除くクレームとする補正の考え方(2)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

 

前回は、「除くクレーム」に関する典型的な論点(「除くクレーム」の導入目的と除く対象は限定されるのか)について考えてみました。

 

今回は、より一般的に、「除くクレーム」を導入する補正・訂正における新規事項判断について考えてみましょう。

 

※なお、私は新規事項の判断基準は補正でも訂正でも基本的に共通すると考えているので、以下では補正・訂正を厳密に区別しないことがあります。

 

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詳しくは以下をご参照ください。↓

 

大前提はソルダーレジスト大合議判決の規範

前回の記事でも述べたとおり、「除くクレーム」とする補正・訂正における新規事項判断の基準は、平成18年(行ケ)第10563号「ソルダーレジスト」大合議判決において、それ以外の補正・訂正と同様に、明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正・訂正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきであると判示されました。

 

現在でも、一般論としては、「除くクレーム」とする補正・訂正であっても、通常の補正・訂正と同じく「新たな技術的事項」の導入の有無によって判断すればよいとされています。

 

しかし、そもそも技術的事項とは何でしょうか? また、「新たな」技術的事項であるかどうかはどうやって判断できるのでしょうか?

 

特に「除くクレーム」とする補正は、もともと当初明細書等に記載されていなかった対象を除くことが多いところ、当初明細書等に記載のない事項を除くことが「新たな技術的事項」を導入するものかどうかをどのように判断すればよいのでしょうか?

 

これらの疑問には、私も正直はっきりとした答えを持っていません。ただ、実際の裁判例における新規事項判断のあてはめを見ていけば、幾ばくかのヒントにはなりそうです。

 

 

ソルダーレジスト大合議判決のあてはめ

まずはソルダーレジスト事件におけるあてはめを見てみましょう。

同事件では、4種類の成分(A)~(D)の組合せで特定された訂正前発明1から、各成分の下位概念である(a)~(d)の組合せ(拡大先願の引用発明の構成)を除く訂正について、訂正後に残ったすべての組合せに係る構成において訂正前発明1の効果を奏するものと認められ、成分(a)~(d)の組合せを除外することによって訂正前発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないとして、新たな技術的事項を導入しないと判断されました。

 

ここでは、本件明細書に記載された発明の効果が訂正前後で共通して奏されることを理由に、新たな技術的事項を導入しないと判断しているように思われます。

 

その後の裁判例における判断手法(1)

令和4年(行ケ)第10030号「積層体」事件では、裁判所は、本件発明の技術的課題を認定した上で、「除くクレーム」とする訂正によってこの技術的課題に何らかの影響が及ぶものではないとして、「訂正事項2による除外がされて残った技術的事項には、本件訂正前と比較して何ら新しい技術的要素はない」と判示し、新たな技術的事項を導入するものではないと判断しました。

 

このような判断手法は、「効果」と「課題」の違いはあるものの、訂正前後で発明の効果が変わったかどうかを検討するソルダーレジスト事件のあてはめと親和的であるように思われます。

 

その後の裁判例における判断手法(2)

ソルダーレジスト判決後に、より具体的なあてはめを行った裁判例として、平成25年(行ケ)第10266号「透明フィルム」事件が挙げられます。

この事件では、知財高裁は、「受酸剤として使用される金属酸化物」から特定の金属酸化物を除く訂正について、

(a)除かれた金属酸化物のみが受酸剤として特有の性質を有する

(b)除外後に残った金属酸化物のみが受酸剤として特有の性質を有する

といった、訂正前後で「受酸剤として使用される金属酸化物」の技術的内容を変更するような事情がないことから、新たな技術的事項を導入するものではないと判断しています。

 

逆に言えば、以下の(ア)または(イ)に該当する場合には、除く記載に係る発明特定事項の技術的内容が変更されたことで新たな技術的事項が導入された、と判断される可能性がありそうです。

(ア)除かれたもののみが当該発明特定事項として特有の性質を有する

(イ)除外後に残ったもののみが当該発明特定事項として特有の性質を有する

 

このような判断手法は、請求項に係る発明が「A+B」である場合において発明特定事項Bからその下位概念の一部bを除いて「A+B(ただし、bを除く)」とする場合に使えるかもしれません。

 

ただし、上記(ア)(イ)は新規事項に該当しうる一例に過ぎないので、(ア)(イ)に該当しないからといって必ずしも新規事項追加に該当しないわけではないことには注意しましょう。

 

より具体的な判断をした裁判例

高石先生の記事には以下のコメントが記載されており、参考になります。

「除くクレーム」の新規事項追加判断は、拡大先願違反を回避するために補正/訂正する場面よりも、進歩性欠如を回避するために補正/訂正する場面の方が厳格に当てはめているように感じられる。

 

確かに、拡大先願違反を回避するために「除くクレーム」が用いられているケースでは、そもそも新規事項追加が争点になる事例が非常に少ないのに対し、進歩性違反を回避するために「除くクレーム」が用いられているケースでは、新規事項追加が争点になる事例が少なくないように思われます。

 

以下では、進歩性欠如を回避するための「除くクレーム」の新規事項判断において、上記の事例よりも具体的な判断をしている裁判例をいくつか紹介します。

 

平成26年(ネ)第10080号等「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」事件では、裁判所は、「スピネル型マンガン酸リチウム」を「スピネル型マンガン酸リチウム(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」とした訂正について、除外後のスピネル型マンガン酸リチウムを「Li0.5MnOの結晶構造の外側に、ナトリウムやカリウムが何らかの形で存在する形態を指すものと一応解される」とした上で、以下のように判示し、上記訂正が新規事項追加に該当すると判断しました。

本件明細書には,「結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含む」形態を除くスピネル型マンガン酸リチウムについて明示的な記載はなく,また,これが本件明細書の記載から自明な事項であるということもできないから,「(結晶構造中にナトリウムもしくはカリウムを実質的に含むものを除く。)」との技術的事項が,本件明細書に記載されているということはできない。

 

平成31年(行ケ)第10015号「電解コンデンサ用タブ端子」事件では、裁判所は、「(但し,前記電解コンデンサ用タブ端子について,JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以上のものを除く。)」との記載を追加する訂正について、以下のように判示し、新規事項追加に該当すると判断しました。(なお、本事例では、他の請求項に「ゼロクロス時間が2.50秒以下である」との事項を追加した訂正も同様の理由で新規事項追加と判断されており、そのような肯定的表現の記載とするか「除くクレーム」の記載とするかは判断を左右しないとしています。)

ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下の範囲に該当するものとして,ゼロクロス時間が2.40秒,2.35秒及び2.30秒のタブ端子(実施例1,2,4,5)が明示的に記載されているということができるが,ゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満であるタブ端子についての明示的な記載はない

……本件明細書の記載から,ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないし,このことは,上記アの技術常識を勘案しても同様である。

 

令和3年(行ケ)第10151号「船舶」事件では、船舶の構成要素「浸水防止部屋」を「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。)」とする訂正について、以下のように判示し、新規事項を追加するものではないと判断しました。

本件訂正前の請求項1の「浸水防止部屋」とは、それに面する側壁が損傷し浸水しても、それが設けられた「部屋」に浸水しないような水密の構造となっている部屋を意味すると解するのが相当である。そして、「浸水防止部屋」は、タンク等の他の機能を備えることが許容されるものであると認められる。

……「浸水防止部屋」は、タンクの機能を備えることが許容されるから、「浸水防止部屋」には、タンクの機能を兼ねるものと、タンクの機能を兼ねないものがあるものと認められる。本件明細書等には、浸水防止部屋としてタンクの機能を兼ねるもののみが記載されていると解すべき理由はないから、本件明細書等には、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」とともに、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」が記載されていると認められる。そして、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」を備える発明と、タンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋」を備える発明は、いずれも本件明細書等に記載された発明であったから、訂正事項1により、特許請求の範囲の請求項1の「浸水防止部屋」がタンクの機能を兼ねない「浸水防止部屋(ただし、タンクを除く。)」に訂正されて、タンクの機能を兼ねる「浸水防止部屋」を備える発明が除かれても、新たな技術的事項を導入しないことは明らかである。

 

そのほか、令和3年(行ケ)第10111号「レーザ加工装置」事件でも、同様に、明細書等の開示内容を踏まえて「除くクレーム」の新規事項追加の有無が判断されています。この事件については、高橋先生の記事をご参照ください。

 

これらの事例では、「除くクレーム」で除外後に残った発明が当初明細書等に実質的に記載されていたと評価できる場合には、新たな技術的事項を導入しないと判断しているように思われます。

 

仮に「除くクレーム」で除外後に残る発明が当初明細書等に実質的に記載されていないにもかかわらず、そのような補正・訂正を認めることとすると、何ら開示されていない発明を対象とした特許権が設定されてしまうので、結論として妥当でないことは明らかでしょう。したがって、私としては、そのような「除くクレーム」は新規事項追加またはサポート要件ではじくのがよいと考えています。

 

まとめ

初めのほうに述べたとおり、私自身は「除くクレーム」の新規事項の判断基準について明確な答えを持っていません。

しかし、本記事で見てきたように、「補正・訂正前後で発明の効果や課題が変わっていないか?」がポイントになることは多そうです。また、「除外後に残る発明が、当初明細書等に実質的に記載されていたといえるか?」もポイントになりそうです。

 

参考までに、本記事で取り上げた事件における新規事項判断のあてはめを以下の表にまとめておきます。皆様の実務において少しでも参考になれば幸いです。

なお、新規事項などに関する「除くクレーム」の限界事例については、昨年度の弁理士会特許委員会における検討テーマの一つとなっています。弁理士であれば弁理士会の電子フォーラムで研究結果の報告書にアクセスできますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟