こんにちは、知財実務情報Lab. 管理人の高橋政治(弁理士・技術士)です。
今回は明細書中の「引用・援用」について書いてみたいと思います。
明細書の【発明を実施するための形態】の中に、例えば「この原料として特開20××-123456号の[0000]段落に記載されているものを用いる」と記載した場合、何か問題があるのでしょうか?
米国特許出願だけを考えた場合
米国特許制度においては Incorporation by Reference という、特定文献を援用することでその文献の開示内容を明細書の一部として認める制度があります。その文献の開示内容は本発明の明細書の一部となるため必要に応じてその文献に基づいた補正を行うことができます。
この制度を利用して明細書を圧縮して翻訳費用等も圧縮しようという主張もあります。
米国特許出願だけを考えるのであれば、それも良いかと思います。
でも、通常は日本+主要国で通用する明細書を作成する必要がありますね。
補正する可能性がある場合
まず、日本において、他の文献の記載に基づいて補正することはできません(審査ハンドブック附属書A 7.事例39)。
上記の「この原料として特開20××-123456号の[0000]段落に記載されているものを用いる」という例であれば、特開20××-123456号の[0000]の記載に基づいて、本願明細書の原料を具体的にする補正を行うことはできません。
したがって、他の文献に記載されていることを本願のクレームや明細書へ加える補正を行う可能性がある場合は、引用・援用してはいけない、ということになります。
補正しない場合
それでは補正しないのであれば引用・援用しても問題ないのでしょうか。
例えば、クレームにおいて「Xの値が×~×である」と規定し、明細書中に「本発明においてXの値は、特開20××-654321号の[0001]に記載されている測定方法によって測定した値を意味する」と記載した場合、何か問題があるでしょうか。
これに関して、私自身の経験を1つ挙げたいと思います。
ある案件において、クレームに「Xの値が×~×である」と規定していました。そして、明細書中ではWebサイトのURLを記載して、「本発明においてXの値は、https:www.・・・・に示されている測定方法によって測定した値を意味する」と記載していました。
そして、拒絶理由通知書において「Xの値について明細書に記載のURLからWebページが開かないから明確性要件違反である」と指摘されました。
そこで、意見書にて当該URLにて特定されるWebページの内容を示したところ、拒絶理由が解消したことがあります。
つまり、測定方法を明細書に記載せず、他の文献(Webページも含む)を引用しても権利化される場合があるということです。
ここから、測定方法等、補正する可能性がないことであれば他の文献から引用してもよい可能性があると言えます。
ただし、私の21年間の実務経験上において「他の文献からの引用」について確認できた(引用できた、または引用できなかった)ことは、上記の1例しかありません。
1例において「測定方法を明細書に記載せず、他の文献(Webページも含む)を引用しても権利化できた」としても、それをもって全ての出願において、それが適用されるとは言えません。
「測定方法等、補正する可能性がないことであれば他の文献から引用してもよい」可能性は有るが、よく分からない、という結論になるかと思います。
なお、日米欧中対応PCT明細書作成のキーポイント(佃 誠玄 著)のP88には「公知文献の参照に基づく記載要件充足が可能か」を特許庁の審査基準室へ問い合わせたところ「可能な場合がある」と回答を得た旨が記載されています。
思考実験
それではクレームに「文献Aの・・・に記載の部材Xと、文献Bの・・・に記載の部材Yと、文献Cの・・・に記載の部材Zとを有し、これらが・・・という関係にある××装置」という発明を記載した場合、何か問題があるのでしょうか?
明細書中に部材X、部材Y、部材Xについては実質的に何も記載せず(引用するだけ)、これらの関係(相互作用等)だけを記載することになりますので、明細書は非常に短くなりますね。
そんな適当な明細書では権利化できないぞ、という気がするかもしれません。
しかし、上記のように「測定方法を明細書に記載せず、他の文献(Webページも含む)を引用しても権利化される場合がある」のであれば、このクレームについても記載要件は認められるような気もします。
そして、「文献A、文献B、文献Cを組み合わせる動機づけがない場合」または「部材X、部材Y、部材Xの関係(相互作用等)が新しい場合」は、進歩性が認められる可能性は有るでしょう。
そうすると、「文献Aの・・・に記載の部材Xと、文献Bの・・・に記載の部材Yと、文献Cの・・・に記載の部材Zとを有し、これらが・・・という関係にある××装置」という発明も権利化できる場合がありそうです。
ただし、補正パターンが非常に少なくなるため、実際のところ、権利化できる確率は低いでしょう。
また、装置(機械・構造物系)の発明ではなく、化学系の発明であれば、実質的に実施例が必須になるため、それほど明細書は短くならないでしょう。
欧州特許出願の考慮
次に欧州特許出願について考えてみます。
欧州特許庁のガイドラインF部第3章「8.参照文献」には次のように記載されています。
欧州特許出願における他の文献の参照は,背景技術に関するもの又は発明開示の一部に関するもののいずれであってもよい。
参照文献が背景技術に関するものであれば,それが当初から出願中にあっても又は後日挿入されたものであってもよい(F-II, 4.3,4.4及びH-IV, 2.3.7参照)。
参照文献が発明の開示に直接関係する場合(たとえば,クレームされた装置の部品の1についての詳細な記載の場合)は,審査官は最初に,その文献中に記載されているものを知ることが事実上,第83条の意味において発明を実施するために不可欠なものであるか否かを検討すべきである。
それが不可欠なものでなければ,通常使用されている表現「参照によりここに組み入れる」又は同種の表現を明細書から削除すべきである。
参照された文献に記載されている事項が第83条の要件を充足するために不可欠なものであれば,審査官は,上述の表現を削除して,その代わりに,当該事項を明細書に明確に組み入れるように要求すべきである。なぜならば,特許明細書は,発明の不可欠な特徴に関して,自己完結している,すなわち,他のいずれの文献も参照せずに理解され得るものでなければならないからである。更に,参照文献は第65条に基づき翻訳される正文の一部を構成しないことにも留意すべきである。
ただし,このように不可欠な事項又は不可欠な特徴を組み入れる場合は,H-V, 2.5の制限に従わなければならない。調査部は,有意義な調査を可能とするため,参照文献の提出を出願人に請求していることがある(B-IV, 1.3参照)。
ある文献が発明の開示のため出願時の出願で参照されている場合は,その参照文献の関連する内容は,後願に対して第54条(3)に基づく出願を引用する目的で,当該出願の一部を構成するものとみなされる。これは出願日前に公衆の利用に供されていない参照文献に関して,H-V, 2.5の条件が充足される場合に限り適用される。第54条(3)に基づくこのような効果があるため,参照が文献の特定箇所のみを対象にしている場合は,その部分を参照中で明示すべきことが非常に重要である。
そして、上記の青下線部のガイドラインH部第5章「2.5 参照文献」には次のように記載されています。
出願当初の発明の明細書に開示されていないが,明細書中に特定されている相互参照文献の中にのみ記載されている特徴は,第123条(2)の適用上「出願時の出願内容」に一応は該当しないもの
とみなされる。このような特徴は,特定の条件下においてのみ,補正によって出願のクレームに導入することができる。
このような補正は,出願時の発明の明細書が当該技術の熟練者である読者にとって疑義を残さず,かつ,次に該当する場合は,第123条(2)の規定に違反しない(T 689/90参照)。(i) 保護が,当該特徴について求められる又は求めることができる場合
(ii) 当該特徴が,発明の基礎になっている技術的課題の解決に貢献する場合
(iii) 当該特徴が,少なくとも黙示的に出願時の明細書に記載されていた発明の開示に明らかに属しており(第78条(1)(b)),したがって出願時の開示内容に属している場合(第123条(2)),及び
(iv) 当該特徴が正確に規定されており,引用文献に開示の範囲内で特定可能である場合
更に,出願日に公衆の利用に供されていなかった文献は,次の場合にのみ考慮することができる(T 737/90参照)。
(i) 出願日以前に,その文献の写しが欧州特許庁において利用可能とされていた場合,及び
(ii) (たとえば,出願ファイルに存在しており,したがって第128条(4)に基づき公開されたために)第93条に基づく出願の公開日以前に,その文献が公衆の利用に供されていた場合
つまり、欧州特許出願では、原則として、「特許明細書は,発明の不可欠な特徴に関して,自己完結している,すなわち,他のいずれの文献も参照せずに理解され得るものでなければならないからである。」と考えられています。そして、例外的に参照文献に基づいて補正することができる場合がある、と言えます。
この「参照文献に基づく例外的な補正」がどれくらい認められるのかが明確ではないのですが、長谷川寛先生(欧州特許弁理士、ドイツ弁理士、日本弁理士)のブログによると、当該補正が認められる可能性は高くない(おそらく低い)のだろうと思われます。
また、日米欧中対応PCT明細書作成のキーポイント(佃 誠玄 著)のP94には「欧州では、引用した明細書に基づく補正が認められる条件は厳しい・・・。よって、本件明細書において、関連する特徴を全て明示的に記述することが望ましい」と記載されています。
まとめ
以上をまとめますと、「すべての日本出願において、将来、欧州に出願する可能性があることを考慮すると、原則として日本出願の明細書中に引用・援用を記載するべきではない」、という結論になると思います。
みなさまへのお願い
以上が「明細書中の引用・援用」について私が調べたことですが、上記以外でこの論点に関する情報や意見等をお持ちの方がいらしたら、ぜひ、ご教示ください。
ご連絡をお待ちしております。よろしくお願い致します。
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