東南アジアの知財情報の効率的な調査・収集

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの石川勇介(日本弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)です。

 

今回は、「東南アジア(アセアン諸国)の知財情報を効率良く調査、収集する方法」についてご紹介したいと思います。 

 

以下、下記の項目に沿ってご説明します。

1.はじめに

2.東南アジアの知財情報を体系的に知る

3.東南アジアの知財実務に関する情報を得る

4.まとめ

 

  

1.はじめに

「アセアン諸国」は、上記に示す「東南アジア10カ国」からなる経済等の地域協力機構になりますが、国ごとに知財制度が異なり、また法体系も異なっています(コモンローの国もあれば大陸法の国もあり、またフィリピンのようにこれらが混在する国も存在します)。

 

いずれの国でも知的財産の重要性は高まっていると言えますが、下記図1に示すように、人口、経済そして法整備の発展度合いの差が大きく、国ごとに事情が大きく異なっています。

 

 

図1「東南アジアの人口(2022年)」

  

 

図2「東南アジアの一人当たりGDP(USドル)と『実質GDP成長率(%)』(2022年)」

 ※ジェトロ統計情報をもとに作成

 

具体的には、図1に示すように、アセアン諸国のうち、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、ミャンマーは、「5000万人以上の人口」を有しており、インドネシアは世界人口ランキングで4位となっています。

 

また、図2に示すように、アセアン諸国のうち、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンは「中所得国」に位置し、また、ラオス、カンボジア、ミャンマーは「後発開発途上国」に位置付けられます。

 

「中所得国」とは、一般に一人当たりの国内総生産(GDP)が「3000ドル」から「1万3000ドル」程度の国を指すと言われています。また、「後発開発途上国」は、開発途上国の中でも特に開発が遅れている国として位置付けられています。

 

なお、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンでは、いわゆる「中所得国の罠」からの脱却を果たすべく、「外資呼び込み政策」や「研究開発の各種優遇・支援措置」、「イノベーションの促進」を積極的に進めています。「中所得国の罠」とは、自国経済が中所得国のレベルで停滞することで、先進国(高所得国)入りが中々できない状況を言います。

 

ラオス、カンボジア、ミャンマーにおいても、後発開発途上国からの脱却を目指しており、「外資呼び込み政策」や「研究開発の各種優遇・支援措置」を進めています。

 

今回は、国ごとに事情が異なるアセアン諸国における「知財情報の効率的な調査、収集法」についてご説明したいと思います。

なお、「東ティモール」が11番目のアセアン加盟国となることが承認され、2024年までに正式加盟が予定されており、将来はアセアン11カ国となる予定です。

 

2.東南アジアの知財情報を体系的に知る

知財に関する法律や規則、審査基準、これらの改正情報、統計情報については、ジェトロHPの東南アジア・知財情報にアクセスすることで概ね情報を入手することができます。例えば、タイの法令であれば知財法、規則、審査基準の原文、英文、和訳があります(図3参照)。

 

図3「ジェトロの東南アジア・知財情報」

 

アセアン諸国では、ジェトロバンコク及びジェトロ・シンガポールに知財部所員が駐在し、アセアン10カ国を対象国として以下の知財業務を主に行っています。

(1)知財制度に関する情報の調査およびその広報

(2)知財制度に関するセミナー開催(日本企業・知財専門家向け、政府機関向け)

(3)知財に関する法律的な助言(ブリーフィング対応)

(4)東南アジア知財ネットワーク(SEAIPJ)の事務局
  (会員向けに知財情報を発信,現地WG 活動のサポート)

(5)現地政府当局へのロビーイング活動(知財庁、警察、税関、裁判所等)

 

具体的には(1)について、法の改正情報や日系企業が現地で困っている問題(例えば、インドネシアの「特許年金催促問題」や「国内未実施の場合の強制実施権付与」等)がタイムリーにアップされています(メール配信の登録も可能です)。

 

また、日本企業からの相談が多いテーマに関する調査報告書が毎年作成されています(例えば「アセアン地域におけるインターネット上の模倣品対策調査」や「タイ、ベトナム、インドネシアの特許クレームの翻訳の質の調査」など)。  上記調査報告の中で、特に、アジア特許情報研究会への業務委託による「各知財庁が提供する産業財産権データベースの調査報告」については毎年情報が更新されており、ご一読いただきたいです。アセアン主要6カ国(インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール)の特許・実用新案検索DB、意匠検索DB、商標検索DB及びこれらを用いた検索手法等について具体的に解説がなされ、また産業財産権の権利化までに要する期間、特許出願件数の出願人上位ランキング等の統計情報が収録されています。

 

そのほか、アセアンにおいて知財案件を取り扱っている「法律事務所の一覧リスト」が毎年アップデートされており、事務所の規模、対応可能言語、処理案件数(特許出願、訴訟対応可能か)等の情報を調べられます。新規の法律事務所探しや、既存の法律事務所の実績調べ等に利用できます(図4参照)。

 

図4「ジェトロの法律事務所一覧リスト」

 

(2)については、毎年開催される「アセアン知財動向報告会」(講演資料あり)や現地駐在員による「海外知的財産権最新情勢セミナー」などに参加することで、アセアン知財の統計情報や最近の知財トピックを把握できます。

最近ではウェビナー開催のため参加し易くなっており、またWIPO主催やJPO主催によるジェトロ海外駐在の知財所員、JICA知財専門家による知財ウェビナーも頻繁に開催されており、アセアンの知財情報を収集できる機会が増えています。

 

(3)については、例えば、①早期権利化を図るべく、現地知財庁に向けて特許出願に係る技術説明会の開催をしたい、②模倣品流出に困っているため、ジェトロ主催の当局向け真贋判定セミナーに参加したい、③現地企業が既に会社のロゴやブランドの商標権を取得しているため、不使用・不正使用取消審判を請求するとともに、当局に対しビジネスが進まず困っている(このままでは投資できない)ことを当局の職員に説明したい等といった個別具体的な相談をする案件に利用することができます。現地事務所では対応が難しい案件において、ジェトロに個別相談することで進展することがあると思います。より詳しくは、月間パテント誌(日本弁理士会)2018年6月号の記事もご参照ください。

 

 

3.東南アジアの知財実務に関する情報を得る

INPIT「新興国等知財情報データバンク」が提供する知財情報は、ジェトロが提供する知財情報よりも実務的な情報が多く、例えば「ベトナムでは用途発明(医薬用途発明)は保護されるのか」、「インドネシアではビジネスモデルの発明は保護されるのか」といった企業・事務所が把握しておきたい現地情報がまとめられています。また、東南アジアにおいての知財リスクとも言える「インドネシアにおける特許の早期権利化(インドネシアでは特許の権利化が遅い)」や「タイにおける文字商標の識別力に関する判決(タイでは識別力を有することの審査が厳しい)」と言った実務情報を調べることができます(図5参照)。

 

図5「INPIT「新興国等知財情報データバンク」のHP」

 

そのほか、日本知的財産協会(JIPA)が発行する会員向け調査資料、ジェトロが毎年発行する調査報告書等で、「日系企業から相談が多いテーマ」の調査報告が毎年作成されています。前者について例えば「アジア・オセアニア諸国での特許取得の留意点」、後者について例えば「タイ、ベトナム、インドネシアにおける特許クレームの翻訳の質の調査」等が報告されています(図6参照)。

 

図6「JIPAのHP、ジェトロの東南アジア・知財情報」

 

4.まとめ

従来のアセアン諸国での知財保護と言えば「模倣品対策」が中心であって、知財権侵害と言えば専ら商標権・著作権侵害でしたが、最近の動きとして意匠権侵害に関する訴訟案件も増えており、また特許権侵害による高額な訴訟案件も報告されています。

 

このように、アセアン諸国においても徐々にではありますが、英語圏となるシンガポールマレーシア、圧倒的な人口を有するインドネシアを筆頭に、海外企業含め、現地企業・団体(現地発のスタートアップも生まれている。)による発明の保護・活用(意匠の保護・活用)による機運が高まってきています。

 

今回の情報が東南アジアにおける知財実務においてご参考になれば幸いです。

 

次回は、「東南アジアでの権利化の事例を調べる」についてご紹介したいと思います。

 

 

 

石川 勇介(弁理士、元ジェトロ・バンコク事務所)

専門分野:特許権利化実務(化学/材料/機械/ソフトウェア/ビジネスモデル)、特許調査

 

秋山国際特許商標事務所 https://www.tectra.jp/akiyama-patent/