副引用発明の『上位概念化』が認められ、「除くクレーム」の進歩性が否定された事例

 

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。

 

今回は、
「審決取消請求事件(副引用発明の『上位概念化』が認められ、「除くクレーム」の進歩性が否定された事例。」
-知財高判令和6年11月11日・令和4年(行ケ)第10118号「プログラム」<本多裁判長>-

について解説したいと思います。

 

◆判決本文

 

 

【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(請求項2)

「タッチパネルディスプレイを有する制御装置であって、
 前記制御装置とは異なる制御対象機器の状態を前記制御対象機器から取得する第1手段と、
 前記取得した状態に基づいて、前記制御対象機器の状態を示す状態表示を、前記制御対象機器の状態に応じた表示態様で前記タッチパネルディスプレイに表示させる第2手段と、
 前記状態表示の表示態様を更新するタッチ操作に応じて、更新後の前記状態表示の表示態様と前記制御対象機器の状態とが対応するよう、前記制御対象機器の状態を調整するための制御信号を生成する第3手段と、を備え、
 前記制御対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく、
 前記制御対象機器の状態は、前記スピーカの音質または音量であり、
 前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない、制御装置。」

 

2.審決が認定した<本願発明と引用発明(甲1)との『相違点』>

本願発明は、「前記スピーカを有するがテレビではない制御対象機器との通信が可能でない場合には、前記状態表示の表示態様を更新できない」ものであるのに対し、甲1発明は、そのような構成に特定されているものではない点。

 

3.『相違点』についての判示抜粋~副引用発明(甲4)の上位概念化

『(5) 甲4により認められる公知技術

ア  …甲4には、具体的には、原告が主張するとおりの次の技術(原告主張甲4技術)が記載されているものと認められる。

「デジタルカメラ3が、操作対象の高精細テレビ1との間で、信号の送受信を試みて、無線通信が可能な環境であるかどうかをチェックし、無線通信が不能と判断されたときは、メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を操作部312で選択したとしてもその操作が無効になるよう構成する技術」

イ  前記アのとおり、甲4に記載された具体的な技術…は、制御主体をデジタルカメラ3とし、操作場所を操作部312とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ1)とし、無効なものとされる操作の内容を「メニュー表示中の「テレビ再生」という項目を選択した操作」とするものである。

しかしながら、…原告主張甲4技術を無線通信を利用した電子機器の制御に用いる場合、制御主体がデジタルカメラ3であること及び制御対象機器がテレビ(高精細テレビ1)であることに特段の技術的意義があるものとは認められず、甲4の記載によっても、制御主体をデジタルカメラ以外の機器とし、制御対象機器をテレビ(高精細テレビ)以外の機器とした場合において、原告主張甲4技術に相当する技術が成り立たないものである、原告主張甲4技術はそのような機器について適用できないものである、原告主張甲4技術はそのような機器の場合を排除しているなどと認めることもできない。

加えて、…無線通信を利用して電子機器の制御を行うとの技術において、制御主体が具体的に何であるか…及び制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか…など)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、…各技術に相当する技術がそれぞれの刊行物に記載された具体的な機器以外の機器の場合…を排除しているなどと認めることもできないことを併せ考慮すると、制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定したとしても、そのことが不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできないというべきである(なお、付言すると、…本願明細書の記載も、制御対象機器がスピーカを有するがテレビではない機器であるか、テレビであるかなどによる技術的意義の相違がないことを前提としているものと解される。)。そして、制御主体及び制御対象機器が特定の機器に限定されないのであれば、操作場所及び無効なものとされる操作の内容についても、これらを具体的な操作場所及び操作の内容に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定することも当然に許される…。…

以上によると、甲4に基づき、本件原出願日当時の公知技術として、本件審決が認定した本件技術(「無線通信を利用した操作制御技術において、通信が不能と判断されたときに、通信が不能であると実行できない機能についての操作を無効なものとする操作制御技術」)が存在したものと認めるのが相当である。… 本件原出願日当時の当業者は、引用発明に本件技術を適用し得たものと認めるのが相当である。…』

 

4.若干の考察

(1)本判決について

本判決では、副引用発明(甲4)における具体的な対象機器が「テレビ」であることから、「対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく」という除くクレームにより、本件発明と異なる旨を主張した。一次的には、主引用発明(甲1)が「対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく」という構成を既に有しているから、出願人は相違点として主張するのではなく、副引用発明(甲4)の主引用発明(甲1)への組み合わせの容易想到性における攻防であった。

この点については、審決と同じく、本判決も、「制御対象機器が具体的に何であるか(例えば、テレビであるか…など)が特段の技術的意義を有するものとは認められず、…各技術に相当する技術がそれぞれの刊行物に記載された具体的な機器以外の機器の場合…を排除しているなどと認めることもできないことを併せ考慮すると、制御主体及び制御対象機器を特定の機器(それぞれデジタルカメラ3及び高精細テレビ1)に限定しないものとして甲4に記載された公知技術を認定した」ことは「不当な抽象化に当たるとか、過度な上位概念化に当たるとかいうことはできない」として、副引用発明(甲4)も主引用発明(甲1)と同様に、本件発明の構成要件の一つである「対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく」という構成を有すると判断され、結論として、副引用発明(甲4)の主引用発明(甲1)への組み合わせは容易想到とされ、進歩性が否定された。

本件においては、「対象機器は、スピーカを有するがテレビではなく」という構成は主引例に開示されていたから、本願発明と主引例との一致点・相違点に関わる争点ではなかった。本判決の考え方が、主引例にも同様に妥当するか否かは更に検討を要する。

 

(2)引用発明の上位概念化に関する一般論

一般に、新規性・進歩性判断において、構成レベルで主引例を実施例レベルで具体的に把握すると相違点がある場合でも、主引例の開示事項を抽象化・上位概念化すると、当該相違点が顕在化しなくなる。

また、発明の課題技術分野で主引例を具体的に把握すると具体的課題が異なるとか、具体的な技術分野が異なることとなり、主引例に副引例を組み合わせる容易想到性を論理付けし易くなる。この点は、副引例でも同様の影響が有り得る。

したがって、出願人・特許権者側としても、無効審判請求人としても、主引例・副引例の開示事項の抽象化・上位概念化の限界は、重要な攻防ポイントである。

無効審判請求人としては、開示事項の抽象化・上位概念化の限界という争点が生じないように、公知文献は、本件発明と対比するために必要のない具体的な記載(構成、課題等)を含まない方が好ましい。また、公知文献中に抽象度の異なる複数の記載がある場合は、本件発明と対比した場合に相違点になるような具体的な技術事項を含まない適度に抽象的な技術事項を引用発明として設定することが好ましい。その意味で、公知文献中の実施例を引用例とするか、公知文献中の一般的記載を引用例とするか、何れの抽象レベルの開示を引用例とすべきかを、常に検討すべきである。(例えば、後述のとおり、知財高判令和4年(ネ)第10008号、令和3年(行ケ)第10027号【情報提供装置】事件<大鷹裁判長>は、公知文献中のどの抽象度の開示を主引用例とするかにより、進歩性判断の結論が分かれた事例である。)

この論点に関連して、引用文献から認定される引用発明の抽象度の判断を覆して、審決取消となった裁判例としては、以下の3件が重要である(詳細は後掲する。)。

知財高判平成28年(行ケ)第10061号<鶴岡裁判長>は、引用発明が引用文献に記載された実施例に限られないとして、進歩性を否定した。

知財高判平成29年(行ケ)第10062号<髙部裁判長>は、引用発明が本件発明と異なる構成に特定されるとして、進歩性を肯定した。

知財高判令和4年(行ケ)第10009号「ガス系消火設備」<大鷹裁判長>も、甲2技術事項が「ラプチャーディスクを使用することを前提」とするという認定が決定打となり、ラプチャーディスクを使用しない場合の論理付けが否定されており、引用例の抽象度は、新規性・進歩性判断における重要論点である。

 

【関連裁判例の紹介(引用発明の上位概念化)】

1.主引用発明の認定(一般論)

知財高判令和元年(行ケ)第10097号【簡易蝶ネクタイ】<鶴岡裁判長>

*引用発明の認定は,本願発明等との対比に必要な技術的事項について過不足なく行うことが必要な程度で十分

⇒更に詳細に認定する必要は無い‼

*主副引用発明の課題を審決は広く認定したが本判決は具体的に認定した。⇒容易想到性の判断に影響あり‼

(判旨抜粋)

発明の進歩性の判断に際し,特許出願に係る発明ないし特許を受けている発明(以下「本願発明等」と総称する。)と対比すべき特許法29条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」という。)の認定は,これを本願発明等と対比させて,本願発明等と主引用発明との相違点に係る技術的構成を確定することを目的としてされるものであるから,本願発明等との対比に必要な技術的事項について過不足なく行うことが必要である。

知財高判令和元年(行ケ)第10091号【走行練習用自転車】<鶴岡裁判長>

*引用発明の認定は,本願発明に相当する事項を過不足のない限度で認定すればOK。

⇒特段の事情がない限り,本件発明の発明特定事項との対応関係を離れて,引用発明を必要以上に限定して認定する必要はない。

(判旨抜粋)

引用発明の認定に際しては,ひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち,本件補正発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定すれば足り,特段の事情がない限り,本件補正発明の発明特定事項との対応関係を離れて,引用発明を必要以上に限定して認定する必要はないと解される。…

本件補正発明は,ボルトの本数を,発明特定事項として何ら限定するものでないから,引用発明の認定に当たって事項①を捨象しても,本件補正発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定している…。…

本件補正発明は,三角部材に相当する部材を備えることを発明の構成要素とするものではなく(本件明細書において発明の一実施形態として【0018】で言及され,本願図1ないし3に図示されているにとどまる。),それを除外することを構成要素とするものでもない。したがって,引用発明の認定に当たって事項②を捨象しても, 本件補正発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定している…。…

以上によれば,事項①及び②を捨象した審決の引用発明の認定は,引用文献1に開示された考案の有するひとまとまりの技術的思想につき,本件補正発明の発明特定事項に相当する事項を過不足のない限度で認定したものということができる。かかる認定が,引用文献1に記載された技術内容から必須の一部構成を捨象したとも,不当に抽象化・一般化・上位概念化したともいえない。

 

2.“主”引例の抽象化の限界(引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができる。)

≪権利者有利≫

知財高判平成23年(行ケ)第10100号【高張力合金化溶融亜鉛めっき鋼板】<八木裁判長>

~「合金」の事例であり、一般化は慎重に。複数の鋼における元素の含有量を適宜選択して引用発明を認定した審決を取り消した事例。

(判旨抜粋)

…引用例の【表1】には,独立した5種の鋼が例示され,鋼1ないし鋼5には,含有されている元素の含有量が示されている。ところで,合金においては,それぞれの合金ごとに,その組成成分の一つでも含有量等が異なれば,全体の特性が異なることが通常であって,所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価される…。…

 

知財高判平成23年(行ケ)第10385号【炉内ヒータを備えた熱処理炉】<芝田裁判長>

(判旨抜粋)

引用発明は,従来技術である第3図,第4図に記載の焼成炉の問題を解決するため,ファン28を炉内に設けた構成が特徴点となっているのであり,その特徴点をないものとして引用発明を認定することは,引用例に記載されたひとまとまりの技術的思想を構成する要素のうち技術的に最も重要な部分を無視して発明を認定するものであり,許されない…。

 

知財高判平成23年(行ケ)第10284号【オープン式発酵処理装置】<塩月裁判長>

(判旨抜粋)

引用発明においては,撹拌機の構成と移動通路とは機能的に結び付いているものである。

そうすると,引用発明の発酵処理装置の構成から移動通路(15)を省略し,かつ奥行き方向に往復して撹拌する撹拌機の構成を長尺方向にのみ往復移動しながら撹拌動作する…周知技術に係る撹拌機の構成に改め,同時に概念的,論理的に複数に区切られた発酵槽内の領域を,発酵槽開口部の所望の個所から被処理物の投入・堆積・取出しを行うことができるようにするべく,領域ごとに被処理物の滞留日数及び撹拌頻度を管理することができるようにすることは,…が当業者に周知のものであるとしても,本件出願当時,当業者において容易ではあったと認めることはできない。

 

知財高判平成29年(行ケ)第10119号、第10120号【空気入りタイヤ】<髙部裁判長>

(判旨抜粋)

本件審決は,甲4に甲4技術が記載されていると認定した。しかし,…甲4には,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも,一貫して,ブロックパターンであることを前提とした課題や解決手段が記載されている。また,…甲4には,前記イ①ないし③の技術的事項,すなわち,溝面積比率,独立カーフ,タイヤ幅方向全投影長さとタイヤ周方向全投影長さの比に関する甲4技術Aが記載されている。そこで,これらの記載に鑑みると,上記イ①ないし③の技術的事項は,甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり,これらの構成全てを備えることにより,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという,甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。したがって,甲4技術Aから,ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し,さらに,溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して,甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。よって,本件審決における甲4記載の技術的事項の認定には,上記の点において問題がある。…

 

知財高判令和元年(行ケ)第10102号【立坑構築機】<髙部裁判長>

(判旨抜粋)

原告らは,引用例3に記載された発明においても,本件発明と同様の「内輪,外輪,転動体」の一体構造が開示されているから,本件発明は特別に何ら技術的意義を有しないと主張し,また,引用例3から前記第3の2〔原告らの主張〕⑴のとおりの発明が認定されるべきであると主張する。しかしながら,引用例3から前記第3の2〔原告らの主張〕⑴のとおりの発明を認定することは,旋回座軸受の一部のみに着目することになるが,これだけでは旋回座軸受が一体として機能することがないから,引用例3から原告らの主張するように発明を認定することは相当でない。

 

知財高判平成27年(行ケ)第10077号【水洗便器】<清水裁判長>

(判旨抜粋)

…原告は,ボウル面の上縁部に洗浄水を導く水平な通水路を備えることは,ボール面噴出口が1つであるか2つであるかを問わない周知技術である旨を主張する。しかしながら,水洗便器の技術分野において,洗浄水の噴出口の数,通水路の構造と洗浄水の供給路,流水路とは一連の技術事項であるといえ,このような一連の技術の一面だけに着目し,ひとまとまりの技術事項の一部を抽出することは,それ自体が技術思想の創作活動であるから,安易な抽象化,上位概念化は許されず,技術事項に対応した慎重な検討が求められるというべきである。…水洗便器の洗浄においては,洗浄水の供給の形態,噴出口の数,通水路及び流水路の形状に様々なものがあり,このような様々な洗浄方式の相違を考慮せずに,ボウル面の上縁部に洗浄水を導く水平な通水路を備えることが,噴出口の数,そして,それにより当然に異なる洗浄水の流路のいずれも問わない周知技術であると認めることは相当でなく,少なくとも,本件訂正発明及び甲1発明と同様の,洗浄水の水平方向への供給口が一つであって,その流路が一方向である水洗便器の洗浄方式を前提として,上記の周知技術が認められるか否かを判断すべきものといえる。

 

知財高判令和5年(ネ)第10041号【トレーニング器具】<清水響>=令和5年(行ケ)10040<清水響>

*引用文献の実施例の一部のみを抜き出して引用発明とできないとされた事例。当該一部の構成以外の構成を捨象することも容易想到でないとされた事例。

(判旨抜粋)

…本件においては、バー10のみ(甲7発明)が独立した引用発明であると認定することはできず、バー10のみならず重り支持部分をも備えた甲7発明(被告)が引用発明であると認定するのが相当であるから、甲7公報記載の発明を引用発明とする本件各発明の進歩性の判断…に当たっては、そのような甲7発明(被告)から重り支持部分を取り除くことについての容易想到性が問題となるところ、甲7発明(被告)におけるバー10は、甲7発明(被告)を構成する部材の一部であり、重り支持部分と不可分の部材であるから、バー10のみをもって、原告が主張するリング状の器具であるとみることはできない…。

 

≪権利者不利≫

知財高判平成17年(行ケ)第10672号【高周波ボルトヒータ】

(判旨抜粋)

 …引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術的思想を抽出することができるのであって,その際引用刊行物に記載された具体的な実施例の記載に限定されると解すべき理由はない。

…甲1自体には実現できるように記載されてない高周波誘導加熱の具体的な構成そのものは,…本件特許出願当時,…技術常識であったのであるから,当業者は,甲1の「…高周波加熱トーチ」の高周波誘導加熱に上記技術常識であった誘導加熱体の具体的な構成を参酌し,高周波誘導加熱を実現することができるものとして,甲1発明を把握することができたものと認められる。

 

知財高判平成16年(行ケ)第159号【遊技機における制御回路基板の収納ケース】

(判旨抜粋)

本件決定が刊行物2,3を引用したのは,遊技機の制御回路基板の収納ケースにおいて,該収納ケースの底板部に基板固定ピンを突設し,該基板固定ピンにより前記収納ケースの底板部に制御回路基板を固定させることが本件特許出願時に周知であったことを明らかにするためである。そして,制御回路基板を同基板の収納ケースの底板部に固定する技術と制御回路基板の収納ケースに静電気(電磁波)対策を施す技術とは技術的に関連性がないことは刊行物2,3の記載及び技術常識に照らして明らかであり,刊行物2,3の上記技術事項を刊行物1発明に適用する際に,静電気対策上悪影響があるか否かの問題は生じない…。

 

知財高判平成22年(行ケ)第10160号【封水蒸発防止剤】

(判旨抜粋)

引用発明2は,…粘着剤層(2a)が担う軽剥離が可能とするとの機能は,粘着剤層(2b)とは独立した機能の併存によって達成されるものであるから,粘着剤層(2b)が存在することによって影響を受けるものではなく,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されるものということができる。そうであるから,…当業者は,引用発明2の構成に係る粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱いものとして,独立して抽出することができるものということができる。

 

知財高判平成22年(行ケ)第10220号【携帯型家庭用発電機】

(判旨抜粋)

なるほど,引用発明は,引用例記載の「携帯用扇風機」における,太陽光発電及び充電時の一態様であって,一義的には当該扇風機の駆動に供するものであるといえる。しかし,引用発明が開示する太陽光発電,充電時の開示された構造及びその機序は扇風機の駆動と直接関係しているものではなく,それ自体が技術的に独立し,技術的に扇風機の駆動と分離して論ずることができる…。したがって,引用例におけるこのような記載事項に接した当業者は,引用例に記載された事項を総合的にみて,独立した技術思想として,多目的活用可能な太陽電池である引用発明を読み取ることができる…。

 

知財高判平成18年(行ケ)第10499号【無線式ドアロック制御装置】<篠原>

(判旨抜粋)

引用例2には,1つの技術のみが記載されているというものではなく,…種々の発明が記載されているところ,その中から,引用発明2Aという公知技術を把握することもできれば,付随事項①及び②を含めた公知技術を把握することもできる。そして,前者は,後者の上位概念に当たることが明らかであるが,公知技術との対比における進歩性の認定判断においては,本件発明に最も近い技術を選択するのが常道である。…スイッチが露出して設けられている場合,意図しない接触等により,スイッチの誤操作が生じ得ることは,経験則上明らかな事項であり,露出して設けられているスイッチによって施錠したり解錠したりする構造のものにおいては,スイッチの無意識的な誤操作によりロックが解除されるという事態が起こり得るという技術常識は,当業者が当然に気が付くものであり,かつ,その問題意識を持っているべきものである。したがって,引用例2に接した当業者が,引用発明2Aに着目し,これを選択することは,ごく容易なことというべきである。…

 

3.“副”引例の抽象化の限界

(1)令和4年(ネ)10008、令和3年(行ケ)10027【情報提供装置】事件<大鷹裁判長>の紹介

同一特許、同一引用文献で、同日同ヶ部の知財高裁判決(侵害訴訟控訴審と審決取消訴訟)で新規性判断が分かれた事例。⇒無効の抗弁は、柔軟にロジックを変更可能!!

侵害訴訟控訴審(令和4年(ネ)10008)審決取消訴訟(令和3年(行ケ)10027)とは、以下の諸点で共通する。

本件発明の「情報提供装置」は、単独の装置を意味する。

引用文献の「学習・生活支援システム1」は、①ネットワークNを介して接続された学習・生活支援サーバ2と、②複数の受講生・生徒が使用するユーザ端末3という、複数の要素(装置)から成る。

 

<審決取消訴訟判決(令和3年(行ケ)10027)の判断枠組み+結論>~請求棄却

(審判段階の対比を前提として)引用文献の「学習・生活支援システム1」は、複数の装置から成るから、本件発明の「情報提供装置」に相当しない。相違点は容易想到でない。⇒進歩性〇

 

<侵害訴訟の控訴審判決(令和4年(ネ)10008)の判断枠組み+結論>~控訴棄却 引用文献の「学習・生活支援システム1」の内「サーバ2」のみを本件発明の「情報提供装置」に相当すると対比した。どちらも単独の装置であり、この対比では一致点となる。⇒新規性×

 

(2)副引例についても「ひとまとまりの技術思想」である必要があるとした裁判例(★)
知財高判令和4年(行ケ)第10009号「ガス系消火設備」<大鷹裁判長>

~副引例が前提とする構造を捨象して、副引例を過度に抽象化(上位概念化)した異議決定を取り消した事例。

異議決定が甲2技術的事項から「ラプチャーディスク」を捨象して(「ラプチャーディスク」を使わないとして)副引例を上位概念化して認定したうえで、各バルブの開弁時期をずらすこと(により各部屋の加圧を防止すること)が容易想到であると論理付けしたことを誤りとして、取消決定を取り消した。

(判旨抜粋)

甲2技術的事項の『ラプチャーディスク』は、配管等の内部のあらかじめ決められた圧力により動作(破裂)し、一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない、使い捨ての部材…であり、弁が繰り返し開閉する「容器弁」とは、動作及び機能が異なるものである。…甲2には、バルブ…の開閉によりガスシリンダーから配管へのガス流を制御することの記載はあるものの、ラプチャーディスクを使用することを前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、各バルブの開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって保護区域又は保護された部屋の加圧を防止することについて記載や示唆はない。

 

知財高判令和2年(行ケ)第10066号【2軸ヒンジ】事件<森裁判長>

~副引用発明の一部のみを取り出して、主引用発明に適用する動機付けなし。

(判旨抜粋)

…機能的に連動しており、一体的に構成され、…上記の一体的に構成された部材から、支持片511及び支持片512のみを取り出して、一対の支持片を有するという構成を甲2発明に適用する動機付けはない…。…甲2発明は、甲1発明のストッパ機構に相当する部材を備え…甲2発明は、選択的回転規制手段を有し…甲1発明の上記の一体的に構成された部材は、ストッパ機構と選択的回転規制手段を含むものであるから、甲1発明の上記の一体的に構成された部材を甲2発明に適用しようする動機付けもない…。

 

知財高判平成31年(行ケ)第10041号【創傷被覆材】事件<菅野裁判長>

~副引用発明の一部のみを取り出して、主引用発明に適用する動機付けなし。

(判旨抜粋)

…甲4に記載された発明は,創傷面と第2層との間において適度な貯留空間を形成して創傷面上に適度な滲出液を保持するとともに,滲出液が面内方向に広がるのを防止する機能を有する多数の孔が設けられた第1層と,初期耐水圧シート材である第2層,水を吸収し保持することが可能なシート材(第3層)を一体化させた構造を有することにより,創傷面の湿潤状態を保つ技術的意義を有するものであるから,甲4に記載された発明のうち第1層のみを取り出して,甲1発明に適用する動機付けはない。…原告が主張する技術常識1の3つの機能は,そのような機能を有する創傷被覆材に関する上記3つの特許文献に記載されているにすぎず,具体的な創傷被覆材の構成を捨象して,このような特許文献の各記載から,創傷被覆材一般において,湿潤療法を効果的に行うためには,技術常識1の機能を持たせることが技術常識であると認めるには足りない。

 

知財高判平成25年(ネ)第10025号<清水裁判長>

~副引用発明の過度の上位概念化を否定した。⇒原審大地平成23年(ワ)第11104号は、同一の主副引例で進歩性×。

(判旨抜粋)

乙7には,「箱底」の四辺に「側壁」と「内接片」が,この順序で連接されていて,四辺に近い方の「側壁」が,「支柱の幅の長さ分だけ切欠」かれている構成は,開示されていない。箱底から遠い外側側板の一部を切欠した甲2発明から,内外いずれの側板であってもその一部だけを切欠するという上位概念化した技術思想を抽出し,乙13発明の内側に折り返した内側側板に適用しようとすることは,当業者にとって容易とはいえず,これを容易想到とする考えは,まさに本件発明の構成を認識した上での「後知恵」といわなければならない。

 

知財高判(大合議)平成28年(行ケ)第10182号【ピリミジン誘導体】事件

~副引例も「発明」(=具体的な技術的思想)である必要がある。

(判旨抜粋)

 …進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできない…。

 この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条1 項3号所定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできない…。…

甲2には…一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上ある…ところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。さらに,甲2には…一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ,R3として「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が…一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。

したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基を「-N(CH3)(SO2R’)」とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-ⅰ)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-ⅰ)に係る構成とすることはできない。…

 

(3)引用文献から認定される引用発明の抽象度を覆して、審決取消となった裁判例

知財高判平成28年(行ケ)第10061号<鶴岡裁判長>

引用発明が引用文献に記載された実施例に限られないとして、進歩性を否定した。

(判旨抜粋)

…刊行物1には,実施例として,複数の固定無線機が施設の所定の各部屋にそれぞれ設けられる構成が示されている…。しかしながら,複数の固定無線機の設置位置を「施設の各部屋」に限定することと課題解決手段との間に特に技術的関連性があるとは認められず,また,そのような限定がなくとも,刊行物1発明の課題を解決し作用効果を奏することは可能であると認められるから,同発明を上記実施例に係る技術内容に限定してしまうことは相当でない(上記実施例の記載は,飽くまで発明の一実施態様を示したものにすぎず,そのことにより刊行物1から他の態様による実施が読み取れないとはいえない。)。したがって,引用発明Aについても…かかる技術内容に限定することは相当でなく,本件訂正発明1との対比は,飽くまで複数の固定無線機の設置位置が「施設の各部屋」を含むがこれに限定されないものとして認定した引用発明Aをもってなされるのが相当である。

上記のように相違点1´を認定した場合,仮に同相違点に係る構成(移動体の位置検出を行うために複数の起動信号発信器を出入口の一方側と他方側に設置する構成)が本件特許の出願時において周知であったとすれば,引用発明Aとかかる周知技術とは,移動体の位置検出を目的とする点において,関連した技術分野に属し,かつ,共通の課題を有するものと認められ,また,引用発明Aは,複数の固定無線機の設置位置を特定(限定)しないものである以上,前記の周知技術を適用する上で阻害要因となるべき事情も特に存しないことになる…。

 

知財高判平成29年(行ケ)第10062号<髙部裁判長>

引用発明が本件発明と異なる構成に特定されるとして、進歩性を肯定した。

(判旨抜粋)

 …引用例には,「…」との発明(…)が記載されているものと認められる。よってSiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極がいずれも不明であるとした本件決定の認定には,誤りがあるというべきである。…

そして,引用例には,IGBT4とダイオード5との組合せを,SiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとの組合せに置き換える場合,置換えの前後で動作を異ならせる旨の記載や示唆はない。

また,引用発明Aは…を課題とし,…を目的とする発明であって(…),この目的を達成することと,SiCMOSFETの型や並列接続するショットキーバリアダイオードの接続方向を変更することは,無関係である。したがって,当業者が,引用発明Aにおいて,上記目的を達成するために,「前記PN接合ダイオードの一の電極」及び「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」をカソード電極からアノード電極に変更する動機付けがあるとはいえないから,相違点1’に係る本件発明1の構成を当事者が容易に想到できたものであるとは認められない。

 

知財高判令和元年(行ケ)第10159号【X線透視撮影装置】<菅野>

(判旨抜粋)

…審決は,回転処理されるX線の画像は術者が装着したHMDの画像であること,操作者を兼ねた術者の位置情報が床面(センサ)からのものであるという構成を捨象して,「X線画像を見る者によるX線画像と実際の患者の位置把握を容易にするために,X線画像を見る者の位置情報に基づいてX線画像302の回転処理を行う」という技術事項(技術事項2)を認定したものであり,技術事項の範囲を不当に抽象化,拡大化するものといえ,誤りである。

 

  

高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)

    
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/