を差し引いても充分にお釣りがくるのではないでしょうか。
実際、審査官も人間なので、その判断にはばらつきもありますし、審査官ラボさんの記事を見ると、平均から大きく外れた審査官がいることも事実です。 恐れずに審判請求をして、審査段階と審判段階との違いを実感することは、実務者としても非常に良い経験になると思います。
「補正なし審判請求」の逆転率は?
さて、上記統計はすべての拒絶査定不服審判を対象にした数値ですが、今回は補正なし審判請求に着目してみました。
審判請求と同時に補正をすれば、審査対象のクレームが変わってしまうので、拒絶査定の妥当性が問題にならないことも多いです。
しかし、補正をせずに審判請求をする場合には、クレームは変わらないので、「この拒絶査定は妥当ではない!」と正面から反論することになります。
このため、補正なし審判請求をした結果を集計すれば、素直な意味での「逆転率」を見ることができそうです。
具体的には、2015~2024年の10年間で「補正を伴わない拒絶査定審判請求」がされた特許出願を抽出し、「審判で拒絶理由が通知されずに特許審決がされたもの(即特許審決)」「審判で拒絶理由が通知されたもの(審判拒絶理由)」「審判で拒絶理由が通知されずに拒絶審決がされたもの(即拒絶審決)」の三つに分類しました。
2024年に審決が発送された審判事例の集計結果は以下のとおりで、全体の1/3は補正なしの反論で逆転していました。逆転率は意外に高いようです。
一方、直ちに拒絶審決がされたのは6%で、これらは審判請求書の主張を考慮しても、原査定の拒絶理由が解消されたとはいえないと判断されたものと考えられます。

また、60%の事例では、直ちに審決がされることなく、拒絶理由が通知されていました。審判官合議体は、原査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合、このように新たに拒絶理由を通知します。
たとえば、原査定とは異なる引例に基づく進歩性欠如や、審査段階で指摘されていなかった記載不備が指摘されることが多いです。
個人的な感覚ですが、審判部は、審査官よりも柔軟に、審判拒絶理由を通知して出願人に補正の機会を与えたり、積極的に補正の示唆を提示したりと、可能な限り特許できるように対応してくれる傾向が強いように思います。
最近の逆転率の傾向
下記は、審決日を横軸に取って、集計結果を時系列で表したグラフです。
ここ5年間を見ると、「即特許審決」となった割合、すなわち逆転率が上がってきている傾向が窺えます。一方、「即拒絶審決」になった割合は減少しています。

これだけだと考察材料が足りないので、この結果を直ちに審判部のプロパテント化とか拒絶査定の品質低下とかに結びつけて考えるべきではないと思いますが、このような逆転率の増加傾向が見られることは認識しておくのが良さそうです。
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技術分野別の傾向
最後に技術分野ごとに見てみましょう。 下記は、特許庁統計の分野別対応FI表に準拠して、各出願を筆頭FIに応じて「電気工学」「機器」「化学」「機械工学」「その他」に分類した結果です(2024年に審決が発送されたものです)。

「即拒絶審決」の割合は、「機器」(計測機器、医療機器、制御など)分野だけ突出して高く(それでも15%ですが)、それ以外の分野では非常に低いことが見て取れます。
また、化学・機械分野の逆転率(「即特許審決」の割合)が平均的であるのに対し、電気分野の逆転率が顕著に高いのは興味深いところです。
実際、「電気工学」分野の集計結果を時系列で表すと、以下のように「即特許査定」の割合がぐんぐん増加していることがわかります。

正直なところ、私もこうした技術分野別の傾向の原因はちゃんと考察できていないので、ぜひ読者のみなさまも考えてみてください!
まとめ
以上、今回は補正なし審判請求の逆転率について調べてみました。
補正せずに審判請求をして拒絶査定に真っ向から反論した場合でも、それなりに逆転することは多く、仮に一発で特許審決が出なかったとしても、何らかの新たな拒絶理由が通知されて補正の機会が与えられる可能性は高いと考えられます。また、そうした傾向は年々強まっているようです。
ただ、このような数字だけで審査と審判との違いを充分に理解することは難しく、やはり実際に審判請求の数をこなすことでしか体得できない感覚もあるように思います。
もし拒絶査定を受けてしまったときは、ぜひ本記事で紹介した「逆転率」の数字を眺めながら、審判請求にチャレンジできないかを検討してみてください。

田中 研二(弁理士)
専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟