東南アジアのソフトウェア関連発明の保護

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

今回は、「東南アジア(アセアン諸国)におけるコンピュータソフトウェア関連発明の保護」についてご紹介したいと思います。

 

以下、下記の項目に沿ってご説明します。

1.はじめに

2.東南アジアのソフトウェア関連発明等の「保護対象」

3.東南アジアのソフトウェア関連発明等の「権利化事例」

4.まとめ

  

1.はじめに

近年、シンガポールインドネシア及びマレーシアなどを筆頭に「東南アジア(アセアン諸国)」において、「コンピュータソフトウェア関連発明」及び「ビジネスモデル関連発明」(以下、ソフトウェア関連発明等と言います。)に関する特許出願の件数が増えてきています。

 

主な理由として、①シンガポールが「知財ハブ(IPハブ)」を目指すとして特にIT系のスタートアップ向けの支援策を各種打ち出していること、②シンガポール及びマレーシアにおいては「英語圏」であること、③インドネシアにおいては「圧倒的な人口(世界第4位の規模)」を有すること、④これら国々を筆頭にアセアン諸国においてビジネス面及び知財面から「IT系を主とするスタートアップ、中小企業を支援するスキーム」が打ち出されていること等が挙げられます。

 

このような支援策を推進することで、海外企業だけでなく現地発のスタートアップも生まれてきており、大企業だけでなく中小企業、スタートアップからもソフトウェア発明(ビジネスモデル発明)に関する特許出願件数がなされている状況と考えます。

 

日本では、「ソフトウェア関連発明等」について、特許・実用新案の「審査基準」及び「審査ハンドブック(附属書B第1章「コンピュータソフトウェア関連発明」)」によれば、『ソフトウェアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている場合に発明(自然法則を利用した技術的思想の創作)に該当し、特許の保護対象になる』ことが示されています。また、審査基準や審査ハンドブックなどを通じて、ソフトウェア関連発明等について特許を取得するための基準が明確になっています。

 

アセアン諸国においても、「ソフトウェア関連発明等」が特許の保護対象とはなっていますが、国ごとにソフトウェア関連発明等の保護対象や審査基準などが異なっているのが現状です。例えば、保護対象として認められる「クレームの形式」が異なっています。

 

今回は、国ごとに事情が異なるアセアン主要国(特にデジタル分野の成長が目覚ましいシンガポールインドネシアマレーシア)における(1)「ソフトウェア関連発明等の保護対象」、また(2)「ソフトウェア関連発明等の権利化事例」についてご説明したいと思います。

 

 

2.ソフトウェア関連発明等の「保護対象」

下記図1は、アセアン主要6カ国での「ソフトウェア関連発明等」の保護対象、根拠条文・審査基準を簡単にまとめたものです。

 図1.「ソフトウェア関連発明等の保護対象」

 

以下、(1)「シンガポール」、(2)「インドネシア」及び(3)「マレーシア」について、概要を説明します。

 なお、詳しくは、下記の「調査報告書」を確認することで理解が深まります。

・「ASEAN各国の知財政策及びIP5等からの知財協力の現状に関する調査研究

・「各国における近年の判例等を踏まえたコンピュータソフトウェア関連発明等の特許保護の現状に関する調査研究

 

 

(1)シンガポール

(1-1)根拠となる条文・規則等

シンガポール特許法第13条特許出願審査ガイドライン第8章(A. Statutory requirements, II.Scientific theories and mathematical methods)

 

(1-2)概要

特許法第13条「特許性のある発明」によれば、コンピュータプログラム含めて、ソフトウェア関連発明、ビジネスモデル関連発明いずれも保護対象として否定されていません。そして、ソフトウェア関連発明の保護に関する「特許出願審査ガイドライン」が公開されています。

 

上記審査ガイドラインによれば、主として「ソフトウェアに関するクレーム」は、ソフトウェアコードのみによって特徴づけられるが、いずれの技術的特徴によっても特徴づけられない場合、実際に寄与する内容が単なる情報の提示にすぎないものと考えられ、「発明」とみなされないだろうと述べられています。

 

また「方法クレーム」によってコンピュータプログラムを保護することは可能であるが、「発明と一体的な技術的特徴」をクレームに含むことが要求される。「コンピュータプログラムを保存する記憶媒体に関するクレーム」についても、そこに記載されている技術的特徴が発明と一体的なものである限り保護が認められる。記憶媒体を単に記載するだけでは、クレームが特許可能な保護対象にはならないと述べられています。

 

「ビジネスモデル」についても、純粋なビジネス方法は、特許として認められないが、ビジネス方法に関する特定の課題解決に寄与する技術的特徴(サーバ、データベース、ユーザデバイス等)を有する場合には、特許の保護対象となり得ると述べられています。

 

(1-3)クレームの形式

特定のクレーム形式は要求されてはおらず、「装置」、「システム」、「方法」、「プログラム」、「プログラム記録媒体」などのクレーム形式で広く特許が認められています。  日本のプラクティスとは大きくは異なっていないと考えます。

 

 

(2)インドネシア

(2-1)根拠となる条文・規則等

インドネシア特許法第4条 ※特許審査基準は一般公開されていない

 

(2-2)概要

特許法第4条「発明に該当しないもの」として、「コンピュータプログラムのみを内容とする規則及び方法」が挙げられています。そして、特許法の逐条解説部分によれば、「技術効果、問題処理の性質を有さないプログラムのみを内容とするコンピュータプログラムは発明に該当しないが、性質上問題処理のための有形無形の技術的かつ機能的効果を有するコンピュータプログラムであれば、特許が付与される発明に該当する。」と記載されています。

 

一方で、「ビジネスモデル」については、特許法第4条において、「ビジネスを行うための規則及び方法は特許されない」と規定されています。特許法の逐条解説部分によれば、「ビジネスとは、技術的性質及び効果を伴わないビジネスの手法をいう。」と記載されています。

 

最新情報として、インドネシアでは、特許法改正が改正され、2024年10月28日より改正特許法が施行されています。現地代理人より「改正特許法の重要な変更点」が報告されています。

 

改正特許法によれば、主として「発明の範囲の拡大」がなされており、「コンピュータプログラムの特許性が明確化」されたことや、「用途発明(第2医薬用途発明)も発明に含まれる」こととなりました。

 

なお、ビジネスモデルは、なおも発明の保護対象とはなっていないようです。

 

(2-3)クレームの形式

特定のクレーム形式は要求されてはおらず、「装置」、「システム」、「方法」、「プログラム」、「プログラム記録媒体」などのクレーム形式で広く特許が認められています。

日本と比較して、「ビジネスモデル」は特許の保護対象となっていません。

 

 

(3)マレーシア

(3-1)根拠となる条文・規則等

マレーシア特許審査基準第4章セクション2.2「発明」、3.6「コンピュータプログラム」

 

(3-2)概要

「コンピュータプログラムそれ自体や媒体上の記録としてクレームされた場合、発明に該当せず特許を受けることができない」と記載されています。他方で、発明の主題が先行技術に対して「技術的貢献」を有する場合には、「プログラムで制御された装置や方法の形式」によって特許の対象となり得ることが記載されています。

 

「ビジネスモデル」についても、「事業を行うための計画、規則又は方法」は特許として認められないが、例えば「遊戯をし又は計画を行うための装置、システム」は特許の対象となり得ることが記載されています。

 

(3-3)クレームの形式

特定のクレーム形式は要求されてはおらず、「装置」、「システム」、「方法」、「プログラム」、「プログラム記録媒体」、「データ構造」などのクレーム形式で広く特許が認められています。  日本のプラクティスとは大きくは異なっていないと考えます。

 

3.ソフトウェア関連発明等の「権利化事例」

ソフトウェア関連発明の出願について、「アセアン主要6カ国でどのようなクレーム形式で特許(特許出願)がなされているか」を調べてみました。

具体的には、大手日本企業、大手海外企業によるソフトウェア関連発明の特許出願において、「アセアン主要6カ国、5大特許庁の全ての国にファミリ出願し、権利化を図っているもの」を有償データベースを用いて抽出してみました。

調べた結果は、以下の通りです。

なお、東南アジアに網羅的に出願し、権利化を多く図っている大手海外企業としまして「アリババグループ」、「サムスン電子」が挙げられます。

 表1「ソフトウェア関連発明等の権利化事例」

※シンガポール、インドネシア、マレーシア、タイでは特許公報が取得できなかったため、公開公報としています。

 

ある「大手日本企業」においては、日本では「装置、方法、プログラム及び情報記録媒体」によって権利化を図り、東南アジア諸国及び他の五大特許庁では「装置、方法」で権利化を図っていました。その他の出願においても、日本以外の国では、概ね「装置、方法」で権利化を図る傾向にありました。

 

「アリババグループ、サムスン電子」においては、日本含めて「装置(システム)、方法」で権利化を図っており、その他の出願においても、概ね「装置、方法」で権利化を図る傾向にありました。

 

アセアン諸国においては、一般的なクレーム形式である「装置(システム)」及び「方法」で権利化を図ることが多いようです。

そのほか他の外国企業による100件ほどの特許出願を調べましたところ、概ね同様の傾向にあるものと考えました。

 

4.まとめ

以上、アセアン諸国における「ソフトウェア関連発明等の保護対象」、また「ソフトウェア関連発明等の権利化事例」についてご説明しました。

「インドネシア」にて「ビジネスモデル特許」が認められない、また今回触れておりませんが国によっては「進歩性の判断が厳しい」といった事情はありますが、概して日本のプラクティスとは大きくは異なっていないと考えます。

 

アセアン諸国においても徐々にではありますが、英語圏となる「シンガポール」や「マレーシア」、圧倒的な人口を有する「インドネシア」を筆頭に、海外企業含め、現地企業・団体(現地発のスタートアップも生まれている。)による発明の保護・活用による機運が高まってきています。

 

アセアン諸国で「コンピュータ関連発明等の特許」を取得するにあたっては、日本と比較して審査基準などの法整備が整っていない国が多いため、大手の日本企業または外国企業がどのように権利を取得しているか、参考にすると良いかと思います。

 

今回の情報が東南アジアにおける知財実務においてご参考になれば幸いです。

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/